• 「蜜柑<ミカン>」芥川龍之介 新潮文庫

    芥川は、小説の中で自分の姿を見え隠れさせます。それが、初期の頃はピリッとしたエスプリと自嘲の効いたよい味の作品になるのですが、後期になると、やり切れないほどの苦い後味を感じさせるものになっていきます。この「蜜柑」では、世間の塵埃<じんあい:ちりとほこり>にまみれた自分というテーマは相変わらずの芥川ですが、はじめのうちはがさつでいやな奴と思っていた少女が、汽車を待っていた弟たちのために何個もの蜜柑を

  • 「町人貴族」モリエール 岩波文庫

    頭の働きは悪く、無教養だが大金持ちの町人ジュールダンは、貴族になりたくてしようがありません。貴族の真似をして、じつにさまざまな習い事に手を出します。ついには、娘も貴族でなければ、嫁にやらないと言い出しますが、ジュールダンは、貴族のしたたかさに手もなくやられてしまいます。観客はその有り様に抱腹絶倒しますが、いつの間にか、この町人に人間的な共感が湧くのを禁じ得ません。哲学の講義の際、哲学が本質的に揶揄

  • 「海潮音」上田敏訳詩集 新潮文庫 

    ヨーロッパ、特にフランスの近代詩を日本に紹介することに尽力した上田敏の名高い訳詩集です。藤村の新体詩抄等に飽き足らず、「一世の文芸を指導せん。」との意気盛んな抱負の元に書かれました。もはや、日本文学の仲間入りをしたと言っていいでしょう。気品のある名調子で訳された詩の数々は、多くの日本人に愛唱されました。ヴェルレーヌの「落葉」は中でも格調高い名訳として知られています。近代日本文学の幕開けを飾る清新な

  • 「影の現象学」河合隼雄 講談社学術文庫

    影は、「もう一人の私」という意識下の自分と見ることができます。この書は、その「影」との内的な対決が、いかに現代人にとって緊急の課題であるかを提言しています。対決とは言っても、相手は自分にとって、もっとも不都合な自分の根幹を成しているものを壊してしまいかねない凄まじい力を持ったものです。この書は、そうしたシャドウの脅威的な力を充分に知った上で、では、どうそれと対峙していったら良いのか。豊富な知見を元

  • 「人間嫌い ミザントロープ」モリエール 新潮文庫

    世慣れない純真一方の青年アルセストは、偽善だらけの社交界に強く反発し、激しく憎みますが、その社交界を体現したような男心を手玉に取るコケットなセリメーヌ未亡人に恋をしてしまいます。この皮肉な出来事が、劇に何とも言えないおかしみを生じさせますが、ついに、おかしみだけに終止することはありません。アルセストは恋に破れ、俗世間ともまったく交渉を断つことを誓い本当の人間嫌いになります。モリエールは喜劇の裏の悲

  • 「零の発見」吉田洋一 岩波新書

    インドで発見されたゼロが、世界文化に及ぼした影響は計り知れません。本書はそのゼロの発見の歴史的な過程、また、それがどのような変遷を辿って、世界に流布していったかを平易な文体を用い、われわれに手に取るように提示してみせます。極力、数式を廃し、誰もが納得できるように書かれた数字についての書物は、他にあげるべき書物が見当たりません。数学にまったく門外漢の人にも懇切この上なく、そして、じつに滋味深く書かれ

  • 「うたげと孤心」大岡信 岩波同時代ライブラリー

    著者は言います。「日本文学の盛り上がりのときを見ていると、古今集にしても、新古今集にしても、その他の連歌、俳諧にしても、「合す」原理が強く働き、それだけではなく、その「合す」ための場の直中で、いやおうなしに「孤心」に還らざるを得ないことを痛切に自覚し、それを徹して行った人間だけが、瞠目すべき作品を作った。しかも、不思議にも「孤心」だけにとじこもってゆくと、作品はやはり色褪せた。「合す」意志と「孤心

  • 「折々のうた」大岡信 岩波新書

    著者のライフワークです。朝日新聞の第一面にコラムとして、長年月に渡って一時的な中断はありながらも、毎朝掲載されました。海外、特にヨーロッパでは、日本には大新聞の一面に文芸批評が載っているとして、驚きの目で見られました。日本の短詩型の文学によく合致した小さなスペースに収まる文芸批評です。俳句や短歌などの作品を取り上げ、それに著者の短評を加えるのですが、著者自らが、その短評の字数を決めるという手法で、

  • 「漢の武帝」吉川幸次郎 岩波新書

    一読して、その明快で、流麗な文章が目を引きます。漢の武帝の時代は中国の歴史の最初の大転換期にあたります。はじめて儒学を定立し、その後、二千年に渡り引き継がれた経学、文学、史学を発足させました。有名な歴史家の司馬遷も武帝の時代の人です。つい最近の民国革命に至るまで、中国のお国柄となる中核の性格を形作った人です。独裁君主でしたが、闊達で、進取の気性に富んだ、積極的な武帝の性格は、本書の中で生き生きと描

  • ハムレット <高貴な自由精神の悲劇>

    ハムレットは復讐劇である。忠臣蔵がそうであるように悲劇に終わるより他はない劇である。ただ、ハムレットは非常に多弁で、内蔵助は非常に寡黙であるということは、また、別の話になるのだが。 ハムレットの自由精神は、比喩を使えば、いわば、復讐心という暗い感情を垂直軸にして、その回りを振り幅が非常に大きい螺旋状に下降する感情として運動していき、最後の大団円で、それが交わるように、描かれているように見える。そう

  • 「杜甫ノート」吉川幸次郎 新潮文庫

    「詩聖」と呼ばれる杜甫の名詩群をさらに厳選して、解説を加えた書物です。著者の吉川幸次郎は、中国の古典中、冠絶した二著として「論語」と「杜甫詩集」を挙げています。杜甫の詩が日本文化に与えた影響は、白楽天には及びませんが、芭蕉は奥の細道の旅で杜甫の「杜工部集」を懐に忍ばせています。それから得られたのが「夏草やつはものどもが夢の跡」の句です。杜甫の晩年の詩には、現代人の不安な心に直接通ずるものがあります

  • 「オイディプス王」ソポクレス 岩波文庫

    フロイトのオイディプス・コンプレックスの出処となったギリシア悲劇です。オイディプスは、自分でまったく知らぬ間に、父を殺し、母と結婚して子を産ませます。劇は、そのオイディプスの所行が、連れて来られるさまざまな人々の証言から、次々と明るみに引き出されて行き、劇を見る者がオイディプスの悲惨極まりない運命に、思わず知らず引き込まれていくように進行していきます。真実を知ったオイディプスは、この過酷な現実をも

  • 「カラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー 岩波文庫

    著者最晩年の非常な傑作です。ある意味で「罪と罰」を越えていると言っていいでしょう。「罪と罰」も含めたドストエフスキーの後期の大小説は、コスミックと言えるほどの大きさを持っているのですが、その中でももっとも円熟した作品です。「カラマーゾフの兄弟」の眼目は、作中人物のイヴァンが語る「大審問官」にあります。人間という獣類に属する動物に、自由など単なる重荷に過ぎぬ。悪魔に荷担した大審問官の語る人間観には異

  • 「悪霊」ドストエフスキー 岩波文庫

    現代の黙示録とまでいわれる本書は、他のドストエフスキーの作品と一線を画します。この点、シェイクスピアのマクベスに似ています。これは、単なる文学上の趣味的な見方でいうのではありません。主人公のスタブローギンは徹底して悪の道を歩きます。それも、最初は単なる興味本位からですが、それが、スタブローギンの行く道を決めます。「彼の顔は美しいが、まるで仮面のようだ」と人々は噂しあいます。ある政治結社が影のように

  • 「白痴」ドストエフスキー 岩波文庫

    「罪と罰」を書き終えた著者が、「無条件に美しい人間」を書こうと筆を執ったのがこの小説です。「キリスト公爵」と呼ばれるムイシュキン公爵がその人ですが、不思議なことに「あなたはキリスト教徒か」と問われ、ムイシュキンは黙っています。人々を途方に暮れさせるようなムイシュキンの純潔さには、ある形容し難い奥行きがあって、人々は、彼に胸襟を開き、誰にも言えなかった心の内を打ち明けます。人を惹き付けて止まないムイ

  • 「バッハの思い出」アンナ・マグダレーナ・バッハ 講談社学術文庫

    音楽の父ヨハン・セバスチャン・バッハの二度目の妻アンナによるバッハの評伝書です。およそ、音楽家の妻として、その夫について、これほどの評伝を残せた女性はアンナぐらいでしょう。それも西洋音楽史上、最上級の破格の天才バッハであったことは、後世のわれわれにとっては、何物にも代え難い最上の贈り物となりました。バッハの着実な忍耐強い生活を語り、そのバッハの、投獄の憂き目にさえ遭った頑固さを指して「あなたは、誰

  • 「平家物語」梶原正昭・山下宏明校注 岩波文庫

    軍記物の一大叙事物語です。平氏の絶頂から没落までを具に描き、つはものたちの躍動感に満ちた言行を簡潔な和漢混交文で活写します。木曽義仲の最期などは、真に武人らしい最期で、芭蕉が惚れ込んだものです。時代の意匠であった仏教思想は、手玉に取られているようで少しも抹香臭さを感じさせません。男らしい人間臭さが、紙背から滲み出てくるような雄渾な闊達さです。平家の人々は、誰はばかることなく、よく笑いよく泣きます。

  • 「女の一生」モーパッサン 新潮文庫

    モーパッサンの作品中、もっとも有名な小説です。ある平凡な貴族の娘の平凡な一生が、鮮やかに活写されます。ここにも、著者は特に優れた人物は一人も描いていません。モーパッサンの作品では、自身を題材にしたいくつかの小説を例外として、著者自身ほとんど顔を出すことはありません。この小説の最後で、ある平凡な女の語る言葉はつとに有名です。「人生というのは、人が考えるほど良くもなければ悪くもないものですよ。」我々は

  • 「モーパッサン短篇集1,2,3」モーパッサン 新潮文庫

    モーパッサンには、研究書の類がほとんどありません。人生がそのまま書かれてあって、それを読めば誰にでも分かる。わざわざ研究書を書く必要などあるまいという訳です。この短篇集はその人生を書く達人であったモーパッサンの選りすぐりの名篇が集められています。どれを取ってみても人生の妙味を味わえるものばかりです。天才であったモーパッサンは自分の作品中に、一切、天才を書かなかった作家です。ごく当たり前な平凡な人々

  • 「ピエールとジャン」モーパッサン 新潮文庫

    モーパッサンはフランスの小説家です。この「ピエールとジャン」は著者の最良の作品と言っていいでしょう。この小説には、少し長めの序文があります。モーパッサンの師匠に当たるやはり小説家のフローベルから受けた薫陶の言葉、「主語を飾るのは一つの形容詞、動かすのは一つの動詞で足りる。しかも、それは他のものとはっきりと違っている。決して、ごまかしてはいけない。」。また、「自分が小説を書けるのは、もし、自分がこの