• クオリアを把握する

    この記事はPL会員向けの記事です。 「中心を把握せよ」に折り畳まれている教えです。 クオリアを把握する利点は色々ありますが まず小さな痛みは平気になります。 これが痛いというクオリアなんだなあと思うようになるからです。 クオリアの認識は思考の檻を突破した実感も得られます。 広義の意味においてもクオリアを把握することは気付く確率を上げてくれます。 その人の経験や知識や感性もクオリアの一種です。 その

  • 道に沿う難しさ

    この記事はPL会員向けの記事です。 即かず離れずのバランスを保つのは難しく 道に沿うには経験と感性が必要です。 バランスを保つことが難しい点は多いです。 よくベストを尽くすことが美点とされますが 全力を出した結果体を壊した場合、無理をし過ぎたからだと言われます。 全力を出せと言ったじゃないかと思いたくなりますし 体を壊す手前までベストを尽くせという 普通に考えて判断できないことを目指さなくてはなり

  • 失敗と向き合い続ける

    この記事はPL会員向けの記事です。 人間は完全ではなく失敗するもので 失敗した時にその失敗とどう向き合えるかが重要になります。 失敗した時にこんな失敗をする自分は嫌だと思うのはただの自己否定です。 どんなに嫌だと思っても失敗した事実は消えないからです。 嫌だと思えば思うほどストレスにしかならないのです。 失敗した事を忘れたり開き直るのはもっと重い自己否定です。 自分の本質や個性というものは変えられ

  • 無形の恵み

    この記事はPL会員向けの記事です。 有形無形の恵みに感謝するのは宗教家の基本ですが 無形の恵みを認識できている人はあまり多くないと感じています。 太陽が地球を照らし温めていることや雨が降り植物が育つこと、 空気が存在し呼吸ができること、これらは有形の恵みです。 対して無形の恵みは今日も交通事故に遭わなかったとか 人の縁や気付きそのものです。 私の場合は脳が使えない状態でおかしいのは私の脳だと判断で

  • 自然の摂理を学ぶ

    この記事はPL会員向けの記事です。 私は神を信じない立場から信じる立場になりました。 それはどういうことかを私なりに記します。 人は皆何かを信じています。 お金も国家が価値を保証し貨幣や紙幣で物々交換ができるようになっています。 それは国や構成している人を信じることから始まっています。 科学の知識も最終的には信じるか否かの話になります。 地球が丸いことや月の軌道も自分で観測して計算し確認している人

  • 摂理に沿うみしらせ

    この記事はPL会員向けの記事です。 私の信仰心はあまり強くありません。 強いと思考の檻に囚われるリスクが増えるからです。 信仰心に伴う行動が自然の摂理に沿っていれば 信仰心が強いほど世のため人のためになります。 しかし信仰心に伴う行動が自然の摂理に沿って無かった場合、 信仰心が強いほど不幸が広がります。 私はそれが怖いです。 信仰心が強い人はそれに伴う自身の行動が正しいのかどうか 客観的に観察でき

  • 不幸になりやすくなる方法

    この記事はPL会員向けの記事です。 不幸になりやすくなる方法 ・感謝しない ・反省しない ・人の忠告を受け止めない ・執着ばかりする ・自分と他人を比べる ・他人に嫉妬する ・他人を見下す ・批判ばかりする ・負の言葉を使う ・挑戦しない ・すぐに諦める ・思い通りに行かないと癇癪を起こす ・成功した時に慢心する ・過去を引きずり過去に囚われる ・嘘を吐いてばかりいる ・感情に振り回される ・自分

  • 科学との調和

    この記事はPL会員向けの記事です。 科学が発達している現代でなぜ新興宗教が生まれ信じる人がいるのか 神に頼らない人達は少なからず疑問を抱くと思います。 PLや他の新興宗教の基本的な考え方は階段を例に挙げるとこうなります。 階段で手すりを使えば転落する確率が下がります、 だから手すりを使った方が良いですよ、という教えになります。 ここで留意しなければならないのは 手すりを使っても転落する確率は決して

  • PL処世訓について - 3

    この記事はPL会員向けの記事です。 PL処世訓は二代さまの悟りを表したものです。 同時に二代さまの身を通して現れた自然の摂理です。 PL処世訓を全て守ろうとするのは難しいです。 ですが難しいと思ったら無理に守らなくても良いのです。 PL処世訓は全てが関連しているのでたった一つでも守ることができれば 自分を良い方へ向けることができます。 PL処世訓は多くの教えが折り畳まれていて使う人によって出て来る

  • 思考の檻

    この記事はPL会員向けの記事です。 科学の知識は宗教の思考の檻の外に視点を置くことができます。 逆もまた同じです。 だから私は科学と宗教の両全の境に視点を置くことにしました。 しかしそれでも思考の檻の内側にいます。 PLでは神を信じない人を神を忘れた人と表現しています。 これは生まれた直後は自我が無く最も自然の摂理に沿った状態で 自我が形成されるに従って自然の摂理に沿わない物の見方や考え方ができる

  • 多人数芸術

    この記事はPL会員向けの記事です。 人類は多人数芸術で成り立っています。 映像作品が分かりやすいですが一つの作品を完成させるために多くの人が関わります。 それぞれの人が与えられた役割を全うすることで作品が完成します。 映像作品に限らずビルや橋といった建築物、車や電車などの乗り物、 社会制度も含めこの世の人工物は全て多人数芸術になります。 画家も単独では成り立ちません。 筆や絵の具やキャンバスも誰か

  • 世界線を把握する

    この記事はPL会員向けの記事です。 「世界平和の為の一切である」「中心を把握せよ」 に折り畳まれている教えです。 世界線とはジョン・タイターさんによって示された並行世界の概念の一つです。 世界は時間と共に線をなぞるように続いていてその線は無数に存在しています。 タイムリープをした際にタイムパラドックスを避けるために 必ず少しだけ違う世界線になるというものです。 違う世界を世界線が変わる、世界線を移

  • 即かず離れず

    この記事はPL会員向けの記事です。 人は執着しやすい生物でPLでは即きすぎると表現します。 嫌いな人がいた場合、それもその人に即きすぎてることになります。 その人を嫌うこともその人に心を引っ張られているからです。 どうせ引っ張られるなら嫌うより好きになった方が良いです。 どうしても好きになれないならその人について何も考えないことが 自分にとっても相手にとっても無難な手段となります。 さらにその人の

  • 声を聞く危険性

    この記事はPL会員向けの記事です。 統合失調症の時に受けた衝撃は今でも忘れられません。 周りの方々から発した単語を自分の脳が勝手に書き換えてしまう恐ろしさ。 極端な話「ありがとう」と言われた言葉が 「お前は駄目だ」と聞こえてしまうのです。 誰もいない押し入れから声が聞こえたり 自分の思考が他人に盗聴されているという感覚も味わえます。 私の場合は体がPL処世訓を掘り起こしてくれたので 幻聴さんの声が

  • 相対の岐路に立つ

    この記事はPL会員向けの記事です。 「常に善悪の岐路に立つ」に折り畳まれている教えです。 科学と宗教の岐路に立つ、 資本家と労働者の岐路に立つ、 資本主義と共産主義の岐路に立つ、 戦争と平和の岐路に立つ。 このように相対の岐路に立つと視野を広げることができます。 では無数にある相対の中からなぜ原処世訓が 「善悪の岐路に立つ」となっているのでしょうか。 それは善の概念と悪の概念はこの世で最も対極にあ

  • 私の信芸

    この記事はPL会員向けの記事です。 PLに限らず現代で布教しようとしている人は 大きな見落としをしていることに気付いていません。 宗教家の方にお願いしたいのは量子論を学んでいただきたいという事。 それで量子論を学んで意味があるのかと思われたなら それは宗教の知識を持っていない人が神を学んで意味があるのかと思うことと 全く同じ思考になっていると気付いていただきたいのです。 高校までの物理では原子核の

  • 階段では手すりを使う

    この記事はPL会員向けの記事です。 人類は階段の発明によって空間をより立体的に有効活用できるようになりました。 ですがそれは同時に転落事故の危険を増やすことでもありました。 私は道を知ってから階段で手すりを使うことは良い事だと気付きました。 階段を使うたびに転落する危険は常に付きまとっています。 それは自分の体が無意識のストレスに曝されていることになります。 手すりを使うと自分の体は安心します。

  • お詫びできる人間になる

    この記事はPL会員向けの記事です。 PLに限らず宗教から離れる理由の一つに お詫びしなければならないことが挙げられます。 救いを求めて来たのになぜ謝らなくてはいけないのかと。 人の成長に欠かせないのは感謝と感動、 認められたという自負の他に反省することが挙げられます。 この中で反省が最も自分を成長させるものであり お詫びというものは反省の中で最も強い反省に当たります。 お詫びするのは自然の摂理に対

  • 制約と自由

    この記事はPL会員向けの記事です。 人の道を知ると道に縛られるようになります。 制約が発生したら自由では無くなると思われる方はいらっしゃると思います。 しかし創作であっても表現してはならない事や 冗談であっても口にしてはいけない言葉を知っていた方が自由になるのです。 知らない人が知らずにその言葉を使った時、 自然の摂理を知っている自分の体が動揺するのです。 なぜそのような表現をするのかと。 そこで

  • 第一感を尊ぶ

    この記事はPL会員向けの記事です。 私は道を知ったあと不思議な体験を色々しています。 これはつい最近の出来事です。 秋葉原へ行くときに途中の新宿へ向かうために小田急線を利用したのですが なんとなく特急ロマンスカーを利用しました。 追加料金で全席指定席の列車です。 席に座った時に前の席のお客さんがマフラーを背もたれに掛けていました。 隣の方と会話に夢中になっています。 私はマフラーを忘れないかな、忘

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