• 「名こそ惜しけれ」その2

    著書『この国のかたち』で,近代日本の国家的発展を支えた精神構造のルーツを坂東武者に求めたのは司馬遼太郎だった。彼は、「はずかしいことをするな」という坂東武者の精神は日本の非貴族階級につよい影響をあたえ、一部のすがすがしい日本人の中で今も生きていると指摘した。 事実、明治維新以降、欧米列強のアジア植民地化は熾烈を極めた。脆弱な国家体制の日本を救ったのは、郷士や下級武士だった階層の滅私奉公であった。彼

  • 彼の教育

    俺とセックスすることより、俺が毎日帰ってくることの方がすごいと思う、大事なこと と言われたことがあった 以前の彼女とは同棲してたけどお泊まりもあったようで…確かに毎日、どんなに喧嘩しても、別れ話になると分かっていても、言い訳はするけど逃げてはない、帰ってくる それって、すごいのか?行くところがないだけでは?実家は職場から遠い、ココが便利なだけだろ? でも彼の中では凄いことなんだろう 今までの、女遊

  • <恩師・NO1~うめざわせんせい>

     昭和22年小学校1年生時の日記帳を、保管しています。  紙不足の時代でしたので<粗悪な用紙で>ボロボロです。  表紙には担任の<梅沢先生>の付箋が貼られていました。 ながいおやすみをよくやりました。 これからもしっかりしましょう。    六がつ二十五日    うちにかへってべんきょうしました。 それからさんりんしゃ、まりなげしてあそびました。      (先生評(おもしろかったかい)  <梅沢

  • つぶやき62    花咲か爺さん

     今は昔、ある公立学校の研究発表会に参加した。九時からの受け付けであつたので、私は八時四十五分に校門をくぐった。  私はびっくりしてしまった。ちり一つない校庭に心地よい散水が朝のさわやかさを演出して、校庭のあちこちの庭園に季節の花が咲き乱れていた。  私はこのすばらしい環境の学校にびっくりしたのではない。たまたま、数日前にこの学校に用があって訪問した。その時には季節の花はもとよりその苗木さえもなか

  • コント49    幽 愁 3

     健一は市内の出身地の有名校に10年ぶりに帰ってきた。  健一は少しだけ明るさを取り戻した。新たな気分で教育の仕事に取り組んだ。そして、休みになるとへき地の学校から市内の学校へ転任してきた級友や先輩を訪ねては話にふけった。  「どうか、今の相場はこれぐらいか。」と、片手を出した。  彼らは、決まって片手を出した。中には両手を出す級友もいた。  健一は、勿体をつけて「まあね。」と笑った。   初任給

  • コント48    幽 愁 2

     今年は珍しく新調のオーバーと革靴を身に付けて8日の始業式に登校した。これは彼が赴任して以来のニュースとなって村中に広がった。  3月が近づくと教育界は人事のことで騒々しくなる。  中には9月ごろから3月の人事に備えて動き回っている教員もいた。自分が積極的に立ち回らないと何年でもへき地の教員を続けなければならない。蟻地獄に落ちた蟻を連想してしまう。  校長も自分の希望通り転任したかったら、自分で自

  • コント47    幽  愁 1

     健一はぶらりと故郷の駅に降りた。  夏休み、春休み、冬休みと10年前健一が学生であった時とほぼ似た姿で、ただ学生服が背広に代わっただけの格好で、髪の形も革靴もボストンバックも10年前と変わらなかった。  飼いならされた犬が自分の家に帰っていくように南の端の学校から休みになるたびに親の元へ帰ってくるのである。  駅前では、旅館の番頭が旗をふって客引きをしている。  健一にも番頭の声がかかる。手をあ

  • つぶやき60   只管打坐(しかんたざ)

     道元禅の修行の一つに只管打坐、ただひたすらに座禅をするという教えがある。  仏教修行の究極の境地を象徴している行為ではないかと考えている。  人が知恵を身につけていく方法として、聞慧(もんえ)、思慧(しえ)、修慧(しゅうえ)という教えがある。聞慧は、聞くことを通して身につける知恵であり、思慧とは、考えることを通して身につける知恵である。  修慧は、体験を通して身につける知恵である。(最重要)  

  • <教育は学校で??>

     なじみの顔ぶれでお茶をしていたら・近所の元気な女性(30代後半?>が、同席した・ 息子が手に負えないので・・教育は弟に頼んだ・・ 多分・・思春期の男の子は母親との関係は難しいので・・それもありかな・・ 小生や同輩が・・教育はまず家庭で親がしつけをして・・最低限の勉強もみて・・ 学校で補助してもらう・・それがルールでしょう・・ 女性~ え~うそ~・・私はできない・・学校の責任でしょう・・ 馬鹿馬鹿

  • つぶやき54  大学生による性的暴行事件頻発

    「えっ、あの大学が。なんで」ニュースが流れるたびに「なんで、なんだ」と同じ言葉を繰り返してしまう。  東京6大学をはじめ、旧帝国大学、医学部から法学部や教育学部とどうなっているんだ。  昔も、大学生による性的暴行事件がなかったわけではない。あっても何年かに一度そんなニュースが流れる程度であった。  この変化は「憲法」が機能不全になってしまった結果ではないかと思われる。憲法が機能不全に陥ったために、

  • コント40  だんだん 子育て作戦カフエタイム 2

     第1回の水曜会ではコーヒーとケーキを提供したが、今回はカレーライスとだんご汁を出すことにした。  朝早くから、千恵と文乃は張り切っていた。健さんも武ちゃんも厨房にやってきてあれやこれやと手伝いをしていた。厨房に入る4人が揃い活気が出た。  前回と同じメンバーが11時前に全員そろった。今回は最初からコーヒーを注文して会を進めた。 「最初に大木先生からこの会を進めていくための基本になる資料を提供して

  • つぶやき52   ことばの向うにあるもの

     シャボン玉の歌  小学校の学級担任の時も、中学校の国語科の指導の時も、新教舎(教員採用試験)の論文指導の時も、私はシャボン玉の歌を一緒に歌った。 「シャボン玉とんだ やねまでとんだ やねまでとんで こわれてきえた かぜかぜふくな シャボン玉とばそ」  小学生は元気がいい。中学生は、いろいろな行動を起こす。  昭和五十年代日本全国で中学生が荒れた。大分県内の中学校も同様に荒れた。  剃り込みをした

  • コント39  だんだん 子育て作戦カフエタイム 1

     民生児童委員の野島和子から高村千恵に電話が入った。  野島和子さんからの情報では子育てに悩んでいるお母さんが多くいて、子育てや教育について少人数グループで話し合える場が欲しい。ついては、カフエだんだんを利用する方法を考えてくれないかということであった。 「分かった。リハーサルの時に参加していた、大木 進先生は、咲恵の担任だったのでよく知ってる。生徒指導と進路指導の専門家よ。時田文生先生は咲恵の小

  • つぶやき51   あなた、幸せですか、学校は楽しいですか

     最後に勤務した中学校に赴任した時の最初の挨拶が「あなた幸せですか、学校は楽しいですか」であった。  「廊下ですれ違ったとき、皆さんに、あなた幸せですか、学校は楽しいですかと聞きますから、何か一言応えてください。」 なお、校長室を昼休みと放課後開放しますから、話に来てください」  2007年度、この年は、「あなた幸せですか、学校は楽しいですか」が、学校中に流行って、あらゆることに影響を与えた。  

  • つぶやき50   はまっちょるなあ

     今は昔、大学に入学したばかりの8号館で、一番前の席に座って本を読んでいた。  すると背後から声をかけられた。今年一緒に入学した男子学生が、「はまっちょるなあ」と笑顔で近づいてきた。  私がびっくりして、辺りをキョロキョロしていると。 「ごめん、県北の方では真剣に打ち込んでいるようなときに、はまっちょるというんじゃ」と説明をしてくれた。  同じ県内でも県北と県南では言葉が通じないことが多い。  県

  • つぶやき49   学校教育と笑い

     戦前の国定教科書も捨てたものじゃない。 「笑い」と題する章がある。 「笑フ門ニハ福来ル」トイヘリ、という書き出しで国民に笑うことを奨励している。また、大正9年発行の尋常小学校の国語読本には江戸小咄ものっている。  日と月と雷が同じ宿屋にとまりました。朝、雷が目をさまして見ると、月と日が居りません。宿の者にきくと、「もうとうにお立ちになりました。」と言います。雷はかんしんして、 「あゝ、月日の立つ

  • つぶやき48   それを言っちゃー

    「それを言っちゃーおしまいよ」と言いながら、当の本人はそれを言っては旅に出ることになる。  愛すべき男であるが、身内に寅さんのような人がいたら大変だろうと思う。ところが意外と身内や近い親戚の中に一人や二人はいるものだ。 当人は全く自覚がないので困ったものである。 「ことば」で人は命を捨てることもある。いじめの始めは先ず言葉からである。  そして、「それをやっちゃーおしまいよ」とやってはいけないこと

  • つぶやき47  ちょっとだけ丁寧に 

     教頭は毎日最低一回、メモ帳とデジカメを片手に校内巡視を校長はメモ帳とデジカメとゴミ袋を持って、一日一回学校周辺を巡回することを勧める。  校内巡視をしていて、運動場から校舎への出入り口の頭上の壁が1cm程浮いているのを発見し直ぐに校長へ報告をして出入り口を封鎖した。校長は教育委員会に連絡を取った。  教育委員会から建築担当の主査がやってきて長い棒の先に金づちの付いた器具でその浮いた壁を一度叩いた

  • つぶやき45  子どもと遊べない先生

     後輩の教師からよく耳にするのだが、近頃の若い先生は子どもと遊べない人が多いということである。  そこで、これから教師を目指すあなたへ O・Bから  子どもの心をつかめる人になって欲しい。  教育も恋も相手の心をつかまない限り前へは進めない。あまり遊ばずに勉強一筋で大学生になった人には、遊びや部活や自然体験に積極的に参加することを勧める。  そうでないと頭だけで子どもを指導していこうとする傾向が強

  • つぶやき44   傾聴と観察で

     他人を変えようなどとは恐れ多いことだ。  自分自身さえ変えられないで、他人をどう変えることが出来よう。  80年の生活の体験から、自己反省にも、目標と内容と方法をしっかり持たなければ自己反省の効果はないことを知った。  一番の資料は、身近な人の発言に素直に耳を傾けることである。自分ではわからないことを多く指摘してくれる。その中から自己点検の内容と方法を定めるのが良い。  幸い、私には二人の率直な

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