• 琵琶湖周航の歌

     【琵琶湖に映える旭日】  琵琶湖周航の歌(びわこしゅうこうのうた)は、滋賀県の琵琶湖および周辺地域を題材とした、日本の学生歌の一つで、丁度100年前の1917年(大正6年)6月28日琵琶湖岸今津の宿で原詩が作られました。  この詩を作ったのは、当時旧制第3高等学校(現京都大学)の学生であり水上部(ボート部)員であったった19歳の小口太郎(おぐちたろう)、部の恒例行事である琵琶湖周航の途中、琵琶湖

  • 全部だきしめて(擁抱全部)

     【右下が、「全部だきしめて」のCD】  「全部だきしめて」は1996年にKinKi Kidsと吉田拓郎が司会を務めたフジテレビ系音楽バラエティ番組「LOVE LOVE あいしてる」の主題歌として吉田拓郎が書き下ろしてKinKi Kidsと合唱していた曲です。    一般的にはKinKi Kidsが1998年に出したシングル「全部だきしめて/青の時代」の大ヒットによりKinKi Kidsの曲として

  • 負けないで(別認輸)

     「負けないで(別認輸)」は、1993年1月27日に発表された 日本の音楽グループZARD(ザード)最大のヒット曲です。  作詩はZARDのボーカリストであり作詞家でもあった当時25歳の坂井泉水(さかいいずみ)、作曲者の織田哲郎から提供された応援歌のようなこの曲のメロディーを聴いて詩想が湧き起こり、この詩を一気に書き上げたと生前語っていました。  不肖伊賀山人、明日から入院される方や病に負けず大掃

  • 仏説『父母恩重経』

     【薬師寺別当探題大僧正 高田好胤大和上遺影】  昔、京都に住んでいた時、奈良薬師寺管長の高田好胤禅師が講ずる仏説「父母(ぶも)恩重経」の法話を聴講したことがあります。  仏説『父母恩重経』は、『佛說父母恩重難報經』或いは『父母恩重大乗摩訶般若波羅蜜経』ともいわれる仏教典で、その内容は、父母が子を慈しみ育てる経緯を述べて、子を思う親の心と恩徳について述べたものです。  この経は、吉川英治作「宮本武

  • 泣かないで(請別哭)

     「泣かないで」は、1984年に発表された舘ひろしの楽曲で、この年の第35回NHK紅白歌合戦出場曲でもあります。  泣かないで(請別哭)                  作詞:今野雄二・宮原芽映                  作曲・歌唱:舘ひろし 一節 消し忘れた煙草 回り続けるレコード  (熄滅忘記了的香煙 持續轉的唱片)  途切れたままの言葉          (間斷了的言詞)  そっと

  • サボテンの花(仙人掌之花)

     『サボテンの花』は、フォークグループ:チューリップのリーダー財津和夫が作詞作曲しボーカルも務めて、1975年2月5日に発表した楽曲です。  この曲の内容は、財津自身の失恋体験が元になっており、当時付き合っていた女性が財津の家で靴下などを洗濯したり、花などを活けていたことを思い出して作ったものです。  この曲は、失恋の曲ではありますが、最後の句では、「恋人に去られてしまっても、春が来たら自分も再び

  • Let it be(御心のままに)

    Let it be(御心のままに) 1節 When I find myself in times of trouble Mother Mary comes to me Speaking words of wisdom, let it be 私が困難に直面していると 母親の メアリーが現れて 叡智の言葉を話してくれる 「成るがままにしておきなさい(神の御心に任せなさい)」 And in my hou

  • 我是一片雲(私はひとひらの雲)

    我是一片雲, 天空是我家。 (我れ是れ一片の雲、天空は是れ我が家なり) 朝迎旭日昇, 暮送夕陽下。 (朝に旭日の昇るを迎え、暮に夕陽の下るを送る) 我是一片雲, 自在又瀟灑。 (我れ是れ一片の雲、自在にして又瀟灑たり) 身隨魂夢飛, 它來去無牽掛。(身は魂夢の飛ぶに隨い、それ來去して牽掛することなし) 我是一片雲~蔡幸娟 自在又瀟灑的孟子的雲中七仙女 振作起精神來(^_^)/

  • 月亮代表我的心(月が私の心を表している)

     「月亮代表我的心」は、1973年に発表された台湾の歌謡曲です。  「程英」と名乗る方からのコメントで、蔡幸娟小姐の最近の動画についてご紹介を頂きましたので、今回はそれに因んだ記事を掲載します。  次の動画がご紹介を頂いたもので、昨年3月18日の蔡幸娟小姐51回目の誕生祝賀会の模様です。  舞台設定などは簡単なものですので、余程親しい人だけの集うほんの内輪のパーティーであったようです。  この中で

  • 何日君再來(いつの日君帰る)

       「何日君再来」(ホーリー ジュン ザイライ、邦題「いつの日君帰る」)は、、「夜來香(イエライシャン)」と並び称されるチャイニーズ・メロディーを代表する1曲です。  この曲は、1937年に上海で製作された映画『三星伴月』の挿入歌として、当時の人気歌手周璇が歌い、空前のヒットとなりました。    作詞者は貝林、作曲者は晏如ですが、それらの作者の思いとは全く離れたところで時の権力者達のさまざまな政

  • ここに幸あり

     「ここに幸あり」は、1956年当時18歳の新人歌手大津美子が発表した楽曲です。  作詩は『酒は涙か溜息か』などのヒット曲で戦前から知られていた高橋掬太郎、この詩に大津美子の歌唱指導をしていた恩師の飯田三郎が曲を付けて、空前の大ヒットとなったものです。  この歌の各節の結句はそれぞれ詩的表現になっているので解釈は人それぞれですが、大まかには、人生の幸福とは然程大それたものではなく、誰もが営なむ日々

  • 情人的眼淚 (恋人の涙)

     春は、出会いの季節でもあり、別れの季節でもあります。  「情人的眼淚」は、1958年当時の英領香港で発表された楽曲です。  春になって花咲く季節の男女の別れを詠ったものです。  作曲は当時41歳の姚敏、作詩は当時51歳の陳蝶衣、この中年コンビが軽快な洋風のメロディーに乗せて、涙にくれる乙女心を見事に綴っています。   なお、詩中で男の言う「再会」とは一般的には二度と会えない相手に言う「さようなら

  • 夜來香(イェライシャン)

     【夜來香(イェライシャン)】  「夜來香(イェライシャン)」とは、キョウチクトウ科(旧ガガイモ科)の花の一つ、学名テロスマの漢語名です。  ユリに似た上品な香りが夜になるとひと際強くなるので、この名が付けられています。  日本名は「東京葛(トンキンカズラ)」、英名では「Tonkin jasmine(トンキンジャスミン、東京茉莉)」と言います。  東京(トンキン)とは、この花の原産地を意味し、日本

  • グレープフルーツ

    【伊賀山人の庭の一隅で育つグレープフルーツの木(去年の蝉の抜け殻付き)】  グレープフルーツは、英語名でgrapefruit(ブドウの果物)、漢語名で葡萄柚(ブドウのブンタン)、亜熱帯を原産とする柑橘類の1種です。  その名は、木が成長して果実ができると、ブドウ(grape)の房のように鈴なりになることから名づけられました。  昨年、この苗木を1本買ってきて、庭の片隅に植樹しました。  成長の遅い

  • 雑草の歌

     【伊賀山人の庭に咲くハハコグサ(母子草、別名:御形・鼠麹草)】  「雑草の歌」は、1976年(昭和51年)に発表された美空ひばりの楽曲です。  この歌の作詞者名は「加藤和枝」、つまり美空ひばりの本名です。  美空ひばりこと加藤和枝は、その生涯で余り多くはありませんが詩を詠んでいます。  美空ひばりが作詞し、生前に曲が付けられたものは22曲あり、他の歌手への楽曲提供を除くと18曲を自ら歌っています

  • 襟裳岬(台湾編)

      1974年の森進一のヒット曲『襟裳岬』は、台湾でも多くの歌手によってカバーされています。  曲は吉田拓郎のものですが、歌詞は岡本おさみの詩的表現が難解で翻訳が難しいため、殆どが意訳というよりも全く別物の歌詞が付けられています。  このため、歌題も「襟裳岬(鄧麗君1976)」だけではなく、「依舊是一個人(鳳飛飛1978)」「沙灘上的歌聲(蔡幸娟)」「仍舊一個人(蔡幸娟)」「「照顧我吧!愛神」「迎

  • 桜と中島千波先生 * 春暁

    春爛漫、桜は満開の季節となりました。北日本はまだ桜は満開ではないと思いますが、東京を中心に考えての事です。 桜と言えば日本画家、桜画家の第一人者とも言える中島千波先生、何年か前の紅白歌合戦の屏風画でも使われていました。 カレンダーも毎年出ています。 息子はこの中島千波先生の弟さんのアトリエに通っていました。 中島千波先生のお父様も芸大卒、御本人も芸大院卒、現在は芸大の教授の様です。 美術家一家で、

  • 「襟裳岬」三者三様

     【襟裳岬】  襟裳岬は、、北海道幌泉(ほろいずみ)郡えりも町にある岬で、日高山脈の最南端から太平洋に向かって南へ突き出した断崖絶壁の岬で、海上に点々と岩礁群が伸びています。    1973年、この地を訪れた詩人の岡本おさみは、盟友の吉田拓郎の依頼に応じて、襟裳の春を題材とする詩を1首作りました。  これが、翌年演歌師の森進一が歌って一世を風靡した歌曲の「襟裳岬」です。  「放浪の詩人」と呼ばれて

  • 月夜愁

     台湾の四大民謡と言われる「四月望雨」とは、38歳で夭逝した鄧雨賢の作曲になる『四季紅』、『月夜愁』、『望春風』及び『雨夜花』の4曲のことを言います。  当ブログでは、これまでその内3曲をご紹介してきました。  今回は、最後に『月夜愁』をご紹介します。  この曲は、元々台湾原住民平埔族の歌謡が原典となっています。  その歌謡を、20世紀初頭にカナダから台湾へ移住し「馬偕博士」と呼ばれて尊敬を集めた

  • 四季紅

     台湾を代表する作曲家鄧雨賢の作品の中で最も有名な「四季紅」「月夜愁」「望春風」「雨夜花」の4曲は、その頭文字をとって、纏めて「四月望雨」と通称されています。  また、この4曲を含めた「四月望雨」という名のミュージカルも製作されています。  本ブログでは既に、「望春風」と「雨夜花」の2曲についてはご紹介していますので、今回は、「四季紅」をご紹介します。  「四季紅」の作詩者は、「望春風」でコンビを

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