• 八(やつ)になりし時、祖父に問ひて言はく(伊賀山人)

     私の母方の祖父は、明治初年の生まれで、中国地方の山間部に位置する僻村で医院を開業しておりました。  祖父の先祖は、明治維新に至るまでこの地を治めていた外様大名に代々仕える城代家老の家系でした。  祖父は、先祖代々の築年数も定かでないこの家老屋敷の一部を改築して、診療所にしておりました。  私が幼少の頃、既に80歳に近かった祖父は、殆ど診療はしておりませんでしたが、待合室で刻み煙草を燻らしながら近

  • 八(やつ)になりし時、父に問ひて言はく(兼好法師)

    (アニメ古典文学館「徒然草」から引用)  徒然草は、「つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」と書かれた序段に続く本文の第1段から第243段までの計244段からなる随筆です。  本文の第1段から第242段までは、世間の様相や日常生活などの話題や、学術・芸術に関することや、心理・宗教などの哲学的なものなど、広範

  • 友達にしたい人(物くるる友)

     徒然草で兼好法師が、友達にしたい人の筆頭に挙げているのは、「物くるる友」です。  しかし、世の中、そのような気前の良い人は、なかなか見つかるものではありません。  ところが皆さん! 喜んでください。漸く1人見つけました。  浜松で、「ポンポコタヌキのレンタカー」を経営する資産家です。  しかも、この先生、なんとミニマリストを目指しているのです。  ミニマリストと言えば、必要最小限の生活用品だけを

  • 友達にしたい人(徒然草より)

     徒然草は、鎌倉時代末期の兼好法師の随筆ですが、僧侶特有の無常観に基づく厭世思想が書かれているわけではありません。  兼好法師は、今から700年も前の人とは思えないほどの論理的・合理的な思想の持ち主でした。  徒然草に書かれているのは、法師の幅広く奥深い教養に基づく人生哲学なのです。  兼好法師の哲学の根底にあるのは、人の寿命には限りがあり、しかもいつ何時寿命が尽きるかは誰も知ることはできない。だ

  • 服部土芳の句碑(観月懐古完)

     伊賀国名張郡国見(現在の伊賀市種生)にある兼好法師終焉の地に服部土芳(はっとりとほう)の句碑が一つ残されています。  服部土芳、本名は保英、通称は服部半左衛門と名乗っていた伊賀上野藤堂藩の武士でした。幼少の頃、同郷の俳聖松尾芭蕉に俳句を学び、長じて芭蕉の高弟の一人にも数えられた江戸時代初期の俳人です。  この句を詠んだころには俳句に専念するため、既に藤堂藩を致仕(退職)して土芳と号しておりました

  • 兼好法師終焉の地

     兼好法師(けんこうほうし)、本名は卜部兼好(うらべ かねよし)、今から700年ほど前の官人であり歌人・随筆家でもあった人です。30歳ころに出家したため、自他共に兼好法師と称されていましたが、後の世に卜部氏が吉田と改名したことにより、江戸時代以降は吉田兼好(よしだ けんこう)と通称されています。  兼好法師は、日本3大随筆の一つとして知られる「徒然草」を執筆したことで有名ですが、この徒然草は、本人