八尾市

  • 【万願寺御領 八幡神社】 (まんがんじごうじょ やはたじんじゃ)八尾市 【万願寺御領 八幡神社】 (まんがんじごうじょ やはたじんじゃ)八尾市

    【万願寺御領 八幡神社】 (まんがんじごうじょ やはたじんじゃ) この八幡神社の創建は不明であるが、述宝七未年(1679)の村明細帳に八幡宮や絵馬堂が 記載され除地として年貢が免除されている。さらに遡る文禄三年(1594)の所謂、太閤検地で境内地が免地であった記述もあり、 八幡神社の創建は、少なくとも16世紀の戦国時代に遡るものと考えられる。 境内には寛文八年申年(1668)9月の日付がある石柱が

  • 【由義神社】(ゆぎじんじゃ)八尾市八尾木北 【由義神社】(ゆぎじんじゃ)八尾市八尾木北

    【由義神社】(ゆぎじんじゃ)八尾市八尾木北  由義神社は 由義宮(西の京)に、神護景雲(じんごけいうん)三年(七六九)稱徳(しょうとく)天皇たびたびこの地に行幸され、その宮域は若江、大縣、高安三郡にまたがる広域の中心由緒深い宮跡に、広大な氏地と氏子により崇敬(すうけい)の精神をもって造営され、その規模、格式共に近隣に比をみない堀を巡らし、森をようした荘厳(そうごん)な式内河内五社の一社である立派な

  • 【稲生神社】(いなりじんじゃ)八尾市天王寺屋 【稲生神社】(いなりじんじゃ)八尾市天王寺屋

    大阪府八尾市天王寺屋の国道25号線沿いに鎮座する【稲生神社】(いなりじんじゃ)です。 この周囲は天王寺屋吉兵衛氏が開発した天王寺屋新田が地名の由来である地域です。長瀬川(旧久宝寺川)はJR線の東側にあります。 不思議なのですが、国道25号線でも天王寺屋地蔵てんのうじやじぞうと稲生神社の玉垣の前には駐車余地があります。少し高く土盛りされた上に鎮座しています。 立派な大銀杏があり、神社の年代があること

  •  【天王寺屋地蔵尊】(てんのうじやじぞうそん)八尾市 【天王寺屋地蔵尊】(てんのうじやじぞうそん)八尾市

    面貌はかなり磨滅しているが慈悲の温容を感じさせる。材質は軟質の花崗岩で総高一.二五メートル像高九二.五センチメートル厚さ十三センチメートルで、像脇に□仁□丁酉□と刻銘されているのが読みとれる。体部の肉づけ、衲衣の表現など洗練された彫技から見て、永仁五年(一二九七)鎌倉時代末期の造立と考えられ、市内では最古の地蔵石仏である。 所在地 :大阪府八尾市天王寺屋2丁目 アクセス: JR「志紀」駅から徒歩約

  • 【神劔神社】(みつるぎじんじゃ)八尾市田井中 【神劔神社】(みつるぎじんじゃ)八尾市田井中

    【神劔神社】(みつるぎじんじゃ)八尾市田井中 元文元年辰歳国分村反師枩井四郎兵衛らによって造営され素戔嗚命、保食神の二神を祀り田井中村の氏神として永く村民の尊敬を集め弥栄えてきた。往時の旧大和川縁辺に当たる現東老原地区の五条宮跡附近から奈良朝時代の古瓦が発見されたことからみて 田井中村の発祥は極めて古く、從って当社の在史も村発祥の昔にさかのぼるものと思われるが 旧大和川の度々の氾濫により村民は難を

  • 【津夫久美神社】(つぶくみじんじゃ)八尾市水越 【津夫久美神社】(つぶくみじんじゃ)八尾市水越

    【津夫久美神社】(つぶくみじんじゃ)八尾市水越  延喜式神名帳では小社に列せられており、古代の大豪族物部(もののべ)氏の祖神宇摩志摩治命(うましまじのみこと)を祭神とする。ツブクミという社名は、物部氏の一族積組連(つぶくみのむらじ)に由来する。(新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)による)近世頃には香森大明神と呼ばれ社地を中の森と言っていた。この神社の西方には弥生時代の集落址である水越遺跡が広がって

  • 【水呑地蔵院】(みずのみじぞういん)②「地蔵院と大師堂」大阪府八尾市 【水呑地蔵院】(みずのみじぞういん)②「地蔵院と大師堂」大阪府八尾市

    【水呑地蔵院】(みずのみじぞういん)は、大阪府八尾市大字神立にある地蔵堂。一般には「水呑地蔵」の名で知られている。八尾市の東北部、十三峠に至る十三街道を上がり、峠まで八分目ぐらいの場所に位置する。斜面から張り出して本堂が建ち、その北側には鐘楼、南側には弘法水の小堂がある。 本堂からは大阪平野の広範囲を見渡すことができる。 本堂内に「水呑地蔵」と呼ばれる石造地蔵菩薩像が安置されている。縁起によれば地

  • 【水呑地蔵院】(みずのみじぞういん)①「登り道から地藏院までの石仏」大阪府八尾市 【水呑地蔵院】(みずのみじぞういん)①「登り道から地藏院までの石仏」大阪府八尾市

    【水呑地蔵院】(みずのみじぞういん)は、大阪府八尾市大字神立にある地蔵堂。一般には「水呑地蔵」の名で知られている。八尾市の東北部、十三峠に至る十三街道を上がり、峠まで八分目ぐらいの場所に位置する。斜面から張り出して本堂が建ち、その北側には鐘楼、南側には弘法水の小堂がある。 本堂からは大阪平野の広範囲を見渡すことができる。 本堂内に「水呑地蔵」と呼ばれる石造地蔵菩薩像が安置されている。縁起によれば地

  • ②【玉祖神社】(たまおやじんじゃ)八尾市 ②【玉祖神社】(たまおやじんじゃ)八尾市

    【玉祖神社】(たまおやじんじゃ)八尾市  玉祖神社は、八尾市東部・高安地区(恩智地区を除く旧高安郡13ヶ村)の氏神です。高安大明神ともいわれます。旧社格は郷社。 710年(和銅3年)、周防国の玉祖神社から分霊を勧請したもので、その際、住吉津から上陸し、恩智神社に泊まった後、現在地に祀られたとされています。天明玉命(櫛明玉命)を祭神とします。現在の社殿は、1725年(享保10年)の再建とされています

  • ①【玉祖神社】(たまおやじんじゃ)八尾市 ①【玉祖神社】(たまおやじんじゃ)八尾市

    【玉祖神社】(たまおやじんじゃ)八尾市  玉祖神社は、八尾市東部・高安地区(恩智地区を除く旧高安郡13ヶ村)の氏神です。高安大明神ともいわれます。旧社格は郷社。 710年(和銅3年)、周防国の玉祖神社から分霊を勧請したもので、その際、住吉津から上陸し、恩智神社に泊まった後、現在地に祀られたとされています。天明玉命(櫛明玉命)を祭神とします。現在の社殿は、1725年(享保10年)の再建とされています

  • 幻の八尾ドルメン古墳 Mysterious Tumulus, "Yao Dolmen". 幻の八尾ドルメン古墳 Mysterious Tumulus, "Yao Dolmen".

    全国的に有名な大阪府八尾市の高安古墳群の中で「八尾ドルメン」(又は「河内ドルメン」)とばれる古墳です。 高安古墳群とは6世紀代に、生駒西麓に造られた、300基以上の横穴式石室墳が集中する古墳群です。 服部川・山畑・大窪・郡川の地域に集中して造られており、この地域は「高安千塚」ともいわれています。6世紀は、聖徳太子や蘇我馬子(そがのうまこ)・物部守屋(もののべのもりや)が歴史に登場する時代です。高安

  • 【山畑神社】(やまたけじんじゃ)佐麻多度神社 の境内社 【山畑神社】(やまたけじんじゃ)佐麻多度神社 の境内社

    【山畑神社】(やまたけじんじゃ)八尾市  山畑神社は高座明神とも言われ、『大阪府全志』では延喜式内社の春日戸社座御子神社の可能性を指摘。 『河内志』では春日戸社座御子神社の場所は未詳とする。『大日本史神祇志』には、「春日戸社坐御子神社、今在山畑村寶積寺域内、称神明、按土人伝説、本社例祭曰高座祭、蓋以其祀高座御子神也、然祭神名不詳。」とある。神明社は山畑神社に改称済み。高座祭だから高座神を祭るという

  • 【天神社】(てんじんじゃ) 八尾市田井中 【天神社】(てんじんじゃ) 八尾市田井中

    【天神社】(てんじんじゃ) 八尾市田井中 八尾市田井中の住宅密集地の細い道を行くと【天神社】(てんじんじゃ) がにひっそりと鎮座 しています。この神社のお社はピンク色のコンクリートなのですが、前回訪れたときよりリニューアルされて、綺麗なうすいピンク色になっていました。ところが、以前は横にあった鳥居と小さな祠がなくなっていました。この神社の由緒については案内板などが無いので不明です。また、この場所と

  •  【愛宕塚古墳】(あたごつかこふん)大阪府八尾市 【愛宕塚古墳】(あたごつかこふん)大阪府八尾市

    【愛宕塚古墳】(あたごつかこふん)大阪府八尾市 古墳時代後期の横穴式石室墳。封土は墳頂部を除いてよく保たれており墳丘は径約二五メートル、高さ六、五メートルで、円墳の形状をよくとどめている。巨石を積み上げた横穴式石室は奥行一六、七六メートル、玄室の高さ四、一メートルを測り、高安古墳群中最大規模の後期古墳である。石室は古くから開口していたが、昭和四二年学術調査が行われた。遺物では凝灰岩製の家形石棺片、

  • 【物部守屋の墓】大阪府八尾市 【物部守屋の墓】大阪府八尾市

    大阪府八尾市にある「大聖勝軍寺」より国道25号線を100m程東に進んだところに【物部守屋の墓】があります。 物部氏は有力な軍事氏族です。物部氏は日本に伝来した仏教に対しては強硬な排仏派で、崇仏派の蘇我氏と対立しました。但し、物部氏の本拠の渋川に寺の跡が残り、物部氏そのものは廃仏派ではなかったという説もあります。物部守屋薨後1350年には、右奥にある「何ぞ国神に背きて、他神を敬せんや」の碑が建てられ

  • 【矢無田地蔵尊】(やないだ じょぞうそん)八尾市 【矢無田地蔵尊】(やないだ じょぞうそん)八尾市

    【矢無田地蔵尊】(やないだ じょぞうそん)八尾市  この付近には、かつて「矢無田村」があったので、その名が残っています。花崗岩製であり、高さ一〇四センチメートル、巾五十二センチメートルの舟形光背をつくり、像高七十六センチメートル、巾二十六センチメートル、厚さ八センチメートルの地蔵立像を陽刻しています。肩の線から上は折損しているので別石で後補しています。 右手の錫杖の欠損している先は蓮華花となってい

  • 恩智惣池に鎮座する正体不明の「稲荷神社」 八尾市 恩智惣池に鎮座する正体不明の「稲荷神社」 八尾市

    恩智惣池に鎮座する正体不明の稲荷神社。 場所:大阪府八尾市恩智中町 (撮影:2017/1/30) 恩智惣池に鎮座する正体不明の稲荷神社

  •  「祇園社」 / 恩智石器時代遺跡(おんぢせっきじだいいせき)八尾市 「祇園社」 / 恩智石器時代遺跡(おんぢせっきじだいいせき)八尾市

    「祇園社」 / 恩智石器時代遺跡(おんぢせっきじだいいせき)八尾市 この地、天王の森は恩智神社のお旅所でこの森を中心として東高野街道から恩智川に至る付近一帯は府下でも有名な弥生時代の遺跡で大阪府の建てた碑がある。近年縄文式土器も出土している。 今日まで地下およそ三メートルの辺から種々の石器土器が出土し、またこの斜面から石鏃が露出した。 場所:大阪府八尾市恩智中町3丁目 アクセス:近鉄「恩智」駅から

  • 【恩智神社】(おんぢじんじゃ)八尾市 【恩智神社】(おんぢじんじゃ)八尾市

    【恩智神社】(おんぢじんじゃ) 式内社(名神大社)で、河内国二宮であると伝える。旧社格は府社。雄略天皇の時代(470年頃)、藤原氏により祖神の天児屋根命を香取神宮から勧請して創建された。天児屋根命はその後、枚岡神社を経て春日大社に祀られるようになったことから、当社は「元春日」と呼ばれる。創建当初、社地は天王森 (近鉄恩智駅と国道170号(旧道=東高野街道)の中間ほどの場所) にあった。旧社地は「天

  • 【旧大正飛行場の掩体壕(えんたいごう)】大阪府八尾市 【旧大正飛行場の掩体壕(えんたいごう)】大阪府八尾市

    【旧大正飛行場の掩体壕(えんたいごう)】大阪府八尾市 「飛行機を空襲から守るための格納庫」 国道170号線の垣内南交差点を東に折れ、八尾市立南高安中学校の横をさらに直進すると高安山のおふもとに出ますが、その一角に「掩体壕」(えんたいごう)があります。掩体壕(えんたいごう)は、飛行機を空襲から守るため、防弾、防爆性能を強化した格納庫のことで、大正飛行場(現在:八尾空港)には40数基が建設されていまし

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