• SLの思い出 36 和歌山線 C58ポンパ号

    日立のカラーテレビ「ポンパ」の宣伝で、1970年10月から翌年の6月まで全国を回ったのが「ポンパ号」。C11に5両の客車、その内部を改装し日立の家電などを展示していました。C11は無火ですから機関車が牽引しました。奈良県内で展示があったと思いますが見学には行きませんでした。しかし、2回ぐらい撮影した記録が残っています。写真は和歌山に回送される途中。 1971.3.11 吉野口→北宇智 にほんブログ

  • SLの思い出 35 和歌山線 C58 C11

    吉野口から北宇智に向かっての勾配はさほどきついものではありません。吉野口を発車した列車はしばらくは近鉄吉野線と近づいたり離れたりし、近鉄薬水駅から次第に離れていきます。だらだら上りが続く田んぼの中を力強くやってきます。このころはまだ藁屋根葺きの家も見られました。 C58193竜華区のカマが牽く貨物 1971.10.3 吉野口→北宇智 1971.10.3 吉野口→北宇智 当時盛んに企画されていたミス

  • SLの思い出 34 和歌山線 C58 C11

    五条から吉野口までの貨物列車にはC11の後補機が付くときもありました。五条駐泊のC57の運用もあったとも聞きますが不確かです。残念ながら峠までの区間で私は写すことが出来ませんでした。峠を越え吉野口の手前で軽やかに降りてくる列車です。後補機としてC11がぶら下がっています。 1971.7.19 北宇智→吉野口 役目を終えて単機で戻ります。 1971.7.19吉野口→北宇智 なお、五条には和歌山区のC

  • SLの思い出 33 和歌山線 C58

    和歌山線五条、北宇智、吉野口間は急な勾配のある区間です。北宇智と吉野口間に風の森峠が控えています。五条からこの峠まで長い勾配が続きます。そのため北宇智駅にはスイッチバックがありました。 五条から登ってきた列車はいったん引き込み線(写真左線)に入ります。バックして北宇智駅ホームのある線に入り、再び本線(写真右線)を登っていきます。 日本の各地にあったと思いますが、私がスイッチバックで撮影できたのは北

  • SLの思い出 32 和歌山線 C57

    和歌山線で念願のC57を撮影できたのは、結局C576が牽くさよなら列車でした。ヘッドの看板には「さよならSLワカヤマライン」と読み取れます。オレンジ色が目立ちました。走行日はまだ東大寺二月堂お水取りも終わらない,奈良に春の到来を告げる目前でした。 この列車の始発はどこで、終着は和歌山だったのか、C57の送り込みはどのようにされたのか自分の記録には残っていません。また、志都美-下田(現香芝)で撮影し

  • SLの思い出 31 和歌山線 C58

    当時も今も私の家から一番近い国鉄の駅は王寺駅です。王寺は関西本線と和歌山線、近鉄生駒線と田原本線が交わる鉄道の要所です。鉄道に携わる方々が多くおられるところで、先日も鉄道の聖地「王寺」がお届けする鉄道イベントと銘打って「リーベル鉄道フェスティバル」が町主催で開催されました。以前にも書きましたが、風向きなどの影響で時々夜10時頃だったでしょうか、王寺駅を発車するSLの汽笛が聞こえました。 国鉄王寺駅