• 【藤ノ木古墳】(ふじのきこふん)奈良県生駒郡斑鳩町

    【藤ノ木古墳】(ふじのきこふん) は奈良県生駒郡斑鳩町にある古墳(円墳)。「藤ノ木」の名称は所在地の字名に由来するが、法隆寺関係の古文書・古記録によれば、かつては「ミササキ」「陵山」(みささぎやま)などと呼ばれていた。 玄室内から大量に出土した土師器、須恵器の年代から古墳時代後期、6世紀第4四半期の円墳であると推定されている。この時期に畿内では前方後円墳の造営が終わりに近づいていた。古墳は法隆寺西

  • 「岩谷弘法大使」大阪府八尾市

    大阪府八尾市大字教興寺に【天照大神高座神社】(あまてらすおおみかみたかくらじんじゃ) と 【岩戸神社】(いわとじんじゃ)があります。これらの神社へ向かう参道の途中に「高野山高安・新四国八十八ヶ所」「本尊薬師瑠璃光如来」と書かれた石柱があります。この石柱の間の急な坂を登っていくと、両側にたくさんのお地蔵様が並んでいます。台石には番号では無く奉納建立者のお名前が刻まれています。さらに登っていくと一軒の

  • 【鶯塚】(うぐいすつか)大阪市北区

    【鶯塚】(うぐいすつか)大阪市北区 天満方面から長柄橋へ向う途中、旧道の脇に【鶯塚】(うぐいすつか)があります。大きな木を赤い鳥居と玉垣で囲われています。「稲荷神」も祀られています。 由緒が書かれたパネル板があり。「鶯塚の由来」についてつぎのように書かれてあります。 この鶯塚は今から千二百年ほど昔、長柄長者の美姫が鶯を飼って人間の様にに可愛がっていた。ところがこの姫が病の為に死ぬと鶯は深くその死を

  • 【安福寺横穴群】大阪府柏原市

    市立玉手山公園など玉手山の一帯は、大坂夏の陣(1615)の古戦場であるとともに古墳時代前期(4世紀)の古墳群でもあります。大和川と石川の合流点を望む玉手山丘陵上には、合計14基の前方後円墳と数基の円墳が、南北に連なって築造されています。また、公園に隣接する安福寺参道などには、6~7世紀の墓である横穴群も存在し、考古学上も大変貴重な地域です。門をくぐるとすぐに参道の両側に安福寺横穴群が広がっています

  • 【神光寺】(じんこうじ)と付近一帯の「高安古墳群」/ 八尾市

    【神光寺】(じんこうじ)八尾市 大阪府八尾市の服部川の東方山腹に谷一つ隔て郡川の法蔵寺に相対して【神光寺】(じんこうじ)があります。正式には、医王山薬師院神光寺と称し、曹洞宗蔭涼寺末。享保年間(18世紀初め)に万徹和尚の開基で、薬師如来を本尊とし、本堂前に揚げてある「天玄堂」の扁額は、徳川光圀の帰依した東皇心越の書です。参道には桜並木があり、桜の名所として知られ、春の花時には非常に賑わいを見せます

  • 【中野古墳群】(なかのこふんぐん)神戸市

    【中野古墳群】(なかのこふんぐん)神戸市 中野古墳群 中野1号墳:神戸市北区道場町中野のJR道場駅すぐ北側の道路沿いに石室が開口しています。周辺に5基分布しますが、見学可能なのはこの1号墳のみです。径19mの円墳で周囲を削られていますが、全長約10mの大型石室はほぼ完存、玄室幅2m、高さ3mの巨石を使った左片袖式です。 神鉄道場駅近くにはきれいに復元された円墳と前方後円墳があります。 #じゃらんネ

  • 【仲姫命陵古墳】(なかつひめのみことりょうこふん)藤井寺市

    【仲姫命陵古墳】(なかつひめのみことりょうこふん)藤井寺市 大きさは墳丘長290メートル!古市古墳群で2番目、藤井寺市内で1番大きな古墳です。5世紀前半に築造された大型前方後円墳です。墳丘長は290mで古市古墳群では応神天皇陵古墳(羽曳野市)に次ぐ大きさを誇ります。後円部側には陪塚と考られる鍋塚古墳があります。 所在地 :大阪府藤井寺市沢田4丁目 アクセス:近鉄「土師ノ里」駅から南西へ約300メー

  • 【開山塚古墳】(かいざんつかこふん)大阪府八尾市

    【開山塚古墳】(かいざんつかこふん)大阪府八尾市  開山塚古墳という古墳の名称は、江戸時代に曹洞宗法蔵寺を開いた好山和尚の廟塔である清涼塔が、古墳の背後にあることから、名付けられたものです。石室の全長は、13mを測り、高安古墳群中、最大の両袖式の横穴式石室墳です。また、大森貝塚を発見した米国人の博物学者、エドワード・S・モースが、明治12年(1879年)に精密な図の作成を行うなどの調査を行い、欧米

  • 【鏡塚古墳】(かがみづかこふん)大阪府八尾市

    【鏡塚古墳】(かがみづかこふん)大阪府八尾市市 標高一七メートル、俗に松山とか腹痛山という 墳丘の上部には粘土郭が残り、また火葬跡が二ヵ所発見され、石櫃の蓋の破片も出土している。 古噴時代の中期末の環濠式前方後円墳で、数年前に採土され、その跡に小神祠をまつる。入口のところに「宝山神社」の碑がある。 昭和三十四年四月大阪府から史跡として指定された。墳丘の上部には粘土槨が残り、また火葬跡が2カ所発見さ

  • 幻の八尾ドルメン古墳 Mysterious Tumulus, "Yao Dolmen". 大阪府八尾市

    幻の八尾ドルメン古墳 Mysterious Tumulus, "Yao Dolmen". 大阪府八尾市 全国的に有名な大阪府八尾市の高安古墳群の中で「八尾ドルメン」(又は「河内ドルメン」)とばれる古墳です。 高安古墳群とは6世紀代に、生駒西麓に造られた、300基以上の横穴式石室墳が集中する古墳群です。 服部川・山畑・大窪・郡川の地域に集中して造られており、この地域は「高安千塚」ともいわれています。

  • 【山畑古墳群】(やまはたこふんぐん)東大阪市

    【山畑古墳群】(やまはたこふんぐん)東大阪市 大阪府東大阪市南東部(上四条町、瓢箪山町あたり)に分布する群集墳。東大阪市内では最大規模の古墳群。 6世紀後半から7世紀はじめにかけて築造され、大半は直径10~15m程度の円墳であるが、双円墳や上円下方墳も含まれる。かつては100基以上あったとされるが、住宅開発などで破壊されたものも含めて70基ほどが確認されており、大半は東大阪市立郷土博物館の近辺周囲

  • 【愛宕塚古墳】(あたごつかこふん)大阪府八尾市

    【愛宕塚古墳】(あたごつかこふん)大阪府八尾市 古墳時代後期の横穴式石室墳。封土は墳頂部を除いてよく保たれており墳丘は径約二五メートル、高さ六、五メートルで、円墳の形状をよくとどめている。巨石を積み上げた横穴式石室は奥行一六、七六メートル、玄室の高さ四、一メートルを測り、高安古墳群中最大規模の後期古墳である。石室は古くから開口していたが、昭和四二年学術調査が行われた。遺物では凝灰岩製の家形石棺片、

  • 【松岳山古墳】(まつおかやまこふん)大阪府柏原市

    【松岳山古墳】(まつおかやまこふん)大阪府柏原市  国分神社の奥に広がる丘陵上にある全長約130mの前方後円墳です。この古墳には、円筒埴輪や巨大な鰭付楕円筒埴輪(ひ れつきだえんとうはにわ)が立てられていました。後円部墳頂には組合式石棺(6枚の石板を組み合せた棺)が露出しています。石棺を覆う竪穴式石室の原状は 不明ですが、周囲に板石が大量に散乱する現状から石室は墳丘上に積石塚のように築かれていたと

  • 【藤ノ木古墳】(ふじのきこふん)奈良県生駒郡斑鳩町

    藤ノ木古墳(ふじのきこふん)は奈良県生駒郡斑鳩町にある古墳(円墳)。「藤ノ木」の名称は所在地の字名に由来するが、法隆寺関係の古文書・古記録によれば、かつては「ミササキ」「陵山」(みささぎやま)などと呼ばれていた。 玄室内から大量に出土した土師器、須恵器の年代から古墳時代後期、6世紀第4四半期の円墳であると推定されている。この時期に畿内では前方後円墳の造営が終わりに近づいていた。古墳は法隆寺西院伽藍

  • 【道明寺盾塚古墳公園】藤井寺市

    五世紀初頭の築造。帆立貝式前方後円墳。 全長約110メートル、墳丘長さ約73メートル、後円部径約46メートル、高さ約7.5メートル。前方部幅約20センチ、高さ約1.8メートル。。 造り出しと周濠も確認されている。出土品は鉄製武器・武具・農道具・鏡・玉類など。 府営住宅建設の際に調査され消滅、現在は公園内に復元されている。 住所:大阪府藤井寺市道明寺6丁目

  • 【古室山古墳】(こむろやまこふん)藤井寺市

    【古室山古墳】(こむろやまこふん) 前方後円墳。1956年(昭和31年)9月22日に単独の古墳として国の史跡に指定され、2001年1月29日には近隣の他の古墳とともに国の史跡「古市古墳群」として、あらためて指定された。 古市古墳群の北部、誉田御廟山古墳の北東に位置する。全長約150メートル、後円部径約96メートル、高さ約15.3メートル、前方部幅約100メートル、高さ約9.3メートル。墳丘は三段築

  • 【衣縫塚古墳】 (いぬいづかこふん)大阪府藤井寺市

    【衣縫塚古墳】  古市古墳群に属する允恭陵陪塚、径約20メートルの円墳。 古市古墳群に属し、第十九代允恭天皇の陵とされる市ノ山古墳の前方部東側にあり、宮内庁によって「允恭天皇陵ろ号陪冢」に治定されている、径約20メートルの円墳。他に市ノ山古墳の陪塚としては、宮の南塚古墳がある。円筒埴輪や、形象埴輪(家、人物、太刀などが出土している。5世紀後半の築造とみられる。 平安時代の初めに衣縫塚古墳周辺にいた

  • 【津堂八幡神社】(つどうはちまんじんじゃ)津堂城山古墳 / 藤井寺市津堂

    【津堂八幡神社】(つどうはちまんじんじゃ)  大きな古墳の上にある八幡さんです。 神社のある津堂城山古墳 墳丘及び内濠は史跡指定。社殿背後の柵に囲まれた、鎮守の森のような後円部頂は、宮内庁治定の「藤井寺陵墓参考地」にあたります。新しい津堂八幡神社の社号標の裏には神社の略歴が刻まれています。 ・天正3年(1575年)織田信長の河内攻めの時、小山城(城山)落城の際、現藤井寺高校付近に所在していたと言わ

  • 【雄略陵古墳】(ゆうりゃくりょうこふん)羽曳野市

    雄略天皇は5世紀後半の大王で、当時の中国王朝へ称号を求めるために遣いを送った倭の五王の一人、「武」として知られている。 所在地 :大阪府羽曳野市島泉8丁目 アクセス: 近鉄南大阪線「高鷲駅」下車 北へ600m

  • 【史跡 二本松古墳】(にほんまつこふん)東大阪市

    【史跡 二本松古墳】(にほんまつこふん)  生駒山麓一帯には、今から約1400年前にあたる6世紀後半から7世紀の初めにかけた方墳時代の後期に、山麓で力を持っていた中小豪族達のお墓である「方墳」が群集して造られました。方墳は、南側に入り口を持つ横穴式石室を内部主体としており、巨大な自然石を積み上げて造られています。石室内は、通路としての「羨道」と、奥の墓室である「玄室」に分かれて、死者は木棺や石棺に

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