伊勢崎市

  • 6599 あずま橋と二十三夜塔(国定町一丁目1243-1) 6599 あずま橋と二十三夜塔(国定町一丁目1243-1)

    古代ではこの付近を東山道という道路が東西に通っていました。 東山道とは当時の都である奈良や京都と東北地方とを結ぶ重要な官道であり、途中岐阜、長野、群馬、栃木、茨城、福島を通っていました。 その後近世に至りあずま道と呼ばれる様になり、私達の住む東村の語源ともなりました。 このあずま道が早川を渡る場所には古くからの土橋がかけられており、人々からあずま橋と呼ばれていました。 しかしながら、早川の氾濫によ

  • 6598 観光ルート起点「あずま道」の碑(群馬県伊勢崎市国定町2丁目1805・国定駅南口) 6598 観光ルート起点「あずま道」の碑(群馬県伊勢崎市国定町2丁目1805・国定駅南口)

    平成 15年度東村観光ルート整備事業の実地にあたり、東村 ( あずまむら ) という村名の由来ともなった中世の道「あずま道」の通っていたこの地を観光ルートの起点とすることを記念し、「あずま道」に関連する郷士の歴史を後世に残す目的にこの碑を建立する。 ●【 あずま道 】 「あずま道」は、京都から岐阜・長野などを経て群馬に入り、東北地方へ向かっていた中世からの幹線道路で「あずまぢ」と呼ばれていたようで

  • 6579 下植木赤城神社石造美術郡(伊勢崎市昭和町1645-1・赤城神社) 6579 下植木赤城神社石造美術郡(伊勢崎市昭和町1645-1・赤城神社)

    古碑殿内にある中央の宝塔二基と、左側の石幢 ( せきどう ) 一基が指定物件で、右側の宝塔には観応 ( かんのう ) 二年 ( 1351 )、左側の宝塔には貞治 ( じょうじ ) 五年 ( 1366 )、いちばん左側の石幢には延徳二年 ( 1490 ) のそれぞれ刻銘があり、造立 ( ぞうりゅう ) は南北朝時代から室町時代初期のものです。 形態はさまざまですが、基礎部の刻銘などにより、法華信仰