八尾市

  • 【穴太神社】(あのうじんじゃ)八尾市宮町 【穴太神社】(あのうじんじゃ)八尾市宮町

     【穴太神社】(あのうじんじゃ)八尾市宮町 河内国若江郡の穴太邑が当地で、『姓氏録』未定雑姓の河内国にみえる孔王部首(あなほべのおびと)氏の住地でもありました。 穴太は現在、「あのう」と読まれています。祭神は、天照皇大御神、住吉四神(上筒男命・中筒男命・底筒男命・神功皇后)、春日四神(建御賀豆智命・伊波比主命・天子八根命・比売神)です。聖徳太子の生母で用明天皇の皇后である間人(泥部)穴穂部皇女の生

  • 【立江地蔵尊菩薩】(たつえじぞうそんぼさつ)大阪府八尾市植松町 【立江地蔵尊菩薩】(たつえじぞうそんぼさつ)大阪府八尾市植松町

    大阪府八尾市植松町に【立江地蔵尊菩薩】(たつえじぞうそんぼさつ)があります。この地蔵尊には石仏1体が祀られています。地蔵堂横に同型の燈籠2基が建てられていて、竿に「太神宮」と刻まれているものには、宝暦七年(1757年)、「象頭山」と刻まれているものには、安政三年(1856年)の年号があります。なぜこの場所に立派な燈籠があるのか、また、この【立江地蔵尊菩薩】の由緒等も不明です。このすぐそばに「森高大

  • 【友黒大明神・森高大神】大阪府八尾市植松町 【友黒大明神・森高大神】大阪府八尾市植松町

    大阪府八尾市植松町の空き地の隅にひっそりと鎮座する【友黒大明神(ともぐろだいみょうじん)・森高大神(もりたかおおかみ)】です。2つの石が祀られてあり御神体と思われます。左側の石には「友黒大明神」、右側の石には「森高大神」と彫られています。また、2体の石のお稲荷さんも祀られています。 この大明神のすぐそばに「立江地蔵尊菩薩(たつえじぞうそんぼさつ)」があります。 場所:大阪府八尾市植松町7丁目1

  • 【明圓寺】(めいえんじ)前に鎮座する「地蔵尊」/ 大阪府八尾市 【明圓寺】(めいえんじ)前に鎮座する「地蔵尊」/ 大阪府八尾市

    【明圓寺】(めいえんじ)は淡海山と号し浄土真宗西本願寺末にして阿弥陀仏を本尊とします。建久三年(1192年)源三位佐々木秀義の四男である佐々木高綱の開基。当時は、成法寺村にあり真言宗に属した 天文二年(1533年)八世住職佐々木了秀が当所に移転し 天文十年浄土真宗に転じる 『淡海山』は 佐々木家が近江の豪族であったことから『近江』と言う名に由来するものです。明圓寺の前の道を挟んで向いには大きな「地

  • 【稲荷神社】(いなりじんじゃ)大阪府八尾市東本町 【稲荷神社】(いなりじんじゃ)大阪府八尾市東本町

    【稲荷神社】(いなりじんじゃ)大阪府八尾市東本町 近鉄八尾駅から南へ400m、東本町1丁目4に式内社 長柄神社跡があります。そこは公園になっていて子供たちがよく遊んでいます。その公園の横に赤い鳥居と赤い囲いがある【稲荷神社】(いなりじんじゃ)が鎮座しています。この稲荷神社の由緒などは不明です。祭神は、豊川大明神、白川大明神、玉姫大明神です。狭い境内にはなぜか左に傾いた「不動明王」が祀られています。

  • 【延命地蔵尊】(えんめいじぞうそん)大阪府八尾市 【延命地蔵尊】(えんめいじぞうそん)大阪府八尾市

    【延命地蔵尊】(えんめいじぞうそん)大阪府八尾市 大阪の八尾市は今東光氏の小説「悪名」や「八尾の朝吉」「河内音頭」などで有名な「河内」の中心です。東の生駒連山が奈良県との境界です。麓には「萱振」「八尾」「久宝寺」の3つの御坊があり、それぞれ寺内町としての面影を残しています。八尾市内にはたくさんの地蔵尊があります。八尾市本町に北向六道の辻【延命地蔵尊】(えんめいじぞうそん)があります。地蔵堂の正面上

  • 【跡部神社】(あとべじんじゃ) 大阪府八尾市亀井町 【跡部神社】(あとべじんじゃ) 大阪府八尾市亀井町

    【跡部神社】(あとべじんじゃ) 大阪府八尾市亀井町 由来:当神社は延喜式内社(今より約阡八十年前)人皇天皇第六十代醍醐天皇時代に延喜年間と言ふ年号が有り、通稱平安時代又は藤原時代と言はれております。其の初期にお祀りされておりましたのを今の跡部神社であり、その時に有りました神社を式内社と言はれております 又神社の創建せられました年月は不明でお祀りして有る御祭神もあきらかでありません 然し此の地は昔か

  • 【竹淵神社】(たこちじんじゃ)大阪府八尾市 【竹淵神社】(たこちじんじゃ)大阪府八尾市

    【竹淵神社】(たこちじんじゃ)大阪府八尾市 天照皇大神宮を祭る。昔は水田の中、周囲を濠で囲まれた神社であったが、住宅地が接近してきたため、昭和44年、周濠(宮池)の一部を埋め立てて神域を広くし、まわりの住宅地との間に緑地帯をつくった。この宮池には龍神が住むと言い伝えられている。神社の森にある楠の大木が市の保全樹木に指定されている。竹渕の名は、神武天皇が長髄彦に襲われたとき、この地にあった大竹藪の渕

  • 【弓削神社】(ゆげじんじゃ)大阪府八尾市東弓削 【弓削神社】(ゆげじんじゃ)大阪府八尾市東弓削

    【弓削神社】(ゆげじんじゃ)大阪府八尾市東弓削  弓削氏の祖神である天日鷲翔矢命と物部氏の祖神の彌加布都神、 比古佐自布都神の二座をまつる延喜式内社で、河内国でも枚岡、恩智社に次ぐ三指に数えられた大社であった。弓削氏は河内国若江郡弓削郷を本貫とする豪族で、弓矢などの武器の製作にたずさわる弓削部を率いた伴造であった。この一族から物部守屋や孝謙女帝に仕え、その信任を得た弓削道鏡を輩出した。「続日本紀」

  • 【太田八幡宮】(おおたはちまんぐう) 大阪府八尾市太田 【太田八幡宮】(おおたはちまんぐう) 大阪府八尾市太田

    【太田八幡宮】(おおたはちまんぐう) 大阪府八尾市太田 この大田八幡宮の付近には古い町並みが数多く残っています。 大田八幡宮の由緒については、 御祭神;品陀別命 免田神社は中河内郡大正村大字大田字免田にあり。 品陀別命を祀れり。 由緒は詳らず、明治3年4月本地内にありし、巽神社・品陀別命、天皇西川神社・品陀別天皇を合祀し、同年 5年村社に列し、同40年1月神饌弊帛料供進神社に指定せらる。 境内は2

  • 【寶殿神社】(ほうでんじんじゃ)大阪府八尾市沼 【寶殿神社】(ほうでんじんじゃ)大阪府八尾市沼

    【寶殿神社】(ほうでんじんじゃ) 大阪府八尾市沼 当社は、室町時代河内守護職であった畠山氏の小山砦から鬼門の位置にあったので、その守護神として創建されたと伝えられ、沼の産土神である。本殿は一間社流造で覆屋内に鎮座し江戸時代初期のもので、市内に残存する古い建築様式の一つであり同時代のものと考えられる珍らしい木造狛犬二対も保存されている。またこの付近は宝永年間の大和川付替え工事のときその川筋に当ってい

  • 【教興寺】(きょうこうじ)大阪府八尾市 【教興寺】(きょうこうじ)大阪府八尾市

    【教興寺】(きょうこうじ) 大阪府八尾市にある真言律宗の仏教寺院。奈良市西大寺の末寺である。山号は獅子吼山(ししくさん)。詳名は「獅子吼山大慈三昧院教興寺」。本尊は弥勒菩薩である。 寺伝によれば、聖徳太子が物部守屋の討伐を祈願するため、秦河勝に命じ崇峻天皇元年(588年)に建立したという。寺は中世には荒れ果て、鎌倉時代に、奈良・西大寺の叡尊が復興した。叡尊は河内布教の帰途の際、教興寺が荒れ果ててい

  • 【恩智城址】(おんぢじょうし)大阪府八尾市恩智中町 【恩智城址】(おんぢじょうし)大阪府八尾市恩智中町

    【 恩智城址】(おんぢじょうし)は中世この地の豪族「恩智左近満一」が築きました。自然の高地を利用した城郭で高安連峰との間に堀をめくらせ前方に大阪平野を一望のもとにおさめました。堀の中にかつては小島がありましたが、それは昔の「一の丸」で現在の城址は「二の丸」の址といわれています。 正平三年(1348年)四條畷の戦いで楠木正行が戦死し恩智城も落ちました。学制領布のときここに小学校が新築され、今では桜の

  • 【恩智左近の墓】(おんぢさこんのはか)大阪府八尾市恩智中町 【恩智左近の墓】(おんぢさこんのはか)大阪府八尾市恩智中町

    「恩智左近満一」は恩智神社の社家の出で、この地の豪族として恩智城を築き、楠木正成方に味方した八臣の一人である。 湊川の戦の後は、その子正行を助けて南朝方を守ったが不幸にして延元二年(一三三七)七月熱病のため急死した。 傍の墓碑十六基は明治十年の西南戦争に官軍として従軍し、戦死した中河内近在の人々の墓である。関連する史跡など:西南戦争戦死者墓―恩智左近墓の傍に明治10年の 西南戦争に官軍として従事し

  • 【六ヶ地蔵尊】(ろっかじぞうそん)大阪府八尾市刑部 【六ヶ地蔵尊】(ろっかじぞうそん)大阪府八尾市刑部

    【六ヶ地蔵尊】(ろっかじぞうそん)大阪府八尾市刑部 大阪の八尾から庄之内を通って信貴山へ向かう道は、刑部の北で玉串川に達する。この玉串川西堤下に当たる刑部2丁目1番地、小字茶屋之前にこの【六ヶ地蔵】(ろっかじぞう)がある。凝灰石の石棺の蓋を利用して作った石棺仏である。かなり風化していて、顔形も分らず、時代も不明。六カについては八尾に関する古地名の六カ辻郷、小字六カ辻口などとの関係が考えられる。 由

  • 【開山塚古墳】(かいざんつかこふん)大阪府八尾市 【開山塚古墳】(かいざんつかこふん)大阪府八尾市

    【開山塚古墳】(かいざんつかこふん)大阪府八尾市  開山塚古墳という古墳の名称は、江戸時代に曹洞宗法蔵寺を開いた好山和尚の廟塔である清涼塔が、古墳の背後にあることから、名付けられたものです。石室の全長は、13mを測り、高安古墳群中、最大の両袖式の横穴式石室墳です。また、大森貝塚を発見した米国人の博物学者、エドワード・S・モースが、明治12年(1879年)に精密な図の作成を行うなどの調査を行い、欧米

  • 【曹洞宗 法蔵寺】(ほうぞうじ)大阪府八尾市郡川 【曹洞宗 法蔵寺】(ほうぞうじ)大阪府八尾市郡川

    【曹洞宗 法蔵寺】(ほうぞうじ)大阪府八尾市郡川 当山は大覚山と号し、1748年(寛延元年)土佐曽我部氏の子孫、好山和尚がこの地に、土佐大守山内家の祈願寺(曹洞宗)として建立したといわれる。本尊は聖観世音菩薩である。  この地は、かっては聖徳太子が物部守屋との戦いで、砦を築き、再起を図った陣屋跡と伝えられ、また、寺院の前の道は、太子が再起を図って信貴山に逃れる折、通った道と伝えられ、今も「大道」と

  • 【薬王禅寺】(やくおうぜんじ )大阪府八尾市 【薬王禅寺】(やくおうぜんじ )大阪府八尾市

    【薬王禅寺】(やくおうぜんじ )大阪府八尾市 境内には、案内板があります。「このお堂には、中央に薬師如来、右に不動明王、左に弘法大師坐像、賓頭盧(びんずる)さんがおまつりしてあります。今を去る三百有余年昔、郡川山麓のこの地に高雄山薬王寺に奉安されていた薬師如来、並びに不動明王は霊験顕著なること古老の言い伝えがあり、遠近の男女の信仰すこぶる盛んでありました。しかし悲しいかな明治維新直後、無住となり、

  • 【天王社】(てんのうしゃ)大阪府八尾市郡川 【天王社】(てんのうしゃ)大阪府八尾市郡川

    【天王社】(てんのうしゃ)大阪府八尾市郡川 由来について; 創祀 世紀323年(皇紀983年)仁徳帝の御代鎮座、祭神。本殿は須佐男命 (別名)牛頭天王、金比羅社(右)大國主命 事代主命、 稲荷社(左)櫛名多比賣命、 右は河内風土記に據る。ここの社は雑木に囲まれている。小さいが鳥居・本殿・手水鉢、狛犬も1対あり静寂な雰囲気につつまれている。 付近には植樹園が多い。途中坂の脇道から急に道幅が狭くなり森

  • 【安楽寺 子安地蔵尊】(あんらくじ こやすじぞうそん)大阪府八尾市郡川 【安楽寺 子安地蔵尊】(あんらくじ こやすじぞうそん)大阪府八尾市郡川

    【安楽寺 子安地蔵尊】(あんらくじ こやすじぞうそん)大阪府八尾市郡川 近鉄信貴山口駅から線路沿い西に角地があり、そこに【安楽寺 子安地蔵尊】(あんらくじ こやすじぞうそん)があります。現場はこじんまりした角地で大きなヒバの木・地蔵堂・石水桶等、整然としています。地蔵堂の中には、かなり年代が経ったと思われる石仏が3体鎮座しています。線香台には「安楽寺 子安地蔵尊」となっています。境内地内に宝篋印塔