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大阪市

  • 【阿麻美許曾神社】(あまみこそじんじゃ)大阪市東住吉区 【阿麻美許曾神社】(あまみこそじんじゃ)大阪市東住吉区

    【阿麻美許曾神社】(あまみこそじんじゃ)  延喜式神名帳に記載されている河内国丹比郡の式内社で、旧社格は郷社。祭神:素盞嗚尊、天児屋根命、事代主命。 現在の祭神は上記の3柱であるが、「金剛寺本」には1座と記載されており、元の主祭神は不明確である。この地域が中臣氏の支配地域であったことから、神社名に含まれる「許曾」(こそ)が尊称を表すことと考え合わせ、中臣氏の阿摩比古命(アマノヒコノミコト)が主祭神

  • 【賽の神社】(さいのじんじゃ)「白光龍王神社」「黒龍大神」大阪市東住吉区 【賽の神社】(さいのじんじゃ)「白光龍王神社」「黒龍大神」大阪市東住吉区

    【賽の神社】(さいのじんじゃ)大阪市東住吉区  「馬街道」とも呼ばれた下高野街道{四天王寺-田辺-天美-八下(堺市)-狭山}が南北に貫いている矢田の一角に、道祖神があります。 村に疫病が入らぬように、また旅人の安全を祈願して、祀られています。道祖神とは集落のはずれや、街道の境に祀られる代表的な民間信仰における神。「道陸神(どうりくじん)」「道禄神(どうろくじん)」と呼ばれます。祭神:八衢(ヤチマタ

  • 【京善寺】(きょうぜんじ)大阪市東住吉区 【京善寺】(きょうぜんじ)大阪市東住吉区

    【京善寺】(きょうぜんじ)  の縁起は、古くは「金剛院」と称せられ厄除祈願道場として栄えていたが、1615年(元和元年)大坂夏の陣に合戦の場となり、兵火で寺は焼失したため、詳細は不明とのことである。この時期、寺は荒廃したが、1653年(承応2年)桑津村の篤信者富井部氏などの霊夢に不動明王が出現され、寺の再興を告げられたため、紀州より観弘実誉阿闍梨を招き堂宇を再興、寺号を心王山殊勝院京善寺と改めた。

  • 【桑津天神社】(くわづてんじんじゃ)大阪市東住吉区 【桑津天神社】(くわづてんじんじゃ)大阪市東住吉区

    【桑津天神社】(くわづてんじんじゃ)大阪市東住吉区  大阪市東住吉区桑津にある神社。祭神は少彦名神をはじめ、明治時代の合祀により菅原道真、須佐之男命、奇稲田比売命、野見宿禰、天児屋根命、布刀玉命、天宇受売命、猿田毘古神、経津主命、健甕槌命の計11柱。旧社格は村社。社伝によれば、仁徳天皇の妃である日向髪長媛が病気に罹ったとき、天皇が少彦名神に全快を祈って快癒し、それが縁でこの地に同神を勧請された。

  • 【玉木大明神】(たまきだいみょうじん)大阪市東住吉区 【玉木大明神】(たまきだいみょうじん)大阪市東住吉区

    【玉木大明神】(たまきだいみょうじん)大阪市東住吉区 大阪市東住吉区 町の一角に静かに佇んでいる小さな祠です。今里筋と松虫通りの交差する今川交差点から直ぐのところにあります。中には供養塔もあります。左隣は「今川地蔵尊」です。 住所:大阪府大阪市東住吉区今川2丁目2 #じゃらん #じゃらんネット #観光スポット #むらごんブログ  #ムラゴン #Sakamoto119 (撮影:2016/9/25)

  • 【むすびの宮 諏訪大神】 大阪市平野区 【むすびの宮 諏訪大神】 大阪市平野区

    【むすびの宮 諏訪大神】 大阪市平野区 住宅街の中にぽっかりとあいた敷地の奥に祠が見えます。ブロックをモルタルで固めた塀に囲まれ、わりと立派な樹が数本生えています。鳥居はありません。扁額に諏訪大神とあり、石標には「むすびの宮」と掘られています。由緒等の案内板などはないです。 住所: 大阪府大阪市平野区加美正覚寺1丁目3−17 アクセス:JR関西本線「平野駅」から約700m。  (撮影:2016/9

  • 【旭神社】前の正体不明の祠  / 大阪市平野区 【旭神社】前の正体不明の祠 / 大阪市平野区

    大阪市平野区の【旭神社】(あさひじんじゃ)前に祠 があります。旭神社の鳥居の道を通る度に気になるのですが、詳細は不明で調査中です。旭神社とは関係ないと思います。小さな祠の中にはキツネさんがいるので、稲荷神社になると思うのですが、よくわかりせん。 木製の祠自体は古いですが、狭い境内は掃除されていて管理されているようです。ひっそりと鎮座しているのがいい感じです。このような目立たない小さな祠にとても興味

  • 【旭神社】(あさひじんじゃ)「若宮八幡宮」/ 大阪市平野区 【旭神社】(あさひじんじゃ)「若宮八幡宮」/ 大阪市平野区

    【旭神社】(あさひじんじゃ)/「若宮八幡宮」大阪市平野区   由緒;御祭神;素盞鳴尊、天照大神、春日大神、堅牢大神、諏訪大神、公守大神、勝手大神、丹生大神、嶋戸大神。 旭神社の鎮ります大阪市平野区加美正覚寺の地は、古くは“河内国渋川郡賀美郷橘嶋荘(里)”と称されており、その賀美(加美)澁河(渋川)の地名は、早くも『日本書紀』や『類聚和名抄』などに見え、古くから栄えてきた地であった。また“橘嶋”の名

  • 【正覚寺】(しょうがくじ)大阪市平野区 【正覚寺】(しょうがくじ)大阪市平野区

    【正覚寺】(しょうがくじ)は、大阪市平野区加美正覚寺にある単立[寺院。山号は成等山(じょうとうさん)。奇数日の午前9時半と午後1時半に一般参詣できる。天長2年(825年)に空海(弘法大師)により開基。かつては境内四町四方、本堂二十一間四面、不動堂七間四面、その他山門、廻廊、伽藍等巍々たる名刹で、東之坊ほか五坊を有する巨刹だった。 明応2年(1493年)2月25日に畠山政長が室町幕府10代将軍足利義

  • 【堀川戎神社】(ほりかわえびすじんじゃ)大阪市北区 【堀川戎神社】(ほりかわえびすじんじゃ)大阪市北区

    【堀川戎神社】(ほりかわえびすじんじゃ)大阪市北区  大阪市内および近畿一円では、大阪市内南部の今宮戎神社および兵庫県の西宮戎神社などと共に商売繁盛の神様として知られている。「堀川のえべっさん」として知られ、毎年1月9日から11日にかけて十日戎(とおかえびす)が開催される。蛭児大神(蛭子大神)を主祭神とし、少彦名命・天太玉命を配祀する。社伝によれば、欽明天皇の時代、止美連吉雄が蛭子大神の神託により

  • 【綱敷天神社】(つなしきてんじんじゃ)大阪市北区 【綱敷天神社】(つなしきてんじんじゃ)大阪市北区

    【綱敷天神社】(つなしきてんじんじゃ)   由緒について; 当神社は社名を「綱敷天神社(つなしきてんじんしゃ」と称し、今から千二百年ほど昔の弘仁十三年(西暦822年)に、第五十二代天皇であらされた 嵯峨天皇(さがてんのう)が当地に御行幸あそばされ、現在の御本社の位置に仮の御殿を構え一宿された事に由来する神社です。延喜元年(西暦901年)に、学問の神様として慕われる「天神さま」こと菅原道眞(すがわら

  • 【福島天満宮】(ふくしまてんまんぐう)大阪市福島区 【福島天満宮】(ふくしまてんまんぐう)大阪市福島区

    【福島天満宮】(ふくしまてんまんぐう) 俗に福島 上の天神といわれることもある。“菅公聖蹟二十五拝”の1社(第十二番目)。社伝によれば、901年に菅原道真が、藤原時平により九州大宰府へ配転させられた際、当地の里人徳次郎が旅情を慰めたことをいたく喜ばれ、この辺りを餓飢島と呼ばれていたのを福島と名づけられた。後年、菅原道真が大宰府で失意のうちに死亡したのを聞いたこの地の里人らが、小祠を建てたのが起源と

  • 【敷津松之宮】(しきつまつのみや)「大国主神社」大阪市浪速区 【敷津松之宮】(しきつまつのみや)「大国主神社」大阪市浪速区

    【敷津松之宮】(しきつまつのみや)大阪市浪速区 地元では「木津の大国さん」と呼ばれて親しまれている。主祭神は、素盞嗚尊、大国主命。摂社の「大国主神社」がよく知られており、付近の町名(浪速区大国)や駅名(大国町駅)の由来にもなっている。敷津松之宮・大国主神社との併記も見受けられるが、宗教法人としての登録名は「敷津松之宮」。神功皇后が三韓征伐より帰朝し、住吉大社から敷津の浜を航行していると、海岸に荒波

  • 【御津宮】(みつぐう)大阪市中央区 【御津宮】(みつぐう)大阪市中央区

    【御津宮】(みつぐう)は、大阪府大阪市中央区西心斎橋に鎮座する神社(八幡宮)です。御津八幡宮、島之内八幡宮とも称されます。祭神は、応神天皇、仲哀天皇、比め大神。末社として、石宮龍王(いしのみやりゅうおう)、祭神は倉稲魂命。祠と鳥居があります。神紋は龍や水を祀る場所に多い三つ鱗紋です。社名は地名により、以前は三津と書く。『大阪府誌』には、仁徳天皇の浪速に都をおいた頃、味原郷(現在の大阪市天王寺区味原

  • 【坐摩神社】(いかすりじんじゃ)大阪市中央区 【坐摩神社】(いかすりじんじゃ)大阪市中央区

    【坐摩神社】(いかすりじんじゃ)は、大阪府大阪市中央区にある神社。式内社(大社)で、摂津国一宮を称します。旧社格は官幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。神紋は「白鷺」。正式な読み方は「いかすりじんじゃ」ですが、一般には「ざまじんじゃ」と読まれることが多く、地元では「ざまさん」の通称で呼ばれます。大阪市中心部の船場にある古い神社で、同地の守護神的存在です。南御堂の西隣に位置し、境内は東向きで、入口で

  • 【八王子神社】(はちおうじじんじゃ)大阪市東成区 【八王子神社】(はちおうじじんじゃ)大阪市東成区

    【八王子神社】(はちおうじじんじゃ)大阪市東成区 八王子大神ほか四柱を奉斉する旧本庄村の氏神で、応神天皇3年の創建と伝え、孝徳天皇より高麗狗(こまいぬ)一対の献納があったと伝えられ、八王子稲荷社として、また“椿の宮”として知られました。明治5年(1872年)百済神社と改称、明治42年(1909年)旧西今里村の氏神八剣神社を合祀し八王子神社と改めました。八王子大神は人皇第七代孝霊天皇の第八皇子”雅武

  • 【一心寺】(いっしんじ)大阪市 【一心寺】(いっしんじ)大阪市

    夕陽丘の一角に位置する一心寺は、文治(ぶんじ)元年(1185)、法然(ほうねん)上人が四天王寺西門の西側あたりに、草庵を結んだのが始まりとされる浄土宗の寺院。後白河法皇もこの地で、西方に沈みゆく太陽に向かって念仏を唱え、極楽生涯を願う「日想観」の修行を行ったといわれています。現在の境内地は、秀吉の夫人高台院からの拝領によるもの。大坂冬・夏の陣では徳川家康の本陣が置かれた場所としても有名。また、一心

  • 【茶臼山】(ちゃうすやま)/ 天王寺公園 【茶臼山】(ちゃうすやま)/ 天王寺公園

    四天王寺の南西に立つ【茶臼山】(ちゃうすやま)は、5世紀ごろの全長200m近い前方後円形古墳であるという説がなされています。しかしながら、1986年の発掘調査結果によると、古墳に欠かせない葺(ふ)き石や埴輪(はにわ)が全く見つかりませんでした。一方、規則正しい作られ方をしている盛り土は、堺市の大塚山古墳や御勝山古墳にも共通していることから、茶臼山が古墳丘ではないとも断定できず、専門家の間で議論が繰

  • 【股ヶ池明神】(ももがいけみょうじん)大阪市 【股ヶ池明神】(ももがいけみょうじん)大阪市

    【股ヶ池明神】(ももがいけみょうじん)大阪市 桃ヶ池にまつわる伝説として、「桃ヶ池に棲んでいた大蛇を聖徳太子が退治した」という内容が伝えられている。その際、股ヶ池浮島に穴を掘り大蛇の死体を埋葬したが、その後も怪異が続くというので霊を沈めるため「おろち塚」が作られ、昭和初期まで残っていたとされる。桃ヶ池公園に隣接して設置されている「股ヶ池明神」は、天明年間(1780年代)に角田某という人物が、夢に出

  • 【安倍晴明神社】(あべせいめいじんじゃ)大阪市 【安倍晴明神社】(あべせいめいじんじゃ)大阪市

    【安倍晴明神社】(あべせいめいじんじゃ)大阪市 京都・一條戻橋。平安時代の陰陽師「安倍晴明公」をお祀りする神社。魔除け、厄除けにご利益がある。 安倍晴明神社は、近年ブームの陰陽師・安倍晴明を祀る、占いの発祥地でもある。安倍晴明は阿倍野の豪族だった父・阿倍保名(あべやすな)と葛の葉と名乗る白狐の間に生まれた伝説がある。葛の葉の正体が白狐であることがばれた時に、障子に葛の葉が書き残した歌「恋しくば 尋