• 束の間から 番外編 【モーション・エモーション】

    本番直前。 控え室からぞろぞろ出て行くメンバーの最後尾に、俺とチャニョルはいた。 肩をとんとん、と叩かれる。 振り返ると、ドアの影にチャニョルがいる。 手をちょいちょい、と俺に向かって振っている。 ?と思い、控え室の中に戻る。 扉の後ろのチャニョルを見上げる。 「どうした?」 俺は色の滲んだ瞼を上げ、紫のカラーコンタクトが目の上で動くのを感じた。 そんな俺を見下ろしていた、チャニョルの顔が消えた。

  • 受容について 番外編 【coffee & chocolate】

    香ばしい香りがキッチンに漂う。 セフンはテーブルに突っ伏し、シウミンがコーヒーを淹れる姿を見ていた。 吊り上がった目だなあ。 セフンは思う。 その視線は下にあり、じゅじゅじゅじゅじゅ、という、フィルターが湯を染み渡らせるさりげない音と、ゆるゆると渦を巻く湯気に、神経は集中されている。 と、 「…見んなよ」 左右対称でない笑顔を口元に作り、照れたようにシウミンは言った。目はコーヒーが落ちていくさまを

  • あとがき(束の間から)

    こんにちは。 ここまで「束の間から」、お読み頂き、誠にありがとうございました。 今日で完結となりました。 私の書いた話の中でも、結果、非常に趣の異なるものとなったかと思います。 「人さらいの条件」も、ある種独特の雰囲気を持った異色作ではありましたが、この「束の間から」は、他の作品にはない軽みと若さがありました。 それはベッキョンとチャニョル、ふたりによるものとしか言いようがありません。 ベッキョン

  • グレーゾーン 番外編 【花の色は赤】

    「ねえ、それ、なに?」 タオのハングルは、すこぶる発音が悪くなっていた。以前以上に。 思わずスホは笑ってしまう。 中華料理店の個室は、全体が朱色で、ふたりは赤い花の中にいるようだった。 頼んだ注文は、まだ来なかった。 お腹が空いた、とかたことでタオは零す。 スホは袋の中の缶に手を伸ばし、包装とテープを解いた。 その間、タオはわあー、と、目を輝かせ、掌を合わせ、少女のような歓声をあげた。 蓋を開けた

  • 束の間から 24

    「ばれた」 チャニョルは俺の部屋にいた。 俺は机の前の椅子に座り、チャニョルはベッドに座っていた。 ローションのボトルを見られてすぐ、俺はチャニョルに携帯で連絡を取った。とりあえず時間を作って、会いたいと。ふたりだけで。 仕事やギョンスの目があり、なかなかふたりきりにはなれなかった。 その間チャニョルは、俺をちらちらと目の端で見た。 やめろ、と俺は思った。 ギョンスがいる前では特に。 メッセージで

  • 俯瞰の角度 番外編 【コミュニケーション】

    ふんふん、と、頭の匂いを嗅がれた。 それに気付いたベッキョンは、相手が誰だか予測して振り向いた。 思った通りだった。 「…イーシン兄さん」 ふにゃふにゃとした笑顔のレイが数センチの距離を置いて、ベッキョンの真後ろに立っていた。 ここはキッチンで、今は朝だった。 ベッキョンはシンクに食べ終わった食器を置き、これから洗おうというところだった。 対してレイは、シャワーから出たばかりのようで、シャンプーや

  • 人さらいの条件 番外編 【記憶とダンス】

    しまった。 カイは鞄の中に荷物を準備しながら、練習着の替えをすべて洗濯に出してしまったことに、気が付いた。 ここ最近練習とリハーサル続きで、どんどん汗をかき、どんどん着替えのストックは消えた。 クローゼットの引き出しを片っ端から開ける。 分かっていたことだったが、やはり、練習着はなかった。 大きなため息をつき、カイは後ろ頭を掻く。失敗したなと、改めて思う。 部屋のベッドに投げ出されたリュックサック

  • 憂鬱のすきま 番外編 【黒と白】

    その、黒い闇が外を染める夜。 カーテンをひいた明るい部屋の中、チャニョルは新しく買ったおもちゃの説明書を読んでいた。 ソファに腰掛け、そばのテーブルの上にはコーヒーが半分ほど減って、置かれている。 相変わらずそのカップの上では、おかしなライオンらしき生き物がこちらに吠え掛かっていた。 コーヒーに再び手を伸ばしかけたとき、ドアが開き、風呂上がりのギョンスが現れた。 音に顔を上げたチャニョルは、手を止

  • 束の間から

    「たでーまー」 俺、ジュンミョン兄さん、セフンがソファでくつろぐ中、体を大きく動かしながら、がたがたとチャニョルが帰宅した。 おかえりー、とくちぐちに言いながら、その姿に目を向けたのは俺だけだった。 傍らのふたりは食い入るように新しく始まったドラマを見ている。 チャニョルがいつものごとく物音を立てずに動くことがなくとも、長年の慣れとこういう仕事には欠かせない集中力を持って、リーダーと末弟はそのどろ

  • シング シング シング(+人さらいの条件)番外編 ーー成長の過程ーー

    蛇口が閉められ、湯は止まった。 チェンは鏡に映る自分の顔をあちこちチェックすると、踵を返してドアに向かった。 ノブに手を掛けようとした瞬間、扉が勝手に、向こうから開いた。 驚いて体を引く。 開いたドアの間から、ギョンスがひょこっと顔を出し、ころりと黒目を動かしチェンを認め、さっと滑り込んできた。 動きを止めたままのチェンを顧みず、ギョンスはそのままドアに背を付き、自分の体でぱたんと閉める。 真顔で

  • 人さらいの条件 32

    考えさせて、ギョンスはそう言うのが精一杯だった。カイからその目をそらしつつ。 いやだ、絶対に無理だ。 そう、言えなかった。 チェンのことと、カイのこと、両方で、できなかった。 ギョンスは誰からも抱かれたくなどなかった。 男を抱いてはいるが、それはギョンスにとって特例のようなもので、自分が抱かれるなどとは想像も、ほぼしたことはなかった。 チェンが求めてきたら、とちらりと思ったことはあった。 それでも

  • 人さらいの条件 29

    ギョンスが自室のドアを開けると、カイがひとりでベッドに腰掛けていた。 やっと、仕事がひと段落したギョンスは、怒涛のスケジュールをなんとか乗り切った解放感と充実感、なにより疲労感に満たされて、よろよろとここまでを歩いて来た。 振り向いたカイと目が合う。 「…ただいま」 小さく、帰宅を告げる。 「おかえり」 そう答えると、カイは向こうを向いた体に頭も合わせ、俯いた。 綺麗に切り揃えられた襟足と、うなじ

  • 人さらいの条件 22

    それからまたしばらく、カイと長時間顔を突き合わせることなく、時は過ぎた。 多忙を極め、家にいること自体、ギョンスはほとんどなくなった。 時折目が合うことがあると、カイは自分から顔をそむけた。 必要があれば、口はきいた。 普通の会話が交わされた。 だがやはり、ギョンスの顔を見下ろすのは難しいと、カイは思っているようだった。 あらぬ方を向いて、言葉だけでギョンスと繋がりを持った。 カイらしいな、とギョ

  • 人さらいの条件 20

    「…なんで、部屋、入って来なかったの」 カイはギョンスから目をそらさなかった。 ギョンスもまた、そらさず、答えた。 「………邪魔かなと思って。…お前、すごい踊ってたから」 眉間を人差し指で掻き、顔を横に向けて、カイは呟く。 「…邪魔じゃ、ないよ、別に…」 「…分かった。じゃあ、戻ろう、部屋」 そう言ってカイの横を通ろうとしたギョンスの腕を、カイが掴んだ。 見上げると、すぐそこに、カイの顔がある。

  • 人さらいの条件 19

    忙しさとスケジュールのずれから、ギョンスとカイのふたりがふたりきりになるということは、その後ほぼなかった。 たとえひとつ部屋で眠るはずのお互いでも、睡眠の時間帯さえ合わなくなった。 ギョンスはこれ以上ないほど気が楽になった。 たまに顔を合わせても、そばにはメンバーたちがいる。 それとなく、カイのチェンへの振る舞いを観察しても、兄貴ぶるチェンと、弟としてしたいように過ごすカイという、昔から変わらぬ間

  • 人さらいの条件 18

    寝巻きを身に付け、髪を乾かすと、ギョンスはベッドに潜り込んだ。 ひどく疲れていた。 目を閉じると、仕事を含めたたくさんのことがギョンスの頭に去来した。 もちろん、その中に、カイもいた。 ギョンスは浴室の入り口を隔てて向かい合ったときのカイの顔が、脳裏から離れなかった。 今までのどのカイよりも、ギョンスに訴えるものがその表情にはあった。 カイにあんな顔をさせているという事実に、ギョンスの胸は痛んだ。

  • 人さらいの条件 15

    12時を回る少し前には、自室に戻ろうとギョンスは考えていた。 さまざまなやりかたでギョンスに楽しまれたチェンは、疲れ果ててベッドに倒れている。何も身に付けず、筋肉の付いた臀部を見せて。もうほとんど寝入りかけていた。ギョンスは服を着ながら、そんな彼氏を見下ろし、愛情を込めて微笑んだ。 チェンの部屋にあるタオルを出して来て、ギョンスはチェンの体の汚れた箇所を、やわやわと拭く。あ…ごめ…、と、チェンはま

  • ふたりでいると 4

    砂糖の入った壺とティースプーンを持ち、チャニョルはベッキョンの元へ戻って来た。 ベッキョンはチャニョルの姿を目で追うことはしなかった。ただどこか一点を虚ろな目で見つめるだけだ。 チャニョルがどすんとその隣に座る。ベッキョンの体がかすかに揺れる。 スプーンを掲げてチャニョルは問う。 「何杯欲しい」 スプーン越しにチャニョルを見、ベッキョンは答える。 「…2杯」 「多くねーか?」 言いながら、チャニョ

  • 人さらいの条件 12

    それ以降のカイのようすに、特別の変化は見受けられなかった。 あの、食事をしたあともそうだったが、皆といる中でお互い顔を合わせても、おかしな態度をそれぞれ取ってしまったりすることは、なかった。 確かにほんの少しだけ、カイはよそよそしかったかもしれない。 だがそれも、疲れているんだろうとか、ひとつ年齢を重ねただけあって大人になってきたんだろうとか、そんな風な解釈で見た人間が納得できる範囲のものだった。

  • 人さらいの条件 9

    繋がった部分の熱さと強さと湿気が、ギョンスの不快感を煽り、カイの要求に対する返答をするのさえギョンスは我慢ならない思いだった。 今、カイの顔を見るのも嫌だった。 その声で更に何かを求められるのも。 ギョンスはカイに向かって体の側面を見せ、視線を落とし、押し殺した声で言う。 「…あれっきりだって、言っただろ」 カイもギョンスを見なかった。お互い、そっぽを向いて、会話した。 「…………俺、そんなの、う

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