• 母の通院介助

    今日は母の心療内科の通院日だった。 いつもと同じように母は「私、毎日毎日寝てばっかりだからダメなんだよね」と言う。 母は認知症ではない。 Dr.お墨付きのキレイな脳だ。ただ深く考えることをやめたのだ。 私は「そうだよ。そんなの皆わかってるけど、やる気が起きないママに無理矢理何かやらせることは誰にもできないよ」と応える。 いつもの台詞は続く。 「昔は、今日みたいに天気の良い日は歩いてたんだけどねぇ」

  • 私の通院3

    このたび、心療内科の通院が終了した。 ヾ(´^ω^)ノ♪ワーイ!めでたい! 長かったわ。 そして、激太りしたわ。 ひきこもり生活だったし、薬の副作用もあったのかも。 精神科の薬には体重増加の副作用が出るモノがあるらしい。 私が飲んでいた薬はサインバルタカプセルとクエチアピン錠、それからフルニトラゼパム錠という眠剤だ。 Dr.と相談しながら少しずつ減薬をしても、離脱症状で後戻りしたりと、なかなか思う

  • 発達障害

    ムスコAは発達障害である。 AD/HD不注意優勢型だ。 診断されたのは小学6年生の時だった。 大型スーパーで友達数人と玩具を万引きし、学校に通報された。 親が呼び出され説明があり、その後それぞれの担任の先生と面談をした時のこと。 「Aくんは自分が万引きをしたのに他人の話しを聞いているみたいな不思議な態度なんです」と。 先生の言葉を聞いた私は「ヤッパリそうですよね!」という思いだった。 ムスコAは優

  • 私の通院2

    その日から私は仕事に行けなくなった。 次は職場で発狂してしまったら…と思うと、恐ろしくなった。 初めて体験した理性で抑えられないイライラ。 年齢的に「これが更年期障害か!」と、更年期外来を受診した。 Dr.に「ぷちこさんは閉経してないから違うと思う」と言われ、血液検査もしてもらったが「更年期障害ではないから心療内科を受診するように」という結果だった。 私が母と同じうつ病で仕事に行けなくなった? シ

  • 私の通院

    今日は私の心療内科通院日。 もう2年以上通っている。 発病した時、私の立場は認知症高齢者のグループホームのケアマネジャーであった。 多くの介護サービス事業所がそうであるように、私が所属していた会社も人手不足で、本来事務職であったが現場勤務を命じられていた。 そうなると、介護保険法で決められた範囲内で兼務も余儀なくされる。 介護スタッフや調理スタッフとしてシフトに入ることも珍しくなかった。 ここまで

  • 母の通院介助

    今日は心療内科の通院。 予約制なので待ち時間は殆どないが、診察時間も1分程だ。 Dr.「どうですか?」 母「変わりありません」 Dr.「じゃあ大丈夫ですかね?」(私に確認) 私「はい」 Dr.「では、いつもどおりお薬出しておきますね」 母「はい」 Dr.「じゃ、いいですよ」 私「ありがとうございました」 母は不満気だが、変わりないという事は、今の薬で安定しているという事である。 今の薬に辿り着くま

  • 母の通院介助

    自分の通院のあとは母の通院介助だ。 今日は心療内科。 毎度ながら母娘の会話は殆ど無い。 一緒に住んでやれば安心するのかもしれないなー。 あぁ!ムリ!無理!同居なんて無理! 優しくできない私は、毎度毎度自己嫌悪感に包まれる。 リンちゃんも一緒にションボリ。

  • 休業について

    まず、 体調がツラい、 会社に行くのがキツい。 そんな時は休みましょう。 締め切りの仕事があるから。 自分がいないと進まないプロジェクトがあるから。 責任感がある人ほど うつ病になりやすく、 休まない事が余計に体調を 悪化させています。 休んで、もしくは仕事後に 病院に行きましょう。 では、何科に行けばいいのか? 休業する為の診断書を貰うには ズバリ、心療内科が良いでしょう。 精神科に行くのには抵

  • その後

    当時私は窓口で金融の対応と事務の仕事をしていました。隣の先輩がとっても優しいのになぜか緊張していましたね^^; パキシルを飲み始めて、なんとなく今までよりも周りの目が気にならなくなった気がしました。自分のやるべき事に集中できるというか。 リーゼに関しては飲んでしばらくすると自分でも効いてきたのが分かり、いつもなら私からは話かけないような相手にも積極的に話しに行けるようになりました。 不思議な事に当

  • 診断、薬

    先生の診断では社会不安障害でしょうとの事でした。 病名が付いてなんだかホッとしました。私の場合は小学生の頃は人と接するのが好きだったので、昔人間関係が円滑に築けていた人は治りやすいんだよ、とも言ってくれました。 先生から提案された薬は ・SSRIのパキシル ・安定剤のリーゼ でした。 パキシルは毎日夜に決められた量を飲み続けて(きちんと飲まないとふらっとします。)、リーゼは特に緊張する場面だけ飲む

  • 初めての心療内科

    約7年、本を読んだり自分でなんとかしようともがいていましたが、ようやく病院に行く事ができました。 そこは受付に女性が一人、先生が一人という小さなクリニックでした(カウンセラーはいません)。 まずは問診票に症状を記入するのですが、初めてそういう病院に来た緊張感からか手がブルブル震えてうまく書けなかったのを覚えています。 心の病気を認めたくない、でも楽になりたい、という複雑な気持ちがありました。 次に

  • カルテの開示請求3

    さてカルテ開示請求を貰える日になりました。 4月には審査請求の期限が来る事もあり、最近は気が沈むいっぽうです。 ここ二、三日汚い話ですがお腹がゆるくなりました。これからが大変なのに今からこれでは心配になります。 心療内科へ妻とむかいます。行きたくなかったのですが本人がいないとダメらしいので。 受け付けに話をし、待合席で呼ばれるまで待ちます。 名前が呼ばれ、院長室と書かれた立派な部屋へ。待ってる間、

  • 心療内科

    ウォーキング中、電話が掛かってきました。心療内科からでした。 まさかこの期に及んで期限延ばせとかじゃないよね?嫌な予感におびえながらとります。 なんだったと思います?期限は大丈夫だったのですが、なんでも11時に来てもらえれば院長から直接お話してもらってお渡しも出来ます、とのこと。 時間が早くなるとは思いませんでしたが、院長にあわせて遅く来いということらしいです。断りましたよ!当日コピーもしなきゃい

  • カルテの開示請求2

    心療内科の誠意のなさについて散々伝えてきましたが今日また思い知らされましたよ。 俺「二十日過ぎに出して貰えるということでしたがどうなってますか?」 受付「診察の合間にやっているのでお時間が」 俺「今日中にいつになるか具体的な日にちを連絡してください」 受付「はい」 という陳腐な会話をしたのですが、結局3/28になら必ず渡せると。 ちなみに俺が請求したのが3/11。いくら連休挟んでるからとはいえ、時

  • カルテ開示について

    昨日、カルテを開示する事にしましたって心療内科から電話があったんだけどさ。 どうもその会話の内容がひっかかってしょうがない。 「カルテは六ヶ月以内に返却してくれ」 「その際は借用書を書いてくれ」 「所有権がうつるのは困る」 「裁判所からも返却して貰ってる」 カルテの開示で病院から受け取るのはコピーなわけ。勿論、コピー代も俺の負担。 それなのに返せとはこれいかに。 あの先生がさらっと当然のように言っ

  • やったぜ!

    権威には弱いのね!ヒャッハー! 聞いて聞いて、昨日言ってたカルテの開示請求の話。保健所に言って貰ってもダメだったんでどうするかなって思ってたのね。 医師会に電話しました、通ってた心療内科の所属してるであろう医師会に。 カルテの開示を拒否されて困ってること、どうしたらいいのかと。その医師会の女性に労災で発症の時期をずらすのにカルテが必要な事を訴えました。この方はほんとにいい人で役員に聞いてみるとおっ

  • 嘘つきばっかかよ!

    労災を申請するために心療内科の先生に相談しました。「院の方針で労災には一切関わらないようしてるのでしたいなら紹介状かいてあげるからよそ行って」 まじひとでなし。転院先の病院に労災の為の診断書書いて貰ったよ。 信じられないでしょうがこういう医者いるんですよ。 ちなみにカルテの開示請求(発症の時期をずらしたいので)を求めたところ「院の方針で(ry」と電話で相手にされなかった。 仕方ないので病院へ話しに

  • 産後うつにかかりました

    子どもを出産して半年後、とつぜん私は家事ができなくなりました。どうしてもやる気が起きないのです。子どもの世話はなんとかやっていましたが、夫に対しても笑顔で接せなくなり、なんとか夫を送り出してからは、子どもがひとり遊びやお昼寝している間は何もせず横になっている始末でした。そんな様子を見かねた夫が、私を心療内科に連れて行きました。そこで、医師にうつであると診断されたのです。産後うつというものでした。薬

  • うつで心療内科のある病院に入院

    私は小学生の頃から天気が悪くなると体調が悪くなり、顔がのぼせ、足が冷たくなり、前胸部に圧迫感が出て、痛みも覚えるようになりました。頭痛外来に行ったり、痛みをとるために神経ブロック療法を受けたりしましたが、症状はよくなることがありません。最終的に心療内科を受診して抗うつ薬を飲むことに落ち着きましたが、一向に良くならないので入院をすることになりました。入院してから1か月後にはうつ症状が軽くなり、意欲や

  • うつで入院した心療内科で笑顔が

    私はうつの治療のため一年二か月入院しました。入院当日「本当にこの病気が治るのだろうか」と不安いっぱい、暗い気持ち、気の滅入った状態で心療内科のある病院に着きました。入院をしてからうつの症状が消え始め、人生が明るく感じられるようになり、笑顔でしゃべっている自分を発見してびっくりしてしまいました。自分に笑顔が出るなどということは、ついぞなかったように思います。不定愁訴という身体症状も少し遅れてなくなり

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