• コント 68    むりょうじゅく

     誰が言うともなく、自然発生的にだんだんの温泉の2階広間を利用して子どもたちが集まり、それに退職者の何人かが加わり「子どものたまり場」になっていった。  このままでは収集がつかなくなる恐れがあるので、時田文生先生を塾長にだんだん無量塾の内規を定めることにした。思わぬ事故などを未然に防ぐためにも参加の仕方を見えるようにした。 1 施設開放の日は土曜日の10時から14時まで。 2 参加を希望する人は、

  • コント 67   手  紙

    「おじいちゃん。剛士君のお母さんからお手紙です」 「ヒロシ君。ありがとう」   吉野信一郎様  椿の花が少し開き始めました。寒さもやわらぎ春の日差しを感じています。  先日は、息子剛士がお邪魔しました。広志君のおじいちゃんやおばあちゃんに歓迎されてとても喜んで沢山お話をしてくれました。本当にありがとうございました。  広志君の誘いを受けて、初めて友達の家へ出かけていくことができました。お見受けの通

  • コント 66    予科練崩れ

    「陽ちゃん、若鷲の歌頼む」  陽ちゃんはピアノを弾きながら歌い始めた。 「若い血潮の 予科練の 七つボタンは 桜に錨 今日も飛ぶ飛ぶ 霞ヶ浦にゃ でっかい希望の 雲が湧く」     作詞:西条八十 作曲:古関裕而 歌唱:霧島昇/波平暁男  大木進はこの歌を聞くと自然と涙が出て来る。涙を流すような歌ではないのだが、兄や先輩たちがこの歌にあこがれて海軍飛行予科練習生(略称:予科練)に応募して大多数の予

  • コント65  順 風 満 帆

     健さんと武ちゃんが、ご隠居さんに定年退職後の生活について何か儲け事はないかと相談に行ったのがきっかけで「居酒屋&カフエだんだん」の事業が始まった。  歳を重ねるにつけて、ご隠居さんこと吉野信一郎は子どもがいないので自分の財産をどう役立つように処理しようかと考えていたところであった。 代々受け継いできた財産にバブル時代に証券会社に勤め思わぬ資産が蓄えられたのであるが、子どもがいないので全ての財産を

  • コント 64    ヒロシです

    「ヒロシです。多くの学校でいじめがおこっているのに、ここの学校ではいじめがない。 なしか。」 「うまいうまい。ヒロシ君はお笑いがすきなんだな」  だんだんのオーナー、吉野信一郎はおじいちゃん役になり切っていた。  神戸から逃亡してきた母子がこちらの生活に慣れてきて、仮名で過ごしているヒロシ君も母親の広子さんも精神的にも人間関係の面でもすっかり安定した生活に入った。  ぼつぼつ父親と連絡を取り家族で

  • コント63   金三郎博多へ

    「もしもし、先輩。これから博多に行ってきます」 「金ちゃん、自分の本音をぶつけて話してきなさいよ。よい結果を待ってるからね」 「ありがとう。先輩」 「先輩はいいよ」 「じゃあ、どう呼んだらいいのかなあ」 「家族の一員になったような気がして、弟のようにおもえる。姉さんにしておこうか」 「分かりました。今から姉さんと呼びます」  一人っ子の金ちゃんは「姉さん」と呼べる人ができたことでとても心豊かな気持

  • コント 62    金三郎の決断

     カフエだんだんのいつもの席で憧れの美人先輩と金三郎はコーヒーをゆっくりと飲んだ。 「先輩。家内に話しました」 「うまくいったのね」 「どうして分かるんです」 「だって金ちゃん。声が弾んでるよ。よほどいい結論が出たのね」  先輩と金ちゃんが向いあってコーヒーを飲み、話し合っている姿はどうみても姉弟の関係である。一目見ただけで美人の姉とイケメンの弟のきょうだいと思ってしまう。それほど自然な雰囲気であ

  • コント 61    推   薦

     ごく近くに住んでいて先輩後輩の年金生活者なのにこうやって盃を交わすことはめったにない。年一度の退職OB会の時が唯一の宴席になる。 「時田さん、どうぞ空けて・・・」 大木進はカンピンを持って時田に酒をすすめた。 「ありがとうございます。どちらかというとビール党で日本酒の方はあまり飲んでないんですよ。でも、この酒旨いですね。さわやかできりっとひきしまって・・・」 「西の関なんです。わたし酒が好きでね

  • コント 60   憧れの美人先輩に

     コーヒーを一口飲んで金三郎は神妙に口を開けた。 「先輩に、お願いがあるんです」 「例の彼女のことね」 「そうなんです。妊娠3か月です。彼女は自分一人でも十分育てられると言うんです。・・・」  先輩はコーヒーを飲み、金ちゃんの顔を見つめてしばらく黙っていた。 「金ちゃん、あんた子どもが欲しいんでしょう。初めての子どもだし、もう2度と子どもに恵まれるかどうか分からないと・・・」 「そうなんです。もの

  • コント 59    逃 亡 生 活

     大木 進が、母親と小学校3年生の男の子を連れてだんだんカフエの個室に入った時には、すでにオーナーの吉野信一郎と妻の房さんが待っていた。 「わたしの一存では少し問題が大きすぎますので吉野さんのお力をお借りしたいと思いまして・・・」 「分かりました。私たちにできることは何なりと協力しますので、包み隠さずほんとうのことをさらけ出してください。後に問題をのこさないように」  純粋な生真面目なオーナーの態

  • コント58    憧れの美人先輩と

      コーヒーを一口飲んで和美は丁重に口を開いた。 「金ちゃん。頼みがあるのよ」 「女将さんの頼みは何でも聞きます。先輩は学生時代からあこがれの人でしたから」  ホテル経営のマスターは応対した。  和美は高校を出て直ぐに家業の料亭の仕事を手伝った。明るい性格の上に美人と来ているので料亭の繁盛ぶりは大変なものであった。和美が結婚をして女将となって益々の隆盛ぶりであったが旦那の不倫によって離婚して30代

  • こんと57   宗麟の誕生

     義鎮は出家して、宗麟と号した。33歳の若さであった。  義鎮が出家を決意した直接のきっかけは怡雲禅師の般若心経の講義である。加えて、嫡子義統が流ちょうに般若心経を朗誦したことが出家の決意を促した。  しかし、心の奥の方では門司城での毛利軍との戦いに敗れて大きなショックを受けていた。連戦連勝の負け知らずの義鎮にとって初めての敗戦は彼を攻撃型から防御型へと姿勢を転換させた。  彼の思考は一度問題が起

  • コント56   わしは出家するぞ

     わが子のどもる姿はまさにわが心の震えであった。 「神よ。仏よ。この私の心の震えを止めてくだされ、義統のどもりを治し給え」  義鎮は夜ごと頭を打ち抱えて苦悩する日が多くなった。  武芸道場を出ると決まって学習館に立ち寄ることが義鎮親子の散策コースになっていた。  豊後国府内の学習館は12歳以上の男子を対象に士農工商を問わず試験の上で入学を許可し4年間の勉学ののち優秀な生徒のみ添書をつけて足利大学へ

  • コント55    剣士の眼

     嫡子義統がどもり始めてより、父、義鎮は義統を連れて府内館の周辺を散策する日が多くなった。5月の新緑の若葉が目に沁み初夏の訪れを告げる1日を武芸道場へと向かった。  武芸道場では、剣術の稲田次郎左衛門が厳しい稽古をつけていた。  武芸道場は入門者の数が常時1500人といわれ、当時、九国はおろか全国に知られる程の隆盛ぶりであった。  義統は一心に剣術の稽古に見入っていた。その眼差しは4歳の子どもとは

  • コント54   因果の流れ

     義鎮は月心和尚を始め、弓術の谷口吉之亟、早業の白石策之進、剣術の稲田次郎左衛門、軍学の角隈石宗(つのくませきそう)等を一堂に集めて、学習館並びに武芸道場の運営について討議していた。  学習館の館長には、儒学者の森寿阿弥是(もりすあみぜ)を起用し、しばらくの間京都大徳寺より怡雲禅師(いうんぜんじ)を招聘し、禅宗を核に大学をはじめとする四書十巻や五経十一巻を学習館の講義内容とした。  武芸道場の運営

  • コント53    春  嵐

     大友義鎮(後の宗麟)の嫡子、義統は永禄5年(1562年)3月、4歳の春を迎えた。  父母の愛と大友一族の期待を一身に受けてすくすくと成長していた。  義統は乳母の多代と縁側でインコの世話をしていた。 インコは修道士のルイ・ペレイラからの贈り物で南アジア原産の中型インコである。純白にブルーの線が鮮やかに春の日に輝き、ゆったりとした動きで餌をついばんでいた。  義統は健康で頭のよい将来に期待をかけら

  • コント52    パニックな女

     1558年、永禄元年 閏6月18日 府内上原館にて嫡子義統誕生、義鎮(後の宗麟)29歳であった。  戦のたびに領国は増え、豊府は大いに繁栄し東の鎌倉、西の京都に劣らぬ賑わいであった。  この繁栄の年に嫡子義統(よしむね・幼名長寿丸)が誕生した。  府内近くの浦々には全国からの商船が集まり、府内の城下には民家が軒を並べ高崎山までそれが続いた。  心がふるえ体が燃える義鎮にとって嫡男誕生は一筋の光明

  • コント51    暗  殺

     義鎮(後の宗麟)が家督を継いで、大友家は日の出の勢いであった。  将軍義輝に対して徹底した献金攻めをし、献金と賄賂の外交政策が功を奏して、将軍義輝より桐の紋を与えられ、九州探題職に任ぜられ正四位左衛門督(さえもんのかみ)に任ぜられる。  家督を継いでしばらくは義鎮も多忙であった。  多忙になれてくると多忙が停止した時となり、それが不安な時として義鎮の心に忍び込む。  家督相続式の日に挨拶した「余

  • コント50    いい湯だな

     居酒屋&カフエ だんだんの開店も予想通りのお客さんの人数と料理や施設の利用であった。  大木進は高校時代からの友人、鈴木陽一と二人で午後のだんだんの温泉に浸かっていた。 「陽ちゃん、いい湯だね」 「進ちゃん、いい湯だね」 「陽ちゃん、美人の湯ってのは、お湯に入ると美人になるということ、それとも、美人が入る湯のことかな」 「進ちゃん、お湯につかると美人になるということよ。三大美人の湯に行ってみたけ

  • コント49    幽 愁 3

     健一は市内の出身地の有名校に10年ぶりに帰ってきた。  健一は少しだけ明るさを取り戻した。新たな気分で教育の仕事に取り組んだ。そして、休みになるとへき地の学校から市内の学校へ転任してきた級友や先輩を訪ねては話にふけった。  「どうか、今の相場はこれぐらいか。」と、片手を出した。  彼らは、決まって片手を出した。中には両手を出す級友もいた。  健一は、勿体をつけて「まあね。」と笑った。   初任給

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