• SLの思い出 141 筑豊本線

    この勝野の遠賀川の堤防は今も余り変わらないのだろう。この駅のあたりでしばらく過ごす。このあたりは平坦地なので煙は期待出来ない。写しやすい場所だったのだろう。この後しばらく列車が適度な感覚でやって来る。 1970.8.5 直方-勝野 10時20分頃、1732レ C5551が出発していく。きれいなカマだ。煙管のハンドルの十字が印象的だ。 しばらくすると直方から465レがやって来た。このスジは勝野を過ぎ

  • SLの思い出 140 筑豊本線

    9時半過ぎに勝野駅に到着した。真夏の10時は暑い。そのような中を、まずは伊田線の423レを写しに行く。遠賀川を渡る鉄橋を目指す。この列車はC11の重連だからだ。遠賀川沿いに走る現在のR200号沿いに歩く。そんな時警報器が鳴り出す。筑豊本線の862レがやって来た。D60とキューロクの重連だ。 1970.8.5 直方-勝野 しっかりダイヤグラムを読んでいたら写していたと思うのですが。しかし、写真から見

  • SLの思い出 139 筑豊本線

    9時過ぎの2729Dで勝野に向かう。もちろん伊田線も撮れるからである。 途中、直方駅で停車中の一コマ。真夏の9時半頃の様子です。ホームには水が打たれています。暑い日だと思うのですが、ここからはけだるそうにしている様子はうかがえません。今ならクーラーの効いている待合室で、みんなスマホの画面しか見ていないのでしょうか。今とはずいぶん違います。人間の気質も? 1970.8.5 直方 ホームの向こうにはC

  • SLの思い出 138 筑豊本線

    折尾から歩きながら撮影をしてきました。中間駅に近くなり、平坦部を4線が並んでいます。 1970.8.5 折尾-中間 9時前、D6022が6672レを牽き本線乗り入れ線を進んでいきます。 続いて客車若松行き728レが一番外側を黒煙を吐いて出発していきました。この角度からのC55はどのカマも素晴らしく見えます。 ところで、走っている線路の違いをわかっていただいたでしょうか。  次回に続く

  • SLの思い出 137 筑豊本線

    1970.8.5 折尾-中間 4線区間ですが2線しか見えません。オーバークロス部から南を向いています。ナメクジD5176が向かうのは鹿児島本線への乗り入れです。中間駅を出た時は、若松方面の線路と乗り入れの線路が併走します。このクロス部でわかまつからのせんろの下をくぐり乗り入れ線の上下になります。  次回に続く

  • SLの思い出 135 筑豊本線

    C5557が若松から下ってきました。 1970.8.5 折尾-中間 交差部の築堤を上ってこの後降りて、鹿児島本線からの下りと並びます。 キュウロクの牽く683レは鹿児島本線から下ってきました。 写真にはひどいノイズが入っていてお見苦しいことお詫びします。しかし、交差分で鹿児島線から来る線路がよくわかる写真はこれしかありませんでした。 次回に続く

  • SLの思い出 134 筑豊本線

    この4線区間ですが手前2線は鹿児島本線と連絡する上下線、向こう側2線は若松へと行く上下線です。D50が牽く726レが若松へと上り線を走っています。 1970.8.5 折尾-中間 この先に立体交差部があり、そこから中間よりは同方向に2線ずつになります。下りは中間駅で1線になり、上りは中間駅で2線に別れました。  次回に続く

  • SLの思い出 133 筑豊本線

    1970.8.5 折尾-中間 D6034が牽く724レがやって来た。国道3号線のクロス部でしょうか。しかし、9両の客車がぶら下がっている。朝 北九州の工場地帯に通勤する人たちが大変多かったのか?まさかガラガラで走っていたわけではないでしょうから。時間によってはそうなっていたと思いますが。 この後数本の通勤DCが行き交った後、先ほどのハチロクが香月に折り返し戻っていった。7時30分頃下りの651レが

  • SLの思い出 132 筑豊本線

    北九州再開です。 1970年8月5日筑豊本線で撮影。 まずは、折尾と中間の間の4線区間で写し始めました。当時でも架線がない4線区間がどれくらいあったのでしょうか?午前7時前から歩き始める。朝の通勤時間帯だから列車はどんどんやって来る。 1970.8.5 折尾-中間 やって来たのは香月線からの124レだった。後ろのお寺のような建物は今もあるのだろうか。駅からはそう遠くはないと思いますが。

  • SLの思い出 123 筑豊本線

    直方駅構内で最後に撮影したのは、C55が牽く貨物列車若松行き8752レ。 1970.8.4 直方 ライトパシフィックC55やC57が貨物を牽く姿は似合わない。しかし、効率よく運用するためにはそんなことを言っておれないのだろう。ただ私的には、コンテナばかりの長大編成を高速で走行している姿はそうではないかもしれない。この後も吉都線や日豊本線、肥薩線でC57やC55が牽引する貨物をたくさん写しました。

  • SLの思い出 122 筑豊本線

    許可をもらい構内で撮影していますが、その間にも若松方向へまた、やって来た列車を写しました。しかし、この日が日曜だったのか?自分の記録では列車番号の記録を残していたのですが、単機でしか撮影されていません。 1970.8.4 直方   次回に続く

  • SLの思い出 121 筑豊本線

    筑豊本線ばかり写していましたが、時々伊田線の列車がやって来ました。中泉方向からキュウロクが牽く伊田線692レ。貨車が統一されきれいな編成です。何両ぐらいで編成されていたのでしょうか?数えていませんが、結構長い編成だったように思います。 1970.8.4 直方 直方駅の南側での撮影をひとまず終えて、この後構内へ移動したようです。 次回に続く

  • SLの思い出 120 筑豊本線

    5分もしないうちに逆キューロクがやって来た。465レ。しかし、この列車はどこ行きなのか。勝野を過ぎたらスジが消えている。?  そして10分もしないうちに1763レがD60の重連で登場。 1970.8.4 直方 常にこの列車は重連になっている。冷水峠があるからか原田まで重連が設定されていた。このあたりは平坦地なので迫力はない。しかしなぜか重連となるとウキウキするのはどうして?  次回に続く

  • SLの思い出 119 筑豊本線

    少し勝野方面に移動。切り通しのようなところを抜けると左右見通せるところで撮影。ここは今もそうだと思いますが、画面手前の複線は伊田線で奥側は筑豊本線だ。真夏の午前10時過ぎ、空はよく晴れて暑くなっていた。直方方向から8751レがやって来た。ダイヤからは飯塚までのスジが引かれているのが読み取れます。石炭や石灰石ではなく、混合の貨車で編成されている。 1970.8.4 直方 勝野方面から1732レC55

  • SLの思い出 118 筑豊本線

    臨時急行が行き過ぎたと思えば、伊田線の2372レが反対からやって来た。 1970.8.4 直方 この貨物は何を運んでいるのか。石灰石でしょうか?貨車の車種はなんて言うのでしょうね。 次回に続く

  • SLの思い出 117 筑豊本線

    陸橋の上からの撮影が続きました。来ない時は神社や石炭記念館の広場にいた記憶があります。今はGoogle地図でおおよその雰囲気はつかめます。当時の直方はSLの煙が漂っていたように思います。跨線橋から見える当時の沿線沿いの風景から、懐かしい思いがします。 10時頃862レが構内に入ってきました。D60とキュウロクの重連。この列車は新飯塚からD60の回送が付いて重連になっていたようです。そして今度は直方

  • SLの思い出 116 筑豊本線

    直方駅に9時30分前に到着。ここから12時15分頃の伊田行き乗車まで直方駅構内と勝野方面へ伊田線との併走4車線区間で撮影する。 直方駅ホームから機関区を見渡せるが、たくさんのカマが待機している。今回の撮影旅行では機関区よりも走行中の写真や発車シーンの撮影が多い。多分、走行写真の方が面白いことに気づいたのだろう。ただ時間的なこともあるので、駅からそう遠くへは行っていない。撮影フイルムから読み取れる。

  • SLの思い出 115 筑豊本線

    1970.8.4 筑前垣生-筑前植木 C5551牽く728レが行ったと思うと垣生駅を発車した客車1727レがやって来た。D60だ。軽々とやって来た。D60は先の爆煙D6033のほうが似合っているか。 筑前垣生での滞在は1時間。駅に戻り9時過ぎの2729Dで直方駅に向かう。ここまでに何本のSLを写せたのか。 次回に続く

  • SLの思い出 114 筑豊本線

    まもなく植木方面から6672レがいわゆる爆煙でやって来た。 D6033だ。なかなかいい煙だ。 続いて、客車728レC55のスジだ。ほぼ同じ場所で写しているが、先ほどのD60は爆煙だったが、C5551は煙出すものかとスマートにやって来た。C5551は門デフだ。きれいなカマだった。  次回に続く 1970.8.4 筑前垣生-筑前植木

  • SLの思い出 113 筑豊本線

    筑前垣生方向から上りの貨物1690レがD51に牽かれやって来た。 1970.8.4 中間-筑前垣生 写した後、急いで中間駅に戻り8時15分頃1522Dで筑前垣生へ向かう。 撮影フィルムを順に見ていくと、途中遠賀川の入り口で臨時の標識を掲げたキハ58と出会う。どんな列車だったかは不明。 到着後筑前植木方面へ移動。丘陵地帯の間を線路が通っていたような記憶がある。写真を見てもそうだ。しかし、今はネットの

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