• 歴史の広場 【スサノオの村】秋田県潟上市

    秋田市から観光地の男鹿半島へ向かう途中に、道の駅てんのう「天王グリーンランド」があります。そこに歴史の広場 【スサノオの村】があります。スサノオの村では稲作が始まり人々が協力し合い、村を作り出した弥生時代の様子を再現しています。竪穴式住居や高床式住居など再現したものがあり、中を見学することができます。 場所:秋田県潟上市天王江川上谷地109−2    歴史の広場 【スサノオの村】 秋田県潟上市

  • 【横手やきそば】【三角そば】/ 秋田県横手市

    秋田旅行のときに食べた【横手やきそば】と【三角そば】です。 【横手やきそば】 秋田県横手市周辺で販売されている焼きそば。片面焼きの目玉焼き[1]がトッピングされている。味は比較的甘口で、各店独自の出汁入りのウスターソースで味付けされるため、若干水分が多め。キャベツや豚のひき肉などが具として入り、店によってはホルモンが入るところもある。目玉焼きの黄身を崩して、ちょっと多めのソースと絡めて食べるのが横

  • 【湯出野遺跡】(ゆでのいせき)秋田県秋田市

    【湯出野遺跡】(ゆでのいせき)はおよそ3000~2500年前の縄文時代後期から晩期のものと考えられている。ここで、東日本最大級の土壙墓(どこうぼ)という地面に穴を掘って死者を埋葬する形式の墓が103基まとまって発掘された。周辺から勾玉、小玉、耳飾り、土偶等副葬品が出土している。 出羽丘陵と八塩山に囲まれ、きれいな水と豊かな自然に恵れた東由利地域には、当時多くの縄文人が生活していた。その証としてこの

  • 【寒風山】(かんぷうざん) 秋田県男鹿市

    GWに行ったときの写真です。一面霧がかかっている感じです。景色を眺める意外は何もない場所です。 【寒風山】(かんぷうざん) 秋田県男鹿市にある成層火山。標高355m。山頂部は滑落で2つに分かれていて、安山岩の採石が行われている。男鹿三山の一つとして数えられる場合もある。 寒風山は古くは、妻恋山(つまこいやま)あるいは羽吹風山とも呼ばれていた。菅江真澄は『男鹿の秋風』で、これは男鹿という地名から牡鹿

  • 【なまはげ】秋田県(秋田旅行で撮った写真)

    【なまはげ】秋田県 秋田旅行で市内、男鹿半島など各地で撮った写真です。

  • 【なまはげ】秋田県男鹿半島(秋田旅行で撮った写真)

    秋田県の男鹿半島に旅行したときの「なまはげ」の写真です。男鹿半島は「なまはげ」発祥の地といわれているだけに各ところに「なまはげ」のモニュメントがありました。 この巨大な「なまはげ」高さは、約10m。 GWのときに行きましたが、天気が悪かった為か、この場所で観光の人はほとんどいなかったです。 男鹿半島の地元で食べた「魚定食」です。空いていてゆっくり落ち着いて食べることができました。 👇本レビューの

  • 【宝幢寺】と【子安地蔵尊】東大阪市豊浦町

    【宝幢寺】と【子安地蔵尊】東大阪市豊浦町 【宝幢寺】(地蔵院)の開基は不詳ですが、江戸時代の中期に生駒山宝山寺の湛海律師(1629~1715)が再興したものと伝えられ、現在の方二間、宝形造、本瓦葺の地蔵堂は、江戸時代の建物で湛海律師の中興の年代とあうようです。 この【子安地蔵尊】にはつぎのような伝承が伝えられています。 「昔行基菩薩が旅の途中、このあたりの旧家武知氏宅に一泊された時のこと、難産で苦

  • 【権現塚と恩蹕遺趾碑】東大阪市豊浦町 

    【権現塚と恩蹕遺趾碑】東大阪市豊浦町   徳川家康本陣跡之碑がある枚岡中央公園から西150mいったところには【権現塚と恩蹕遺趾碑】があります。「権現塚」は大坂夏の陣の時家康が一泊した中村四郎右衛門宅跡の一画にあります。また、家康の陣所であった由緒を記す、「恩蹕遺趾碑」が建立されています。昭和七年(1932)に建てられた「恩蹕遺趾碑」は、徳川家康本陣跡(中村四郎右衛門邸跡)について記されており、中村

  • 石切劔箭神社・夏祭り (東大阪市) / 2016年8月4日

    【石切劔箭神社の夏祭り】 別名を「大幣(おおへい)神事」とも言われます。江戸時代初期に始まった疫病の災厄を祓うためのお祭りです。長さ7メートルの大幣が3本、神輿渡御の先頭に立って町中を練り歩き、災厄を祓い清めます。 【石切劔箭神社】(いしきりつるぎやじんじゃ) 東大阪市、生駒山麓に鎮座する石切劔箭神社は、「石切さん」「デンボ(腫れ物)の神さん」として、古くから大阪の庶民に親しまれている神社のひとつ

  • 【シラミ地蔵】大阪府八尾市

    【シラミ地蔵】大阪府八尾市 大阪府八尾市 東山本町5丁目、旧の万願寺村の北の入り口に道に面して地蔵堂があり、これをシラミ地蔵といいます。江戸時代前期頃の阿弥陀像です。花崗岩製の総高44cm、幅25cmの舟形光背に像高24cmの阿弥陀像を陽刻しています。堂の向かいに常夜灯一基が立っていました。善光寺、文化六巳年九月の銘文があります。この道は垣内の元善光寺への参詣道で、信濃の善光寺を建立した本田善光が

  • 【真言宗大本山 千手寺(せんじゅうじ)】〔上之坊・光堂〕東大阪市

    【真言宗大本山 千手寺(せんじゅうじ)】〔上之坊・光堂〕  別称 上之坊・光堂 真言宗大本山 千手寺 河内西国第十番霊場 〔縁起〕 今から千三百年程昔、笠置かさぎ山の千手窟(せんじゅのいわや)で修行していた役行者は、不思議な「光り物」(神炎)に導かれてこの地に到り、岩上に草を敷き禅定にふけっていると千手観世音菩薩が諸神を従えて出現し給うた。そこで行者はここに一寺を建立して恵日山千手寺と号し、光り物

  • 「大阪府内の古代寺院をたずねる」

    「楽しい古代寺院巡り」という本を図書館で借りて大阪市内の古代寺院の数か所を自転車で廻ったことがあります。本自体はかなり前の1998年版です。この本で実際に、大阪府柏原市と羽曳野市の数か所の寺院、神社に行ってみると、載っている写真の方が当然ながら新しく感じます。この本にはアクセス関係と地図が載っていますが、詳しくないのでグーグルマップなどで事前に調べて行ったほうがいいと思います。自分はいつもネットで

  • 【大佛念寺】(だいぶつねんじ)大阪市平野区

    【大佛念寺】(だいぶつねんじ) 1127年、聖徳太子信仰の厚かった良忍上人が四天王寺に立ち寄った際、太子から夢のお告げを受け、鳥羽上皇の勅願により平野に根本道場として創建したのが始まり。平安末期以降広まった念仏信仰の先駆けとなり、国産念仏門の最初の宗派で日本最初の念仏道場といわれる。その後、火災などで荒廃するが、元禄期(1700年頃)に本山として体裁が整い、現在に至る。融通念佛宗の総本山。  所在

  • 日本で三番目【石切大佛】(いしきりだいぶつ)

    標石に、「日本で三番目 石切大佛」と書かれてあります。微妙です。一番目は誰もが知っている奈良の大仏さん。二番目は不明。 場所:大阪府東大阪市東石切町3丁目11 #じゃらん #じゃらんネット #観光スポット #むらごんブログ #ムラゴン #Sakamoto119

  • 【石切不動明王】(いしきりふどうみょうおう)東大阪市

    【石切不動明王】(いしきりふどうみょうおう)は石切神社の上之社(かみのしゃ)へ向かう石切神社の参道の途中にあります。 場所:大阪府東大阪市東石切長町2丁目1-6 【石切不動明王】(いしきりふどうみょうおう)のお堂。 #じゃらん #じゃらんネット #観光スポット #むらごんブログ #ムラゴン #Sakamoto119

  • 【御厨延命厄除地蔵尊】東大阪市御厨

    【御厨延命厄除地蔵尊】東大阪市御厨 この地蔵堂内でまつられている石仏は「御厨天神社」の南、暗越奈良街道沿いにあった池の中から発見され、当初は「元地蔵」と呼ばれたその場所でまつられていたそうで、様式から鎌倉時代のものと推定されているそうです。 その後、四度場所を変え現在地にまつられたそうですが、後世に造立された台座には享保六年(1721)の年号がある事から、この頃からこの場所でまつられたそうです。

  • 文明開化の町 【御厨会館】と【 御厨行者堂】東大阪市

    文明開化の町 【御厨会館】 東大阪市  暗越奈良街道沿いに発展した御厨(みくりや)は、明治時代になると、この付近の中心的存在になります。 チョンマゲはザンギリ頭になり、和服から洋服になり、暦も月を中心とする太陰暦(旧暦)から太陽歴に変わりました。 また、街道沿いには、乗合自動車や人力車などが走るようになります。 明治7年2月には、この御厨村に屯所が置かれ、番人が配置されました。同10年になると御厨

  • 【池島地蔵石仏】東大阪市

    【池島地蔵石仏】東大阪市 大阪府東大阪市池島町に浄慶寺の門前に地蔵尊があります。 この地蔵尊は【池島地蔵石仏】とも呼ばれ、天文十五年(1546)の年号と梵字(十三仏の種子)を刻んだ十三個の月輪によって十三仏を表し、地蔵信仰と十三仏信仰が一つの石仏に表されている珍しいものだそうです。 また地蔵堂前には嘉永五年(1852)の年号が刻まれた、花立てと線香立てがあります。石仏は東大阪市文化財保護条例によっ

  • 【石造地蔵菩薩半跏像】(せきぞうじぞうぼさつはんかぞう 東大阪市

    彌榮神社の前を東に100mほど行くと、家並の角に『中小阪地蔵堂』があり、その中に【石造地蔵菩薩半跏像】があります。  【石造地蔵菩薩半跏像】について; 地蔵堂内に安置される地蔵菩薩像は岩座を含めて、高さ106㎝、座高72㎝を測り、左足を蓮華台にしつらえ、左足を安座し、左手を左膝の上に置いた「半跏像」です。仏像としては珍しいもので、木彫にみられるような、鎌倉時代のすぐれた彫法でつくられていることから

  • 【四光地蔵尊】と【爪切地蔵尊】東大阪市上石切町

    東大阪市上石切町の【四光地蔵尊】と【爪切地蔵尊】(つきりじぞうそん)です。「 一番大師堂(いちばんたいしどう)」と道をはさんで存在します。東大阪市上石切町に鎮座する「石切神社上の宮(いしきりじんじゃかみのみや)」や生駒山頂へのハイキングコースの途中にあります。近鉄奈良線の石切駅を降りて山側に向かって直ぐのところです。 【爪切地蔵尊】 【四光地蔵尊】 【四光地蔵尊】 【四光地蔵尊】 【爪切地蔵尊】

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