• SLの思い出 106 呉線 広島機関区

    広島駅15時発 38レ急行安芸 昼下り 37レでやって来たC6216が上りも牽いていく。機関区で存分写した後、今日の最後の列車だ。さすがC62、すごい迫力でやって来た。 1970.8.3 広島機関区 お礼を言って機関区を後にして駅に戻る。「はやとも」<広島-博多 475系電車で運行>で小倉に向かう予定。夕方の通勤列車だろう。広行き922レがC59162の逆向きで発車をしていった。広には転車台がない

  • SLの思い出 105 呉線 広島機関区

    14時20分 先ほど準備をしていたC6237が 荷42レを牽いてやってきた。加速をつけてやって来た。なかなかの迫力だ。 <時間が合ったら海沿いのところで写したかった> C11330がやって来た。可部線の貨物列車だろう。夏の盛りなのにこの列車も良い感じで煙をはいている。 <当時の鉄道雑誌にはなかなか可部線のC11の情報は載っていなかった。機関区で情報を得ていたのだろう。自分も記録を残せていない。>

  • SLの思い出 103 呉線 広島機関区

    入れ換えのDEが目立つ。 C50はもういない。目にしたカマはC6215,16,17,23,37  C59162  C11328,329,330,313  D51489,395  C58313,345  C58は芸備線?しかし暑い。C6237が準備をしている。14時半頃42レを牽引するのか。詰め所でお話を聞いていると、あさかぜのヘッドマークを見つける。駐機中のC62につけてもよいか聞いてみるとOKと

  • SLの思い出 102 呉線 広島駅

    発車の前に、急行安芸37レが到着。ホームに滑り込んできた。C6216だ。 1970.8.3 広島駅 <写真に写っている時計は12時15分を指している。><この広島での撮影でも走行写真は二の次で、機関区で写真を写している。今更ながら後悔している。> <さて、当時の記録に???が付く文が残っている。> 626レが発車の後, 広島機関区に向かう。昼食 ひどいチャーハンだ。忘れること出来ず。 広一(広島第

  • SLの思い出 101 呉線 広島駅

    今日はとっても暖かい日でした。梅の木がたくさんある公園では、観梅の人々がたくさん来られていました。 これからしばらくの間、1970年8月3日から9日まで九州への撮影旅行の様子を写真を載せながら紹介します。以前に旅行記が見つかったと書きましたが、この撮影の時ではありませんでした。しかし、どこでどの列車をどのカマが牽引していた記録が残っていました。少しマニアックなものですが、当時を思い出しながら載せて

  • SLの思い出 95 呉線 吉名-安芸津

    吉名に決めたのは何だったのか記憶にありません。駅員さんに良い撮影場所を教えてもらったような気がします。駅からそう遠くではなかったです。吉名-安芸津の感じの良いカーブで撮影できました。11時前、C62ではありませんでしたが、C59が牽く「安芸」は颯爽と駆け抜けていったように思います。爆煙もいいですが白煙も決して劣りません。C62牽引とは違う趣でした。むしろラッキーだったかも。 1970.3.30 吉

  • SLの思い出 94 呉線 天応-小屋浦

    1970.3.30 天応-小屋浦 しかし、ほとんどすべて同じアングルで写している。動くのが面倒だったのか、体力がなくなっていたのか?もう少し考えたら良かったのにと、今になって後悔です。 朝の天応での撮影を終えて、D51 624レで37レ急行安芸の撮影場所と考えていた吉名に向かう。今回の呉線の最も期待する列車だ。 続きは次回

  • SLの思い出 93 呉線 天応-小屋浦

    この後次々と通勤列車がやってくる。どの列車も長大編成だ。同じ場所で撮影することになった。ただ、C62のはずがD51がやってきたりと運用が変更になっていたのか。 921レがD51のはずがC6223 923レがC59164 1970.3.30 天応-小屋浦 925レはC62のはずがD51818 927レも同じでD511051 がやってきた。621レも同じでD51がやってきた。 後で判ったことだが、白黒

  • SLの思い出 92 呉線 天応-小屋浦

    まだまだ薄暗い天応に着く。これからが急行や広島行きの通勤列車がやってくる。十分撮影地が決められない間に列車がやってきた。薄暗い中での撮影になった。昨年の12月撮影よりもましか。 9311レ臨時の音戸51がC6237に牽かれ12系客車でやってきた。 続いて303レ 音戸2号C6216 が牽引。  続きは次回 1970.3.30 天応-小屋浦

  • SLの思い出 91 呉線 広島駅

    早朝4時すぎに広島に着く。ところが広島での行動の記録がありません。列車番号だけ残っていました。この日の撮影移動を写真を見ながら思い出しています。どこまで思い出せるやら? 始発までホームで過ごす。今回の最終撮影は呉線。今回の撮影旅行の始めも広島。最後はC59C62が牽く列車の走行写真を狙う。早朝の撮影地は天応にした。 広島5時?分発の622レで向かう。牽引はC59162だ。  1970.3.30 広

  • SLの思い出 29 呉線 C62

    1970年8月3日、九州への撮影旅行に向かう途中、広島へ立ち寄りました。駅や機関区での撮影となりました。許可をいただき安全に注意しながら撮影している中で、C62が牽く「安芸」が広島駅を発車して、ぐんぐんスピードを出して目の前を通り過ぎていきました。やはりすごい迫力でした。 機関区では話が弾み、記念にと「あさかぜ」のヘッドマークを付けてくださり、感謝するとともにとてもうれしかった思い出があります。何

  • SLの思い出 28 呉線 C59C62

    安芸幸崎でのC62「安芸」の撮影はうまく写せませんでした。リベンジではありませんが、初めての九州撮影の帰り、吉名-安芸津の感じの良いカーブで撮影できました。C62ではありませんでしたが、C59が牽く「安芸」は颯爽と駆け抜けていったように思います。C62牽引とは違う趣でした。 1970.3.30吉名→安芸津 九州からの帰り夜行急行「?」で早朝に広島に着き、再び小屋浦で撮影しています。急行「音戸」「音

  • SLの思い出 27 呉線 C62D51

    さて、呉線の撮影地は初めて行く土地です。当時の鉄道雑誌に紹介された駅から比較的近いところで撮影に臨みました。特に急行「安芸」はヘッドマークを付け、太いボイラのC62に牽引され、爆煙でより力強く疾走する姿を撮影したいと思っていました。選んだ撮影地は忠海-安芸幸崎間でした。バックに海を入れる構図を思い描いていましたが、到着は通過時間間際おまけに撮影側に電線が入ります。移動しようとしましたが・・・。散々

  • SLの思い出 26 呉線

    当時の記録をたどっていくと、早朝は小屋浦駅や天応駅周辺で撮影した後、忠海-安芸幸崎間へ移動しさらにその後は糸崎へ行き機関区で撮影したようです。その後、夕方の急行電車で帰阪したと考えています。この部分は記録がありません。夜行で行って一日まるまる撮影するスタイルでした。この後の撮影旅行でも、畳の上で寝るより夜行列車の座席で寝て朝を迎えることの方が多かったように思います。今では考えられないような旅行でし

  • SLの思い出 25 呉線 C59C62

    私が撮影旅行で遠征した回数はそれほど多くはありません。学生だったので当然小遣いには限度があるし、バイトばかりもできませんでした。ようやく高校時代になりすこし遠出ができるようになりました。近畿では播但線や山陰本線京都口、中国地方では伯備線や呉線、山陰本線下関口、東は木曽福島周辺の中央西線と最後までSLが残っていた北海道でしたが、回数が多かったのは九州でした。特に筑豊へはのべ7日間近く撮影に行きました