• 【曹洞宗 法蔵寺】(ほうぞうじ)八尾市郡川

    【曹洞宗 法蔵寺】(ほうぞうじ)八尾市郡川 当山は大覚山と号し、1748年(寛延元年)土佐曽我部氏の子孫、好山和尚がこの地に、土佐大守山内家の祈願寺(曹洞宗)として建立したといわれる。本尊は聖観世音菩薩である。  この地は、かっては聖徳太子が物部守屋との戦いで、砦を築き、再起を図った陣屋跡と伝えられ、また、寺院の前の道は、太子が再起を図って信貴山に逃れる折、通った道と伝えられ、今も「大道」と呼ばれ

  • 【薬王禅寺】(やくおうぜんじ )八尾市

    【薬王禅寺】(やくおうぜんじ )八尾市 境内には、案内板があります。「このお堂には、中央に薬師如来、右に不動明王、左に弘法大師坐像、賓頭盧(びんずる)さんがおまつりしてあります。今を去る三百有余年昔、郡川山麓のこの地に高雄山薬王寺に奉安されていた薬師如来、並びに不動明王は霊験顕著なること古老の言い伝えがあり、遠近の男女の信仰すこぶる盛んでありました。しかし悲しいかな明治維新直後、無住となり、寺は荒

  • 【安楽寺 子安地蔵尊】(あんらくじ こやすじぞうそん)八尾市郡川

    【安楽寺 子安地蔵尊】(あんらくじ こやすじぞうそん)八尾市郡川 近鉄信貴山口駅から線路沿い西に角地があり、そこに【安楽寺 子安地蔵尊】(あんらくじ こやすじぞうそん)があります。現場はこじんまりした角地で大きなヒバの木・地蔵堂・石水桶等、整然としています。地蔵堂の中には、かなり年代が経ったと思われる石仏が3体鎮座しています。線香台には「安楽寺 子安地蔵尊」となっています。境内地内に宝篋印塔にはそ

  • 【梅岩寺】(ばいがんじ)八尾市

    【梅岩寺】(ばいがんじ)八尾市 黄檗宗の仏教寺院。山号は「寿福山」。本尊は聖観音。河内西国巡礼三十三か所第十四番。587年(用明天皇2年)聖徳太子による開基と伝えられている。近くにある教興寺と同様、日本で最も古い仏教寺院の一つとされ、もとは教興寺の塔頭であったといわれている。寛文年間(1661~1673年)に隠元禅師が弟子の木庵禅師に命じて復興させ、隠元禅師自身の筆により「寿福山」の扁額が作られ、

  • 【河内のコリアン寺院 平和山不動院】八尾市

    【河内のコリアン寺院 平和山不動院】八尾市  大阪府八尾市の立石越ハイキング道登リ口の奥にある寺院。平和山不動院と刻まれた石柱が立っています。そこを越えると、「結縁地藏堂」があります。この地蔵堂の横の道をさらに奥に行きます。民家のような建物が見えてきます。そこが【平和山不動院】です。最近は後継者不足から廃寺になるコリアン寺院が多い中で、信者の方が集まって法要を営まれています。観音立像など日本の石仏

  • 【シュミイ地蔵】八尾市恩智中町

    【シュミイ地蔵】八尾市恩智中町  東高野街道沿いの恩智城址への登り口脇にある地蔵です。名前の由来はわからないが、地元恩智の有志が結集して菩提追善のため、彼岸の中日に建立したものである。高さ一三六センチメートル、幅六七センチメートル材質は花崗岩である。像の左右に次の銘文がようやく読みとれる。良盛長盛道梁妙見也阿常助宗、父道善宗恩道明為脩門、道妙□阿妙法、天文十三年甲辰八月時正、河内国恩智□逆修一結衆

  • 【恩智左近の墓】(おんぢさこんのはか)八尾市恩智中町

    「恩智左近満一」は恩智神社の社家の出で、この地の豪族として恩智城を築き、楠木正成方に味方した八臣の一人である。 湊川の戦の後は、その子正行を助けて南朝方を守ったが不幸にして延元二年(一三三七)七月熱病のため急死した。 傍の墓碑十六基は明治十年の西南戦争に官軍として従軍し、戦死した中河内近在の人々の墓である。関連する史跡など:西南戦争戦死者墓―恩智左近墓の傍に明治10年の西南戦争に官軍として従事し、

  • 【恩智城址】(おんぢじょうし)八尾市恩智中町

    【 恩智城址】(おんぢじょうし)は中世この地の豪族「恩智左近満一」が築きました。自然の高地を利用した城郭で高安連峰との間に堀をめくらせ前方に大阪平野を一望のもとにおさめました。堀の中にかつては小島がありましたが、それは昔の「一の丸」で現在の城址は「二の丸」の址といわれています。 正平三年(1348年)四條畷の戦いで楠木正行が戦死し恩智城も落ちました。学制領布のときここに小学校が新築され、今では桜の

  • 【正体不明の祠~高安山途中の展望台】

    【正体不明の祠~高安山途中の展望台】 場所:「恩智神社」(大阪府八尾市恩智中町5丁目10) から高安山への登山ハイキングコース(恩智ルート)の入口付近。 (注意)ここは高安山の頂上ではありません。

  • 【妙見菩薩】(みょうけんぼさつ)八尾市黒谷

    【妙見菩薩】(みょうけんぼさつ)八尾市黒谷 近鉄の信貴山口駅を降りて南側に見える階段を登って行くと、突き当たりの八尾市黒谷に【妙見菩薩】(みょうけんぼさつ)の鳥居が見えてきます。それは、「日蓮宗 光要山 本照寺」の境内に鎮座しています。 【妙見菩薩】(みょうけんぼさつ)について;「元は北極星・北斗七星を神格化した道教の神を、仏教に取り入れ菩薩としたものであり、北辰妙見菩薩、妙見尊星王とも呼ばれます

  • 【神立辻地蔵】(こうだちつじじぞう)

    【神立辻地蔵】(こうだちつじじぞう) 神立地蔵堂(南小路の地蔵)内にある。神立集落の中、十三街道を水呑地蔵へ上がる登り口に当るところにある。総高115㎝、幅48㎝の舟形光背に像高83㎝の地蔵立像がある。江戸時代初期をくだらない地蔵と考えられる。この地蔵堂の前に、第一番の石仏がある。ここから水呑地蔵まで、33カ所、六十六番までの二対組み合わせの石仏が並ぶ。 道中:東に信貴高安山、沿道には木々・池・旧

  • 【大竹観音堂】(おおたけかんのんどう)八尾市

    【大竹観音堂】(おおたけかんのんどう)八尾市  この観音堂の由緒等は不明です。この場所は西北に心合寺山古墳、東に向山・愛宕塚古墳、高安山麓の民家に囲まれたところに建てられています。奥に観音堂を配し、入り口傍に小さなお堂が二つ並んでいます。【大竹観音堂】の斜め向かいに石碑があります。石には篆書と漢文で書かれてあり、内容は分かりませんが、説明文がありました。説明によるとこの石碑は「松本惣平碑」と刻まれ

  • 【薗光寺】(おんこうじ) 八尾市水越

    【薗光寺】(おんこうじ) 八尾市水越  もとは玉祖神社の神宮寺で、神社のそばにありました。この薗光寺の境内には高さ122㎝、幅62㎝の砂岩で作った十三仏の石造があります。下部には14人の女人の法名が刻んであり、十三仏信仰の女人講によって建立されたと考えられます。建立年代は記されていませんが、作風から桃山時代と考えられます。この付近を歩くと、途中 池・田畑・東に信貴・高安山がせまり、緑美しい景色が望

  • 【天王寺屋地蔵尊】(てんのうじやじぞうそん)八尾市

    面貌はかなり磨滅しているが慈悲の温容を感じさせる。材質は軟質の花崗岩で総高一.二五メートル像高九二.五センチメートル厚さ十三センチメートルで、像脇に□仁□丁酉□と刻銘されているのが読みとれる。体部の肉づけ、衲衣の表現など洗練された彫技から見て、永仁五年(一二九七)鎌倉時代末期の造立と考えられ、市内では最古の地蔵石仏である。 所在地 :大阪府八尾市天王寺屋2丁目 アクセス: JR「志紀」駅から徒歩約

  • 【水呑地蔵院】(みずのみじぞういん)②「地蔵院と大師堂」大阪府八尾市

    【水呑地蔵院】(みずのみじぞういん)は、大阪府八尾市大字神立にある地蔵堂。一般には「水呑地蔵」の名で知られている。八尾市の東北部、十三峠に至る十三街道を上がり、峠まで八分目ぐらいの場所に位置する。斜面から張り出して本堂が建ち、その北側には鐘楼、南側には弘法水の小堂がある。 本堂からは大阪平野の広範囲を見渡すことができる。 本堂内に「水呑地蔵」と呼ばれる石造地蔵菩薩像が安置されている。縁起によれば地

  • 【水呑地蔵院】(みずのみじぞういん)①「登り道から地藏院までの石仏」大阪府八尾市

    【水呑地蔵院】(みずのみじぞういん)は、大阪府八尾市大字神立にある地蔵堂。一般には「水呑地蔵」の名で知られている。八尾市の東北部、十三峠に至る十三街道を上がり、峠まで八分目ぐらいの場所に位置する。斜面から張り出して本堂が建ち、その北側には鐘楼、南側には弘法水の小堂がある。 本堂からは大阪平野の広範囲を見渡すことができる。 本堂内に「水呑地蔵」と呼ばれる石造地蔵菩薩像が安置されている。縁起によれば地

  • 大阪府柏原市青谷周辺の【大門所地蔵菩薩石棺仏】と【谷尻地蔵尊】

    【谷尻地蔵尊】(柏原市青谷) 国分~青谷~雁多尾畑を結ぶ古道は、現在は府道183号です。この183号線が南へ湾曲する大和川から離れて青谷の集落にさしかかる頃、【谷尻地蔵尊】のお堂が道路に面して鎮座しています。お堂には露岩の巨石を船型に削り、地蔵菩薩立像が磨崖されています。像高は1メートルくらいです。蓮台は岩の表面を線彫してありました。  【大門所地蔵菩薩石棺仏】(柏原市青谷) 谷尻地蔵より道なりに

  • 【東大阪市立郷土博物館】東大阪市上四条町

    【東大阪市立郷土博物館】は、昭和47年12月、山畑古墳群の中に建てられました。敷地内には、双円墳の山畑22号墳の他5基の古墳(いずれも市文化財に指定)があり、野外園として活用されており、河内平野を一望できる標高約100mの場所に位置し、生駒山の府民の森に通じるハイキングコースの途中にあるため、散策の途中に立ち寄る場所としても利用されています。 所在地:大阪府東大阪市上四条町18−12 アクセス:近

  • 【愛宕塚古墳】(あたごつかこふん)大阪府八尾市

    【愛宕塚古墳】(あたごつかこふん)大阪府八尾市 古墳時代後期の横穴式石室墳。封土は墳頂部を除いてよく保たれており墳丘は径約二五メートル、高さ六、五メートルで、円墳の形状をよくとどめている。巨石を積み上げた横穴式石室は奥行一六、七六メートル、玄室の高さ四、一メートルを測り、高安古墳群中最大規模の後期古墳である。石室は古くから開口していたが、昭和四二年学術調査が行われた。遺物では凝灰岩製の家形石棺片、

  • 【物部守屋の墓】大阪府八尾市

    大阪府八尾市にある「大聖勝軍寺」より国道25号線を100m程東に進んだところに【物部守屋の墓】があります。 物部氏は有力な軍事氏族です。物部氏は日本に伝来した仏教に対しては強硬な排仏派で、崇仏派の蘇我氏と対立しました。但し、物部氏の本拠の渋川に寺の跡が残り、物部氏そのものは廃仏派ではなかったという説もあります。物部守屋薨後1350年には、右奥にある「何ぞ国神に背きて、他神を敬せんや」の碑が建てられ

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