• 消えてしまいたい

    明け方。 目が覚めてしまったが起きるにはまだ早いので、二度寝する。 彼が久しぶりに夢に出てきた。 最初はお互いに抱きしめあってキスをした。 そして他愛無いことを話す。 その時は、彼も笑顔。 でも私は夢の中でわかっていた。 彼がもういないってこと。 その事実に押しつぶされそうになっていた私は、夢の中で何故かこう叫んでしまった。 「ごめん、〇〇。私だけ生きて。もう数ヵ月後には〇〇と同い年になっちゃうよ

  • 負の想い出

    今夜は何か・・ いろいろな感情がぐるんぐるんと回っている。 主に負の感情。 何でだろ・・さっきまでは全然平気だったのにな。 一度思ってしまうとトコトン考え込んでしまうのは私の悪い癖。 ここには自分の感情とか(というよりこれが主)、彼との想い出を書いてきた。 ただ、彼との”負の想い出”は書いていない。 想い出は楽しかったこととか、笑い話になるようなことばかりだ。 今ふり返ってみると、いい想い出だけじ

  • 前を向く、ことについて

    前回の記事を書いた後、少し考えてみた。 『前を向く』ということについて。 私は多分、前を向くということについて、かなり高めにハードルを設定していると思う。 仕事も(しんどいけど)している。 中途覚醒なく睡眠をとれることが多くなった。 食事もある程度食べられるようになった(過食はするけど) 家族や友人と出かけられるようになった。 楽しいと感じることが増えた。 泣くことは泣くけど叫ぶことはなくなった。

  • 心の葛藤

    夢をみた。 同志の方10人くらいで綺麗な海に行く夢。 海に足をつけて、皆で夕陽を眺めた。 空のグラデーションがとても鮮やかだったこと、水温が高かったのを覚えている。 でもそのうち、同志の方達が言い争いを始めた。 前を向かなきゃどうだとか、今はそんなの考えられないとか。 泣いている人もいた。 どっちだっていいじゃない、そんなの・・と思った。 前を向いていようが後ろを向いていようが立ち止まっていようが

  • フラッシュバック

    彼がいなくなって間もなくの頃は、本当にフラッシュバックが頻回だった。 モニターのピッピッという電子音ですらダメだったし、脳のCT画像を見た時もダメ。 頭の中に鮮明にICUでの彼が映った。 ひどい時はカルテに自分の名前を打ち込む時に、彼の「ナナドゴブ」っていう優しい声が聞こえてきてダメだった。 本当に耐え切れない時はトイレに篭って涙を流した。 こんなんでよくもまあ病院勤めができたと思う。 でも時間が

  • 嫌な自分と向き合う

    彼と死別してしばらくは・・。 彼を喪った悲しみだけに没頭していられた。 変な言い方だけれど。 身を切られるような辛さだったけれど、ぎゃあぎゃあ泣き叫んでいたけれど、それだけに集中していられた。 今は少し違う。 彼を喪った悲しみを自覚する時、そこには別の感情もついてくる。 自分への嫌悪感が。 『何で彼がいないのに自分は頑張らなきゃいけないんだろう』 『どうして未来に希望もないのに進まなくちゃいけない

  • どうにもならないことを愚痴る

    明日なんか来なくていいのに、と気分が堕ちてる夜は思う。 明日が来たって彼がいないことには変わりない。 彼が甦るわけじゃない。 それはもうこの2年数ヶ月、嫌というほど思い知らされてきた。 明日が来ても、自分がやることは決まっている。 いつも通り仕事を何とかこなして、帰って疲れ果てて眠るだけ。 変わりない。 何の希望もなく毎日を過ごしている。 そんな未来をこれ以上紡ぎたくない。 ここに留まっていたいと

  • 病み期(2)

    ※前回の文章に引き続き、不快な表現があると思います。 そしてとっ散らかった文章です。 「まだ若いんだから落ち着いたら恋愛しなよ」 「ナナドゴブが幸せになることを彼も望んでいるよ」 何回もかけられた言葉。つい最近も言われた。 でもこれはこれで私を抉る。 確かに私は若年で配偶者と死別する人の中でも、更に若い方に入るんだろう。 20代で婚約者と死別している人なんて、私の周りにはいない。 でも若いというこ

  • 病み期(1)

    ※かなり不快な表現があると思います。あと、一部被害妄想的な文章もあります。 思いつくままとっ散らかった気持ちを吐き出すので、文章に一貫性もないと思います。 ここ最近、気分の堕ちが相当激しい。 人前では平気だが、一人になった時、油断したら涙が流れている。 泣いたって状況は変わらないし、体力を消耗するだけだ・・と思っても止められない。 まだ泣けるだけ、いいのかもしれないが。 でも人前では笑う。それこそ

  • 無題

    情緒不安定な時期に突入している気がする。 今朝、久しぶりに彼の名前を呼び、会いたいと言いながら泣いてしまった。 彼がいなくなった直後みたいだった。 ここ最近、あの時のことや彼との想い出をなぞりすぎたせいか、心の蓋が開いてしまったような気がする。 近頃は涙を流す回数もかなり減ったし、普通に笑えることも多いから、ある程度はグリーフが進んできたのかなと思っていたけれど。 心の奥底に封じ込めてただけなのか

  • わからない

    ”彼が今、何を私に求めているか” 彼がいなくなってからずっと考えていること。 でももう、わからなくなってきたよ。 いや、もともとわからないんだけど。 ”自分がいなくなったら相手にどうしてほしいか” 思い返してみたら、話したことなんてなかった。 延命治療はしないでほしい、なんて話はしていたけれど。 私が死んだら枕元に化けて出るね、なんて冗談のように話したことはあった。 その時は「馬鹿なこと言うな!」

  • 未練と諦め

    今日は友人の結婚式だった。 もともと美人な友人だけど、ウェディングドレスに身を包んだその姿は本当に綺麗で。 圧倒されてしまった。 キラキラとした笑顔が、彼女の魅力を更に引き立てていた。 どうか今よりももっと幸せになってほしい、そう思った。 その一方で。 "羨ましい"という気持ちが全くなかったわけじゃない。 彼と結婚することが一番の望みだけれど、結婚式とかウェディングドレスとか指輪とか、憧れがなかっ

  • 会えないということ

    彼がいなくなった時。 もう二度とこの世では会えない、話せないんだって思った。 身を引き裂かれるくらい、悲しかった。 けど「二度と会えない」ということがどんなことか、今から思えば私はその時全くわかっていなかった。 実感が伴っていなかったと言うべきか。 まあ、それは当たり前か。 最愛の人を喪うなんて初めてだったもの。 最初の1年は頭では「会えない」と思いつつも、どこか期待してた部分があった。 彼に会え

  • 2014年の後悔

    仕事が忙しさを更に増している。 全てを投げて逃げ出したくなる衝動と、いつも闘っている。 こんな時はやっぱり彼に会いたくなる。 「ナナドゴブ、お疲れ様」って言う彼の声が聴きたいな、と思う。 そしたらもう少し頑張れそうだから。 そこまで思って気づく。 私は彼が大変な時、力になれていなかった・・と。 2014年。彼は転職した。 初めてやる仕事だから、苦労もたくさんしたと思う。 人間関係だってすごく気を遣

  • 渦巻く嫌な気持ち

    ここのところ、ブログの記事で何て書こうか悩む時がある。 吐き出したい思いがないというわけではなくて、祥月命日の時から自分自身の気持ちが『会いたい』という軸から全然動いていないのだ。 それはもうびっくりするくらいに。 自分の気持ちを正直に表すと、ブログの記事内容もタイトルも全部”会いたい”の一言で片づいてしまう。 それは流石に気持ち悪い。 その原因は多分いろいろあって。 もちろん2年間彼に会えていな

  • 辛さの混同と虚無感

    相変わらず仕事が終わるのは20時とか21時とか。 今日も病院を出たのは21時過ぎだった。 このままではマズイと自分でも思う。 体力的には問題ないのだが、余裕がなく自分の心ががりがり削られているのがわかる。 しんどい。 今日も口に出してそう言ってしまった。 少し涙を流して弱音を吐いた。 仕事が上手くこなせない情けなさ、悔しさ。 いろんなことから逃げたいという気持ち。 そして彼がいないのにここまで自分

  • 三番目の希望

    祥月命日前後のせいか、彼との6年分の想い出が次々フラッシュバックした。 その結果、会いたくて会いたくてたまらなくなってしまい、泣いた。 今生ではもう会えないと理性ではわかっている自分と、それを受け入れられない自分。 2人の自分が出てきて、今も鬩ぎ合っている。 今生で会えない・・残酷な話だ。 魂とかあの世とか来世とか、あるかどうかはわからないけど、再会できたとしても今とは違った形になってしまうんだろ

  • 全てを背負う覚悟がなかった

    ※貼り付ける記事が多いです。すみません。 延命治療をするかどうか。 あの時自分がした、残酷すぎる選択。 彼の命の期限を切ったのはきっと私だ。 延命治療をしなかったことに後悔はない。 けど罪悪感がまったくないかというと嘘になる。 あの時の彼の状態から察するに、おそらく救命できても寝たきりになる確率の方が高かった。意識だって戻ったかどうかわからない。一生人工呼吸器が手放せなくなっていたかもしれない。

  • 感情の噴出

    ここ最近、ブログではあの時のことを振り返っていた。 そして現実では仕事に追われていた。 毎日残業で、帰りが21時頃なんて当たり前だった。 どうしてこうやってもやっても終わらないのか、やることがわんさか出てくるのか不思議で仕方なかったけど、やるしかないからこなす。 なので平日の日中は彼のことを考える余裕はなかった。 考えることが次々あったから、彼のことが入る隙間が頭や心になかった。 そして休みの今日

  • あの時までだった

    私が彼との未来を思い描けたのは、思えばあの日までだった。 2015年12月1日。 この日から合併症は出ていたけれど、程度はそんなにひどくなかったから。 彼がうわごとながらもはっきり言葉を喋っていたのもこの日まで。 あの時私は、どうか合併症がこれ以上ひどくなりませんように・・と祈ることしかできなかった。 その願いは無残にも打ち砕かれてしまうのだけれど。 ”このままだと彼にはまた、新たな障害が残るな”

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