• 回想:危険察知能力

    旦那は私に「危険察知能力がない」とよく言う。 私から言わせて貰えば、そっくりそのまま返したい。男として家族を守ろうという意識はないのか(^-^; というのは、まず目覚まし時計が耳元で大音量で鳴ってても起きない。 地震が来ても起きない。多分火事でも気付かないだろう。 どれだけグッスリなんだ^^; アフリカサバンナだったり、戦国時代だったらとても生きていけないな(´・ ・`)フッ 実際こんな事があった

  • 回想:バスの中は無法地帯(終)

    ※回想:バスの中は無法地帯①②の続き さて。 娘にはある外人の困ったちゃんなお友達がいましたが・・・ そう、あの「えんぴつちょうだい」「シェアね!」と言ってのける、かわいいが小悪魔「K」。 とにかく自分の思い通りにならないと(?)、攻撃的になるのだ(・・;) ある日、日本人のSIちゃんが被害にあった。 SIちゃんがいつもバスで一緒に座る日本人の姉妹が、その日は先に車で帰ってしまったので、寂しかった

  • 回想:バスの中は無法地帯②

    ※回想:バスの中は無法地帯①の続き Kちゃんは、決して悪い子じゃないと思う。 ただ自分を見て欲しい、かまって欲しい気持ちがちょっとだけ強いのかな。 それが受け入れて貰えなかったり、自分の思った反応じゃなかった時、ちょっと攻撃的になってしまうのかも。 そんなKちゃんを見ていると、どうしてもある女の子とリンクしてならない。 これは海外赴任でアメリカに行って半年が過ぎた頃の話ーー やっと娘にもチラホラ外

  • 回想:バスの中は無法地帯①

    娘の学校は週1回一斉下校で、残りは学年下校。 同じ方向の同学年の子たちの中に、1人厄介な女子がいるらしい。 どの生徒もその女子の事が苦手を通り越しているみたいで・・・ うちの娘、最近その子に妙に目をつけられてて、何かとちょっかいをかけられる。やめて欲しくて言ってもやめてくれない。娘は極力関わりたくないから存在を消しているらしいが、そうすると「無視するな!」と。 皆のストレスがMAXになり、先生から

  • にっぽん紀行

    心の原点と出会う旅 にっぽん紀行「北の大地を走る~自分を見つめる自転車の旅~」 今年の夏、北海道を駆け巡った 日本一周の自転車乗りたち 彼らがこぞって訪ねる店がある 「ミスターバイシクル」という理髪店 店主の小山田豊さんは 30年以上旅人を応援してきた 「(自転車は)こぎ続けなければ前に進まないし自分の好きな所にも行けない」 小山田さんもかつて日本一周した元自転車乗り 「この年になって彼らの背中を

  • 変化

    付き合って1年ほど過ぎた頃 メールの最後に 綴られていた。。 「愛してるよ。。」 目が 心が 感情が 釘付けになった ただ綴る文字を変える 彼は、そういうタイプの人ではないと 1年の歳月が私にそう教えてくれていた。 だからといって 昨日の自分の感情と 今日の自分の感情の違いを 語る人でもない。 私は、どんな風に心が変化し どんな気持ちでそう綴ったのか 聞きたかった (・_・; が あいにくそんな勇

  • 回想 3 生活

    前回、アパートを出て行く事になった所まで書きました。 けど、それを聞いた時にも、実はそんなに慌てませんでした。同県内に祖父が居て、なんと都合の良いことに、アパート経営をしていました。 (けど、たまたまそんな人か居たからよかったけど、そうじゃなかったら本当にびっくりポンですよ) と言うわけで、そのアパートに引っ越しをしましたが、またまたここにもとんでもない家族が住んでいたのです。 引っ越しした当日、

  • 回想  2  家出

    この頃、一応高校には通っていましたが勉強が嫌いで、不良の先輩とも交流があったので、ものすごく悪ぶっていました。 本当の自分は臆病でしたので、いつも何かあったらどうしようとビクビクしていたのを覚えています(笑) 強くなりたくて空手なんかも始めました。 16歳になった時、生徒指導の先生に叱られた事に腹を立て・・まあ、色々あって学校をやめる事になりました。 その頃、自分の父親との折り合いも悪く、ある日の

  • 回想 1 きっかけ

    ブログを始めて2日目です。 今日からは、普段の事とは別に少しづつですが、自分の過去の事を思い出しながら今の 自分に至った経緯を考えて行きたいと思います。 そもそものきっかけは15歳の時、小学生の頃から仲の良かった友人が、いわゆる 不良グループと付き合いだしました。 それに伴い、私もそのグループと交流を持つようになりました。まあ、元来もめごとを 好まず、人の顔色を窺う事も多かったので、いつも気疲れは

  • 未来旅行 別れのロータリー 回想

    タカシ(小林さん)に心から御礼の言葉を述べて車が角を曲がる時に陽菜とわたしは深々とお辞儀をしながら見送った。 娘にしたら前日のこのロータリーに到着した時とは自分の中で真反対の気持ちになっている。 たった1日で・・この駅前の風景も全く違って見えていたに違いない。 わたしにとっても・・・このロータリーは数々のドラマがありました。 タカシがこの地に赴任中の四年半あまり、何十回も送り迎えしてくれた場所・・

  • 学生時代の記憶②

    今日は暑すぎず寒すぎず、ひんやりした風が心地いい素晴らしい陽気だ。 天気がいいと、気持ちが落ち着く。 こういうささやかなことが、とても幸せに感じる。 学生時代の私は、母の独裁政治に怯えながら日々を過ごしていた。 友達や親戚の家に遊びに行くと、その友達なり親戚の母親がいたりするので、自分の母親との比較ができるようになる。 そうなると、幼いころは特に不思議に思わず、そういうものだと思っていた母の厳しさ

  • 学生時代の記憶①

    伝統ある厳格な校風の小学校に在学していた私は、箸の上げ下ろしまで細かく指図される管理社会に馴染めずにいた。 そして、そんな私が最も恐れていたのは、母親だった。 当時の我が家は、父が仕事の都合で遠隔地に単身赴任していた関係で、母と私、母方の祖父母の4人構成だった。母親は個人事業主として働いており、主な家事全般は祖母が担っていた。 母親の性格を一言で表せば、「苛烈」である。 非常にプライドが高く、完璧

  • 幼年期の記憶

    私は、「常に傍観者視点」で「自己肯定感の低い」人間であり、このために日常生活で色々と難儀な場面に出くわすことが多い。 思えば、こうした人格形成がなされた切欠は、小学生時代の環境にあった気がする。 幼児期の私は、親戚などの周囲の話によれば、まさに明朗快活といった性格で、何にでも好奇心旺盛でひとりでどこまでも遠くに行く等行動力もあったようだ。 (そのために迷子になることも多かったみたいだが。。) また

  • 自分のこと

    私は、何事に対しても無気力・無感動だ。 これまで生きてきて、「やる気」というものを出した記憶が無いし、 何かに熱中した記憶もない。 勉強も、仕事も、スポーツも、部活も、行事・イベント、果ては恋愛に至るまでの一切合切、である。 何というか、常に傍観者の視点なのだ。受験や就職といった自分の人生の一大事においても。 まさしく、自分の人生を生きていない状況、というわけだ。 加えて、全てに対して諦めているフ