八尾市

  • 【矢作神社】(やはぎじんじゃ)大阪府八尾市 【矢作神社】(やはぎじんじゃ)大阪府八尾市

    【矢作神社】(やはぎじんじゃ)は、延喜式神名帳に記されている式内社で、別宮八幡とも称する。矢作は「やつくり」とも読む。当地は、元は物部氏の傍系一族である矢作連の屋敷跡であったとされ、神社は矢作連の氏神である。11世紀に石清水八幡宮の掃部別宮(八尾掃部別宮)となり、江戸時代には石清水八幡宮の掃部奉仕をしている。別宮八幡といわれる所以である。境内には大きなクスノキが数本茂っている。また、社前の大きな銀

  • 民家の壁に埋もれる「稲荷明神」/ 八尾市 民家の壁に埋もれる「稲荷明神」/ 八尾市

    今年最後のショットです。八尾市内の神社巡りは、すでに完了したと信じていましたが、民家の壁に埋もれる「稲荷明神」を見つけてしまいました。地蔵尊だと思ってました。来年から調査し直しです。。。(・・;) (12月31日撮影) 場所:大阪府八尾市久宝寺6丁目5 (寺内町) 赤い枠の額には、九圓の文字と読めない1文字、その下に「稲荷神社」と思われます。 寺内町は観光スポットです。 「顕証寺」(けんしょうじ)

  • 【渋川天神社】(しぶかわてんじんじゃ)大阪府八尾市 【渋川天神社】(しぶかわてんじんじゃ)大阪府八尾市

    【渋川天神社】(しぶかわてんじんじゃ)は素戔嗚尊すさのをみこと、菅原道真を祀る古社である。神社の南西の地は白鳳時代に渋川寺しぶかわじであったところで、昭和十年頃、国鉄の竜華操車場を開設工事のとき、多数の単弁八葉や忍冬唐草紋の瓦及び塔心礎が出土した。 また一説には、この附近は、物部守屋の別業の地でそこに渋川寺しぶかわじがあったともいわれている。 仏教崇拝抗争や古代の仏教を再検討すべき課題を提起してい

  • 【渋川神社】(しぶかわじんじゃ)大阪府八尾市 【渋川神社】(しぶかわじんじゃ)大阪府八尾市

    【渋川神社】(しぶかわじんじゃ)は、大阪府八尾市植松町にある神社。 若江郡の式内社であり、旧社格は郷社。天忍穂耳尊、饒速日命、國狹槌尊、日高大神、菅原大神を祭神としている。創建の年月は不明。 かつて飛鳥時代に本地域を本拠地としていた物部守屋の渋河の家の跡ともいわれている。もとは旧大和川の東側の字川向にあったが、天文3年(1533年)の大洪水で境内全域を流失。 この時、浮島神社は数kmほど北の茨田郡

  • 八尾市内神社 - じゃらん旅行記 / Shrines in Yao city 八尾市内神社 - じゃらん旅行記 / Shrines in Yao city

    大阪府八尾市内にある神社55か所です。訪れた八尾市内の神社の写真と内容を「じゃらん旅行記」にアップしたまとめ。 「じゃらん旅行記」http://www.jalan.net/user/AGJ0012561JGI/mypage/?screenId=OUW2521 ☟ こちらは、東大阪市内の神社です。 #じゃらん #じゃらんネット #じゃらん #観光 #観光スポット #神社 #社寺仏閣 #絶景 #mur

  • 【御劔神社】(みつるぎじんじゃ )八尾市刑部 【御劔神社】(みつるぎじんじゃ )八尾市刑部

    【御劔神社】(みつるぎじんじゃ )八尾市刑部 由緒について;此の地、古くは河内國若江郡刑部郷と言い訓を聞けば刑部は、備中國賀夜郡、伊勢國三重郡等の刑部郷の例により於佐加倍と読むべしと伝えられその遺構であると言われている。  第十九代允恭天皇が皇后の忍坂大中女命の御名代として定められた民部であり、御名代部として奉仕した後にこのオサカベの民部が刑部(ウタエ)の職に奉仕したので、記紀では刑部とされている

  • 【弓削道鏡と八尾市】 【弓削道鏡と八尾市】

    【弓削道鏡と八尾市】 弓削道鏡(ゆげのどうきょう、?~772年)は奈良時代の高僧で、八尾市南部を拠点にしていた豪族・弓削(ゆげ)氏の出身です。「弓削(ゆげ)」という文字は、今も八尾市の地名に残っています。  弓削道鏡(ゆげのどうきょう)は、宮中での看病に功績があったとして称徳天皇(718年~770年)からの信任が厚く、太政大臣禅師、法王と次々と重要なポストを務めたといわれています。  称徳天皇は、

  • 高安古墳群周辺の古墳について 高安古墳群周辺の古墳について

    高安古墳群周辺の古墳に「愛宕塚古墳(あたごづかこふん)」があります。愛宕塚古墳は大阪府八尾市神立にあります。八尾市の東には高安山(488m)を含む生駒山地が南北に広がっています(金剛生駒国定公園)。高安山の向こうは奈良県になります。高安山一帯の山麓は旧高安郡に属し、愛宕塚古墳がある地は、扇状台地の高燥地です。愛宕塚古墳はこの扇状台地上の十三峠道の入口にあります。この台地上には前期、後期の単独の古墳

  • 【高安古墳群】(Takayasukofungun)ウィキペディア(Wikipedia) 【高安古墳群】(Takayasukofungun)ウィキペディア(Wikipedia)

         【高安古墳群】(Takayasukofungun)ウィキペディア(Wikipedia)                         

  • 【高安古墳群】(たかやすこふんぐん)ウィキペディア(Wikipedia) 【高安古墳群】(たかやすこふんぐん)ウィキペディア(Wikipedia)

    高安古墳群(たかやすこふんぐん)は、大阪府八尾市の東部、高安山の麓に分布する古墳群。「高安千塚古墳群」の名称で国の史跡に指定されています。八尾市の高安地区中部(千塚、山畑、大窪、服部川、郡川あたり)には約200基の古墳群が現存しており、その多さからこのあたりを「千塚」と呼ぶようになりました。 古墳時代後期の6世紀から7世紀にかけて造られ、大正時代の調査で、かつては600基ほどあったとみられています

  • 【神劔神社】(みつるぎじんじゃ)八尾市 【神劔神社】(みつるぎじんじゃ)八尾市

    【神劔神社】(みつるぎじんじゃ)八尾市  二百二十五年以前の元文元年辰歳国分村反師枩井四郎兵衛らによって造営され素戔嗚命、保食神の二神を祀り田井中村の氏神として永く村民の尊敬を集め弥栄えてきた。往時の旧大和川縁辺に当たる現東老原地区の五条宮跡附近から奈良朝時代の古瓦が発見されたことからみて 田井中村の発祥は極めて古く、從って当社の在史も村発祥の昔にさかのぼるものと思われるが 旧大和川の度々の氾濫に

  • 八尾市田井中に鎮座する【天神社】(てんじんじゃ) 八尾市田井中に鎮座する【天神社】(てんじんじゃ)

    大阪府八尾市田井中に鎮座する「天神社」(てんじんじゃ)。ここを見つけるのは苦労します。住宅密集地の中にひっそりと鎮座 しています。お社の回りをピンク色のコンクリートで改築されていますので、そんなに古い時期のものではないと思われます。 この神社の由緒いついては案内板などが無いので詳細は不明です。また、この場所と同じ八尾市田井中には「神劔神社」(みつるぎじんじゃ) があります。  所在地:大阪府八尾市

  • 【許麻神社】(こまじんじゃ)八尾市

    【許麻神社】(こまじんじゃ)八尾市 式内社で、もと牛頭天王と称され、渋川六座の一である。この地は古く巨麻荘といい、河内国諸蕃の大狛連の住地で、その祖神をまつったと伝えられる。 境内の手洗いの屋形は、むかしの宮寺久宝寺観音院の鐘楼の名残りである。この寺は、聖徳太子の建立で、戦国時代に兵火に逢って焼失した、 その後観音院のみ復興したが、明治初年廃寺となった。本尊十一面観音はいま念佛寺にある。 神社の西

  • 八尾市弓削町一丁目に鎮座する【弓削神社】(ゆげじんじゃ) 八尾市弓削町一丁目に鎮座する【弓削神社】(ゆげじんじゃ)

    【弓削神社】(ゆげじんじゃ)は、大阪府八尾市にある神社。 付近に勢力を保持していた物部氏の一族である弓削氏の氏神である。 八尾の弓削神社は、JR志紀駅・長瀬川を挟んで2箇所あり、東側の東弓削一丁目にある弓削神社と西側の弓削町一丁目にある弓削神社の二社一対で二座にあてている。両社とも式内大社である。 なお、鎮座地は弓削が旧河内国志紀郡、東弓削が旧河内国若江郡にあたり、延喜式神名帳には若江郡の式内社と

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