• 【八大龍王総本山 龍光寺】(りゅうこうじ)東大阪市 ①

    【八大龍王総本山 龍光寺】(りゅうこうじ)東大阪市 正式名称は、「生駒白水山 釈王宗総本山 龍光寺」。御 本 尊は、「八大龍王尊 」(生駒の八大さん)御 開 祖は、「弘法大師 (空海)」 由来について; 標高642M、生駒山山頂に今を去る一千百有余年、弘法大師勅を奉じ高野山開創の砌り、河内の国額田郷(東大阪市 石切)に於て心身潔斉し、はるか東方を見るに八大龍王の霊感を受け山頂を尋ねるに、清水の流出

  • 【興法寺】(こうほうじ)東大阪市

    【興法寺】(こうほうじ)は、役行者が開基し、弘法大師空海が諸堂を整備したと伝説される寺院です。 伝説では、千手寺を開いて神並村(こうなみむら)にあった役行者は、生駒山の東に吉祥を表す雲がたなびくのを見て、氷室滝(ひむろのたき)という滝にちかづいてみると、そこに氷室権現という神があらわれて、「大聖歓喜天(だいしょうかんぎてん)」いわゆる「聖天(しょうてん)」像を授けられたといいます。平安初期は弘仁六

  • 【水神明王】(すいじんみょうおう)/「弘法大師氷室瀧」東大阪市

    【水神明王】(すいじんみょうおう)東大阪市 廃墟になっています。立入禁止のテープが張られています。祠、鳥居は朽ちており、建物には誰も住んでないようです。また、 石柱に「弘法大師氷室瀧」とあり、建物の奥に瀧が流れているようです。 場所:大阪府東大阪市上石切町2丁目 (鷲尾山興法寺より100mほど手前)

  • 【三王大明神】(さんおうだいみょうじん)東大阪市

    辻子谷ハイキングコースの途中、興法寺に到着するまでに最も急な坂道があります。その道の左の山側に【三王大明神】(さんおうだいみょうじん)の標石が、お地蔵様の横に立っています。この標石の上の大きな岩が神様として信仰されているのではないかと思います。 ここからハイキングコースを少し歩くと【白瀧白龍王】(しらたきはくりゅうおう)があります。 場所:大阪府東大阪市上石切町2丁目 (鷲尾山興法寺より500mほ

  • 【薬嘉大神】(やっかおおかみ)東大阪市

    【薬嘉大神】(やっかおおかみ)東大阪市 辻子谷の水車がある駐車場の角に【薬嘉大神】(やっかおおかみ)があります。この辻子谷の地場産業が製粉であり、現在も製薬会社があります。おそらくこの神社は薬に因んでお祀りされていると思れます。 ステンレス製の祠の中には、お稲荷さんがいます。 所在地:東大阪市上石切町2丁目28  アクセス:近鉄奈良線「石切」下車、徒歩約20分。 👇 製薬会社の前にお地蔵様が祀ら

  • 朝鮮寺【天水庵】(てんすいあん)東大阪市

    辻子谷ハイキングコース途中の左側に【天水庵】(てんすいあん)の看板が立っています。その矢印の方へ細い道を通って行きます。由緒等詳細は不明です。「不動明王」「薬師如来」「観音如来」「檀君天王」「天照大神」が祀られているようです。 近くに【辻子谷の水車】があります。 場所:東大阪市上石切町2丁目23 アクセス:近鉄石切駅下車、徒歩約20分。

  • 【白親大神】(はくちかおおかみ)柏原市河原町

    【白親大神】(はくちかおおかみ) 由緒について、『白親大神の祭祀の由来 ;昭和二十五年頃この清洲地区に大きな災害があり、以後災害のないことを祈願してこの地区にお祭りされたものです。伊勢の天照大神と猿田彦大神とともにお祭されております。』 *以前は、小さな祠、境内にはベンチなどあり、小さいながら「神社」の様相がありましたが、現在は「白親大神の碑」がたっているだけです。 場所:大阪府柏原市河原町1 (

  • 【御劔神社】(みつるぎじんじゃ)通称:天王さん / 柏原市

    【御劔神社】(みつるぎじんじゃ)通称:天王さん /  柏原市 鳥居をくぐって直ぐ右に蛙から水を流している手水鉢があります。また、右に「力石」があります。中央の拝殿の右側に、「竹光稲荷大明神」があり、左側に「おさん大明神」が祀られています。 由緒については、 御祭神;素盞鳴命、天児屋根命、大国主命。 当神社の創始は藤原時代萬壽2年3月(1025)此の時 五畿内に悪病が流行した為、悪病討 村の安全を願

  • 【古町春日神社】柏原市

    【古町春日神社】柏原市 御祭神は天児屋根命、建御雷命、経津主命、叱咩命です。この神社は元来畳屋甚右衛門氏の家に私祭していたものが、代官の万年長十郎によって大和川堤防の空き地に勧請されたものです。「柏原町史」によると現在(昭和30年)は築留にあるとなっています。多くの古資料に記述があり、また数多くの御祭神があることからかつては大きい神社だったと考えられます。現在は神社として地図に記載はありませんが、

  • 【鐸比古神社分社 金比羅大権現】柏原市

    大阪府柏原市方法善寺1丁目に「鐸比古神社分社金比羅大権現」があります。由緒等詳しいことは不明です。境内に燈籠が2基あり「金比羅大権現」と刻まれ、1基は倒壊しています。また、その他に石碑が2基あります。1つの石碑には「贈従五位田中楠之助碑」と刻まれています。この石碑は昭和3年(1928)に建てられたもので、田中楠之助は法善寺村の人で「天誅組の変」の際、水郡を中心とした河内勢の一人と参加し、その後捕ら

  • 【丸国﨔稲荷大明神】八尾市

    大阪府八尾市久宝寺寺内町の民家の一角に【丸国﨔稲荷大明神】があります。 由緒等は不明です。 場所:大阪府八尾市久宝寺6丁目5

  • 【御幸森天神宮】(みゆきのもりてんじんぐう)と【コリアンタウン】大阪市

    【御幸森天神宮】(みゆきのもりてんじんぐう)と【コリアンタウン】/ 大阪市 【御幸森天神宮】(みゆきのもりてんじんぐう)は、大阪府大阪市生野区(旧摂津国東生郡猪飼野村)にある神社。 仁徳天皇、少彦名命、忍坂彦命を祀る、猪飼野村の氏神である。御幸森天神宮のある地域は古くから猪飼野(いかいの)と呼ばれ、猪甘津(いかいのつ)と呼ばれる古代の港があったことに由来する。猪甘津は日本書紀仁徳天皇十四年の条に記

  • 【守園神神社(賽の神)】(さいのかみ)八尾市

    【守園神神社(賽の神)】(さいのかみ)八尾市 大阪府八尾市服部川の「神光寺」に行く道中右側に「守園神神社」の石標が見えます。そこに小さなお社があります。造園やお花を守るために祀られた神社です。詳しい由緒等は不明です。この辺りは造園業が盛んで、この神社の急阪を登った一帯に、高安古墳群が拡がっています。  所在地:大阪府八尾市大字服部川 アクセス:近鉄「服部川」駅から徒歩約9分 (撮影:2017/2/

  • 【鐸比古大神】(ぬでひこだいじん)大阪府柏原市

    この神社をお参りするのは命がけです。大阪府柏原市の標高278mの高尾山の山頂付近にあります。高尾山へ登るには「鐸比古鐸比売神社」の参道石段下の道を右(南)へ進んだ先(トイレ前)から山に入るハイキング道があります。(案内板が立っています。)そのハイキング道を30分ほど登ると舗装道路(2車線道路)に出ます。舗装道路を左(西)へ進むと山道への入り口があり、そこには登山の案内板があります。以前はここに赤い

  • 【楠永神社】(くすながじんじゃ)大阪市西区

    【楠永神社】(くすながじんじゃ)大阪市西区 大阪市の中心部、オフィス街にある「靱公園」の片隅に【楠永神社】(くすながじんじゃ)が鎮座しています。ご神木は、樹齢は約300年になる2本の楠木です。御霊神社の祭神である摂津津村郷の産土神である布良彦(つぶらひこ)と津布良媛(つぶらひめ)の二神は、元々この場所で祀られていましたが、淡路へ遷座されてから、「楠永大神、楠玉大神」の2本の楠を祀っているようです。

  • 【天神社】(てんじんしゃ)大阪市福島区

    【天神社】(てんじんしゃ)大阪市福島区 俗に「福島 下の天神」とも呼ばれます。主祭神は、少彦名命(すくなひこのみこと)、 菅原道真(すがはら みちざね)。 社伝によれば、901年に菅原道真が、藤原時平により九州大宰府へ配転させられた際、当社に参拝し海路の平穏を祈ったと伝えられています。また、菅原道真は、この辺りを餓飢島と呼ばれていたのを福島と名づけられました。以降、当社は人々に天神様として尊崇を集

  • 御神籤、大吉

    こんにちは。 今日は外は8度、太い私は歩くだけで汗ばみます(;゚ロ゚) 今年は私…まだ、神社に行っていません(-_-;) なので、お参りに…。 いつも家の近くにある所ではなく、一番大きい所へ…。 『櫛引八幡宮』へ 今日はやけに静寂でした。 ここは、鎌倉時代より南部藩(青森県南部・岩手県北部)の総鎮守として、多くの人々に尊崇されてきました。また、国指定重要文化財の御本殿など、八幡宮全体が文化財となっ

  • 【野田恵美須神社】(のだえびすじんじゃ)大阪市福島区

    【野田恵美須神社】(のだえびすじんじゃ)大阪市福島区 いつ創建されたかは記録が残っていないため不明ですが、神社に保存されている「御影石」の建石には「ゑみすのみえ」と刻まれ、その側面には「永久三乙未年三月」と刻まれているため1115年と推定されます。平安時代前は現在の野田の地形とは大きく異なり、この地域には「難波八十島」という島が点在していたのではないかと言われています。そのような島も淀川の堆積土砂

  • 【白藤大神】(しらふじだいじん)大阪市福島区

    【白藤大神】(しらふじだいじん)大阪市福島区 福島区玉川2丁目の「春日神社」(かすがじんじゃ)の直ぐ近くに赤い鳥居と祠があります。その手前に、ライオンズクラブによる「大阪市顕彰文化財指定 野田藤」と記された説明書きが立っています。「600年前の昔、2代将軍足利義詮はこの地に来遊し紫藤を眺めあまりの見事さに いにしえのゆかりを今もむらさきの 藤なみかかる野田の玉川 と詠んだ事は既に史実に有名である。

  • 【春日神社】(かすがじんじゃ)大阪市福島区

    【春日神社】(かすがじんじゃ)大阪市福島区 昔は藤の宮とも呼ばれていました。藤原氏の祖神を祭っているといわれています。 江戸時代に刊行された『摂津名所図会』によれば、春日神社は「野田村林中にあり。当所、藤によりて藤原の祖神を祭るならんか」とあり、江戸時代の貞享3年に刊行された『藤伝記』にも藤原氏の分流が春日明神を勧請したと伝えられています。 その後、野田村の庄屋であった藤家の氏神として祭られていま

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