• 【暗越奈良街道】(くらがりごえならかいどう)2 /2

    【暗越奈良街道】(くらがりごえならかいどう)は大坂から暗峠を超えて奈良に至る街道で奈良街道、伊勢参宮街道の一つで「日本の道百選」にも選定されている。 暗峠(くらがりとうげ)は、奈良県生駒市西畑町と大阪府東大阪市東豊浦町との境にある峠で現在は国道308号、大阪府道・奈良県道が通り標高は455m。 暗峠(くらがりとうげ)という名が示すとおり暗越奈良街道の生駒山地の難所でつづら折りの少ない直線的な急勾配

  • 【暗越奈良街道】(くらがりごえならかいどう)1/2

    【暗越奈良街道】(くらがりごえならかいどう)は大坂から暗峠を超えて奈良に至る街道で奈良街道、伊勢参宮街道の一つで「日本の道百選」にも選定されている。 暗峠(くらがりとうげ)は、奈良県生駒市西畑町と大阪府東大阪市東豊浦町との境にある峠で現在は国道308号、大阪府道・奈良県道が通り標高は455m。 暗峠(くらがりとうげ)という名が示すとおり暗越奈良街道の生駒山地の難所でつづら折りの少ない直線的な急勾配

  • 【聖法山 観音寺】(かんのんじ)東大阪市東豊浦町

    【聖法山 観音寺】は、生駒山中腹の大阪府東大阪市から奈良県生駒市を通る国道308号線沿いにあり、この道の県境にある峠を「暗峠(くらがりとうげ)」、そしてこの道を「暗越奈良街道(くらがりごえならかいどう)」といい、数ある奈良街道の一つで「日本の道百選」にも選定されています。またこの道は、松尾芭蕉が1694年(元禄7年)に大坂へ向かう途中に通り、「菊の香に くらがり登る 節句哉」という句を詠んでいます

  • 【法照寺】(ほうしようじ)東大阪市東豊浦町

    【法照寺】(ほうしようじ)東大阪市東豊浦町 法華宗 真門流の寺院。 住所:大阪府東大阪市東豊浦町9−12 アクセス:近鉄額田駅 から徒歩約10分 (撮影:2017/3/16)

  • 【成願寺】(せいがんじ)東大阪市東豊浦町

    【成願寺】(せいがんじ)東大阪市東豊浦町 【成願寺】(せいがんじ)は、暗越(くらがりごえ)奈良街道沿いにあります。 暗越奈良街道とは、大阪から暗峠(くらがりとうげ)を越え、生駒(奈良)に至る道。奈良時代、大阪の難波と奈良の平城京を結ぶ道として使われてきました。 暗越奈良街道は万葉集に詠まれたほか、弘法大師も歩いたという説、また、修験道(しゅけんどう)を開いた役行者(えんのぎょうじゃ)の伝説も残って

  • ⑤【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city

    【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区   [Shugakuin Imperial Villa]   Kyoto city 京都市左京区修学院の比叡山麓にある皇室関連施設。 修学院離宮は上御茶屋(かみのおちゃや)、中御茶屋(なかのおちゃや)、下御茶屋(しものおちゃや)と呼び習わす3か所の庭園からなり、面積は54万平方メートルに及ぶ。 17世紀中頃(1653年(承応2年) - 1655年

  • ④【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city

    【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city 京都市左京区修学院の比叡山麓にある皇室関連施設。 修学院離宮は上御茶屋(かみのおちゃや)、中御茶屋(なかのおちゃや)、下御茶屋(しものおちゃや)と呼び習わす3か所の庭園からなり、面積は54万平方メートルに及ぶ。 17世紀中頃(1653年(承応2年) - 1655年(承応4

  • ③【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city

    【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city 京都市左京区修学院の比叡山麓にある皇室関連施設。 修学院離宮は上御茶屋(かみのおちゃや)、中御茶屋(なかのおちゃや)、下御茶屋(しものおちゃや)と呼び習わす3か所の庭園からなり、面積は54万平方メートルに及ぶ。 17世紀中頃(1653年(承応2年) - 1655年(承応4

  • ②【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city

    【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city 京都市左京区修学院の比叡山麓にある皇室関連施設。 修学院離宮は上御茶屋(かみのおちゃや)、中御茶屋(なかのおちゃや)、下御茶屋(しものおちゃや)と呼び習わす3か所の庭園からなり、面積は54万平方メートルに及ぶ。 17世紀中頃(1653年(承応2年) - 1655年(承応4

  • ①【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city

    【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city 京都市左京区修学院の比叡山麓にある皇室関連施設。 修学院離宮は上御茶屋(かみのおちゃや)、中御茶屋(なかのおちゃや)、下御茶屋(しものおちゃや)と呼び習わす3か所の庭園からなり、面積は54万平方メートルに及ぶ。 17世紀中頃(1653年(承応2年) - 1655年(承応4

  • 【日限地蔵尊】 (ひぎりじぞうそん)大阪市此花区

    【日限地蔵尊】 (ひぎりじぞうそん)大阪市此花区 一見、バスの待合室のように見えますが、コンクリート台に石造りの御堂です。御堂の中には、10センチ程の丸彫りの地蔵さんが座っています。社の屋根は白く塗られています。御堂の前に青色のブリキ製の賽銭箱が置かれています。 場所:大阪市此花区梅香2丁目16 (撮影:2017/3/12) こちらも地蔵尊です。小さな社の屋根は金色に輝いています。👇 場所:大阪

  • 【白光大神】(しらみつおおかみ)【熊繁大神】(くましげおおかみ)/ 東大阪市上石切町

    【白光大神】(しらみつおおかみ)【熊繁大神】(くましげおおかみ)/ 東大阪市上石切町 「石切神社上ノ宮」の鳥居の前に道があります。その道を右へ歩くと、看板が立っています。「石切 奥の院瀧」、「河内石切 白光大神本社」、「神道石切教会」、「石切高野山 波切不動尊」、「石切 水子地蔵尊」と看板に書かれています。 鳥居が3つ階段に並んでいて1つ目は、「白光大神」、2つ目の鳥居には「熊繁大神」となっていま

  • 書籍:「大阪戦争遺跡歴史ガイドマップ」

     この本は、2001年6月まで2年がかりで、204団体約500人が実地に歩いた「戦争遺跡ウォーク」27回分をまとめたものです。タイトルの「大阪戦争遺跡ガイドマップ」どおりに、実際に歩かれたコース別の詳細な地図が掲載されています。また、戦争遺跡だけでなく、「郷土<浪華>文芸散歩(作家・作品ゆかり地図)」や「<浪華>史跡探検地図」なども掲載されていています。載っているマップは詳細でなないため、団体で行

  • 【地蔵尊】と【大神宮】の灯篭 / 奈良県生駒郡三郷町

    奈良県生駒郡三郷町信貴南畑に【地蔵尊】があります。由緒等詳細は不明です。一体の大きな地蔵様の周りにたくさんの小さなお地蔵様が並んでいます。また、この【地蔵尊】の後ろには、「西国三十三所 巡礼」の標石が立っています。 場所: 奈良県生駒郡三郷町南畑 *この【地蔵尊】の場所からすぐ近くに「三郷町立南畑幼稚園」(奈良県生駒郡三郷町信貴南畑1丁目2−58)があります。 (撮影:2017/2/7) 【大神宮

  • 【南畑歌舞伎一座・日出座・鶴沢三枝碑と地蔵堂】奈良県生駒郡

    【南畑歌舞伎一座・日出座・鶴沢三枝碑と地蔵堂】奈良県生駒郡 案内板には、『南畑歌舞伎一座明治二十二年(1889)頃、南畑に「日出座」という歌舞伎一座があった。地元の人たちから南畑歌舞伎と呼ばれ親しまれていた日出座・座長の鶴沢三枝の碑が、この裏手にある。三枝は地元の青年に歌舞伎を教え一座を結成し、南畑を中心に法隆寺や田原本、更に大阪でも講演したという。その頃の日本は、清国と交戦して勝利を得たものの不

  • 【越中井】(えっちゅうい) 大阪市中央区

    【越中井】(えっちゅうい) 大阪市中央区 【越中井】(えっちゅうい)は、大阪市中央区森の宮中央2丁目12にある史跡。細川家の当主である細川忠興の屋敷の台所があったと伝えられる場所で、「細川ガラシャ」最期の地として知られる。「越中井戸」(えっちゅういど)とも呼称される。 秀吉の死後の1600年、会津征伐において忠興が徳川家康に従って出征している間に、豊臣家の再興をもくろむ石田三成が決起。三成は忠興を

  • 【安福寺横穴群】大阪府柏原市

    市立玉手山公園など玉手山の一帯は、大坂夏の陣(1615)の古戦場であるとともに古墳時代前期(4世紀)の古墳群でもあります。大和川と石川の合流点を望む玉手山丘陵上には、合計14基の前方後円墳と数基の円墳が、南北に連なって築造されています。また、公園に隣接する安福寺参道などには、6~7世紀の墓である横穴群も存在し、考古学上も大変貴重な地域です。門をくぐるとすぐに参道の両側に安福寺横穴群が広がっています

  • 【玉祖神社御旅所】八尾市

    大阪府八尾市郡川に【玉祖神社御旅所】があります。この御旅所内には児童公園が整備されており、隣接して郡川の地車格納庫と太鼓台格納庫があります。 この場所から山側へ向かって八尾農免道を通り、北へ約15分歩くと【玉祖神社】(たまおやじんじゃ)があります。 場所:大阪府八尾市郡川5丁目 (撮影:2017/3/5) 👇 【玉祖神社御旅所】八尾市服部川付近。 「常楽寺」 所在地:大阪府八尾市郡川5丁目

  • 【安楽寺 子安地蔵尊】(あんらくじ こやすじぞうそん)八尾市郡川

    【安楽寺 子安地蔵尊】(あんらくじ こやすじぞうそん)八尾市郡川 近鉄信貴山口駅から線路沿い西に角地があり、そこに【安楽寺 子安地蔵尊】(あんらくじ こやすじぞうそん)があります。現場は住宅地の角地で大きなヒバの木・地蔵堂・石水桶等、整然としています。地蔵堂の中には、かなり年代が経ったと思われる石仏が3体鎮座しています。線香台には「安楽寺 子安地蔵尊」となっています。境内地内には墓石や宝篋印塔など

  • 【妙見菩薩】(みょうけんぼさつ)八尾市黒谷

    【妙見菩薩】(みょうけんぼさつ)八尾市黒谷 近鉄の信貴山口駅を降りて南側に見える階段を登り左へ行くと、【妙見菩薩】(みょうけんぼさつ)の鳥居が見えてきます。 【妙見菩薩】(みょうけんぼさつ)について;「元は北極星・北斗七星を神格化した道教の神を、仏教に取り入れ菩薩としたものであり、北辰妙見菩薩、妙見尊星王とも呼ばれます。妙見菩薩の霊験は絶大で、国土を守護し、災厄を除き、また長寿、眼病の治癒にも力を

1 2 3 4 5 ... 14