富田林市

  • 【宮山春日神社】(かすがじんじゃ)富田林市 【宮山春日神社】(かすがじんじゃ)富田林市

    【宮山春日神社】(かすがじんじゃ)富田林市 祭神 :天兒屋根命 配祀 金山彦命、經津主命、武甕槌命 合祀 一言主神 摂社:伏見堂神社「一言主神」、横山天神社(汐の宮:菅原神社)「菅原道真、事代主命、天穂日命」、厳島神社「善女竜王」、海神社「市杵島姫命」 由緒:彼方の宮さん(おちかたのみやさん)との通称がある。 彼方村大字彼方字宮山。本地はもと錦部郡に属し、『和名抄』記載の百済郷の内の西條荘と言った

  • 【瀧谷不動明王寺】(たきだにふどうみょうおうじ)富田林市 【瀧谷不動明王寺】(たきだにふどうみょうおうじ)富田林市

    【瀧谷不動明王寺】(たきだにふどうみょうおうじ)は大阪府富田林市にある真言宗智山派の仏教寺院。日本三不動のひとつ[1]。山号は瀧谷山。正式な寺号は明王寺。一般には山号の瀧谷山にちなんで滝谷不動、滝谷不動尊と言う。また、「目の神様」「芽の出る不動様」などと呼ばれる。寺伝によれば、821年(弘仁12年)に空海が龍泉寺に参籠したときに、国家安泰、万民化益を願い、一刀三礼で不動明王・矜羯羅童子(こんがらど

  • 【富田林寺内町】(とんだばやしじないちょう、とんだばやしじないまち) 【富田林寺内町】(とんだばやしじないちょう、とんだばやしじないまち)

    【富田林寺内町】(とんだばやしじないちょう、とんだばやしじないまち)は、大阪府富田林市にある寺内町。江戸時代から昭和初期の町並みが残ることで知られる。 富田林寺内町は、戦国時代末期の永禄3年(1560年)、西本願寺派興正寺第14世・証秀が、石川西側の河岸段丘の荒芝地を百貫文で購入し、周辺4ヶ村(中野・新堂・毛人谷(えびたに)・山中田)の「八人衆」の協力で、芝地の開発、御堂(興正寺別院)の建立、畑・

  • 【美具久留御魂神社】(みぐくるみたまじんじゃ)大阪府富田林市 【美具久留御魂神社】(みぐくるみたまじんじゃ)大阪府富田林市

    【美具久留御魂神社】(みぐくるみたまじんじゃ)は、大阪府富田林市にある神社である。式内社で、旧社格は郷社。 美具久留御魂大神(大国主命)を主祭神とし、左殿に天水分神(あめのみくまりのかみ)、弥都波迺売命(みずはのめのみこと)、右殿に国水分神(くにのみくまりのかみ)、須勢理比売命(すせりひめのみこと)を配祀する。左右殿に同じ神を祀る建水分神社を上水分社と呼ぶのに対し、当社は下水分社(しものすいぶんの

  • 【錦織神社】(にしきおりじんじゃ)富田林市 【錦織神社】(にしきおりじんじゃ)富田林市

    【錦織神社】(にしきおりじんじゃ)富田林市 地元では、錦織を「にしこり」「にしこおり」「にしごり」と呼ばれています。 所在地は本来の錦織地区からはかなり離れています。神社のある地域は、太古は「錦部(にしごり)部」と呼ばれていたらしく、旧くは織物の技術を持つ人々が百済より渡来し住みついていたとされています。神社は錦部部(錦部氏)の氏神です。 創建年代は不明ですが、昭和10年(1935年)の本殿修理の