• もう一つ、嬉しかったこと

    彼のお父さんから、これも後々聞いたお話。 入院して3日目か4日目。彼のお父さんが面会に行かれた際、彼は訊かれたことに頷きや首振りくらいはできる意識レベルだったそうだ。 その時彼のお父さんは「昨日俺や母親や姉が面会に来たことは覚えているか?」と訊かれたそうだ。 彼は首を横に振ったとのこと。 「ナナドゴブさんが面会に来たことは?」と訊くと彼はにっこり笑って何度も頷いたとのことだった。 嬉しかったのと、

  • ICU症候群

    ICU症候群というものがある。 ICU=集中治療室は高度な医療が必要な患者や、全身状態の綿密な管理が必要な患者、病状が重篤な患者が入る所だ。 そのため様々な医療器具やモニターなどがつけられる。 24時間集中的に患者を看ている為、一般病棟以上に日付や時間の感覚がわかりにくい。 そのため患者は自分はどうなるのかとパニックを起こし、せん妄などの精神症状が出る場合がある。 ICUで治療を受ける患者にある程

  • 11月29日

    11月29日。 昨年も一昨年もすごく印象に残っている日。 2014年11月29日。 現在の職場の採用試験を受けた。 この試験を落としたら今年度中はもう転職は厳しい状況だったので、ものすごくプレッシャーに感じていたことは覚えている。 彼はこの日の朝、私にメールをくれた。 「あんまり緊張しすぎないで、ナナドゴブらしさを出して頑張ってね」と。 嬉しかった。 正直、試験の出来はあまり良くなかった。 終わっ

  • 去年の今頃に

    きっと今頃だ。 倒れて病院に運び込まれたのは。 お昼頃だと聞いたし。 彼は倒れ、頭を打った瞬間何を思っただろう。 くも膜下出血だから、かなり痛かったよね。 痛い‼痛い‼助けて‼・・・って無我夢中で助けを呼んだよね。 そんなことを考えるとまた涙が出そうになる。 午前中はバタバタしていた分、考えることもあまりなかった。 でもやっぱり悲しいし、胸の奥を誰かに引っ掻き回されている感じ。 彼が助けを求めて伸

  • もしもあの日・・

    休日はいろいろなことを考える。 頭からっぽにしたいと思うんだけれどね。 2015年11月28日、お昼頃。 彼は職場のトイレで転倒し、頭を強打した。 実際は誰も見ていないから、推測でしかないけれど。 もしもあの日、私が彼の所へ行って仕事を休ませていたら・・。 ベッドから絶対に一歩も動かないように言っていたら・・。 彼はまだこちらにいたんだろうか。 それとも彼の命はそこまでと決まっていて、また別の原因

  • 伝えられなかった言葉

    2015年12月4日午前4時32分。 「ご臨終です」という言葉と共に、彼はこの世からいなくなった。 彼がいなくなる直前、無我夢中で「大好きだよ!!」と叫んだことは覚えている。 でも一緒に過ごせて嬉しかったこと、感謝の気持ちは伝えることができなかった。 もうそれを言ってしまったら、本当に最期のような気がしたから。 主治医から病状説明を受けた後、手を握りながら彼の傍にいた。 その時から何度も「ありがと

  • 彼の最期の眠りと私の願い

    私はもともと低血圧のせいか、朝に弱い。 覚醒まで時間がかかるし、寝起きですぐ食事を摂ると気持ち悪くなってしまう。 対して彼は寝起きがすごく良かった。 朝、目覚ましがなればすっきりと起きることができたし、すぐに活動を開始できた。 すごく羨ましかった。 どんなに熟睡していても、私が「○○~」と名前を呼んだらすぐに起きたっけ。 いきなりパッチリ目を覚ますから本当にびっくりした。 そして「ナナドゴブ♪」っ

  • 最期の時

    私のアパートから病院までは15分ほど。 彼の実家から病院までは1時間ほどかかる。 そのため彼の所には、私の方が先に着いてしまった。 彼の傍に駆け寄る。 彼の顔、そして胸の辺りは真っ赤だった。そして触ってみると熱い。 なのに、手や足の先は冷たくなっていた。 そして彼の心臓はとてもはやく脈打っていた。胸の動きでわかるくらいにバクバク動いていた。まるで最後の力を振り絞っているようだった。 私は彼の左手を

  • 病院を出てから・・

    アパートに戻る前、私は職場に立ち寄った。 明日から恐らく来られなくなる。病院へ向かうときも仕事を放り出してきたので、少し整理しておかなくてはいけないと思ったからだ。 守衛さんに特別に鍵を借り、部屋の中へ入る。 携帯を気にしながら、一時間ほど仕事をした。 その後、アパートに帰って家事を淡々とこなした。 そして、友人にも連絡した。彼がもう最期を迎えそうだと。 友人は驚き、電話の向こうで泣いてくれた。

  • 個室に移されて

    待合室で待っている間、私は自分の両親に連絡を入れた。 彼はもういつ最期を迎えてもおかしくない、ということを伝えると両親は絶句していた。 ただ、何かあった時は連絡を入れてほしいとだけ言われた。 余計なことを訊かないでいてくれるのは本当にありがたかった。 多分、数日そっちに帰ることになると思う、と伝えるとわかった、とも言ってくれた。 処置が終わり、彼は個室に移された。 多分最期が近いからだろう。 私は

  • 言いたくなかった言葉

    その後も私はずっと彼のそばにいた。 看護師さんの仕事の邪魔だったかもしれないが、どうしても離れられなかった。 彼の友人が帰ってしばらくした後、看護師さんが身体を拭きに来てくださった。 流石に邪魔になるので、少し離れる。 「終わりましたよ」という看護師さんの言葉に再び彼の所に戻る。 そして彼の顔を見た時・・・ 今まで寝ているような顔しかしていなかったのに。 彼は下顎呼吸をしていた。 口を大きく開けて

  • 病状説明を受けた後

    先生からの説明が終わり、私は彼の所に戻った。 彼の左腕はもう、動いていなかった。 私は彼の動いていない左手を握った。 彼と私が手を繋ぐ時は、彼の左手と私の右手を繋ぐことが多かったからだ。 「どうして・・・○○、どうして・・・」 「結婚しようって言ってくれたじゃない」 「一体、どこでそんなに頭を強く打ったの?」 「12月は今まで忙しかった分、ゆっくりしようねって言ったじゃない・・・」 そんなことを言

  • 延命治療について

    「お互い無理な延命治療はしないでおこう」 彼と前から約束していたこと。 彼は言っていた。 「ナナドゴブー俺は無理な延命は望まないからね。管だらけになって死ぬのは嫌だから。自然に死なせてね。将来もし何かあったらそうしてね。」と。 私は「わかったよー。でも先にいなくならないでよ。それに私の時もそうしてね。」と答えていた。 でもそんなことはまだまだ先だと思っていた。 結婚して、一緒にいろんなことをして、

  • 病状説明

    主治医から病状説明を聞くことができるのは普通、家族のみだ。 私はかなり特殊だっただろう。彼女とはいえ赤の他人だ。 後から聞いたところによれば、主治医の先生が私が毎日見舞いに来ているのを看護師さんから聞いて、彼女さんにも病状説明をしたいと申し出てくれたそうだ。 彼のご家族もぜひお願いしますと答えたとのこと。 そして延命治療を行うかどうかも訊いてほしいとご家族はおっしゃったそうだ。 このことは今でも本

  • 入院6日目(2)

    病院に着いて急いでICUへ向かう。 そして彼と対面した。 彼は眼を閉じて眠っているように見えた。 ただ、耳元で声をかけても刺激を与えても眼を開けることはなかった。 しきりに左腕のみ動かしていた。 彼の腕はもう拘束されていない。 それは彼の腕はもう、点滴を抜去するほどの力もないということを意味した。 看護師から「主治医は他の患者の処置中ですので、もうしばらくお待ちいただいてもいいでしょうか?」と訊か

  • 入院6日目

    2015年12月3日。 午前中は全く仕事に集中できなかった。 はやく彼の所に行きたい、はやく時間が過ぎてくれと思っていた。 午後3時ごろ。私に電話が入った。 「ナナドゴブさんですか?××病院のICUの師長です。」 もうこの時点で嫌な予感しかしなかった。 申し訳なさそうに師長さんは続けた。 「電話で言うのもどうかと思うんですが・・・○○さんの脳の腫れがひかないんです。」 「先程、ご家族には説明し延命

  • 入院 5日目(2)

    この日、病院からの帰りに彼の部屋へ寄った。 彼から貰った合鍵を使って部屋へ入る。 今から思えば不法侵入かもしれない。 彼の部屋は、最後に一緒に過ごした時と何も変わっていなかった。 しばらく部屋に立ってぼーっとしていた。 彼は最後に部屋を出た時、その日に帰ってくることができなくなるなんて微塵も思わなかったに違いない。 いつもと同じ、普通の出勤だと意識すらしていなかったと思う。 それを考えると猛烈に悲

  • 入院 5日目

    2015年12月2日。 この日は仕事が長引いてしまい、ちょっと遅くに病院に入った。 ただ看護師さんが配慮してくれて、面会時間より少し長く病院にいることができた。 この日は1時間近く、病院にいた。 病室に入ると昨日より覚醒状態が悪かった。 呼びかけても、手を握っても何も反応がなかった。 俗に『痛覚刺激』と呼ばれるものもやってみた。 手の爪の根元を、自分の爪でギューと押すのだ。常人だったら飛び上がるく

  • 入院 4日目

    2015年12月1日。 この日も仕事が終わってから病院へ行った。 面会時間は40分ほど。 すごく短く感じた40分だったけれど。 病室に着くとやはり彼は眠っていた。 ただ、「ナナドゴブだよ。わかる?」と訊くと頷いてくれた。 看護師さんに訊くと食事はほとんど入っていないとのこと。 また、脳が腫れてきているとのことだった。 昨晩興奮してしまったため、薬で落ち着かせているとも言われた。 時々眼を開けてこち

  • 入院 3日目

    2015年11月30日。 この日は月曜日なので仕事。本当は休みたかったけれど。 そんなことも言ってられないので仕事に向かう。 ICUなので長時間の付き添いはどちらにしろできない。 先輩に事情を話し、定時であがらせてもらえた。 かなり驚いていたが「いいよ、早く行ってきなさい。」と言ってもらえた。 本当に私は周りの人に恵まれている。 ICUの面会時間は19時までだから、そんなに時間に余裕はない。 この

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