• 僕とアイスクリーム

    頭の中には そう 僕がいて僕がいて僕がいて 呆れる程に そう 僕がいて僕がいて僕がいて アイスクリームみたいに 全部全部 溶けて混ざって 鼻 耳 口 目も すい臓や 肝臓 小腸も 大腸 全部全部 後は組み立て方もわからない 置き場所は検討もつかない 嵐の晩も 夜露を浴びても 無理矢理に元に戻すと どうやら僕とは違うみたい 記憶も混ざっているし仕方ない 探す便りは 唯一の心臓だったりして ひと振りで

  • このまま眠ってしまおうかな

    穏やかに日々が眠り また嘘と本当が力比べをしている 帰る場所が見つかったら 帰るべき所に行くべきだよ そうすれば向こうが答えてくれるから 呆気ないまま見送った 日を送り 夢を静かに見る 私のその後は確かに変わっていったんだ 言えないまま悩むより 受け入れると楽だ 揺られて続きを乞えばいいだけだ 理由は1つだ 楽しいから 楽しみたいから 眠る前に聞かせて 眠る前に見せて

  • 結婚ノート

    結婚ノートに書かれていたあの言葉は何だったの 君が揺らす度に心は硬くなる 意思の剣で刺される前に 守り抜いても痛みが走る 疾走した逃げ場のない感情は 傷をいたずらに作ったまま逃げていく 声の発信源を探したら できそこないの僕も絡みついている 始めよう 始めよう いつからこんな想いにたどり着いて どこからそんな想いは湧き出して こらえきれない心臓の拍動を 無理までして刻んでまで 届けようとした 明日

  • 転んでもまた日は昇る

    夜が明けます そしたら何事もなかったように朝が来ます 太陽はこれ見よがしに得意げな顔で昇っていきました 季節は覆い被さり 時代は積み上がり 颯爽と人の足音だけが早くなる そんな時と時に挟まれ 大きく畝る首筋を見ながら今日はどうだと呟き 溢れてくる空模様には逆らいきれず いつかみたいに呆れた顔の子どものようだと言われ それならばと頭は動くが体はじっとしているだけだった また今度初めから 囁かれた耳は

  • 感謝の言葉

    感謝の言葉を使うと 自分も相手も幸せになる 感謝の言葉を使うと 自分の体も 相手の体も満たされる 感謝の言葉を使うと 自分も相手も救われる 感謝の言葉を使うと 動物は1つになれる 感謝の言葉を使うと 国境は関係なくなる 感謝の言葉を使うと 死も生も関係なくなる 感謝の言葉を使うと 有も無もない 感謝の言葉を使うと 楽になって 楽になることの喜びを教えてくれる 感謝の言葉を使いましょう

  • 潜った先

    言葉より素直に 息を止めていたいだけ ただ僕はそれ以上長く生きていたいだけなのに 自信がないと 泣いたあの子はどこにいる 同じ空気の果てにいることはわかっているけど 感じるには まず臆病になって 努力と半透明の液体を流せばいい 重なって 取り込んだ 君のまなこが差す先は 未来よりもそれ以上 光って輝いた希望が住んでいるだろう 痛みを乗り越えて やっと手にしたこの体 わけなどない だって息をしている

  • 五日の星座を見ながら

    夜に溶ける魔法が見つかったのなら 星は屑になりオリオンは青く染まる 沢山の瞬きが勘違いさせる 僕は誰かを僕と間違える 赤い空は争うのをやめ 降伏しろと呼びかける ずっとなくしていたものは 幸福だったということに気づく 気まずくなって声を出す あの子はいつまでも 信じてはくれない 自分の場所はあり続けると 聞かれもしないのに答えている 色とりどりの宝石よ 惑わさないで1秒だって 価値があればあるほど

  • スマイリー計画

    幸せって簡単なこと 幸せって言えばいいんだから 幸福って容易いこと 幸福って思えばいいんだから 大きなことじゃなくていい 小さなことを喜べる人になろう 大それたことじゃなくていい 形に関係なく幸せだと言うよ 例えば コンビニを出て降り出した雪のよう 間に合った青信号 水たまりに映って笑う日々とか 笑うことを覚えた瞬間から 確かに世界は彩りを見せた 気づいているのは唯一自分だけ 不確かな物が増えた日

  • 萩原朔太郎生誕130年!

     萩原朔太郎は1886年11月1日、群馬県高崎市に生まれた。一日、即ち、朔日(さくじつ)に生まれたことから、朔太郎と名づけられたそうだ。今日は生誕130年の日だ。1917年、数え32歳の年、詩集『月に吠える』を発表した。  その詩集にある「竹」は多くの人に鮮烈な印象を与えた。ぼくがこの詩を目にしたのは高三の春だった。意味が分からない。何が言いたいのか分からないというのが第一印象だったが、その時、国