• 3.11のニュースを見て

    昨日、東日本大震災についてのニュースやテレビ番組を多くやっていたので感じたことを書いてみます。 東日本大震災の時、私はまだ小学6年生でした。 今でもその時のことを鮮明に覚えています。 授業は卒業にむけての準備をしており、私はアルバム係だったのでその作成をしていました。 初めはズドンという縦揺れがして少しびっくりしたけれどクラスメイトが「またいつものすぐ終わるやつだろ。」と言っていたし、私も正直そこ

  • サキちゃんも一緒だよ。

    昨日で東日本大震災から七年。 沢山の方々が亡くなられ、沢山の方々が、辛く悲しい思いをした震災。 これからは、皆さんに、沢山の幸せがやって来ますように。 一人ぽっちの人がいませんように。 お正月に飾った啓扇桜、ずっとお水をあげていたら、葉桜になりました。 そして、水の中では・・・ 根が出ています\(^o^)/ 春になったら、地植えしてみます。 ついてくれると良いな!

  • 災害時用グッズ点検

    7年前の震災後、何度かボランティア活動をした。 家族で行ったこともあるが、ダンナとふたりで行くことが多かった。 ダンナがいなければ私は行かなかった。 ダンナはそういう人だ。 ボランティアセンターと連絡を取り、ワークマンでヘルメットやゴーグル、長靴などの装備を購入。 ボランティア活動保険に加入したり、高速道路を走る証明書を取るなどし、仕事が休みの日に通った。 石巻市にはムスメとムスコBも行った。 ダ

  • あれから7年〜3.11東日本大震災

    3.11東日本大震災から7年経ちました。 まずは、かの災害で亡くなられた方々の御霊に、謹んで哀悼を捧げます。 東日本大震災は、2011年3月11日午後2時46分に関東・東北の太平洋沿岸部一帯を襲った最大マグニチュード9.0の巨大地震で、建物倒壊・火災や大津波により、死者・行方不明者1万8,434人、建築物の全壊・半壊合わせて40万2,699戸の被害をもたらした大災害です。 震災後、福島第一・第二原

  • あれから

    おはようございます!! 湖泉閣 吉乃屋 館主 植村賢一でございます!! 今日3月11日は東日本大震災が起きて7年になりました!! この震災により犠牲になられた皆さま方に対し、謹んでお悔やみを申し上げますとともに、今も不自由な生活を強いられている被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。     湖泉閣 吉乃屋 館主 植村賢一

  • 3.11 花は咲く いつか生まれる君に

    一日前なのですが、 明日は沖縄へご恩返しの旅なので。 東日本大震災。花は咲く 贈ります。 忘れないように、届くように、歌い続けたいと思います。 さびの部分は皆さんよくご存知だと思いますので、私の好きな歌詞のところ 誰かの歌が 聞こえる 誰かを 励ましてる 誰かの 笑顔が見える 悲しみの 向こう側に 今、咲いてる梅です。 お店のちょっとしたお出迎えのお花。 落ちた花や蕾は、お水を少しはって、浮かべま

  • 復興

    医王寺を出て富岡町へ向かう。 途中、台風のせいで増水している川の横を走った。 このような立て看板も所々にある 東日本大震災から1ヶ月半が過ぎた頃、亘理町でボランティア活動を始めた。 当時、県外ボランティアの募集をしていたのは亘理町と石巻市だけだったので、土日休みを利用して何度も通った。 はじめのいっぽ(亘理町災害ボランティアセンター) 何度も福島浜通りを行き来した。 言葉にできない光景。 自分の力

  • Rachmaninoff Piano Concerto Nobuyuki Tsujii

    sm21525892 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18 辻井伸行 / Nobuyuki Tsujii BBC Proms full Blind Pianist Pianist in tears!!!. Most moving piano performance.  「エレジー」2011.3.11地震津波被災者のための

  • 怖い話?地震より恐ろしいのはないよ!

    こんばんわ。さっきまでぐっすり寝てたコロンです。 そして、起きたら寮の子が怖い話の本(小学生の時よく見てたような)を私に手渡しに来ました。 ( *´艸`)怖いなら買うなよ~ ま、可愛いですね。 それより、怖い話ですが私は地震がダメですね。 思い出しませんか?あの東北の大地震。私は今でも忘れないために怖くても時々youtubeやニコニコ動画で見ています。 皆さんももう1度見てみて下さい。 3.11N

  • 九十九里浜

    東日本大震災の震源地から遠く離れた旭市も、津波で大打撃を受けた。 地震発生から2時間半以上が経過してからの、まさかの津波が海岸沿いの地区を飲み込んだのだ。 飯岡刑部岬展望館 〜光と風〜 展望館の下には沖縄飯岡友好交流記念碑というモノがあり、篤志家の上原清善氏の人生訓が刻まれている。 悔いなき人生 少年時代は親を喜ばし 中年時代は先輩を喜ばし 高年時代は社会世間に喜ばれて あの世には手ぶらで行く (

  • 銚子でお泊り

    宿に到着。 リンちゃんと一緒に泊まれるペンションだ。 6年前もコチラにお世話になった。 明るい奥様もお変りなく…………いや、朝食の提供をお願いしたら「ごめんなさい、もう朝食はやめたの。私一人でやってるもんで、くたびれちゃって」とwww 今はそれぞれの家庭の状況が変わったので行なっていないが、毎年8月に友達家族と一泊旅行をするのが恒例行事だった。 幹事は私達夫婦。「皆いつも仕事や育児にたいへんだから

  • 平凡な1日に感謝!

    東日本大震災から6年 今も続く不明者捜索 家族を失い家を失い 今も震災で受けた傷が 癒える事無く続いている。 「心の復興は一生出来ない」 新聞に載っていた被災者の言葉。 二度とこの様な災害が 起きないことを祈ります。 3月11日 の夕日 薔薇「ツルアイスバーグ」 雑草にまみれてマルプーラッキー

  • 夫へのプレゼントと過眠

    昨日は忘れ得ぬ3.11の日、なのに私は過眠で15時間も眠っていました。 平和ですね~。 起きても眠くて二度寝、三度寝をしていました。 夫に洗濯は頼んで17:15に起きて時間も無いから今日はキムチ鍋に変更!として、夫にもキムチ鍋なのに、手伝って貰いました。(他のおかずの下拵え) 遡って3/10、夫がご機嫌な日は遅れた誕生日プレゼントが買い物中の留守に届き、息子に受取を頼んでいたので、帰宅するなり夫が

  • 3・11

    今日は3月11日。 東日本大震災から6年です。 テレビ画面から津波の怖さを改めて実感しました。 あの日は静岡市葵区御幸町のとあるテナントビルの工事に入っていました。 作業が一段落ついたので、早めの休憩中に図面を広げていたら、波打つような大地の揺れが。(静岡市は震度4) 「何か来た」と感じ、スマホのワンセグをつけると、想像を越える現状が。 いまだ復興の道半ば。原発の問題も抱えています。 「復興」を「

  • 東日本大震災

    あの日、ビルの13階にあった職場で仕事をしていた。 とっさにデスク下に潜り込んだ。 低い目線上に見えたのは、大きく前後左右に動く複合機と倒れて土がこぼれ出た観葉植物。 揺れる音、落ちる音、倒れる音、壊れる音、悲鳴。 止まらない、終わらない、まだ揺れる。 隣のグループのデスクが滑り台のように斜めになり、パソコンや電話が流れていくのが見える。 生まれて初めて死を意識した。 ダンナ以外の家族の無事は確認

  • 東日本大震災から

    皆さま!! おはよーゴザイマス!!(^賢^)/ 湖泉閣 吉乃屋 四代目 館主 植村賢一は47才年男でゴザイマスーー!! 毎日絶対更新中の館主植村賢一ブログへお越し下さり、誠にありがとーゴザイマスーー!!\(^賢^)/ 館主カンゲきでゴザイマスーー!!\(^賢^)/ 今日の十津川温泉は晴れスタートでゴザイマス!! 皆様!! 今日で東日本大震災発生から6年をむかえます!! この震災により犠牲になられた

  • 東日本大震災から6年🌱

    東日本大震災で被害にあわれた多くの方々、そして心ならずも犠牲者となられた方々に心よりお見舞い申し上げますm(_ _)m 巨大津波などによる亡くなられた方は 15893人で依然として2553人の方が行方不明とのことです 兵庫県内にも316世帯819人の方が避難者としておられるようです 阪神淡路大震災、あの日を思い出します それにもましてあの大津波をテレビの画面で見た時の衝撃は今でも忘れられません 午

  • 東日本大震災の日に…

    父の実家は気仙沼 船具の老舗です 目の前の道路を挟んで海‼ 船が停泊 いつも八代亜紀の船唄がながれていました 立派な家も 震災で全壊 両親は何度も気仙沼を訪れていますが 私は震災以降  一度も気仙沼を訪れていません 現状を見たら泣いてしまうかも…という気持ちと あの大変な時に何もできなかったのに何を今さら… という気持ち でも子供達にルーツとして気仙沼があることを訪れて感じてもらいたいという気持ち

  • 3.11 あれから6年…

    今日は東日本大震災から6年目の日ですね。 ワンダムは東日本に住んでいるので、忘れられません。 自宅の被害は飾りボードが階段から落ちて来た事だけです。 あの日は金曜日でした。 あの日、あの時間は私はお昼寝していました。揺れで目が覚め飛び起きました。 次男は厳しい高校受験を終えて晴れて合格し、開放感に浸って友達と遊びにイトーヨーカドーに行っていました。 長男は高校2年生で教室に居て大きな揺れに、友達と

  • ポスト真実とフェイクニュース(2)

     2011年、東日本大震災の際に「もう東京は住めないほど放射能が蔓延している」という間違ったSNSが飛び交った。横浜中華街に行ったら、いろいろな店で店員が帰国して店はやっていられなくなったとか聞いた。  これなどまだただのフェイクニュースだが、やはり恐ろしいのはポスト真実の考え方から、気に入らない者を排除しようとして、真実を無視して感情的に人々を先導するようなフェイクニュースが流される時だ。  関

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