• テレビの中の「笑い」

     テレビに登場する面々は、ほとんどが「一様に」笑っている。カメラ目線での笑顔をどのように描出するか、が番組出演者の必須条件になっている。なるほど昔から「笑う門には福来たる」と言われているように、笑うことは、幸せにつながる早道かもしれない。とりわけ、テレビという媒体は、直接、巷間の家々、しかも居間という空間に入り込む。来訪する人物が、仏頂面をしているよりも、笑顔であるに超したことはない。だがしかし、

  • 「般若心経」の《眼目》

    今、何の悩みもなく絶好調で生きている人々は、それでよい。反対に、すべてが思うようにならない、失敗の連続で失意のどん底に沈んでいる人、何の望みもなく鬱々とした人生を送っている人にとって、「般若心経」は恰好の救済書である、と私は思う。「般若心経」は、わずか262文字からなる教典である。すべてが漢字で綴られているが、そのなかで「無」という文字が21回もでてくることが特徴である。「無」とは、文字通り「ない

  • オリンピックとパラリンピック

    (日本の社会では)障害児をもつ母親の表情は、一様に暗い。その表情を見るたびに、私の気持ちも暗くなる。なぜなら、それは、日本の社会全体がが「病んでいる」証しに他ならないからである。障害児は社会の役に立たない、「厄介者」である、障害など「無い」方がいいに決まっている、障害者が居ることでその集団は迷惑する、障害者は隔離すべきである、障害者は「断種」すべきである、等々・・・。そうした見解、価値観で大半が占

  • 「美しい村・軽井沢」の《風情》

     10余年振りに、「美しい村・軽井沢」(長野県北佐久郡軽井沢町)を訪れた。明治以来、有産者の避暑別荘地として「君臨」しているようだが、(偏屈老人の)私には、(以前同様)何の感興も沸かなかった。名所の「ショーハウス」「聖パウロ教会」「万平ホテル」「雲場池」など、転々と巡り歩いてみたのだが、途中、何度も、観光タクシー、自家用車の「排気ガス」を吐きかけられる有様で、憤りを押さえることができない。それは「

  • 「国境」を決めるのは誰か

     「北方領土」であれ、「尖閣」であれ、「竹島」であれ、国境を決めるのは「第三者」ではない。当事する国のうち「強者」が決めることは、世界(歴史)の常識であろう。日清・日露の戦役で、日本の領土は拡大したが、先の大戦での敗北により縮小した。大切なことは、領土の拡大が、日本人に何をもたらしたか、という観点であろう。その領土を守るために300余万人の命が奪われたのであった。一方、戦後60余年、日本人は「戦争

  • 中年「若夫婦」の《稀有な孤高死》

     東京新聞朝刊29面に「横浜の団地 夫婦孤立死 57歳妻病死後、61歳夫餓死」という見出しの記事が載っている。その内容は以下の通りであった。〈横浜市○○区○○5の県営団地の一室で18日、この部屋に住む夫婦の遺体が見つかっていたことが22日、神奈川県警○○署への取材で分かった。司法解剖の結果、妻(57)が5月上旬に消化管の出血により病死し、夫(61)は6月上旬に餓死したことが判明。夫婦は二人暮らしで

  • 「枕草子」・《翁丸の物語》

    「枕草子」といえば「春はあけぼの」(第一段)が頭に浮かぶが、私にとっては「上にさぶらふ御猫は」(第九段)の方がおもしろい。その要旨は以下の通りである。〈天皇に飼われている猫は五位という位をいただいて、たいそうかわいらしかった。名前を「命婦のおとど」という。あるとき、その猫が縁側に寝ていたので、世話係の「馬の命婦」が、「まあ、いけません。奥へ入りなさい」と呼んだが応じない。そこで、「馬の命婦」は、「