• SLの思い出 150 筑豊本線

    C11やC55の出発を最後に直方を離れました。 16時40分頃のD60が牽く若松行き738レに乗車。折尾駅で乗り換え黒崎に向かう。17時過ぎに途中の折尾駅ではキューロクの牽く769レをホームで写す。 1970.8.5 折尾 電車で黒崎駅に向かいました。黒崎駅は友人の家があるので荷物を預かってもらっていました。 1970.8.5 黒崎 駅では直方駅でうまく写せなかったC5557をようやく写すことが出

  • SLの思い出 149 筑豊本線

    最後を駅構内で到着や出発を写しました。 午後4時過ぎにはC11牽引の客車列車が出発していきました。 1970.8.5 直方 逆向きの列車は429レ、宮田線に入っていきます。工場が終わった人々を運ぶのでしょうか。 伊田線の列車は長い客車を牽きながら出発していきました。   次回に続く

  • SLの思い出 148 筑豊本線

    筑豊本線では直方から逆C11が単機でやって来ました。この回送はちょっと不明です。スジは単925では飯塚までになっています、何を牽くのでしょうか? 直方-勝野 続けて直方から1735レC55がやって来た。門デフの51号機だ。朝勝野で撮影。1732レで門司港まで行ったのかな? ところで1両目の客車はナハ10 急行のサボがかかっているように見えます。窓が開いていないので客扱い無しにどこかまで回送なのでし

  • SLの思い出 146 筑豊本線

    どのように歩いたのかは全く記憶がありませんが、予想して歩きました。多賀神社や石炭記念館の南は小高い丘だったと思いますが、今は体育館が出来ていますね。 切り通しのようなところを抜けると左右見通せるところで撮影。4車線区間だ。画面手前の複線は伊田線で奥側は筑豊本線だ。撮影した付近では現在の平成筑豊鉄道に南直方御殿口駅が出来ているのですね。 真夏の午後2時時過ぎ、空はよく晴れて暑くなっていた。勝野方向か

  • SLの思い出 145 筑豊本線

    1970.8.5 直方 D60の重連 キュウロクの写真には多賀神社の鳥居と石炭記念館の施設が写っています。 キュウロクは伊田線の272レです。このキュウロクのデフは普通のタイプです。デフがないキュウロクが多い中ではとっても硬くそうに見えます。この後構内を出て、走行中の列車を写すために勝野方面に移動する。炎天下の中歩いたようです。   次回に続く

  • SLの思い出 144 筑豊本線

    乗車したC55が牽く客車733レは直方の駅で出発を写しています。 1970.8.5 直方 この後しばらく直方駅構内で撮影。停車中のSLだけでなく、発着する列車を数本写しました。広い構内ですからあっちへ行ったりこっちへ来たり。中でも南方面では伊田線の列車も写せました。歩道橋の上からも狙っています。 進入してきたC55が列車とかぶっています。このC55は57で、最も写したかったカマだった。しかし・・・

  • SLの思い出 143 筑豊本線

    筑前垣生に移動をしたのはどういう理由だったのか。今考えると?12時頃に到着し、50分ぐらいの間で2本撮影。733レで直方に戻ってきている。垣生で撮影した2本の列車はD6031が牽く680レとC5552が牽く8752レだった。2本とも見ての通りの貨物列車です。680レは鹿児島本線に向かいます。石炭列車でしょう、セキが連なっています。 1970.8.5 筑前垣生-筑前植木 この後C55733レで直方に

  • SLの思い出 141 筑豊本線

    この勝野の遠賀川の堤防は今も余り変わらないのだろう。この駅のあたりでしばらく過ごす。このあたりは平坦地なので煙は期待出来ない。写しやすい場所だったのだろう。この後しばらく列車が適度な感覚でやって来る。 1970.8.5 直方-勝野 10時20分頃、1732レ C5551が出発していく。きれいなカマだ。煙管のハンドルの十字が印象的だ。 しばらくすると直方から465レがやって来た。このスジは勝野を過ぎ

  • SLの思い出 140 筑豊本線

    9時半過ぎに勝野駅に到着した。真夏の10時は暑い。そのような中を、まずは伊田線の423レを写しに行く。遠賀川を渡る鉄橋を目指す。この列車はC11の重連だからだ。遠賀川沿いに走る現在のR200号沿いに歩く。そんな時警報器が鳴り出す。筑豊本線の862レがやって来た。D60とキューロクの重連だ。 1970.8.5 直方-勝野 しっかりダイヤグラムを読んでいたら写していたと思うのですが。しかし、写真から見

  • SLの思い出 139 筑豊本線

    9時過ぎの2729Dで勝野に向かう。もちろん伊田線も撮れるからである。 途中、直方駅で停車中の一コマ。真夏の9時半頃の様子です。ホームには水が打たれています。暑い日だと思うのですが、ここからはけだるそうにしている様子はうかがえません。今ならクーラーの効いている待合室で、みんなスマホの画面しか見ていないのでしょうか。今とはずいぶん違います。人間の気質も? 1970.8.5 直方 ホームの向こうにはC

  • SLの思い出 138 筑豊本線

    折尾から歩きながら撮影をしてきました。中間駅に近くなり、平坦部を4線が並んでいます。 1970.8.5 折尾-中間 9時前、D6022が6672レを牽き本線乗り入れ線を進んでいきます。 続いて客車若松行き728レが一番外側を黒煙を吐いて出発していきました。この角度からのC55はどのカマも素晴らしく見えます。 ところで、走っている線路の違いをわかっていただいたでしょうか。  次回に続く

  • SLの思い出 137 筑豊本線

    1970.8.5 折尾-中間 4線区間ですが2線しか見えません。オーバークロス部から南を向いています。ナメクジD5176が向かうのは鹿児島本線への乗り入れです。中間駅を出た時は、若松方面の線路と乗り入れの線路が併走します。このクロス部でわかまつからのせんろの下をくぐり乗り入れ線の上下になります。  次回に続く

  • SLの思い出 135 筑豊本線

    C5557が若松から下ってきました。 1970.8.5 折尾-中間 交差部の築堤を上ってこの後降りて、鹿児島本線からの下りと並びます。 キュウロクの牽く683レは鹿児島本線から下ってきました。 写真にはひどいノイズが入っていてお見苦しいことお詫びします。しかし、交差分で鹿児島線から来る線路がよくわかる写真はこれしかありませんでした。 次回に続く

  • SLの思い出 134 筑豊本線

    この4線区間ですが手前2線は鹿児島本線と連絡する上下線、向こう側2線は若松へと行く上下線です。D50が牽く726レが若松へと上り線を走っています。 1970.8.5 折尾-中間 この先に立体交差部があり、そこから中間よりは同方向に2線ずつになります。下りは中間駅で1線になり、上りは中間駅で2線に別れました。  次回に続く

  • SLの思い出 133 筑豊本線

    1970.8.5 折尾-中間 D6034が牽く724レがやって来た。国道3号線のクロス部でしょうか。しかし、9両の客車がぶら下がっている。朝 北九州の工場地帯に通勤する人たちが大変多かったのか?まさかガラガラで走っていたわけではないでしょうから。時間によってはそうなっていたと思いますが。 この後数本の通勤DCが行き交った後、先ほどのハチロクが香月に折り返し戻っていった。7時30分頃下りの651レが

  • SLの思い出 132 筑豊本線

    北九州再開です。 1970年8月5日筑豊本線で撮影。 まずは、折尾と中間の間の4線区間で写し始めました。当時でも架線がない4線区間がどれくらいあったのでしょうか?午前7時前から歩き始める。朝の通勤時間帯だから列車はどんどんやって来る。 1970.8.5 折尾-中間 やって来たのは香月線からの124レだった。後ろのお寺のような建物は今もあるのだろうか。駅からはそう遠くはないと思いますが。

  • SLの思い出 123 筑豊本線

    直方駅構内で最後に撮影したのは、C55が牽く貨物列車若松行き8752レ。 1970.8.4 直方 ライトパシフィックC55やC57が貨物を牽く姿は似合わない。しかし、効率よく運用するためにはそんなことを言っておれないのだろう。ただ私的には、コンテナばかりの長大編成を高速で走行している姿はそうではないかもしれない。この後も吉都線や日豊本線、肥薩線でC57やC55が牽引する貨物をたくさん写しました。

  • SLの思い出 122 筑豊本線

    許可をもらい構内で撮影していますが、その間にも若松方向へまた、やって来た列車を写しました。しかし、この日が日曜だったのか?自分の記録では列車番号の記録を残していたのですが、単機でしか撮影されていません。 1970.8.4 直方   次回に続く

  • SLの思い出 121 筑豊本線

    筑豊本線ばかり写していましたが、時々伊田線の列車がやって来ました。中泉方向からキュウロクが牽く伊田線692レ。貨車が統一されきれいな編成です。何両ぐらいで編成されていたのでしょうか?数えていませんが、結構長い編成だったように思います。 1970.8.4 直方 直方駅の南側での撮影をひとまず終えて、この後構内へ移動したようです。 次回に続く

  • SLの思い出 120 筑豊本線

    5分もしないうちに逆キューロクがやって来た。465レ。しかし、この列車はどこ行きなのか。勝野を過ぎたらスジが消えている。?  そして10分もしないうちに1763レがD60の重連で登場。 1970.8.4 直方 常にこの列車は重連になっている。冷水峠があるからか原田まで重連が設定されていた。このあたりは平坦地なので迫力はない。しかしなぜか重連となるとウキウキするのはどうして?  次回に続く

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