• 最愛の家族

    この世にこんな酷くて残酷なことが存在するのか?と何度思ってきたことか。 言い様のない苦しみ、悲しみ。 気の狂うような現実を突きつけられ、 堪え忍ばなければならない、まるで拷問のような思い。 時として、頭を打ちのめしたくなるような衝動に刈られる悲痛な思い。 パジャマ姿の父が脳裏から離れない。 失いたくなかった。 いずれ誰にでも来るであろう最期の時。 でも、やはり受け入れたくない。 来るであろうと思い

  • 夢を見た

    今朝、父の夢を見た。 お通夜で会場に運び込まれた夢を。 長いテーブルの上にそのまま体を寝かされていた。 運びこまれて寝かされた父の顔を見て、あーと半泣きで声を押し殺し眺めていると、 そうしている間に何やら呼ばれてその場を離れた。 そして、戻ってくると父の両足がテーブルからダラーンと落ちていた。 思わずテーブルから落ちるやん!と言い両足を抱き抱えて元に戻してあげた。 そして、父の手に触ると私の手をギ

  • でんでんむしのかなしみ

    とてもつらい時、本棚から引っ張り出して読む絵本がある。 「でんでんむしのかなしみ」(作:新美南吉) 昨日友達から昼に電話があり、「消えてしまいたい」という。 仕事にならないので早退して病院にいくところだという。 自分がいかに無能で価値のない人間であるか、自分の存在が人の迷惑になっているのではないか、そんな風に思えて仕方がない、という。 私は、 「でんでんむしのかなしみ」という絵本を薦めた。 人は、

  • 悔しい

    お父さん、やっぱり手術しない方がよかったんかな? 手術してなかったら間違いなくまだ生きてたよね。 でも、癌が大きくなってたかな? 転移してたかな? どうなんやろ? 何もせずそのまま放置してたら、まだ生きていただろう。 でも、大きくなって転移して最終的には、痛みと苦しみのなか息絶えてしまっただろうか? それとも、年齢的に先に寿命がきただろうか? それとも、ほかの病気で息耐えてただろうか? どうなんだ

  • 会いたい!

    お父さん 会いたい!

  • 父が残した遺言?

    父が残した遺言? 丁度、去年の今頃、最終出戻り入院したとき、 思ったよりも重症で個室に入った。 ベンチュリマスクという酸素マスクに変更になった。 かなりの勢いで酸素がでるので、本人の呼吸に合わないのもあり、 かなりしんどそうであった。 ハァーハァー言って見てるのも辛かった。 そんな状態の時、ある日、父は妹に言った。 「もう、わし、あかんわ。この子のこと頼むで、なー、この子のこと頼むで。」ってー。

  • 朝方、夢を見た。 タクシー乗ってる夢を。 行き先は、父が入院していた系列病院。 私が生まれた病院で、 メニエール病で入院したこともある病院だ。 父が入院していたのは、そこの病院の枝分かれしていった病院だった。 なぜか、父が入院していた病院でなく、私が生まれた方の病院へ向かっている夢。 夢の中では、そこに父が入院していたみたいだった。 しかし、夢の中では次のような内容だった。 タクシーで病院へ向かっ

  • 何も出来ないでいる

    止まってる。あれから。。。 何も出来ない。 母の病院の付き添い、晩御飯を作りに行き一緒に食べて片付けて。。。 そして何とかお風呂に洗濯まで。 何とかそこまで踏ん張っては出きるが、これ以上はかなりきつい。 片付けも掃除もー。 したいけど、きつい。 家にいると、お尻に根っこが生えたみたいに動けなくなる。 精神的に、肉体的にきつい。 父がいなくなってから、私という個体の生き物は、バラバラになってしまって

  • 1年前

    去年の10月23日、退院できるかどうかで一時帰宅をした。 そして28日の朝、熱発38.6度あり救急車で逆戻り。 あれから1年経つんだー。 早い。 去年の今頃は、やっと退院できたとホッとして喜んでたのに。。。 帰る前に病院でシャワー浴をして「気持ちよかった」って喜んでもらったのに。 これが最後のお風呂になるなんてー。 でも最後のシャワー浴の介助が私で良かった。 看護師だったら後悔していたよね。 何で

  • 揺れているのは、、

    揺れているのは 沖縄ではないか! と思うほど、申し訳なく思うのですが、、、 前ブログに記したように、 県政にも動揺が出始めています。 その兆しの中、官房長官との会談は、大きかったですね。 その後の知事の報告が、波紋を呼びました。 与野党から責められる立場に追い込まれたのです。 表情にも変化を感じます。 ですから、沖縄問題で世間を騒がせていますが、 その背景と言うのは、 カードを徐々に失いつつある

  • お父さんの夢

    昨日、一昨日とお父さんの夢を見た。 17日は、7回目の月命日だ。 この時の夢は、覚えてない。 18日の夢は、かなり長かったような。。。 目覚めてしまったら、内容はよく覚えてなかったが、 父が帰ってきた夢だった。 食卓だったような。 父が座ってて立ち上がって移動してきて、 また椅子に腰かけるシーンだった。 座ってる父を見て、半泣きで母に「お父さん、帰ってきた!お父さん、帰ってきたよ!夢違うよね?!」

  • 振り替えると。。。

    父が病に倒れ1年程、入退院を繰り返す中、 ほぼ、毎日病院へ行った。 看護師のいい加減さに我慢できず、行っては一通りの介護をしてきた。 酸素のチェックから始まり、水分量のチェック、おむつの補充、パット交換、 飲水、体位交換、食介、口腔ケア、清拭等々。 その当時は、しんどかった。 毎日毎日行くこと事態しんどかった。 看護師への苛立ち、ストレス、母への配慮や見守り、 父の食事量が減っていく中の食介。 そ

  • やっぱり。。。

    連休でご主人さまは帰って来てた。 しいたけ狩りにお買い物と連れていってもらい大好きなル・クルーゼの野菜シリーズのココットやストウブのご飯鍋、トマトのミニココット沢山買ってもらった。 楽しかった🎵嬉しかった🎵 でも。。。 今日の夜、明日からの仕事に向けて出発で駅まで送った帰りに母の所へお土産を届けに寄った。 そして帰る途中、やっぱり運転しながら泣いた。 まるで子供のようにウァンウァン泣いた。 い

  • 人間の肉体と死

    人は何故死ぬんだろう? 人だけではない。 生あるものは、やがて死ぬ?滅びる? 父の死を体験して私の中で大きく変化したものがある。 今まで説法、仏法、宗教等々、わりと信じてきた。 信心、すなわち信じる心とー。 魂もあると思ってきたし、過去世もあり生まれ変わるとも思ってきた。 しかし、父の死と直面してそれらが崩壊した。 人間は、死んだら終わりと。。。 医学的に考えても、人間の身体とは脳が働いて身体を動

  • 2度と逢えないの?

    ここ何日か、凄く父に逢いたい衝動にかられる。 無性に逢いたくて逢いたくて。。。 目を閉じるとはっきりと顔が浮かぶ。 逢いたい! でも2度と目の前には現れない。 2度と見ることも触れることも話すことも出来ない。 2度と。。。 2度と? ピンとこない。 暫くは、会えないんだろうけど、そのうち会えそうな気がしてならない。 どこかに行ってしまってるけど、その内帰ってくるような気がしてならない! お父さん、

  • 父の姿

    もうすかっり秋の気配。 早いものだ。あれから半年も過ぎた。 もうそんなに経つのか? いや、昨日のようだ。 頭の中、脳裏にしっかりはっきりと焼き付いている。 目を閉じるとはっきりと映る。 父の姿が。。。 顔、髪の毛の色、髪型、眉毛の形、眉の色、目、唇、指先、爪の形、声。。。 言い出したらきりがない。 一昨日、お風呂に入ってるとき、髪の毛を濯ぐとき目をつぶっていたら父の顔が浮かんだ。 しっかり見える。

  • なんでいつも。。。

    また今日も泣いた。 掃除機かけながら。。。 お父さんの写真と目が合って。。。 お父さんの遺骨を握りしめて。。。 お父さんの父の日のプレゼントにあげた腕時計を握りしめて。。。 また今日も泣いたー。 毎日毎日、泣く。 よく飽きもせず泣けるもんだ。。。 無くして初めてわかる深い想い。。。 自分の本心。。。 以前、この世でたったひとつ、願いが叶うなら何て言う?って 自分に問いかけた。 愛犬初代の子を亡くし

  • 無念だっただろうな。。。

    お父さん、手術なんてしなきゃ良かったって思ってるだろうな。。。 何度も独り言、言ってたよね。 「80過ぎた体にメス入れてもなー」って。 何となく聞き流してたけど、 それって、迷ってたんだね。手術するの。 危険と察知してたんだね。 聞いてあげればよかったね。 ごめんよ。 今更、言ってももう遅いよね。 その時は、何言うてるねん?って思い聞き流してた。 『メス入れるも何も、そのままほってたら転移して死ぬ

  • 最愛の家族

    この世で一番、悲しくて辛いことは 最愛の人を亡くすこと。 この世で一番、幸せなことは最愛の人の側に居れること。 そして。その最愛の人に触れれること。 この世で一番幸せなことは、最愛の人が生きていてくれること。 いなくなったら、触れることも話すことも出来ない。 私には最早、父の写真と遺骨しか触れることができない。 この距離が、とてつもなく苦しみと悲しみのどん底だ。 写真を見るたびに涙が止まらない。

  • 16日 月遅れ盆送り火

    去年のお盆頃、病院へ行くと母の姉の夢を見たと父が話した。 既に叔母は他界しているが、車イスに乗って病院へお見舞いに来たと言う。 そして父に「『⚪⚪さん、えらいやろ、もうこっちにきなさい』って言うねん。」と半泣きで病院へ行くなり話した。 そして思わず私は「お盆前やから迎えに来たんやん」と、とっさに言った。 (丁度、その辺り、食べれなくなりかけ片肺が真っ白になって治療のすべがない状態で停滞していた時期

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