• ハンガリーの電子音楽 Hungarian Electronic Music

    Hungarian Electronic Music (FULL ALBUM, electronic / musique concrète, Hungary, 1979)  ハンガリーの電子音楽です。検索していたら偶然見つけたものです。  1979年ということですから比較的古いもので、サンプリングの技術があったかどうかはっきりとは判りません。  近藤譲(現代音楽)とかの影響もあったのか、テクノの先

  • ベニスに死す   編曲版

     映画「ベニスに死す」でマーラーのアダージェットは一般に知られるようになりました。映画ではノイマン指揮チェコフィルだったと記憶しています。  図書館などで「蛍の光」の代わりにこの「アダージェット」を流すところもあります。 Mahler Adagietto - Song of the Angels Flute Orchestra  以前教会のオルガン独奏でここに挙げたかもしれないと思い、まあ再度挙げ

  • 赤い鳥

     山本潤子さん。ジーンズがこれほど似合う女性もいないと思います。  彼女の若いころのいい動画もありましたが、珍しい曲を見つけたのでうpしてみたいと思います。 iwasa mayuko (wasureteita asa) (再生不能のものは差し替えました).  この曲忘れていました、46年間。ラジオで聴いていい曲だなと思ったのは覚えています。と思ったら村井邦彦作曲とあります。  ライブ盤があったかど

  • 加藤和彦 あの素晴らしい愛をもう一度

     シングル盤は友だちに貸したまま返ってきません。(時効です) 加藤和彦と北山修 あの素晴しい愛をもう一度(ライヴ)  このライブ盤は持っていません。存在も知りませんでした。けっこう貴重ではないかと思います。コードもちょっぴり渋い進行になっています。  会場の雰囲気から、やっぱ女性ファンも多かったみたいですね。  北山修の歌声も味があります。 ttps://youtu.be/Z6AiDkUU9MQ(

  • 矢野顕子

      Akiko Yano - Riding a Balloon MV (矢野顕子 - 気球にのって)  気球にのって  HAPPY END(3rd)と鈴木茂のBand Wagonと似たサウンドで、でもこの曲は徐々にアラビア風になっていき、途中の白熱感はあるものの、エンディングの始末が今イチ。  バックは丸ごとリトル・フィートだったかもです。 ラーメンたべたい  ラーメンたべたい  男もつらいけど女

  • 吉田拓郎 よしだたくろう 面白&珍し動画(一部訂正)

     吉田拓郎は70年代前半怒涛のごとく売れました。  「結婚しようよ」と「旅の宿」(ニール・ヤングの「孤独の旅路」)を聴いたことによってギターを弾き始めました。 結婚しようよ  これはカポタストを3つめにハメてCコード(Eb)から始めればいいのでカンタンでした。  アルバム「人間なんて」は松任谷正隆や林立夫も参加しています。松任谷がバンジョーを弾き、パーカッションに聴こえるのは林がスリッパか何かで何

  • 金延幸子  大瀧詠一  山下達郎  細野晴臣

     以前アップできなかった和製フォーク、ポップスの一面を紹介します。 あくまのお話  金延幸子。一瞬今のインディーズフォークかと。   大瀧詠一/ 大滝詠一 風立ちぬ HD Audio  どこかで聴いたことがあると思った。 [DOWN TOWNへくり出そう♪.flv  シュガーベイブのレコードは70年代下北ロフトでさんざん掛かっていました。そのころ山下達郎がこんなにメジャーで売れるとは思ってませんで

  • 聞き覚えのある曲

    The Seekers - Georgy Girl (1967 - Stereo) Linda Scott I've Told Every Little Star (Lyrics) ミーナ / 「月影のナポリ」 Kate Bush Wuthering Heights.

  • み空  金延幸子

     金延幸子は日本の女性シンガーソングライターの草分け的存在です。  CDアルバムは持っていますが、全体的なボリュームが小さく今イチ印象が薄い。金延自身ははっぴいえんどの「ゆでめん」が好きだったというのでアオイスタジオでアルバムは録音したのでしょう。  2004年のインタビューによると、「ゆでめん」はバンドの音だけど「風街ろまん」は個々のサウンドになっているので「ゆでめん」のほうが好きだということで

  • 八月の濡れた砂   時には母のない子のように

    ♪八月の濡れた砂/石川セリ  石川セリの歌です。ご存じ井上陽水の奥さんです。本人のステージ版もYouTubeで見られますね。 カルメン・マキ 時には母のない子のように  カルメン・マキは70年代下北沢でたびたび見かけました。

  • 70年代ジャズ・コンサート(音源あり)

     昭和53(1978)年にキース・ジャレットのコンサートに出かけました。日本武道館だったと思います。音が遠くて全然わかりませんでした。キース自身も豆粒みたいにしか見えませんでした。  たぶんこの一連のコンサートは後の「サンベアコンサート」になったと思うのですが、間違っていたらゴメンなさい。(付記:検索しましたら「サンベア」は1976年でした。失礼しました。おそらく「サンベア」を聴いた上でコンサート

  • 学園祭 ブルース・ロック

     昭和50年前後だと思います。東京近郊の大学の学園祭に出かけました。いつもの友人Kとです。目当てはライブコンサートです。  上田正樹とサウス・トゥ・サウス、金子まりとバックスバニー、あともう一つバンドが出ていたと思いますが、思い出せません。  あともう一つはチャーではないと思います。チャーとか金子まり夫婦、鮎川誠夫婦、カルメン・マキはよく下北沢の街で見かけていました。  ライブでの金子まりは独特の

  • ジュテーム・モワ・ノン・プリュ

     70年代に街中で何気なく喫茶店に入ってちょっと内装がゆったりした店なら頻繁に流れていたのはイージーリスニングです。  レーモン・ルフェーブル、ポール・モーリア、パーシー・フェイス・オーケストラ、マントバーニなどです。  あとバーキン、ゲンスブールの「ジュテーム・モワ・ノン・プリュ」'69も時々流れました。この曲はインパクトがありました。  いきなりため息まじりのジュテームですから。女性の声は今や

  • 下北沢 吉祥寺 ジャズ喫茶

     下北沢の「シェルブール」とか吉祥寺の「シモン」ではキース・ジャレットの「ソロ・コンサート」がよく掛かっていたように思います。70年代前半から半ばにかけてですか。  だいたい友人Kとジャズ喫茶めぐりをしました。その彼の神奈川のご自宅に遊びに行ったらリビングが30畳ぐらいありました。昭和40年代後半から50年代にかけてですから、珍しくてずいぶん広いなあと思いましたね。  そこでマランツかなんか(アン

  • 下北沢 ジャズ喫茶 続々

     昭和48年か49年、Kと一緒に下北沢「シェルブール」で聴いた「リターン・トゥ・フォーエバー」というアルバムは清新な印象を持ちました。  全体的にはボサノバっぽいのですが、もっと感覚的でフローラ・プリムの淡い妖艶なヴォーカルは楽しめます。チック・コリアのフェンダーローズピアノはジャズっぽいのですが、開放的な雰囲気が散りばめられていて斬新でした。「クリスタル・サイレンス」ではジョー・ファレルのソプラ

  • 天地真理

     天地真理が毎日テレビに出ていたのはいつごろでしょうか、昭和46~48年ごろですか。  昭和46年ごろから下北沢の長田楽器でレコードを見ることが多くなっていました。はす向かいは北野書店です。  長田楽器で吉田拓郎、井上陽水、荒井由実、吉田美奈子などのアルバムをながめてはため息をついていました。全部聴いてみたいけど全部買うお金はないわけです。LPレコードは2800~3000円はしました。1枚を選ぶの

  • 吉祥寺 ジャズ喫茶

     吉祥寺のジャズ喫茶にはKとよく行きました。昭和50年前後ですが、アウトバック(OUT BACK)とかシモンとか後年のライブハウス、サムタイム(SOMETIME)とかですね。  メグとかファンキー、A&Fはよく覚えていません。A&Fは蕨市のHと行ったことがあるかもしれませんが、記憶が打ち消されています。  アウトバックの店内は暗かったと思います。リターン・トゥ・フォーエバーの「浪漫の騎士」が印象に

  • 下北沢 ジャズ喫茶 続

     下北沢にはいろいろな喫茶店がありました。フォーク・ロック系喫茶、ジャズ喫茶、ライブハウス系等など。ロフトができたのはだいぶ後で70年代後半です。    ジャズ喫茶の「マサコ」はスーパー忠実屋(その後ダイエーですか?)の裏の路地にありました。店内は和やかな雰囲気ですがジャズを聴くという暗黙のマナーみたいなものは保持されていたように思えます。ここは老舗で確か1950年代創業だったように記憶しています

  • 早稲田通り界隈

     Oと知り合ったサークルは早稲田の町にあったのですが、よく行った喫茶店の名前が思い出せません。  早稲田通り沿いの「オリエント」とか「エトランゼ」みたいな名前だったような気がします。  このあたりの風景は、はっぴいえんどの「風街ろまん」というアルバムの中に「そら色のクレヨン」という曲があるんですが、これを聴くとなぜか思い出します。  たぶんペダルスチールギターのゆったりしたフレーズが昭和48年ごろ

  • 新宿の名曲喫茶

     新宿に「マンションハウス」という喫茶店がありました。  不動産屋みたいな野暮ったい名前ですが、一応名曲喫茶です。  東口の二幸の並びの富士銀行の角を曲がってすぐの、ワシントン靴店のはす向かいに当たる場所にありました。ビルでいうと4階か5階ぐらいありましたか。一応洋館建てで中は薄暗く、でも客でわいわい賑わっている、談話のための名曲喫茶です。(らんぶるなどはだいぶ年が経ってから通いました)  そこで

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