• 世の理を明らかにする

    この記事はPL会員向けの記事です。 「日の如く明かに生きよ」に折り畳まれている教えです。 人間は本能として知識欲を持っています。 自然の摂理が人間に与えたものです。 有史以来人間はこの世の謎を解き明かそうとしてきました。 物理法則が明らかになっていない時、それは存在しないのと同じです。 新たな法則が見つかることは裏を返せば 人間が新たな法則を生み出しているのと同義になるのです。 このことをPLでは

  • 「一切は進歩発展する」

    この記事はPL会員向けの記事です。 この処世訓の大元の教えは「諸行無常」です。 この世に不変のものは存在しない。世は常に移ろうもの。 世の中の一切は常に変化を続けているという教えです。 形あるものはいつか無くなるという考えから 儚さや切なさを内包している教えですが PLでは世が変化を続けるというのなら それは良い方向に変化を続けるべきであると説いています。 実際に暮らしの水準は上がり続けています。

  • 一切に感謝する

    この記事はPL会員向けの記事です。 PLの先生はことあるごとに感謝が足りない、 感謝は探してでもやりなさいとおっしゃいます。 私は道に気付いてからひたすら感謝をし続けました。 多い日は100回ほど行っていました。 ある日急に私は全然感謝が足りていなかったと気付かされました。 自分が来ている服は何かと。 服飾メーカーが作ったものじゃないかと。 それを作るために繊維メーカーと人が必要だったじゃないかと

  • 道を知るということ

    この記事はPL会員向けの記事です。 道を知ると道に縛られるようになります。 宗教や神に頼らない人達からの視点だと 宗教家の言葉は単なるきれいごとにしか映らないでしょう。 なぜ宗教家は負の言葉を言わずきれいごとしか言わないのか。 それは言わないのでは無く言えなくなってしまうからです。 負の言葉や負の感情を発すると自分の体が穢れてしまうからです。 道を知るということはそういうことなのです。 PLの先生

  • PL処世訓について-2

    この記事はPL会員向けの記事です。 二代さまはPL処世訓に色々な仕掛けを施されました。 PL処世訓には少なくとも数百の教えが圧縮され折り畳まれています。 処世訓について理解を深めれば深めるほど完全な理解が遠のいていきました。 あまりにも難解でどう文章で説明しようとしても正しく伝えることができません。 PLの教えは信仰心だけでは理解できません。 その信仰心と同じぐらい科学の知識も必要だからです。 P

  • PL処世訓は完成しているが完成していない

    この記事はPL会員向けの記事です。 PL処世訓は21か条で完成されていますが 第十六条「一切は進歩発展する」とあります。 PL処世訓も発展させることができます。 新たな処世訓を加えるのでは無く今の処世訓を補足する形で下に加えます。 この処世訓継21か条はとくみつがとくみつ自身のために作ったものです。 PL会員の皆さんにお願いしたいのは皆さんそれぞれに 自分だけの継21か条を作っていただきたいのです

  • PL処世訓について - 1

    この記事はPL会員向けの記事です。 ここまでPL処世訓について教えられた範囲で記してきましたが PLの教えを知っている方にはこう思われた方がいらっしゃるのではないでしょうか。 あまりにも説明が不足していると。 不足するのは仕方ありません。PL処世訓はそういうものなのです。 世にある多くの処世訓は見ればすぐになるほどと思えるものですが PL処世訓はそうなっていません。 PL処世訓は抽象的な表現が多い

  • 「人生は芸術である」

    この記事はPL会員向けの記事です。 人間には他の動物には無い様々な欲がありますが その中でも人間だからこその欲があります。その欲とは芸術欲です。 素晴らしい作品を見たとき感動できるのは 自分の持っている芸術欲が間接的に満たされるからです。 科学ニュースを見た時にワクワクするのも芸術欲が刺激されるからです。 芸術欲は創作欲や知識欲、共感や達成感などの感性で構成されています。 何かを作りたいという想い

  • 「人の一生は自己表現である」

    この記事はPL会員向けの記事です。 人間は自己表現するために生きています。 人間は創意工夫する力を与えられました。 せっかく与えられた力を使わないともったいないです。 なぜ創意工夫する力を与えられたのか。 それは世界を進歩発展させるためです。 そして世のため人のために行動することは一生続きます。 これだと自分は世界のために犠牲になれと解釈できてしまいますが 犠牲になるというのは違います。 自分をこ

  • 「自己は神の表現である」

    この記事はPL会員向けの記事です。 自然の摂理は世界を進歩発展させるために人間を生み出しました。 この処世訓は自分が人間である自覚を持つことが大切だと説いています。 この世において他の動植物と比べ人間だけにしか持ってないものが多くあります。 創意工夫する力、心。 物質の組成について言及できること。 自分が生まれる前や死後について、この宇宙が誕生する前。 余剰次元について、クオリアについて。 これら

  • 教祖祭PL花火芸術

    この記事はPL会員向けの記事です。 毎年8月1日に行われる花火でPLの最も有名な行事です。 初代さまの遺言の一つで 自分が死んでもそれは世界に教えが広がることだから 嘆かずに花火を打ち上げて祝ってほしいとの願いから始まりました。 PL教団は遺言に沿い世界平和のために花火を打ち上げています。 火薬は破壊の象徴です。兵器に使用されるのが主です。 解体や掘削工事にも使われますが火薬を一番平和的に使うのが

  • 「表現せざれば悩がある」

    この記事はPL会員向けの記事です。 この処世訓の表現とは自己表現を指し 自己表現とはこの世であるべき自分を示すことなのです。 何か気が付いた時に何もしない、やるべきことをやらない、 良い方向へ向かうための発言や行動を起こさないと 自分の体は無意識のうちに悪い流れへ向かってしまうのです。 人間の体は自然の摂理に則って存在しています。 自然の摂理に沿わないと様々な形で沿うようしてほしいと働きかけてきま

  • 「感情に走れば自己を失う」

    この記事はPL会員向けの記事です。 感情に走るとは感情に流されるよりも強い感情で その感情に突き進んでいる状態を指します。 怒りなら怒りに怒りを重ね周りが見えなくなるほど怒っている状態です。 感情に走ると視野が狭くなり落ち着いて対処すれば解決したはずの問題も解決しなくなってしまうのです。 私はこの処世訓を一時期勘違いしていた時期があり 感情をあまり表に出さないようにしていました。 その結果何を考え

  • 「自我無きところに汝がある」

    この記事はPL会員向けの記事です。 自分という人間は自分の意識、身体だけではありません。 家族、友人、知人といった周りの人達も自分を構成している要素なのです。 さらに人間だけではなく自分の身近にあるもの全てが自分を構成する要素なのです。 このことから自分の意識は自分を構成する一つの要素でしかないと気付かされます。 自分について自分の事を一番よく知っているのは自分なのだから 自己評価が一番正しいと考

  • 「一切は相対と在る」

    この記事はPL会員向けの記事です。 世の中の全てのものには対となるものが存在しています。 昼と夜、男性と女性、動物と植物、科学と宗教、物質と反物質。 徳光教の時代ではこの事を陰陽と表現していました。 陰は陰という字面のせいであまり良いイメージがありませんが 決して悪では無いことを知っておかなければなりません。 この相対となるものが存在するからこそ変化が生まれるのです。 自分という人間は生きていくう

  • 「日の如く明かに生きよ」

    この記事はPL会員向けの記事です。 この処世訓が伝えたいことのメインは二つ。 明るく振る舞うこと、嘘を吐くのは良くないこと。 笑顔は周りへの祝福となるので自然と良い方向へ向かうことができます。 自分は暗いから無理と思わず 自分が面白いと思う作品や楽しめる作品を探してください。 その作品を見て素直に笑うのが大事な一歩となります。 笑いは緊張をほぐす薬です。 もう一つは嘘を吐くのは良くないこと。 嘘を

  • 「人は平等である」

    この記事はPL会員向けの記事です。 人は平等と言うと地位の差や貧富の差などを持ち出し 現実は不平等だからこの処世訓は間違っていると思われがちです。 それに対し日の光は平等に照らしているとか 死は平等に訪れるという理由などで平等であるという教えがあります。 PLで言う平等とは人は創意工夫する力を平等に与えられているということです。 人間以外の生物や事象は全て自然の摂理に則って動いています。 人間だけ

  • 「自他を祝福せよ」

    この記事はPL会員向けの記事です。 この処世訓が説いているのはどんな理由があろうと 自分も他人も欠点を否定してはならないということです。 自己否定を続けるとどうなるか。 自分の肉体が反乱を起こすようになります。 自分を拒絶する心を持つと指示しかできないのに偉そうにするなと 逆に自分の心が肉体から拒絶されるようになってしまいます。 負の感情を持っても拒絶されやすくなります。 自己否定や負の感情は心と

  • 「一切を神に依れ」

    この記事はPL会員向けの記事です。 処世訓21か条のうち「神」が記されているのは 第三条「自己は神の表現である」 第十一条「一切を神に依れ」 この二つだけです。 宗教家である二代さまが掲げられた処世訓にしては少ないです。 これは神を信じない人にも処世訓を利用してもらいたいという 二代さまの意図が汲み取れます。 ではこの二つは神を信じない人には意味が無いかと言うとそうでもなく まずPLが信仰している

  • 「名に因って道がある」

    この記事はPL会員向けの記事です。 自分の名前は一生涯付き合っていくものです。 名付けられた瞬間から名前によって人生の進む方向が示されるようになります。 その道に沿うように生きると生きやすくなります。 逆にその道から外れるように生きると生き辛くなっていきます。 いわゆる名前負けが起きやすくなってしまうのです。 昨今キラキラネームと称される名前を持つ人達が増えてきました。 その多くは就職で苦労してい

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