八尾市

  • 【三十八神社】(みそやじんじゃ)八尾市 【三十八神社】(みそやじんじゃ)八尾市

    【三十八神社】(みそやじんじゃ)八尾市   由緒;三は御祭神(天照皇大神・八幡大神・春日大神)を表し、十八は、神々に対する敬語と伝えられている。この土地に、当神社が建立された年代は明らかではないが、正平年中(北朝の文和年間1352-55)佐々木守綱八世の子孫、佐々木二郎盛恵の居城、福万寺城址と記されている。 御祭神;  ・天照皇大神(あまてらすおおみかみ)  ・イザナギの命とイザナミの命の御子で日

  • 【樟本神社】(くすもとじんじゃ)八尾市木の本(旧丹北郡)、北木の本、南木の本(旧志紀郡)の3箇所 【樟本神社】(くすもとじんじゃ)八尾市木の本(旧丹北郡)、北木の本、南木の本(旧志紀郡)の3箇所

    【樟本神社】(くすもとじんじゃ)は、大阪府八尾市にある神社。延喜式神名帳に「樟本神社 三座 鍬靱 河内国志紀郡鎮座」と記される式内社であり、現在の八尾市木の本(旧丹北郡)、北木の本、南木の本(旧志紀郡)の3箇所に鎮座している。創建の年代は不詳であるが、古墳時代以前に遡ると考えられる。祭神は、古来は木霊とされるが、のち、布都大神、饒速日命。 当地が物部氏の旧領地であり、用明天皇の時代に物部守屋が守護

  • 【稲生神社】(いなりじんじゃ)八尾市天王寺屋 【稲生神社】(いなりじんじゃ)八尾市天王寺屋

    【稲生神社】(いなりじんじゃ)八尾市天王寺屋 八尾市天王寺屋の国道25号線沿いに鎮座する【稲生神社】(いなりじんじゃ)です。 この周囲は天王寺屋吉兵衛氏が開発した天王寺屋新田(てんのうじやしんでん)が地名の由来である地域です。長瀬川(旧久宝寺川)はJR線の東側にあります。 国道25号線でも天王寺屋地蔵(てんのうじやじぞう)と稲生神社の玉垣の前には駐車余地があります。少し高く土盛りされた上に鎮座して

  •  【樟本神社】(くすもとじんじゃ)八尾市木の本 【樟本神社】(くすもとじんじゃ)八尾市木の本

    【樟本神社】(くすもとじんじゃ)は、大阪府八尾市にある神社。延喜式神名帳に「樟本神社 三座 鍬靱 河内国志紀郡鎮座」と記される式内社であり、現在の八尾市木の本(旧丹北郡)、北木の本、南木の本(旧志紀郡)の3箇所に鎮座している。 八尾市木の本 「樟本神社」 用明天皇の御代(約1400年前)物部守屋公が本據地である稲村城(現在は稲城と言われる、光蓮寺敷地)の守護神として崇めていた布都大神を奉祀されたも

  • 【神劔神社】(みつるぎじんじゃ)八尾市 【神劔神社】(みつるぎじんじゃ)八尾市

    【神劔神社】(みつるぎじんじゃ)  二百二十五年以前の元文元年辰歳国分村反師枩井四郎兵衛らによって造営され素戔嗚命、保食神の二神を祀り田井中村の氏神として永く村民の尊敬を集め弥栄えてきた。往時の旧大和川縁辺に当たる現東老原地区の五条宮跡附近から奈良朝時代の古瓦が発見されたことからみて 田井中村の発祥は極めて古く、從って当社の在史も村発祥の昔にさかのぼるものと思われるが 旧大和川の度々の氾濫により村

  • 【シュミイ地蔵】八尾市 【シュミイ地蔵】八尾市

    【シュミイ地蔵】八尾市  東高野街道沿いの恩智城址への登り口脇にある地蔵です。名前の由来は不明ですが、地元恩智の有志が結集して菩提追善のため、彼岸の中日に建立したもの。高さ一三六センチメートル、幅六七センチメートル材質は花崗岩。像の左右に次の銘文がようやく読みとれます。「良盛長盛道梁妙見也阿常助宗、父道善宗恩道明為脩門、道妙□阿妙法、天文十三年甲辰八月時正、河内国恩智□逆修一結衆、敬白」  所在地

  • 【子守社】(こもりしゃ)です。別称は【垣内子守社】(かいちこもりしゃ)/ 八尾市 【子守社】(こもりしゃ)です。別称は【垣内子守社】(かいちこもりしゃ)/ 八尾市

    大阪府八尾市垣内に鎮座する【子守社】(こもりしゃ)です。別称は【垣内子守社】(かいちこもりしゃ)。碑文に書かれているのは、「阪神大震災で鳥居等大きく被災しその債権並びに氏子一丸の賛助と多大の寄進を以って鳥居の奉納併せて境内の大整備を完遂したことを慶び氏子全員の家運隆昌を祈願しここに記す。」

  • 【天照大神高座神社】(あまてらすおおみかみたかくらじんじゃ) と 【岩戸神社】(いわとじんじゃ)/ 八尾市 【天照大神高座神社】(あまてらすおおみかみたかくらじんじゃ) と 【岩戸神社】(いわとじんじゃ)/ 八尾市

    【天照大神高座神社】(あまてらすおおみかみたかくらじんじゃ) と 【岩戸神社】(いわとじんじゃ)は、大阪府八尾市大字教興寺にある神社。 これら二つの神社は隣接しており、境内の境界線もはっきりせず、別々の神社であることに気が付き難いです。 天照大神高座神社は八尾市の南東部・高安山の中腹に位置する。旧社格は村社で、神名帳に「河内国高安郡天照大神高座神社ニ座、並大月次新嘗、元号春日戸神」と記されているこ

  • 【西郡天神社】(にしこおりてんじんじゃ)八尾市 【西郡天神社】(にしこおりてんじんじゃ)八尾市

    【西郡天神社】(にしこおりてんじんじゃ)  由緒;昔の由緒には、当社の創建は天文年間(1532~1553の間)とされ、明治5年には村社に列社し、境内地996坪との事であるが古代国土形築の神道考古学的な観念から推察するには、この地域にはかなり古くより、御心鎮座の可能性もある。 御祭神;須佐之男命。  天照大神の弟神で古代出雲の王、大国主神の父親神、ヤマタノオロチを退治し草薙剣(正式名称・アメノムラク

  • 【常光寺】(じょうこうじ )/【八尾天満宮】(やおてんまんぐう)/【八尾神社】(やおじんじゃ) 【常光寺】(じょうこうじ )/【八尾天満宮】(やおてんまんぐう)/【八尾神社】(やおじんじゃ)

    【常光寺】(じょうこうじ)は、大阪府八尾市本町にある 臨済宗南禅寺派の寺院。南禅寺塔頭金地院の末寺で、山号は初日山。 通称は八尾地蔵尊。 本尊は地蔵菩薩で、弘仁年間(810年~824年ごろ)、小野篁の作と伝えられている。 山門脇に大坂城の残石と「河内最古之音頭発祥地」の碑がある。また、境内に大坂の役で戦死した藤堂家の戦死者の墓がある。  所在地:大阪府八尾市本町5-8-1 【八尾天満宮】(やおてん

  • 「高野山高安・新四国八十八ヶ所」 /八尾市 「高野山高安・新四国八十八ヶ所」 /八尾市

    【天照大神高座神社】(あまてらすおおみかみたかくらじんじゃ) と 【岩戸神社】(いわとじんじゃ)は、大阪府八尾市大字教興寺にある神社。 これら二つの神社は隣接しており、境内の境界線もはっきりせず、参道石段の脇から互いの境内を行き来できる状態です。今回は、岩戸神社にお参りの前に以前より気になっていた「高野山高安・新四国八十八ヶ所」「本尊薬師瑠璃光如来」と書かれた石柱があったので、この中へ入っていくこ

  • 【熊野神社】(くまのじんじゃ)と【西ノ山古墳】(にしのやまこふん) 【熊野神社】(くまのじんじゃ)と【西ノ山古墳】(にしのやまこふん)

    近鉄「服部川」駅から徒歩で【熊野神社】(くまのじんじゃ)へ向かいます。 【熊野神社】(くまのじんじゃ)八尾市 昔、楽音寺熊野神社は、西の山の東金比羅屋敷にありましたが、明治初期に 、貴島康彦先祖の土地である当地に移されたが、その後倒壊し、御身(神)体 は、神立にある郷社玉祖神社に預けられました。昭和三十一年七月十五日、 当神社再建にともない、預けた御身体を持ち帰ったが、御神体名については 宮司並び

  • 【鏡塚古墳】(かがみづかこふん)と 【心合寺山古墳】(しおんじやまこふん) 【鏡塚古墳】(かがみづかこふん)と 【心合寺山古墳】(しおんじやまこふん)

    【鏡塚古墳】(かがみづかこふん) 標高一七メートル、俗に松山とか腹痛山という 墳丘の上部には粘土郭が残り、また火葬跡が二ヵ所発見され、石櫃の蓋の破片も出土している。 古噴時代の中期末の環濠式前方後円墳で、数年前に採土され、その跡に小神祠をまつる。入口のところに宝山神社の碑がある。 昭和三十四年四月大阪府から史跡として指定された。墳丘の上部には粘土槨が残り、また火葬跡が2カ所発見され、石櫃の蓋の破片

  • 【都留美嶌神社】(つるみじまじんじゃ)八尾市 【都留美嶌神社】(つるみじまじんじゃ)八尾市

    【都留美嶌神社】(つるみじまじんじゃ)は,近鉄(大阪線)恩智駅の南800メートルに鎮座する。 社地の背後に玉串川(旧大和川)が流れています。 創立の経緯や祭神も不明であるが,『延喜式』(神名帳)の「都留美嶋神社」(河内國若江郡二十二座の一)に比定される古社です。 いくつかの資料によると,当社はかつては別の場所にあり,それは地名の由来でもある「都塚」と呼ばれる丘の上に鎮座したとされます。 近鉄(大阪

  • 【田植宮】(たうえみや)八尾市服部川 【田植宮】(たうえみや)八尾市服部川

    【田植宮】(たうえみや)は旧東高野街道沿い(旧170号線)沿いの八尾市服部川に鎮座しています。フェンスで囲まれており戸もついています。鳥居があり灯篭も2体あります。下に置かれていり石には「田植宮」と書かれています。隣は特別養護老人ホームです。由緒等は不明です。管理されているようで綺麗に掃除されれています。この【田植宮】の横の坂道を上がっていくと近鉄信貴山口駅に徒歩15分程度で着きます。  住所:大

  • 【白玉大明神】( しらたまだいみょうじん ) 八尾市 【白玉大明神】( しらたまだいみょうじん ) 八尾市

     【白玉大明神】( しらたまだいみょうじん ) 八尾市 この神社は、大阪府八尾市新家町の狭い路地の間にひっそと鎮座しています。近くを通ると赤い鳥居が一瞬見えるだけです。鳥居に額はなく、案内板などもありませんので由緒などは不明です。後で調べてみるとこの神社は【白玉大明神 】( しらたまだいみょうじん ) 」であることが分かりました。 住所:大阪府八尾市新家町2丁目 

  • 【柏村稲荷神社】(かしむらいなりじんじゃ)八尾市 【柏村稲荷神社】(かしむらいなりじんじゃ)八尾市

    【柏村稲荷神社】(かしむらいなりじんじゃ)八尾市  由来:古来この辺りは旧大和川が流れていたが、たび重なる洪水により附近の人々は大へんな災害を蒙るので当時川筋に当る今米の庄屋中甚兵衛親子二代が五十年間幕府に訴えつづけ、遂に許可を得て現在の大和川に付替えられたのが、宝永元年(一七〇四)で二八一年前のことである。そこで旧川の川床や沼地を三年がかりで開墾し24町歩余りの新田とされたのが大田村の柏原仁兵衛

  • 【阪合神社】(さかあいじんじゃ)大阪府八尾市 【阪合神社】(さかあいじんじゃ)大阪府八尾市

    【阪合神社】(さかあいじんじゃ)大阪府八尾市 近鉄(大阪線)河内山本駅の西南西500メートルに鎮座します。 社地は幹線道路に近いわりに静寂が保たれている『延喜式』(神名帳)所載の「坂合神社二座」(河内国若江郡二十二座のうち)に比定される古社。「坂合」は「サカアヒ」とも「サカヒ」とも読みます。 明治四十年(1907)年に矢作神社(八尾市南本町6丁目)に合併されましたが,故地への遷座を望む声が高まり,

  • 【矢作神社】(やはぎじんじゃ)大阪府八尾市 【矢作神社】(やはぎじんじゃ)大阪府八尾市

    【矢作神社】(やはぎじんじゃ)は、延喜式神名帳に記されている式内社で、別宮八幡とも称する。矢作は「やつくり」とも読む。当地は、元は物部氏の傍系一族である矢作連の屋敷跡であったとされ、神社は矢作連の氏神である。11世紀に石清水八幡宮の掃部別宮(八尾掃部別宮)となり、江戸時代には石清水八幡宮の掃部奉仕をしている。別宮八幡といわれる所以である。境内には大きなクスノキが数本茂っている。また、社前の大きな銀

  • 民家の壁に埋もれる「稲荷明神」/ 八尾市 民家の壁に埋もれる「稲荷明神」/ 八尾市

    今年最後のショットです。八尾市内の神社巡りは、すでに完了したと信じていましたが、民家の壁に埋もれる「稲荷明神」を見つけてしまいました。地蔵尊だと思ってました。来年から調査し直しです。。。(・・;) (12月31日撮影) 場所:大阪府八尾市久宝寺6丁目5 (寺内町) 赤い枠の額には、九圓の文字と読めない1文字、その下に「稲荷神社」と思われます。 寺内町は観光スポットです。 「顕証寺」(けんしょうじ)