• 【道引地蔵尊】(行基菩薩開基南濱墓所)大阪市北区

    【道引地蔵尊】(行基菩薩開基南濱墓所)大阪市北区 江戸時代から近代初頭にかけて、大坂市中の周縁部に位置した、大坂七墓と呼ばれる墓所を、盂蘭盆に巡礼し、諸霊を回向した信仰習俗、「七墓めぐり」とうものがありました。近代初頭に行われた墓地の整理で墓所の大半が移転・消滅したこともあり、「七墓めぐり」の習俗は消滅しましたが、七墓の風情を現在に伝える南浜墓地の地蔵堂にまつられる【道引之地蔵】には、七墓関連で唯

  • 【舎利尊勝寺】(しゃりそんしょうじ)大阪市生野区 (2/2)

    【舎利尊勝寺】(しゃりそんしょうじ)大阪市生野区 ここの町名にもなっている「舎利寺」は正しくは、「南岳山舎利尊勝寺」。その縁起は寺伝によれば、約1400年前、聖徳太子の創建と伝わる。  この地は生野長者の旧地と言われ、長者に言葉の不自由な子が生まれたが、四天王寺を創建するために来ていた聖徳太子がこのことを知り、その原因を太子が前世で仏舎利3顆を与えたためと云い、それを吐くことを命じたところ、長者の

  • 【舎利尊勝寺】(しゃりそんしょうじ)大阪市生野区 (1/2)

    【舎利尊勝寺】(しゃりそんしょうじ)大阪市生野区 ここの町名にもなっている「舎利寺」は正しくは、「南岳山舎利尊勝寺」。その縁起は寺伝によれば、約1400年前、聖徳太子の創建と伝わる。  この地は生野長者の旧地と言われ、長者に言葉の不自由な子が生まれたが、四天王寺を創建するために来ていた聖徳太子がこのことを知り、その原因を太子が前世で仏舎利3顆を与えたためと云い、それを吐くことを命じたところ、長者の

  • 【阿倍王子神社】(あべおうじじんじゃ) 大阪市阿倍野区

    【阿倍王子神社】(あべおうじじんじゃ) 大阪市阿倍野区 かつては阿倍王子(あべのおうじ)といい熊野神社の分霊社である九十九王子のひとつであった。『摂州東成郡阿倍権現縁記』によれば、仁徳天皇の夢の中に熊野三山の使いである3つの足の烏が現れ、仁徳天皇がそれを捜させると、同じものが当地(阿倍島という島があったとされる)にいたので、現所在地に神社を創建した。これとは別に、この地域を本拠した古代豪族の阿倍氏

  • 【法楽寺】(ほうらくじ)大阪市東住吉区 (3/3)

    【法楽寺】(ほうらくじ)大阪市東住吉区 真言宗泉涌寺派大本山の寺院。山号は紫金山、院号は小松院と称する。通称「たなべのお不動さん」。近畿三十六不動尊霊場第3番。伝承によれば、源平の戦乱で戦死した平家と源氏の霊を怨親平等に弔うために、源義朝の念持仏であった如意輪観世音菩薩を安置し、壮麗な伽藍が営まれたことが起源とされる。 山号の紫金山は、治承2年(1178年)、仏教の信仰に篤かった平重盛が宋の禅師・

  • 【法楽寺】(ほうらくじ)大阪市東住吉区 (2/3)

    【法楽寺】(ほうらくじ)大阪市東住吉区 真言宗泉涌寺派大本山の寺院。山号は紫金山、院号は小松院と称する。通称「たなべのお不動さん」。近畿三十六不動尊霊場第3番。伝承によれば、源平の戦乱で戦死した平家と源氏の霊を怨親平等に弔うために、源義朝の念持仏であった如意輪観世音菩薩を安置し、壮麗な伽藍が営まれたことが起源とされる。 山号の紫金山は、治承2年(1178年)、仏教の信仰に篤かった平重盛が宋の禅師・

  • 【法楽寺】(ほうらくじ)大阪市東住吉区 (1/3)

    【法楽寺】(ほうらくじ)大阪市東住吉区 真言宗泉涌寺派大本山の寺院。山号は紫金山、院号は小松院と称する。通称「たなべのお不動さん」。近畿三十六不動尊霊場第3番。伝承によれば、源平の戦乱で戦死した平家と源氏の霊を怨親平等に弔うために、源義朝の念持仏であった如意輪観世音菩薩を安置し、壮麗な伽藍が営まれたことが起源とされる。 山号の紫金山は、治承2年(1178年)、仏教の信仰に篤かった平重盛が宋の禅師・

  • 【悲母観音菩薩】(ひぼかんのんぼさつ)香川県さぬき市

    香川県さぬき市津田町津田羽立峠に慈しみ深い母の面影をもつ【悲母観音菩薩】(ひぼかんのんぼさつ)があります。その前には実物大のレプリカ、「回天」が展示されています。「回天」とは、旧日本海軍が第二次世界大戦中に使った人間が操縦する魚雷の名称で『特攻』の1つであった人間魚雷。全長約15メートル、直径約1メートルの魚雷に操舵(そうだ)室を取り付け、潜水艦に搭載して出撃し、敵の戦艦に体当たりしたものです。 

  • 【愛宕念仏寺】(おたぎねんぶつじ)京都市右京区 (3/3)

    【愛宕念仏寺】(おたぎねんぶつじ)京都市右京区 嵯峨野にある天台宗の仏教寺院。 本尊は厄除千手観音、別名千二百羅漢の寺。愛宕山参道の山麓の入り口に位置する嵯峨野めぐりの始発点として知られます。8世紀中頃、称徳天皇により京都・東山、今の六波羅蜜寺近くに愛宕寺として創建。 当初は、現在の建仁寺の南側にありましたが、1922年(大正11)にこの地に移されました。本堂は度々移建され、補修を加えられてきてい

  • 【愛宕念仏寺】(おたぎねんぶつじ)京都市右京区 (2/3)

    【愛宕念仏寺】(おたぎねんぶつじ)京都市右京区 嵯峨野にある天台宗の仏教寺院。 本尊は厄除千手観音、別名千二百羅漢の寺。愛宕山参道の山麓の入り口に位置する嵯峨野めぐりの始発点として知られます。8世紀中頃、称徳天皇により京都・東山、今の六波羅蜜寺近くに愛宕寺として創建。 当初は、現在の建仁寺の南側にありましたが、1922年(大正11)にこの地に移されました。本堂は度々移建され、補修を加えられてきてい

  • 【愛宕念仏寺】(おたぎねんぶつじ)京都市右京区 (1/3)

    【愛宕念仏寺】(おたぎねんぶつじ)京都市右京区 嵯峨野にある天台宗の仏教寺院。 本尊は厄除千手観音、別名千二百羅漢の寺。愛宕山参道の山麓の入り口に位置する嵯峨野めぐりの始発点として知られます。8世紀中頃、称徳天皇により京都・東山、今の六波羅蜜寺近くに愛宕寺として創建。 当初は、現在の建仁寺の南側にありましたが、1922年(大正11)にこの地に移されました。本堂は度々移建され、補修を加えられてきてい

  • 書籍:「大阪 御朱印を求めて歩く 札所めぐりルートガイド」

    この本も図書館で借りてきました。社寺仏閣巡りが好きで今は関西を中心に神社をメインに廻ってますが、この手の本に載っている地図がざっくりとして、実際歩いて廻ったりするとき、なかなか行きつけなかったり迷ったりします。社寺仏閣があるところは一般的にその寺や神社だけでなく近くにも同じように社寺仏閣があります。すると、地図に小さい寺や神社も含めてすべて載っていないと、間違ってしまうのです。確かに、その迷ったり

  • 【ひがし茶屋町西向不動尊】大阪市北区中崎町

    大阪梅田にも近く、民家を改築したおしゃれなカフェや雑貨屋などが集まる中崎町付近で見つけた【不動明王像】です。詳細不明でしたが、後で調べて少し分かりました。不動明王像に矜羯羅・制叱迦の二童子を従えています。真新しくはないですが、香炉やその他の設置物は新品に近いので違和感がありました。 この不動明王像は【ひがし茶屋町西向不動尊】といって以前ある場所から2017年12月にこの場所へ移設されたようです。こ

  • 【科長岡神社】(しながおかじんじゃ) 大阪府南河内郡太子町 「叡福寺の境内に鎮座する神社」

    【科長岡神社】(しながおかじんじゃ) 大阪府南河内郡太子町    「叡福寺の境内に鎮座する神社」 聖徳太子の御廟があることで有名な「叡福寺」の境内でも奥の方にひっそりと鎮座されています。御祭神は、天照皇大神、天御柱國御柱命、天児屋根命、品陀別命、八坂大神、道祖大神、保食大神、菅原道真公、市杵島姫命。 墓所は「磯長」墓でこちらは「科長」神社ですがどちらも「しなが」と読みます。同じ太子町内の2kmほど

  • 【叡福寺】(えいふくじ)大阪府南河内郡太子

    【叡福寺】(えいふくじ)は、大阪府南河内郡太子町にある仏教寺院。聖徳太子の墓所とされる叡福寺北古墳(磯長墓〈しながぼ〉)があることで知られる。山号は磯長山(しながさん)、本尊は如意輪観音である。開基(創立者)は、聖徳太子または推古天皇とも、聖武天皇ともいわれる。宗派は真言宗系の単立寺院で、太子宗を名乗る。また「上之太子」と呼ばれ、「中之太子」野中寺(羽曳野市)「下之太子」大聖勝軍寺(八尾市)ととも

  • 【大黒寺】(だいこくじ)大阪府羽曳野市

    【大黒寺】(だいこくじ)は、大阪府羽曳野市にある曹洞宗の寺院。「大黒天発祥の寺」。縁起によれば、西暦665年 天智天皇4年 正月甲子(きにえね)の日。修験道の祖 役ノ行者(えんのぎょうじゃ)が、金剛山に籠り孔雀明王経を誦え諸仏諸神に人々の救済を祈願していると、不思議な事に大地が震え。天空が薄暗くなり。五色の雲がたなびいて来ます。 その雲の中から大黒天が現れ「お告げ」をします。 「我は、過去世に於い

  • 書籍:「古代 大阪を旅する 渡来人の残したもの」

    この本も図書館で借りました。大阪府下在日朝鮮人は約19万人で、その36%が生野区猪飼野に集中的に居住地があり、この生野区を中心に平野区も含めた一帯の地に、かつては、「百済郡」が存在していた。奈良時代には機内の有力氏族1177氏のうち、朝鮮からの移住民族が三分の一以上を占めていた。政治、経済、文化の各分野で重要な役割を果たしていた。と著者は説明し、この百済郡を基に大阪府下の神社、お寺、古墳などを解説

  • 雑誌:「大阪人増刊 古地図で歴史をあるく」

    古地図に特に興味ありませんが、社寺仏閣が好きなのでこの雑誌(2012年5月号)を図書館で借りました。この雑誌の中に、「銀眼寺」と「赤稲荷神社」が載っていたので付属されている大阪の古地図を持って出かけました。しかしながら、「銀眼寺」と「赤稲荷神社」へこの古地図を使ってスムーズには着くことができませんでした。この古地図は「おまけ」みなたいなものです。結局、近くまで行って回りの人に場所を訪ねてこのお寺と

  • 書籍:「京都・奈良 ご朱印めぐり旅 乙女の寺社案内」

    この本も図書館で借りました。内容は、御朱印ガールという言葉が流行っているので、女子向けの視点で解説されています。載っているお寺について、京都は、平安神宮、京都熊野神社、熊野若王子神社、永観堂(禅林寺)、南禅寺、八坂神社、安井金比羅宮、北野天満宮、市比賣神社ほか、奈良は、東大寺、春日大社、元興寺、新薬師寺、海龍王寺、般若寺、長谷寺、室生寺などですが、日本で多くのお寺がある京都、奈良でやはり交通の便が

  • 書籍:「渡来人とは何者だったか」

    この本も図書館で借りました。渡来人とは「飛鳥時代[592-710年]以前に、朝鮮半島から日本に移住してきた人びと」と定義される「帰化人」のことですが、この本を読むことで「渡来人」のイメージが明確になります。この本の著者はいろいろな学説があることを紹介した上で、自説を率直に書きその論拠を挙げています。史料がない場合は、それ以上のことを推測は書かない著者です。その意味では、明確になっていること、そうで

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