• Terje Rypdal The Silver Bird Is Heading For The Sun

    Terje Rypdal - Silver Bird is Heading For The Sun  オーケストラの編曲もいいが、リピタルのギタープレイはジェフ・ベックもマクラフリンも舌を巻く濃密な深度のある音世界が拡がる。

  • 神経衰弱

     小林秀雄の講演をYouTubeで見た。  以前は、小林に対して偏見を持っていた。細面でインテリで女にモテただろうに。富永太郎や中原中也と知り合いで中也の恋人を寝取った銀流しぐらいに思った。  著作を読んだら大事なところは疑問符にして誤謬を免れる文章にしている。ちゃんとした学者じゃないし、作家でもないし評論家でもない。まして思想家でもない。  富永太郎みたいな夭折した美少年とも違う。  でもYou

  • 寺川正興 & 江藤勲 (トップベーシスト)

     寺川正興と江藤勲は日本が誇るベースプレーヤーです。ベテラン有名スタジオミュージシャンからも神と崇められています。  おそらく寺川氏のベースはどこかで必ず聴いているはず。ヒット曲の数々、アニメのテーマなどで自然に耳にしています。その独特のベースラニング、変態ベースなんですが、聴いている分にはオーソドックスに聴こえる。R&Bという範疇に近い気がします。  寺川氏は60代で亡くなっています。  江藤氏

  • Terje Rypdal Symphony no. 2

    Terje Rypdal: Symphony no. 2, 4th Movement  ノルウェーの超テクギタリスト、テリエ・リピタル(リプタル)の交響曲。70年代にこんなの出されちゃかなわない。マイルスの影響はあるものの、ところどころリピタル節が聴けます。  ギターソロまでは我慢して聴いてください。  バンドのメンバーは昔ながらの人たちです。  最近は映画のサントラも手掛けてるみたいです。

  • Miroslav Vitous 70'Jazz

    Miroslav Vitous - Freedom Jazz Dance  マクラフリン、デジョネットらが参加 70年録音。  Miroslav Vitous : Mood  76年録音。

  • 大瀧詠一 細野晴臣   貴重音源もあり

    はっぴいえんど 朝  レコードでは細野晴臣が2フィンガーピッキングでギターを担当。3テイク録ったという。歌とギター同時に録音している。  このライブでは想像だが大瀧がギター弾き語りをしているのではないか。 細野晴臣 / 恋は桃色  この音源は細野ハウスのまんまだが、映像がいいので。  「恋は桃色」は当時ラジオから頻繁に聴こえてきた。ラジオの音は駒沢裕城のペダルスティールギターが目立って聴こえた。

  • Stanley Clarke "School Days"

     スタンリー・クラークの大ヒットアルバム「スクールデイズ」から Stanley Clarke ~ Quite Afternoon (1976)  同時期のチック・コリアのソロアルバムより売れていたとしておかしくない。 Stanley Clark e George Duke \"schooldays\"  「スクールデイズ」のライブ  スタンリー・クラークはギターとの相性がいい。ジャコ・パストリアス

  • 男性宮の多い人

     西洋占星術の星座には性別があり、天体が10個あるのですが、全て男性宮つまり男性宮10個というのは珍しいです。  ムツィオ・クレメンティは10個です。モーツァルトと即興のピアノ演奏をしてモーツァルトより技巧が優れていたという話があります。少し不満そうに落胆したモーツァルトにクレメンティは話しかけました。  「君も素晴らしいピアノ演奏だったよ。技巧はそれほどじゃないが、私には無い情緒と感性がある」

  • 藤圭子 ライブ

    藤圭子 新宿の女 昭和54年12月 新宿コマ劇場  新宿といえば歌舞伎町を連想する人が多いようで、確かにこの歌は歌舞伎町っぽいが、昨今マスコミは新宿区の区を省いて新宿のどこそこと言うので悪い印象を持たれる。  新宿区はそもそも、牛込區と四谷區と淀橋區が合わさって新宿区となったのだから、エリアによって全然カラーが違う。牛込區には都内有数の高級住宅地があるし、淀橋區も落合地区は旧宮家の邸宅もあった。

  • 小田急線複々線化 梅が丘駅~東北沢駅

     小田急線の和泉多摩川駅~梅が丘駅はけっこう前に複々線化された。下北沢駅~東北沢駅も4年ぐらい前に複々線化されたと思う。現場を見ていないのでネットの情報。  このたび梅が丘駅~世田谷代田駅が複々線化が実現された。この3月には代々木上原駅まで延長される。  自分は昭和45年に世田谷代田駅の徒歩圏に住んで以来、昭和62年ごろまで下北沢駅周辺は生活圏であった。  上の写真はバブル頃だそうだが、自分が知っ

  • Emmylou Harris

    Tulsa Queen, Emmylou Harris  日本でいえば山本潤子(旧姓新居:赤い鳥~ハイファイセット)を思わせる容姿。さらに清楚さと野性味を強調したような魅力があります。映像は若いころ、今やカントリーロックシンガーの大御所エミル―・ハリスです。  昨年70歳を迎えた団塊世代。 \"The Boxer\" by Emmylou Harris (1980)  サイモン&ガーファンクルでお

  • Linda Perhacs

    Chimacum Rain-Linda Perhacs  アシッド・フォークといえば謎の女性シンガーのリンダ・パーハクス。カリフォルニアの1943年生まれということしか分かりません。  駿河台下のレンタル屋で初めて見ました。 Linda Perhacs - Hey, Who Really Cares?

  • Prelude Contraband British Folk & Trad

    Prelude - Beauty Of The World  英国トラッド/フォークの雄プレリュード。女性ヴォーカル、アイリーン・ヒューム。 Contraband - Lady for Today (with lyrics)  スコットランドの女性ヴォーカル、メイ・マッケンナを擁するトラッド・フォークロックのコントラバンド。  2枚ともブリティッシュフォーク&トラッドロックという本を見て買ったかも

  • Return to Forever 1976

    Return To Forever - Medieval Overture 1976  以前より画像がキレイになっています。  アルバム「浪漫の騎士」の冒頭曲。  アル・ディメオラもまだ21、2才の若さです。  70年代の動画は2000年代に入ってレンタルで借りたり、ブートを買って見ました。  やや音大きめ Return to Forever - Sorceress 1976  これも「浪漫の騎士

  • 浅川マキ    別バージョン

    Maki Asakawa 浅川マキ 「 かもめ(歌詞付) 」  明日は入浴介助だから今夜じゅうに排便しておきゃなかと、日本酒を少々、酔いが足らずついついウィスキーを2センチぐらい飲み足した。  体は正直なもので少し戻した。居眠りしてて気づいたら夜中の2時半!!寒い。  パジャマに着替えなきゃ。 Maki Asakawa 浅川マキ 「 少年(歌詞付) 」

  • Keith Jarrett '60~'70

     たまーにこういうの聴きたくなるんですよねー Keith Jarret solo (1967)  珍しい動画です。ていうか初めて見ました。  若干太り気味だし老けてますね。 祈り/生と死の幻想より/キース・ジャレット  「生と死の幻想」より「祈り」

  • シクラメンのかほり  愛の園

    布施明 - シクラメンのかほり - 1975  今年70歳の布施明。いまだに声が出ているようですね。この人のディナーショーなら一度見ておきたかったです。  カンツォーネとまでは言いませんけど、イタリアンポップスとして通用しそうな歌唱力を持っていると思います。  ふつうに聴く場合、この歌は十分布施明でいいと思います。先輩などは小椋桂の詞を重視した歌い方が好きだという人もいました。  「驚いたように」

  • 石田ゆり&いしだあゆみ

     石田ゆりの歌は検索してもなかなか出てきません。(どちらの動画も8分30秒ごろに歌が聴けます)アルバムのCDは良かったです。  最初、音大きめ 注意! スタ-千一夜 19700923 いしだあゆみ石田ゆり姉妹  これは司会石坂浩二。昔はけっこうザックバランというかかなり踏み込んだな質疑があったんですね。昔のほうが自由だった。今はメディアを気にしすぎ。  ピーターに似てると言ってますが、ピーターより

  • Ann Zeleny with The Seventh Dawn

    Robin  曲は以前挙げたかもしれませんが、ちがう動画で。アレンジも少し加わってます。    歌っているのはAnn ZelenyでThe Seventh Dawnのメンバーです。こんだけ清楚な透き通った歌声って珍しいですね。知性を仄めかすでもない純然たる透明感。サイケフォークやアシッドフォークよりもややポップ性を帯びています。  Annは今月で62になります。1979年とありますが、最初の録音は

  • 堀内誠一

     天才と呼ばれた人がいる。アートディレクターで後に絵本作家になった堀内誠一である。   堀内誠一は1932年に生まれて1987年に死去した。  戦後まもない1947年に家庭の事情で当時の商業高校を中退し、14歳で伊勢丹に入社した。  1955年にアドセンターを立ち上げた。  1958年に内田路子と結婚。内田路子は洋画家内田巌の娘。明治の評論家内田魯庵の孫。  1968~69年には澁澤龍彦とともに『

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