• 昭和の子

    月曜日の夜はBS日本フォレスタの「こころの歌」を見ます。 今日の歌は昭和30年代から40年代の歌謡曲。 私の時代ですね^^ どの唄も鼻歌で歌えちゃいます。 考えてみると 小学生が 惚れて~~~惚れて~~♪ とか 誰よりも誰よりも君を愛す♪ とか 学校帰りに大きな声で歌っているのですから 良い時代でした。 両親も決して怒りませんでしたが ただ一つ、絶対ダメなのがありました。 三波春夫の「チャンチキお

  • 「かりそめのスウィング」

    甲斐バンド かりそめのスウィング HERE WE COME THE 4 SOUNDS'86 この歌が流行ったころ 幼い子供たちの子育てに追われていた 夫は毎日帰りが遅かったし 同居していた夫の両親はほとんど手を貸してくれなかったし そんな時 ラジオから流れてくる甲斐バンド 聞きながら 時々、ふっと青春なんて私には無かったなんて 勝手に泣いていた まだ25歳 2児の母 疲れていた それでも 今思う

  • 「初恋」

    村下孝蔵 - 初恋 あのね 恋をしたの 紺色の制服にショートカットの女学生だった頃 なかなか打ち明けられなくて・・ でもついにやりました! 部活の帰りのバス停で ひとりでいるところを見つけちゃったから 心臓が口から出そうだった こんな勇気があるなんて 自分でもびっくり!  「一緒に帰ってくださいませんか?」   返事は勿論 OK! 恋の悲しみを知ったのはその日から・・ 無口なあの人は、決して気持ち

  • 平城山

    中沢桂「平城山」    作詞:北見志保子、作曲:平井康三郎 1 人恋ふは悲しきものと   平城山(ならやま)に   もとほり来つつ   たえ難(がた)かりき 2 古(いにし)へも夫(つま)に恋ひつつ   越へしとふ   平城山の路に   涙おとしぬ 中学生の音楽の時間に 習ったような記憶があります。 大人に近づいてきたその頃 ほんとにこの歌は悲しくて、切なくて 歌いながらも涙がぽろぽろ・・ ただ、

  • 恋人よ

    恋人よ 五輪真弓 そしてひとこと このわかればなしが 冗談だよと 笑って欲しい こんなに暗い秋の午後 思い出しては見たものの ちょっぴり悲しい 遠い人 そしてひとこと 冗談だよと 笑って欲しい

  • 好きな歌

    赤い花白い花(昭和45年以前)芹洋子 Cover 中林ミエ 作詞/作曲 赤い花摘んで あの人にあげよ あの人の髪に この花さしてあげよ 赤い花赤い花 あの人の髪に 咲いて揺れるだろう お日さまのように 白い花摘んで あの人にあげよ あの人の胸に この花さしてあげよ 白い花白い花 あの人の胸に 咲いて揺れるだろう お月さんのように 赤い花揺れる あの娘の髪に やさしい人の 微笑みに揺れる 白い花揺れ

  • 22歳の別れ

    二十二才の別れ あなたに さよならって言えるのは 今日だけ~~♪ 22歳になるちょっと前 私はひとつの恋を失いました その頃は生まれた家の傍で やはり混声合唱団で歌っていました みんな若くて みんな悩んでいて みんな歌が大好きでした その人は とても素晴らしいバリトンでした 伸びやかな声は私の胸に心地よく響きました 「郵便馬車の御者だった頃」 あぁ・・この歌はとても素晴らしかった ほんとうに二人は

  • 無縁坂

    無縁坂 さだまさし 以前のブログにカラオケでの得意な歌は 「乱れ髪」「津軽のふるさと」と書いた。 実はもう一曲ある。 それは、グレープの「無縁坂」 母がまだ 若い頃 僕の手を握り、この坂を上るとき いつもため息をついた     ・     ・  私の母はこの歌の母とはまったく違う人だった。 その、はかなさとか、悲しさとか まるで感じない人だった。 もちろん、貧乏人の子沢山 苦労はしたのだろうと思う

  • cross road

    ミスチルの桜井さんの歌詞に元気付けられることがある。最初に「cross road」を聴いた時は、結構衝撃的だった。昔のドラマの主題歌で、内容ともマッチしていた。確か、国分太一君がゲイの役で恋人にレモン水を渡しながら、「お口がさっぱりするでしょ?」と言っていた気がする。食事時にレモン水。お洒落だし、気配りすごいなーと思ったなぁ。

  • トレイン トレイン

    大人時代の話。去年の冬は、生きる気力が失せていて、ほぼ廃人だった。ある日、通勤帰りの車の中で、ラジオからブルーハーツの歌が聞こえてきた。「栄光に向かって走る...」鳥肌がザーって立って、歌いながら泣いたよ。ここは天国じゃない、でも生きるしかないっす。