• 【成本天神社】(なしもとてんじんじゃ)大阪市平野区

    【成本天神社】(なしもとてんじんじゃ)大阪市平野区 祭神 は、菅原道真、素戔嗚尊。由緒についての案内板があり、つぎのように書かれています。 「当社は創建すこぶる古く、孝徳天皇、大化年中(643-649)天神の尊像現れ社殿、之造宮して霊像を祀りしもの、天神社の期限となった。明治四十年九月、成本の村社天神社の御神霊は当時の瓜破天神社うりわりてんじんじゃに合祀されたまま今日に至ったものである。昭和六十一

  • 【瓜破天神社】( うりわりてんじんじゃ)大阪市平野区

    【瓜破天神社】( うりわりてんじんじゃ)大阪市平野区  この神社は瓜破小学校のすぐ東に鎮座しています。御祭神は、素盞嗚尊、菅原道真、平維盛。由緒について;「瓜破の歴史を記録し唯一現存する船戸録(天文元年、1736記)によれば、 孝徳天皇の大化年中(645~649)当地に居住された高僧、船氏道昭が、 5月晦日三密の教法観念の折、庵室に光る天神の尊像が現れたので、西瓜を割って霊前に供えた。 道昭は朝廷

  • 【西瓜破天神社】( にしうりわりてんじんじゃ)大阪市平野区

    【西瓜破天神社】( にしうりわりてんじんじゃ)大阪市平野区 由緒、創建年代等は不明。慶長年間(1596~1615年)に耕作の都合で集団移住し作られた西川村(旧西瓜破)に氏神として祀られた天満宮がこちらの神社かと思われます。1910年に瓜破天神社に合祀されましたが、昭和になって分霊鎮座されています。 御祭神は、菅原道真。境内は狭いですが、参道があります。神社に隣接して「瓜破西 地域集会所・老人憩の家

  • 【小松神社】( こまつじんじゃ)大阪市平野区

    【小松神社】( こまつじんじゃ)大阪市平野区 由来について; 「瓜破の古書「船戸録」によると、この地に源氏の武士権守宗重の一子で湯浅七郎兵衛宗光という人が住んでいた。この宗光が安元の戦いの際、平重盛に危い命を助けられたことがあった。その後、平重盛は紀州の熊野浦に入水してこの世を去った。 このことを知った宗光は報恩のため自己所有の土地を寄進し、社殿を建て、その霊を祀り小松大明神と名付けられた。その後

  • 週末ドライブ🚗デート前編

    春が待ち遠しい週末・・・・ふとした思い付きで突然のドライブデートに美緒子さんを誘った。 仕事の予定が延期になり金曜日の夜に美緒子さんにお誘いメール! なぜか二つ返事でOKマークII 朝からクルマで美緒子さんの住む街まで迎えに行った。 朝の9時過ぎに美緒子さんを乗せて・・・・ さほど遠くない梅園がお薦めだと言うことで到着しましたが私は初めての場所。 人並みも少なくポカポカゆったりモードで歩き始めまし

  • 【千手寺三福神】(せんじゅうさんぷくじん)東大阪市

    【千手寺三福神】東大阪市 大阪府東大阪市東石切町にある「真言宗大本山 千手寺(せんじゅうじ)」 (別称 上之坊・光堂 真言宗大本山 千手寺 河内西国第十番霊場)の入り口右側に、【千手寺三福神】が祀られています。(毘沙門天、大黒天、弁財天) 所在地: 大阪府東大阪市東石切町3丁目3−16

  • 【八大龍王総本山 龍光寺】(りゅうこうじ)東大阪市③

    【八大龍王総本山 龍光寺】(りゅうこうじ)東大阪市 正式名称は、「生駒白水山 釈王宗総本山 龍光寺」。御 本 尊は、「八大龍王尊 」(生駒の八大さん)御 開 祖は、「弘法大師 (空海)」 由来について; 標高642M、生駒山山頂に今を去る一千百有余年、弘法大師勅を奉じ高野山開創の砌り、河内の国額田郷(東大阪市 石切)に於て心身潔斉し、はるか東方を見るに八大龍王の霊感を受け山頂を尋ねるに、清水の流出

  • 【八大龍王総本山 龍光寺】(りゅうこうじ)東大阪市 ①

    【八大龍王総本山 龍光寺】(りゅうこうじ)東大阪市 正式名称は、「生駒白水山 釈王宗総本山 龍光寺」。御 本 尊は、「八大龍王尊 」(生駒の八大さん)御 開 祖は、「弘法大師 (空海)」 由来について; 標高642M、生駒山山頂に今を去る一千百有余年、弘法大師勅を奉じ高野山開創の砌り、河内の国額田郷(東大阪市 石切)に於て心身潔斉し、はるか東方を見るに八大龍王の霊感を受け山頂を尋ねるに、清水の流出

  • 【興法寺】(こうほうじ)東大阪市

    【興法寺】(こうほうじ)は、役行者が開基し、弘法大師空海が諸堂を整備したと伝説される寺院です。 伝説では、千手寺を開いて神並村(こうなみむら)にあった役行者は、生駒山の東に吉祥を表す雲がたなびくのを見て、氷室滝(ひむろのたき)という滝にちかづいてみると、そこに氷室権現という神があらわれて、「大聖歓喜天(だいしょうかんぎてん)」いわゆる「聖天(しょうてん)」像を授けられたといいます。平安初期は弘仁六

  • 【水神明王】(すいじんみょうおう)/「弘法大師氷室瀧」東大阪市

    【水神明王】(すいじんみょうおう)東大阪市 廃墟になっています。立入禁止のテープが張られています。祠、鳥居は朽ちており、建物には誰も住んでないようです。また、 石柱に「弘法大師氷室瀧」とあり、建物の奥に瀧が流れているようです。 場所:大阪府東大阪市上石切町2丁目 (鷲尾山興法寺より100mほど手前)

  • 【三王大明神】(さんおうだいみょうじん)東大阪市

    辻子谷ハイキングコースの途中、興法寺に到着するまでに最も急な坂道があります。その道の左の山側に【三王大明神】(さんおうだいみょうじん)の標石が、お地蔵様の横に立っています。この標石の上の大きな岩が神様として信仰されているのではないかと思います。 ここからハイキングコースを少し歩くと【白瀧白龍王】(しらたきはくりゅうおう)があります。 場所:大阪府東大阪市上石切町2丁目 (鷲尾山興法寺より500mほ

  • 【薬嘉大神】(やっかおおかみ)東大阪市

    【薬嘉大神】(やっかおおかみ)東大阪市 辻子谷の水車がある駐車場の角に【薬嘉大神】(やっかおおかみ)があります。この辻子谷の地場産業が製粉であり、現在も製薬会社があります。おそらくこの神社は薬に因んでお祀りされていると思れます。 ステンレス製の祠の中には、お稲荷さんがいます。 所在地:東大阪市上石切町2丁目28  アクセス:近鉄奈良線「石切」下車、徒歩約20分。 👇 製薬会社の前にお地蔵様が祀ら

  • 朝鮮寺【天水庵】(てんすいあん)東大阪市

    辻子谷ハイキングコース途中の左側に【天水庵】(てんすいあん)の看板が立っています。その矢印の方へ細い道を通って行きます。由緒等詳細は不明です。「不動明王」「薬師如来」「観音如来」「檀君天王」「天照大神」が祀られているようです。 近くに【辻子谷の水車】があります。 場所:東大阪市上石切町2丁目23 アクセス:近鉄石切駅下車、徒歩約20分。

  • 【白親大神】(はくちかおおかみ)柏原市河原町

    【白親大神】(はくちかおおかみ) 由緒について、『白親大神の祭祀の由来 ;昭和二十五年頃この清洲地区に大きな災害があり、以後災害のないことを祈願してこの地区にお祭りされたものです。伊勢の天照大神と猿田彦大神とともにお祭されております。』 *以前は、小さな祠、境内にはベンチなどあり、小さいながら「神社」の様相がありましたが、現在は「白親大神の碑」がたっているだけです。 場所:大阪府柏原市河原町1 (

  • 【御劔神社】(みつるぎじんじゃ)通称:天王さん / 柏原市

    【御劔神社】(みつるぎじんじゃ)通称:天王さん /  柏原市 鳥居をくぐって直ぐ右に蛙から水を流している手水鉢があります。また、右に「力石」があります。中央の拝殿の右側に、「竹光稲荷大明神」があり、左側に「おさん大明神」が祀られています。 由緒については、 御祭神;素盞鳴命、天児屋根命、大国主命。 当神社の創始は藤原時代萬壽2年3月(1025)此の時 五畿内に悪病が流行した為、悪病討 村の安全を願

  • 【古町春日神社】柏原市

    【古町春日神社】柏原市 御祭神は天児屋根命、建御雷命、経津主命、叱咩命です。この神社は元来畳屋甚右衛門氏の家に私祭していたものが、代官の万年長十郎によって大和川堤防の空き地に勧請されたものです。「柏原町史」によると現在(昭和30年)は築留にあるとなっています。多くの古資料に記述があり、また数多くの御祭神があることからかつては大きい神社だったと考えられます。現在は神社として地図に記載はありませんが、

  • 【鐸比古神社分社 金比羅大権現】柏原市

    大阪府柏原市方法善寺1丁目に「鐸比古神社分社金比羅大権現」があります。由緒等詳しいことは不明です。境内に燈籠が2基あり「金比羅大権現」と刻まれ、1基は倒壊しています。また、その他に石碑が2基あります。1つの石碑には「贈従五位田中楠之助碑」と刻まれています。この石碑は昭和3年(1928)に建てられたもので、田中楠之助は法善寺村の人で「天誅組の変」の際、水郡を中心とした河内勢の一人と参加し、その後捕ら

  • 【丸国﨔稲荷大明神】八尾市

    大阪府八尾市久宝寺寺内町の民家の一角に【丸国﨔稲荷大明神】があります。 由緒等は不明です。 場所:大阪府八尾市久宝寺6丁目5

  • 【御幸森天神宮】(みゆきのもりてんじんぐう)と【コリアンタウン】大阪市

    【御幸森天神宮】(みゆきのもりてんじんぐう)と【コリアンタウン】/ 大阪市 【御幸森天神宮】(みゆきのもりてんじんぐう)は、大阪府大阪市生野区(旧摂津国東生郡猪飼野村)にある神社。 仁徳天皇、少彦名命、忍坂彦命を祀る、猪飼野村の氏神である。御幸森天神宮のある地域は古くから猪飼野(いかいの)と呼ばれ、猪甘津(いかいのつ)と呼ばれる古代の港があったことに由来する。猪甘津は日本書紀仁徳天皇十四年の条に記

  • 【守園神神社(賽の神)】(さいのかみ)八尾市

    【守園神神社(賽の神)】(さいのかみ)八尾市 大阪府八尾市服部川の「神光寺」に行く道中右側に「守園神神社」の石標が見えます。そこに小さなお社があります。造園やお花を守るために祀られた神社です。詳しい由緒等は不明です。この辺りは造園業が盛んで、この神社の急阪を登った一帯に、高安古墳群が拡がっています。  所在地:大阪府八尾市大字服部川 アクセス:近鉄「服部川」駅から徒歩約9分 (撮影:2017/2/

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