• 嫌な自分と向き合う

    彼と死別してしばらくは・・。 彼を喪った悲しみだけに没頭していられた。 変な言い方だけれど。 身を切られるような辛さだったけれど、ぎゃあぎゃあ泣き叫んでいたけれど、それだけに集中していられた。 今は少し違う。 彼を喪った悲しみを自覚する時、そこには別の感情もついてくる。 自分への嫌悪感が。 『何で彼がいないのに自分は頑張らなきゃいけないんだろう』 『どうして未来に希望もないのに進まなくちゃいけない

  • どうにもならないことを愚痴る

    明日なんか来なくていいのに、と気分が堕ちてる夜は思う。 明日が来たって彼がいないことには変わりない。 彼が甦るわけじゃない。 それはもうこの2年数ヶ月、嫌というほど思い知らされてきた。 明日が来ても、自分がやることは決まっている。 いつも通り仕事を何とかこなして、帰って疲れ果てて眠るだけ。 変わりない。 何の希望もなく毎日を過ごしている。 そんな未来をこれ以上紡ぎたくない。 ここに留まっていたいと

  • 病み期(2)

    ※前回の文章に引き続き、不快な表現があると思います。 そしてとっ散らかった文章です。 「まだ若いんだから落ち着いたら恋愛しなよ」 「ナナドゴブが幸せになることを彼も望んでいるよ」 何回もかけられた言葉。つい最近も言われた。 でもこれはこれで私を抉る。 確かに私は若年で配偶者と死別する人の中でも、更に若い方に入るんだろう。 20代で婚約者と死別している人なんて、私の周りにはいない。 でも若いというこ

  • 病み期(1)

    ※かなり不快な表現があると思います。あと、一部被害妄想的な文章もあります。 思いつくままとっ散らかった気持ちを吐き出すので、文章に一貫性もないと思います。 ここ最近、気分の堕ちが相当激しい。 人前では平気だが、一人になった時、油断したら涙が流れている。 泣いたって状況は変わらないし、体力を消耗するだけだ・・と思っても止められない。 まだ泣けるだけ、いいのかもしれないが。 でも人前では笑う。それこそ

  • 無題

    情緒不安定な時期に突入している気がする。 今朝、久しぶりに彼の名前を呼び、会いたいと言いながら泣いてしまった。 彼がいなくなった直後みたいだった。 ここ最近、あの時のことや彼との想い出をなぞりすぎたせいか、心の蓋が開いてしまったような気がする。 近頃は涙を流す回数もかなり減ったし、普通に笑えることも多いから、ある程度はグリーフが進んできたのかなと思っていたけれど。 心の奥底に封じ込めてただけなのか

  • わからない

    ”彼が今、何を私に求めているか” 彼がいなくなってからずっと考えていること。 でももう、わからなくなってきたよ。 いや、もともとわからないんだけど。 ”自分がいなくなったら相手にどうしてほしいか” 思い返してみたら、話したことなんてなかった。 延命治療はしないでほしい、なんて話はしていたけれど。 私が死んだら枕元に化けて出るね、なんて冗談のように話したことはあった。 その時は「馬鹿なこと言うな!」

  • 未練と諦め

    今日は友人の結婚式だった。 もともと美人な友人だけど、ウェディングドレスに身を包んだその姿は本当に綺麗で。 圧倒されてしまった。 キラキラとした笑顔が、彼女の魅力を更に引き立てていた。 どうか今よりももっと幸せになってほしい、そう思った。 その一方で。 "羨ましい"という気持ちが全くなかったわけじゃない。 彼と結婚することが一番の望みだけれど、結婚式とかウェディングドレスとか指輪とか、憧れがなかっ

  • 会えないということ

    彼がいなくなった時。 もう二度とこの世では会えない、話せないんだって思った。 身を引き裂かれるくらい、悲しかった。 けど「二度と会えない」ということがどんなことか、今から思えば私はその時全くわかっていなかった。 実感が伴っていなかったと言うべきか。 まあ、それは当たり前か。 最愛の人を喪うなんて初めてだったもの。 最初の1年は頭では「会えない」と思いつつも、どこか期待してた部分があった。 彼に会え

  • 2014年の後悔

    仕事が忙しさを更に増している。 全てを投げて逃げ出したくなる衝動と、いつも闘っている。 こんな時はやっぱり彼に会いたくなる。 「ナナドゴブ、お疲れ様」って言う彼の声が聴きたいな、と思う。 そしたらもう少し頑張れそうだから。 そこまで思って気づく。 私は彼が大変な時、力になれていなかった・・と。 2014年。彼は転職した。 初めてやる仕事だから、苦労もたくさんしたと思う。 人間関係だってすごく気を遣

  • 渦巻く嫌な気持ち

    ここのところ、ブログの記事で何て書こうか悩む時がある。 吐き出したい思いがないというわけではなくて、祥月命日の時から自分自身の気持ちが『会いたい』という軸から全然動いていないのだ。 それはもうびっくりするくらいに。 自分の気持ちを正直に表すと、ブログの記事内容もタイトルも全部”会いたい”の一言で片づいてしまう。 それは流石に気持ち悪い。 その原因は多分いろいろあって。 もちろん2年間彼に会えていな

  • 辛さの混同と虚無感

    相変わらず仕事が終わるのは20時とか21時とか。 今日も病院を出たのは21時過ぎだった。 このままではマズイと自分でも思う。 体力的には問題ないのだが、余裕がなく自分の心ががりがり削られているのがわかる。 しんどい。 今日も口に出してそう言ってしまった。 少し涙を流して弱音を吐いた。 仕事が上手くこなせない情けなさ、悔しさ。 いろんなことから逃げたいという気持ち。 そして彼がいないのにここまで自分

  • 三番目の希望

    祥月命日前後のせいか、彼との6年分の想い出が次々フラッシュバックした。 その結果、会いたくて会いたくてたまらなくなってしまい、泣いた。 今生ではもう会えないと理性ではわかっている自分と、それを受け入れられない自分。 2人の自分が出てきて、今も鬩ぎ合っている。 今生で会えない・・残酷な話だ。 魂とかあの世とか来世とか、あるかどうかはわからないけど、再会できたとしても今とは違った形になってしまうんだろ

  • 全てを背負う覚悟がなかった

    ※貼り付ける記事が多いです。すみません。 延命治療をするかどうか。 あの時自分がした、残酷すぎる選択。 彼の命の期限を切ったのはきっと私だ。 延命治療をしなかったことに後悔はない。 けど罪悪感がまったくないかというと嘘になる。 あの時の彼の状態から察するに、おそらく救命できても寝たきりになる確率の方が高かった。意識だって戻ったかどうかわからない。一生人工呼吸器が手放せなくなっていたかもしれない。

  • 感情の噴出

    ここ最近、ブログではあの時のことを振り返っていた。 そして現実では仕事に追われていた。 毎日残業で、帰りが21時頃なんて当たり前だった。 どうしてこうやってもやっても終わらないのか、やることがわんさか出てくるのか不思議で仕方なかったけど、やるしかないからこなす。 なので平日の日中は彼のことを考える余裕はなかった。 考えることが次々あったから、彼のことが入る隙間が頭や心になかった。 そして休みの今日

  • あの時までだった

    私が彼との未来を思い描けたのは、思えばあの日までだった。 2015年12月1日。 この日から合併症は出ていたけれど、程度はそんなにひどくなかったから。 彼がうわごとながらもはっきり言葉を喋っていたのもこの日まで。 あの時私は、どうか合併症がこれ以上ひどくなりませんように・・と祈ることしかできなかった。 その願いは無残にも打ち砕かれてしまうのだけれど。 ”このままだと彼にはまた、新たな障害が残るな”

  • あの時どうして気づかなかった

    この日のことで、以前書いたこと以外にもう一つ印象に残ったことがある。 彼の傍にいた時、彼が突然全身を震わせたのだ。 わずか3秒ほどだったけれど。 『外傷による痙攣だ!マジか・・』と思ってしばし呆然としていた。 そばにいた看護師さんは「痙攣とかじゃないと思うんですけど・・」と言っていたが、いや、どうみても痙攣だろ!と一人でツッコんでいた。 脳が損傷を受けると、その影響でてんかん発作のようなものが起き

  • 最期の会話

    入院2日目。 この日が彼と会話できた最期の日だ。 「ごめんな、ナナドゴブ。頑張って治すから。手握って。」 これが私が聞いた、私に向けての最期の言葉。 彼は私と生きようとしてくれてと思う。 だからこそ、悔しい。 彼は・・どれだけの無念があっただろう、と。 生きて生きて、もっとやりたいことだってあったに違いない。 私は彼の最期の言葉を思い出すたび、そんなことを思って胸が苦しくなる。 たった6日間の入院

  • 2年前の今日

    2年前の今日。 彼が倒れた日。私が地獄に叩き落された日。 その時の経過はだいぶ前、このブログにも記した。 あの時の心情。改めて振り返ってみる。 ”どうして彼が?” あの日の私はそればかり考えていた。 実は初日に対面した時点ではくも膜下出血ということは聞いていたが、動脈瘤によるものなのか外傷性かははっきりと聞いていなかった。 ただ看護師さんが「手術の予定はない」と言っていた事から、動脈瘤ではないのか

  • 堕ちてしまった

    今日の午前中は本当にマズかった。 上手く文章を繋げられないので、その時感じたことを羅列していく。 まず朝起きた時、仕事に行きたくなかった。 布団から出たくなかったし、何にもしたくなかった。 何だか鬱々としたものが身体中に纏わりついているようだった。 でも仕事に行かないわけにはいかない。無理やり身体を起こした。 この時点でもう気をつけるべきだったのかもしれない。 職場についても一向に仕事モードに切り

  • 10月の後悔

    10月は後悔の多い時期だ。 今日もまた、思い出してしまった。 2015年の夏ごろから、涼しくなったらどこか旅行に行きたいねって彼と話をしていた。 10月頃とかいいんじゃない?って。 東京に・・私が大学生の頃住んでいた街に遊びに行く予定だった。 彼に、土日連続で休みが取れるのはいつか訊いた。 彼は最後の土日かな、と言った。 でも実際に勤務表が出てみたら、実際に土日休みだったのは最初の週だった。 私は

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