• 【大聖勝軍寺】(だいせいしょうぐんじ)八尾市

    【大聖勝軍寺】(だいせいしょうぐんじ)は、大阪府八尾市の旧奈良街道に面して建つ高野山真言宗の仏教寺院。山号は神妙椋樹山。 開基は聖徳太子、本尊は植髪太子(聖徳太子)である。 聖徳太子建立三太子の一つで、叡福寺の「上の太子」、 野中寺の「中の太子」に対して、「下の太子」と呼ばれている。地元では単に「太子堂」と呼ばれている。 また、この【大聖勝軍寺】(だいせいしょうぐんじ)より国道25号線を100m程

  • 【顕証寺】(けんしょうじ)と【久宝寺寺内町】

    【顕証寺】(けんしょうじ)は、大阪府八尾市久宝寺にある浄土真宗本願寺派の寺院。山号は近松山。久宝寺御坊ともいう。 かつて、周囲に寺内町を形成し、現在もその町並みをとどめている。伝承によれば、久宝寺の地名は、飛鳥時代に聖徳太子が「久宝寺」を当地に創建したことに由来する。顕証寺西側の許麻神社(こまじんじゃ)境内には太子創建を伝える久宝寺観音院があったが、明治の神仏分離で廃絶した。 【顕証寺】(けんしょ

  • 【念佛寺】(ねんぶつじ)八尾市

    【念佛寺】(ねんぶつじ)八尾市 当寺は龍興山金剛乘院念佛寺と云い、融通念仏宗に属します。暦応四年、(一三四一)辛己八月、盤龍上人によって創建されました。 本堂は落慶に融通念仏宗の中興上人法明和尚の霊跡があり、宗門きっての古刹です。この寺院は聖徳太子の建立した久宝寺の末院で、念佛勧進聖堂場として栄えていたのをのち、聖僧の盤龍が今の地域に定めて本堂を建てたと伝えられています。聖徳太子作と伝わる十一面観

  • 【貝塚地蔵尊】(かいづかじぞうそん)八尾市

    【貝塚地蔵尊】(かいづかじぞうそん)八尾市  この石仏は母乳の出ない婦人が祈願すれば母乳が出るとか、歯痛の時には直してくれるとも言われているそうです。 場所:大阪府八尾市山本町北 (撮影:2016/5/4) 「貝塚地蔵尊」(かいづかじぞうそん)から歩いて数分のところに、【三十八神社】(みそやじんじゃ)があります。

  • 【樟本神社】(くすもとじんじゃ)八尾市木の本

    【樟本神社】(くすもとじんじゃ)は、大阪府八尾市にある神社。延喜式神名帳に「樟本神社 三座 鍬靱 河内国志紀郡鎮座」と記される式内社であり、現在の八尾市木の本(旧丹北郡)、北木の本、南木の本(旧志紀郡)の3箇所に鎮座している。 八尾市木の本 「樟本神社」 用明天皇の御代(約1400年前)物部守屋公が本據地である稲村城(現在は稲城と言われる、光蓮寺敷地)の守護神として崇めていた布都大神を奉祀されたも

  • 【瑠璃光寺】(るりこうじ)と【若倭姫神社】 ( わかやまとひめじんじゃ ) /柏原市

    【瑠璃光寺】(るりこうじ)は、大阪府柏原市山ノ井町にある仏教寺院。曹洞宗永平寺の末寺で山号は「医王山」。 正式には「医王山薬師院瑠璃光禅寺」と称する。天平年間に行基が開創、本尊の薬師如来像は行基の作と伝わる。かつては『七堂伽藍を具備せし巨刹なり』といわれ、大規模な寺院だったが、織田信長の信貴山城攻略の際に兵火に遇い、その後慶安四年(1651年)に再建されるも往時のような規模にはならず、境内は縮小し

  • 【シュミイ地蔵】八尾市

    【シュミイ地蔵】八尾市  東高野街道沿いの恩智城址への登り口脇にある地蔵です。名前の由来は不明ですが、地元恩智の有志が結集して菩提追善のため、彼岸の中日に建立したもの。高さ一三六センチメートル、幅六七センチメートル材質は花崗岩。像の左右に次の銘文がようやく読みとれます。「良盛長盛道梁妙見也阿常助宗、父道善宗恩道明為脩門、道妙□阿妙法、天文十三年甲辰八月時正、河内国恩智□逆修一結衆、敬白」  所在地

  • 【天然寺】(てんねんじ)大阪市天王寺区

    天正16年(1588)僧天然が法然上人の念仏道場として開創。 境内の案内板には、「潮待山【天然寺】(てんねんじ)は後陽成天皇の天正16年4月8日天然上人の開基で、時恰も豊臣秀吉大坂城築城の天正11年の後に辺り、城の南、堀の外の高台に寺地を給せられ、此処に堂宇を興し浄土宗法然上人念仏の道場として永く法灯を伝えて来た。 天然寺境内地は、潮待天満宮と関係深く豊臣氏の時代に地子免除の特典を受けていたここは

  • 狸のお宿【龍渕寺】(りゅうえんじ)/ 大阪市天王寺区

    【龍渕寺】(りゅうえんじ)は、浄土宗大通寺末寺、雲上山。慶長10年(1605)等意上人の開創。一歩中に入るとあちらこちらに狸を見ることができます。 住所:大阪市天王寺区城南寺町6-32

  • 【庚申堂】(こうしんどう)大阪市天王寺区

    四天王寺の南門から南へ300mの【庚申堂】(こうしんどう)は、庶民信仰に支えられる浪花の名刹で、かつては四天王寺の境内の一部。「庚申」は道教の影響を受けた日本人の信仰のひとつで、三尸(さんし)という虫に由来しています。人間の体内には3匹の虫が住みつき、その人の行動を監視しています。そして庚申(かのえのさる)の夜、眠っている人の体から虫が抜け出して、その人の罪や過ちのいちいちを天帝に告げるといわれま

  • 【勝鬘院】(しょうまんいん)大阪市天王寺区

    【勝鬘院】(しょうまんいん) 山号は荒陵山。本尊は愛染明王で、愛染堂とも呼ばれる。四天王寺別院、西国愛染十七霊場・第一番札所、聖徳太子霊跡・第二十九番札所。真言密教勝鬘流根本道場。寺伝によれば、この寺は聖徳太子が開いた施薬院に始まると伝えられ、鎌倉時代には鎌倉幕府5代執権・北条時頼から寺領を寄進されたという。重要文化財(国指定):多宝塔 - 推古天皇元年(593年)、聖徳太子の創建。慶長2年(15

  • 【齢延寺】(れいえんじ)と 【銀山寺】(ぎんざんじ)/ 大阪市天王寺区

    【 齢延寺】(れいえんじ)  もともとは元和9年(1620)僧義春によって曹洞宗の寺として真田山に開創され、1623年にいまの場所、減聖寺坂を上がってすぐ左手のところへ移転。志摩国領主稲葉家の菩提寺でもあった。江戸時代は「齢延寺の彼岸桜」と呼ばれた桜の名所で、いまも大樹古墓の多い風格のある寺として知られる。境内には、幕末に私塾・泊園書院を興して活躍した儒者の藤澤東咳・南岳父子や、画家の鍋井克之、名

  • 【長田神社】(ながたじんじゃ)東大阪市

    探してなんとかたどり着いた東大阪市長田の【長田神社】(ながたじんじゃ)です。横には「一乗寺」と「おかげ灯籠」がありました。  長田から西堤にかけて細長く続く旧集落は、古くは旧若江郡の北辺に広がっていた大きな湖沼(新開池)の南岸堤上にそって営まれた古い集落です。 長田村の中央字相生と呼ばれた所に鎮座する【長田神社】(ながたじんじゃ)ですが、横には「社は、品陀和気命(応神天皇)、息長足姫命、多紀理毘貴

  • 【木村重成位牌堂】 蓮城寺内 / 東大阪市

    【木村重成位牌堂】  大坂夏の陣の際の豊臣方武将(秀頼四天王の一人)木村重成の陣所 木村重茲の子といわれている。母の宮内卿局(一説には右京大夫局とも)は豊臣秀頼の乳母となり、重成は幼少から秀頼の小姓として仕えたといわれる。 秀頼の信頼が厚く、元服すると豊臣家の重臣となり重要な会議などにも出席するようになる。慶長4年(1599年)12月17日、豊臣姓を与えられる。豊臣家と徳川家康との関係が険悪になる

  • 【常光寺】(じょうこうじ )/【八尾天満宮】(やおてんまんぐう)/【八尾神社】(やおじんじゃ)

    【常光寺】(じょうこうじ)は、大阪府八尾市本町にある 臨済宗南禅寺派の寺院。南禅寺塔頭金地院の末寺で、山号は初日山。 通称は八尾地蔵尊。 本尊は地蔵菩薩で、弘仁年間(810年~824年ごろ)、小野篁の作と伝えられている。 山門脇に大坂城の残石と「河内最古之音頭発祥地」の碑がある。また、境内に大坂の役で戦死した藤堂家の戦死者の墓がある。  所在地:大阪府八尾市本町5-8-1 【八尾天満宮】(やおてん

  • 大阪市内神社巡り+観光スポット (2/2)

    ④【難波宮史跡公園】 復元された大極殿基壇とその手前に八角殿を模した構造物を見ることができます。 難波宮(なにわのみや)は、飛鳥時代・奈良時代の難波(現在の大阪市中央区)の上町台地の先端付近にあった古代宮殿。 住所 :大阪市中央区法円坂1 アクセス 地下鉄谷町線「谷町四丁目」駅すぐ、JR大阪環状線「森ノ宮」駅より徒歩5分 ⑤【大阪仮病院跡】 大阪市天王寺区上本町、大福寺の境内にある「大阪の仮病院跡

  • 大阪市内神社巡り+観光スポット (1/2)

    ①【鵲森宮】(かささぎもりのみや)は、大阪府大阪市中央区にある神社である。式内社で、旧社格は府社。通称を森之宮神社(もりのみやじんじゃ)といい、周辺の地名である森之宮の由来となっている。聖徳太子の両親である用明天皇・穴穂部間人皇后、および聖徳太子を主祭神として本社に祀り、奧社に天照大神・月読命・素盞嗚命を祀る。 所在地 :大阪府大阪市中央区森之宮中央一丁目14-4 ①【玉造稲荷神社】(たまつくりい

  • 春の【岩神社】と【観音寺】/ 大阪府柏原市

    【石神社】(いわじんじゃ) 延喜式神名帳に記されている式内社で、旧社格は郷社。 神社は、柏原市太平寺地区の生駒山地南端に近い小高い丘陵の山腹に位置する。 麓の境内に社務所が、高い石段を登った ところに社殿がある。 祭神の石姫皇女は、宣化天皇の皇女、欽明天皇の皇后である 。他に石長姫命、熊野権現。 境内にある大きなクスノキは、周囲約6メートル・高さ約16メートル以上の大木で、樹齢700~800年と推

  • 【石神社】から【普門山妙法寺】の「太平寺仏舎利塔」へ

    【石神社】から普門山妙法寺の「太平寺仏舎利塔」へ ①【石神社】(いわじんじゃ) 延喜式神名帳に記されている式内社で、旧社格は郷社。 神社は、柏原市太平寺地区の生駒山地南端に近い小高い丘陵の山腹に位置する。 麓の境内に社務所が、高い石段を登った ところに社殿がある。 祭神の石姫皇女は、宣化天皇の皇女、欽明天皇の皇后である 。他に石長姫命、熊野権現。 境内にある大きなクスノキは、周囲約6メートル・高さ

  • 【安福寺】(あんぷくじ)大阪府柏原市

    【安福寺】(あんぷくじ)は、大阪府柏原市玉手町にある浄土宗知恩院派の仏教寺院。山号は玉手山。玉手山丘陵の中央部、玉手山公園北側の谷間に位置する。寺伝によれば奈良時代に行基によって建立されるが、中世には荒れ果ててしまい、小堂がただ一棟あるのみであったという。 寛文年間(1661年 - 1672年ごろ)に浄土宗の僧珂億上人がこの地を訪れ、安福寺を再建する。尾張大納言徳川光友は珂億上人の学徳に深く帰依し

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