八尾市

  • 【シュミイ地蔵】大阪府八尾市恩智中町 【シュミイ地蔵】大阪府八尾市恩智中町

    【シュミイ地蔵】大阪府八尾市恩智中町  東高野街道沿いの恩智城址への登り口脇にある地蔵です。名前の由来はわからないが、地元恩智の有志が結集して菩提追善のため、彼岸の中日に建立したものである。高さ一三六センチメートル、幅六七センチメートル材質は花崗岩である。像の左右に次の銘文がようやく読みとれる。良盛長盛道梁妙見也阿常助宗、父道善宗恩道明為脩門、道妙□阿妙法、天文十三年甲辰八月時正、河内国恩智□逆修

  •  【恩智左近の墓】(おんぢさこんのはか)大阪府八尾市恩智中町 【恩智左近の墓】(おんぢさこんのはか)大阪府八尾市恩智中町

    【恩智左近の墓】(おんぢさこんのはか)大阪府八尾市恩智中町 「恩智左近満一」は恩智神社の社家の出で、この地の豪族として恩智城を築き、楠木正成方に味方した八臣の一人である。 湊川の戦の後は、その子正行を助けて南朝方を守ったが不幸にして延元二年(一三三七)七月熱病のため急死した。 傍の墓碑十六基は明治十年の西南戦争に官軍として従軍し、戦死した中河内近在の人々の墓である。関連する史跡など:西南戦争戦死者

  • 【恩智城址】(おんぢじょうし)大阪府八尾市恩智中町 【恩智城址】(おんぢじょうし)大阪府八尾市恩智中町

    【恩智城址】(おんぢじょうし)大阪府八尾市恩智中町 【 恩智城址】(おんぢじょうし)は中世この地の豪族「恩智左近満一」が築きました。自然の高地を利用した城郭で高安連峰との間に堀をめくらせ前方に大阪平野を一望のもとにおさめました。堀の中にかつては小島がありましたが、それは昔の「一の丸」で現在の城址は「二の丸」の址といわれています。 正平三年(1348年)四條畷の戦いで楠木正行が戦死し恩智城も落ちまし

  • 恩智惣池に鎮座する正体不明の「稲荷神社」 八尾市 恩智惣池に鎮座する正体不明の「稲荷神社」 八尾市

    「恩智惣池」の隅にひっそりと小さな祠の「稲荷神社」が鎮座しています。詳しい事は全く分かりませんが、赤い鳥居と1対の燈籠と狛犬があります。 石造物の年号を出来なかったのでこの社が建てられた年も不明です。この恩智惣池が改修される以前からこの社があったのかどうか、また「恩智神社」と何か関係あるのか等、知りたいところですが、手入れはされているようで境内は綺麗に清掃されていました。  場所:大阪府八尾市恩智

  • 【正体不明の祠~高安山途中の展望台】大阪府八尾市 【正体不明の祠~高安山途中の展望台】大阪府八尾市

    【正体不明の祠~高安山途中の展望台】大阪府八尾市 場所:「恩智神社」(大阪府八尾市恩智中町5丁目10) から高安山への登山ハイキングコース(恩智ルート)の入口付近。 (注意)ここは高安山の頂上ではありません。

  • 【賀茂神社跡】(かもじんじゃあと)大阪府八尾市 【賀茂神社跡】(かもじんじゃあと)大阪府八尾市

    【賀茂神社跡】(かもじんじゃあと)大阪府八尾市 田んぼや畑の真ん中にあります。すぐ東には大阪外環状線、西にはゴルフ練習場があります。外環状線からは細い地道があります。その地道から神社へは約100mの突き当りにこの神社があります。木が茂っているので見つけることは困難です。入口は南より1か所で、階段を降りると、北側奥に池があり、境内中央に「賀茂神社跡」の石碑、左側に御神体を祀った祠(ほこら)があります

  • 【妙見菩薩】(みょうけんぼさつ)大阪府八尾市黒谷 【妙見菩薩】(みょうけんぼさつ)大阪府八尾市黒谷

    【妙見菩薩】(みょうけんぼさつ)大阪府八尾市黒谷 近鉄の信貴山口駅を降りて南側に見える階段を登って行くと、突き当たりの八尾市黒谷に【妙見菩薩】(みょうけんぼさつ)の鳥居が見えてきます。それは、「日蓮宗 光要山 本照寺」の境内に鎮座しています。 【妙見菩薩】(みょうけんぼさつ)について;「元は北極星・北斗七星を神格化した道教の神を、仏教に取り入れ菩薩としたものであり、北辰妙見菩薩、妙見尊星王とも呼ば

  • 【通夜島有姫龍神】(つやしまありひめりゅうじん)大阪府八尾市神立 【通夜島有姫龍神】(つやしまありひめりゅうじん)大阪府八尾市神立

    【通夜島有姫龍神】(つやしまありひめりゅうじん)大阪府八尾市神立 由来について書かれている石標を読みますと、個人の方がお祀りされているようです。「昭和51年3月28日。お迎へ申しました。紀洲串本大島の沖に浮ぶ通夜島。此の島に太古よりお祭りして居られました神様です。私この島に縁あって熱帯植物園を経営する事になりました。よつてこの神様におすがり申したいと心をひかれました。そして御祈祷して戴きました処白

  • 【愛岩宮(愛宕宮)】(あたごみや)大阪府八尾市神立 【愛岩宮(愛宕宮)】(あたごみや)大阪府八尾市神立

    【愛岩宮(愛宕宮)】(あたごみや)大阪府八尾市神立  大阪府八尾市神立5丁目に小さい社が鎮座しています。石標には【愛宕宮】となっています。鳥居や狛犬はありません。説明板がないので由緒等は不明です。この「愛宕」で思い当たるのが、この近くに愛宕塚古墳があります。また、この社の手前に「通夜島有姫龍神」が鎮座しています。 所在地:大阪府八尾市神立5丁目  アクセス:近鉄「服部川」駅から徒歩約25分

  •  【神立辻地蔵】(こうだちつじじぞう)大阪府八尾市 【神立辻地蔵】(こうだちつじじぞう)大阪府八尾市

    【神立辻地蔵】(こうだちつじじぞう)大阪府八尾市 神立地蔵堂(南小路の地蔵)内にある。神立集落の中、十三街道を水呑地蔵へ上がる登り口に当るところにある。総高115㎝、幅48㎝の舟形光背に像高83㎝の地蔵立像がある。江戸時代初期をくだらない地蔵と考えられる。この地蔵堂の前に、第一番の石仏がある。ここから水呑地蔵まで、33カ所、六十六番までの二対組み合わせの石仏が並ぶ。 道中:東に信貴高安山、沿道には

  • 【大竹観音堂】(おおたけかんのんどう)大阪府八尾市 【大竹観音堂】(おおたけかんのんどう)大阪府八尾市

    【大竹観音堂】(おおたけかんのんどう)大阪府八尾市 この観音堂の由緒等は不明です。この場所は西北に心合寺山古墳、東に向山・愛宕塚古墳、高安山麓の民家に囲まれたところに建てられています。奥に観音堂を配し、入り口傍に小さなお堂が二つ並んでいます。【大竹観音堂】の斜め向かいに石碑があります。石には篆書と漢文で書かれてあり、内容は分かりませんが、説明文がありました。説明によるとこの石碑は「松本惣平碑」と刻

  • 【玉祖神社】(たまおやじんじゃ)大阪府八尾市神立 【玉祖神社】(たまおやじんじゃ)大阪府八尾市神立

    【玉祖神社】(たまおやじんじゃ)大阪府八尾市神立  八尾市東部・高安地区(恩智地区を除く旧高安郡13ヶ村)の氏神である。高安大明神ともいう。旧社格は郷社。710年(和銅3年)、周防国の玉祖神社から分霊を勧請したもので、その際、住吉津から上陸し、恩智神社に泊まった後、現在地に祀られたとされている。天明玉命(櫛明玉命)を祭神とする。 現在の社殿は、1725年(享保10年)の再建とされている。 かつては

  • 【津夫久美神社】(つぶくみじんじゃ)大阪府八尾市水越 【津夫久美神社】(つぶくみじんじゃ)大阪府八尾市水越

    【津夫久美神社】(つぶくみじんじゃ)大阪府八尾市水越 延喜式神名帳では小社に列せられており、古代の大豪族物部(もののべ)氏の祖神宇摩志摩治命(うましまじのみこと)を祭神とする。ツブクミという社名は、物部氏の一族積組連(つぶくみのむらじ)に由来する。(新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)による)近世頃には香森大明神と呼ばれ社地を中の森と言っていた。この神社の西方には弥生時代の集落址である水越遺跡が広が

  • 【薗光寺】(おんこうじ)  大阪府八尾市水越 【薗光寺】(おんこうじ) 大阪府八尾市水越

    【薗光寺】(おんこうじ) 大阪府八尾市水越  もとは玉祖神社の神宮寺で、神社のそばにありました。この薗光寺の境内には高さ122㎝、幅62㎝の砂岩で作った十三仏の石造があります。下部には14人の女人の法名が刻んであり、十三仏信仰の女人講によって建立されたと考えられます。建立年代は記されていませんが、作風から桃山時代と考えられます。この付近を歩くと、途中 池・田畑・東に信貴・高安山がせまり、緑美しい景

  • 【鏡塚古墳】(かがみづかこふん)大阪府八尾市 【鏡塚古墳】(かがみづかこふん)大阪府八尾市

    【鏡塚古墳】(かがみづかこふん)大阪府八尾市市 標高一七メートル、俗に松山とか腹痛山という 墳丘の上部には粘土郭が残り、また火葬跡が二ヵ所発見され、石櫃の蓋の破片も出土している。 古噴時代の中期末の環濠式前方後円墳で、数年前に採土され、その跡に小神祠をまつる。入口のところに「宝山神社」の碑がある。 昭和三十四年四月大阪府から史跡として指定された。墳丘の上部には粘土槨が残り、また火葬跡が2カ所発見さ

  • 【式部御野縣主神社】(みのあがたぬしじんじゃ)大阪府八尾市 【式部御野縣主神社】(みのあがたぬしじんじゃ)大阪府八尾市

    【式部御野縣主神社】大阪府八尾市  由緒等の詳しい事は不明ですが、明治四十四年(1911)に「玉祖神社」に合祀された様です。明治初期には第十六区の無格社とされていますが、当時の万願寺村に鎮座する神社であったそうです。古い時代の石造物は殆んどありませんでしたが、一対の狛犬には、天保十二年(1841)の年号があります。社標の横に火袋があり,延享三年(1746)に式部村の村人によって奉納されたものだそう

  • 【万願寺御領 八幡神社】 (まんがんじごうじょ やはたじんじゃ)大阪府八尾市 【万願寺御領 八幡神社】 (まんがんじごうじょ やはたじんじゃ)大阪府八尾市

    【万願寺御領 八幡神社】 (まんがんじごうじょ やはたじんじゃ)大阪府八尾市 この八幡神社の創建は不明であるが、述宝七未年(1679)の村明細帳に八幡宮や絵馬堂が 記載され除地として年貢が免除されている。さらに遡る文禄三年(1594)の所謂、太閤検地で境内地が免地であった記述もあり、 八幡神社の創建は、少なくとも16世紀の戦国時代に遡るものと考えられる。 境内には寛文八年申年(1668)9月の日付

  • 【由義神社】(ゆぎじんじゃ)大阪府八尾市八尾木北 【由義神社】(ゆぎじんじゃ)大阪府八尾市八尾木北

    【由義神社】(ゆぎじんじゃ)大阪府八尾市八尾木北  由義神社は 由義宮(西の京)に、神護景雲(じんごけいうん)三年(七六九)稱徳(しょうとく)天皇たびたびこの地に行幸され、その宮域は若江、大縣、高安三郡にまたがる広域の中心由緒深い宮跡に、広大な氏地と氏子により崇敬(すうけい)の精神をもって造営され、その規模、格式共に近隣に比をみない堀を巡らし、森をようした荘厳(そうごん)な式内河内五社の一社である

  • 【稲生神社】(いなりじんじゃ)大阪府八尾市天王寺屋 【稲生神社】(いなりじんじゃ)大阪府八尾市天王寺屋

    大阪府八尾市天王寺屋の国道25号線沿いに鎮座する【稲生神社】(いなりじんじゃ)です。 この周囲は天王寺屋吉兵衛氏が開発した天王寺屋新田が地名の由来である地域です。長瀬川(旧久宝寺川)はJR線の東側にあります。 不思議なのですが、国道25号線でも天王寺屋地蔵てんのうじやじぞうと稲生神社の玉垣の前には駐車余地があります。少し高く土盛りされた上に鎮座しています。 立派な大銀杏があり、神社の年代があること

  •  【天王寺屋地蔵尊】(てんのうじやじぞうそん)大阪府八尾市 【天王寺屋地蔵尊】(てんのうじやじぞうそん)大阪府八尾市

    【天王寺屋地蔵尊】(てんのうじやじぞうそん)大阪府八尾市 面貌はかなり磨滅しているが慈悲の温容を感じさせる。材質は軟質の花崗岩で総高一.二五メートル像高九二.五センチメートル厚さ十三センチメートルで、像脇に□仁□丁酉□と刻銘されているのが読みとれる。体部の肉づけ、衲衣の表現など洗練された彫技から見て、永仁五年(一二九七)鎌倉時代末期の造立と考えられ、市内では最古の地蔵石仏である。 所在地 :大阪府