• 受容について 番外編 【coffee & chocolate】

    香ばしい香りがキッチンに漂う。 セフンはテーブルに突っ伏し、シウミンがコーヒーを淹れる姿を見ていた。 吊り上がった目だなあ。 セフンは思う。 その視線は下にあり、じゅじゅじゅじゅじゅ、という、フィルターが湯を染み渡らせるさりげない音と、ゆるゆると渦を巻く湯気に、神経は集中されている。 と、 「…見んなよ」 左右対称でない笑顔を口元に作り、照れたようにシウミンは言った。目はコーヒーが落ちていくさまを

  • あとがき(受容について)

    こんにちは。 フェリシティ檸檬です。 ようやく、完結致しました。受容について。 ようやくっていうほど長いのかどうか。それは自分でも疑問に思わないでもないですが、私がここで書いてきたお話の中では最長となりました。 お読み頂けた方、いかがでしたでしょうか。 ご満足頂けるものになっているといいなあと思います。 今までである意味一番楽しく書けたお話だったような気がするくらい、だからこそここまで長くなったと

  • シング シング シング 番外編 ー受容と需要ー

    柔らかく、温かい光が、ふたりのついたテーブルの上を照らしている。紙ナプキンや塩、胡椒が、影を伸ばす。 目の前に座ったd.oが窓の外を眺めるのを、チェンは見つめる。斜め横の顔が本当に魅惑的だとチェンは改めて思う。その輪郭を陽光が照らし、本人自身が光を発しているようだ。黒縁眼鏡の奥の黒目の位置まで完璧だった。 視線をふいにチェンに送る。その眼差しの動かし方すらチェンの首をぞわりとさせるに充分だった。

  • 受容について 21

    空が染まっていく。 日暮れのグラデーションに彩られた街中は、平日にも関わらずたくさんの人を包み、活気と温かみに満ちている。 多くの人がいる中を歩くのはいつも少し緊張する。シウミンは眼鏡と帽子を整え、マスクを鼻まで上げた。今日はちょっと服が派手過ぎたかも。そんな考えが頭をよぎるが、他人以上に今は身内がより問題だった。 心持ち隙間を空けて、シウミンよりわずかに遅れて歩く弟分。 背が高い分セフンは人目を

  • 受容について 20

    セフンは困惑していた。 今までなんとか避けてきたのに、とうとう移動車の後部座席にシウミンと隣り合わせで座ってしまった。 チャニョル兄さんめ。 助手席に座るチャニョルの後頭部を睨みつけるしか今できることはなかった。ほらほらお前もたまにはそこらへん座れーと言いながら、チャニョルは後頭部の端っこにセフンを押し込んだのだった。一番最後に乗ったシウミンに選択肢はなかった。 窓際に上半身を向けて、なるべく左側

  • 受容について 19

    「あ、ミンソク兄さん」 久しぶりの完全オフの日。家に篭り、シウミンはソファの上に脚を折り曲げて縮こまっていた。 ダイニングルームに入ってきたd.oは、仕事帰りだった。 キャップとマスクを身に付け、鞄を肩に掛けて、片手に大きな花束を持っている。黄、赤、オレンジを中心とした花の洪水が手の中から溢れるようだ。がさ、がさ、とd.oが動くたび声を上げた。 「花瓶ってどこだっけ」 くぐもった声で話し掛けられ、

  • 受容について 18

    シウミンの撮影がすべて終わった。 生活に平穏が少し、戻った。セフンとの関係は変わらぬまま。 コートの要らない季節になっていた。 今日はロケ撮影だった。晴れ上がった青空のもと、珍しく全員揃ってCMを撮る中、スホが、隣にスタンバイしたセフンに小声で言った。 「お前、あいつとはもうすっかり終わっちゃったのか?」 アングルの固定を待ちながら、強い日差しに皆汗が浮きそうだった。日傘が頭上に掲げられ、それでも

  • 受容について 14

    2時を回っていた。玄関とダイニングルーム以外の灯りは点いていないようだった。 シウミンは足音を忍ばせてダイニングルームの扉を開けた。 セフンがいた。 思わずシウミンは息を止めた。 ソファに仰向けに横たわり、穏やかな寝息を立てて眠っているのがすぐ分かる。 大きなため息をつき、シウミンはそっと後ろ手にドアを閉めた。 自分の部屋へ向かい、なるべく音を立てずに着ているものを脱ぎ、荷物を片付け、再びダイニン

  • 受容について 11

    しばらくうとうとして時間が過ぎた。胸の違和感を拭えないまま、まだ出かけるまで間はあるが、諦めて起きてしまおうとシウミンはベッドを出た。コーヒーを淹れよう。仕事のこととセフンのことでシウミンは押し潰されそうであった。随分と顔色が悪いだろうと、鏡を見なくとも自分で察しがつく。無理矢理何か食べ、コーヒーで流し込もう。確かマネージャーがくれたチョコロールパンが残っているはずだ。考えながら、今、チョコレート

  • 受容について 10

    目の下に真っ黒なクマのできたシウミンが、口をぽっかり開け、枕を抱きかかえてベッドに倒れ込んでいる。いびきに近い寝息を立てて、真昼間、彼は気を失ったように眠っていた。 ようやく帰ることのできる段になった時間は早朝と呼べる頃を過ぎていた。 やはり。俳優という仕事はシウミンの何もかもを疲弊させた。やれるだけのことはやっているつもりだが、それがまったく足りたものではないということも感じていた。重い体をなん

  • 受容について 9

    仕事終わりの夜、メンバーの大半がマネージャーとともに中華料理店での食事を楽しんでいた。 皆疲れてくたくたであったが、若さと生来の明るさと仲の良さで和気あいあいの雰囲気がテーブル全体を包んでいた。 化粧を落とし、クマができつつもさっぱりと素のままの顔をさらした面々が、目の前に並んだ大量の料理をすごい勢いで胃に納めていく。オレンジや赤、緑、茶色に光る皿の上のもろもろが、青年たちの油で輝く唇の間へと消え

  • 受容について 8

    段落を追いながら、シウミンは内容に集中しようと額に浮かぶ汗をまたタオルで拭いた。 脚本をめくる指先も湿って、紙がふやけたようになる。 口元にタオルを持って来ると、ふー、と息をはいてシウミンは手元から目を上げた。 ダンス練習を続けていたd.oが、鏡の中のシウミンのようすを見て、動きを止めた。音楽だけが前進を続ける。 息の荒いd.oの口が少し隙間を作っている。顔全体にしっとりと水分をまとい、のろのろと

  • 受容について 6

    だんだん太陽が隠れ始め、あたりは夕闇に包まれてきた。橙色に墨を垂らしたような街の風景の中に、眼鏡と帽子、灰をかぶったような色味の服装のでこぼこのふたりが溶け込んでいた。気温が低く、吐く息が白く流れていた。口元まで覆ったマフラーが、それぞれの顔を半分近く隠し、自らの体温で眼鏡が時折白く染まる。シウミンのそのさまは非常に子供っぽく人には映った。上から見下ろすセフンには更に幼く見える。セフンはあの独特な

  • 受容について 5

    ケーキが食べたい。セフンはその日仕事を終えて帰る車中、ずっとひとりでそう言い続けた。思ったよりも早く上がれた為スタッフも含め皆上機嫌と言ってよかった。だからセフンの欲求を常よりも笑って楽しく聞いた。何のケーキが一番好きかというお決まりの話題で盛り上がりもした。チョコレート、チーズ、フルーツ。セフンは生チョコレートのケーキがいいと言った。チョコの塊のようなそれをホールで食べたいと。気が済むまでカット

  • 受容について 3

    乾燥しているな。コーヒーを飲みながらシウミンは自らの手を擦り合わせた。昨夜セフンの背中を触ったときも頭の片隅で思った。広い肩幅に指を這わせたときの感触。シウミンの目はカップから立ち上る湯気を見るともなしに見た。セフンとの逢瀬の翌朝は背徳感とともにある。これまで感じたことのなかった疲労とも。体力には自信があったが、この内側から湧いてくるような脱力感は、いつも以上に朝早く起き、細々した家事をしたり、軽