• 【野々上八幡神社】(ののうえはちまんじんじゃ)大阪府羽曳野市

    【野々上八幡神社】(ののうえはちまんじんじゃ)は大阪府羽曳野市にある神社。 祭神は八幡大菩薩。「中之太子」野中寺に隣接する。由緒:創建は不明で、南北朝時代に兵火により野中寺とともに焼失してしまいましたが、寛文年間(1661~1673)野中寺の鎮守社として再建されました。明治初年の神仏分離令により野中寺と分けられ村社となりましたが、一時期大津神社(羽曳野市高鷲)に合祀されてしまいました。第二次大戦後

  • 【野中寺】(やちゅうじ)大阪府羽曳野市

    【野中寺】(やちゅうじ)は、大阪府羽曳野市にある高野山真言宗の仏教寺院。別称は中之太子。山号は青龍山。本尊は薬師如来。創建は飛鳥時代。伝承では聖徳太子建立48寺院の一つとされ、太子の命を受けた蘇我馬子が開基とされる。また「上之太子」叡福寺、「下之太子」大聖勝軍寺とともに三太子の一つに数えられ、「中之太子」と呼ばれている。境内に残る礎石から、飛鳥時代~奈良時代前半には大規模な伽藍が存在したことは明ら

  • 【大津神社】(おおつじんじゃ) 大阪府羽曳野市

    【大津神社】(おおつじんじゃ) 大阪府羽曳野市 大阪府羽曳野市高鷲にある神社で、延喜式神名帳に記載されている、河内国丹比郡の式内社。 厄除開運、縁結び、安産、家内安全、交通安全、引越しや住居のリフォーム等の方災除けのご利益があるとされる。祭神:素盞嗚尊(すさのおのみこと)、奇稻田姫命(くしいなだひめのみこと)、天日鷲命(あめのひわしのみこと)。大津神社は、十世紀はじめ、醍醐天皇(885~930)の

  • 【誉田八幡宮】(こんだはちまんぐう)大阪府羽曳野市

    【誉田八幡宮】(こんだはちまんぐう)大阪府羽曳野市 旧社格は府社。主祭神は応神天皇で、誉田御廟山古墳(応神天皇陵)の直ぐ南に鎮座する。社伝によると、欽明天皇20年(559年)に任那の復興を目指した欽明天皇によって、応神天皇陵前に神廟が設置されたことをもって創建としている。このことから最古の八幡宮を称している。奈良時代には行基によって神宮寺の長野山護国寺も創建された。永承6年(1051年)の後冷泉天

  • 【白鳥神社】(しらとりじんじゃ)大阪府羽曳野市

    【白鳥神社】(しらとりじんじゃ)大阪府羽曳野市 日本武尊、素戔嗚命、稲田姫命を祀る。明治時代に近隣の高屋神社を合祀し、その祭神である饒速日命、広国押武金日命(安閑天皇)を合せ祀る。元は軽里の西方の伊岐谷にある白鳥陵の頂に鎮座し、「伊岐宮(いきのみや)」と呼ばれていた。南北朝・戦国の兵火により衰微し、峯ケ塚古墳の頂の小祠として祀られてきたが、慶長9年(1596年)の慶長の大地震で倒壊し、そのまま放置

  • 【金剛輪寺】(こんごうりんじ)「杜本神社の神宮寺」大阪府羽曳野市

    【金剛輪寺】(こんごうりんじ)「杜本神社の神宮寺」大阪府羽曳野市 駒ヶ谷駅から東に約10分程歩いた宮山頂上付近にあるのが杜本神社 (もりもとじんじゃ)です。現在の祭神は、経津主命(ふつぬしのみこと)・経津主姫命(ふつぬしのひめのみこと)とされていますが、平安初期には百済宿袮永継(くだらのすくねながつぐ)とその祖先の飛鳥戸氏(あすかべし)を祀(まつ)る神社であったようです。  藤原永継の子・冬嗣(ふ

  • 【杜本神社】(もりもとじんじゃ)大阪府羽曳野市

    【杜本神社】(もりもとじんじゃ)大阪府羽曳野市  現在の祭神は、経津主命(ふつぬしのみこと)・経津主姫命(ふつぬしのひめのみこと)とされていますが、平安初期には百済宿袮永継(くだらのすくねながつぐ)とその祖先の飛鳥戸氏(あすかべし)を祀(まつ)る神社であったようです。  藤原永継の子・冬嗣(ふゆつぐ)は、嵯峨天皇のときに起こった薬子の変を契機として設置された蔵人所の初代蔵人頭に任命され、急速に力を

  • 【日吉神社】(ひよしじんじゃ)大阪府羽曳野市

    【日吉神社】(ひよしじんじゃ)大阪府羽曳野市 竹内街道(たけのうちかいどう)を歩いて行くと何か駐車場のような建物が見えてきます。その横に【日吉神社】(ひよしじんじゃ)があります。 境内はとても狭いですが狛犬もあります。日吉神社なのになぜか丹比神社の石碑があります。由緒などは不明です。 この日吉神社の隣の駐車場の中に地蔵堂があります。地蔵尊の名前が記されていて五体の地蔵尊を安置しています。行者神変大

  • 【野江水神社】(のえすいじんじゃ)大阪市城東区

    【野江水神社】(のえすいじんじゃ)大阪市城東区  水波女大神(みずはのめのおおかみ)を祭神とし、一般には水神社・水神さま・水神宮・野江神社などと呼ばれています。伝えられるところによれば、天文2年(1533年)三好政長が近くに榎並城を築く際、たびたび水害を被ったので、水火除難の守護神として城内に小さい祠を造営し、祀ったのが起源といわれています。野江一帯は、昔から土地が低く湿地帯であり、大雨のときには

  • 【須佐之男尊神社】(すさのおのみことじんじゃ)<関目神社> 大阪市城東区

    【須佐之男尊神社】(すさのおのみことじんじゃ)<関目神社> 大阪市城東区 須佐之男尊を祭神とし、現在は、関目神社と称しています。創建年代は不明ですが、天正8年(1580年)豊臣秀吉が大阪城築城の際、この地が大阪の鬼門にあたるということから鬼門鎮護の神として毘沙門天(びしゃもんてん)、牛頭天王(ごずてんのう)を勧請し、小祠を建立したのが起源といわれています。社殿は正徳年間(1712~13年)の台風に

  • 【野江水神社】(のえすいじんじゃ)大阪市城東区

    【野江水神社】(のえすいじんじゃ)大阪市城東区  水波女大神(みずはのめのおおかみ)を祭神とし、一般には水神社・水神さま・水神宮・野江神社などと呼ばれています。伝えられるところによれば、天文2年(1533年)三好政長が近くに榎並城を築く際、たびたび水害を被ったので、水火除難の守護神として城内に小さい祠を造営し、祀ったのが起源といわれています。野江一帯は、昔から土地が低く湿地帯であり、大雨のときには

  • 【白山神社】(しらやまじんじゃ)大阪市城東区

    【白山神社】(しらやまじんじゃ)大阪市城東区 「菊理媛神」(くくりひめのかみ)を祭神としています。創建年月は不詳ですが、明治5年までは、白山権現と称していました。応永(1394年)の頃から中浜・鴫野・森の諸村の氏神であったものが天正4年(1576年)織田信長が石山本願寺を攻撃した時、社殿を焼失しましたが、慶長8年(1603年)豊臣秀頼により再建されました。しかし、同19年大阪冬の陣による兵火で再び

  • 【今福行者尊】(いまふくぎょうじゃそん)「大聖不動明王・高祖神大変大菩薩」 大阪市城東区

    【今福行者尊】(いまふくぎょうじゃそん)「大聖不動明王・高祖神大変大菩薩」 大阪市城東区 【今福行者尊】は、大阪市城東区今福南の「皇大神宮」の横にあります。額に【今福行者尊】と墨書きされています。玉垣には大聖不動明王(ふどうみょうおう)、高祖神大変大菩薩(だいぼさつ)と赤字で墨入れされています。真ん中が、高祖役行者神変大菩薩さま、右が大聖不動明王さま。左には大本山聖護院門跡 大峯山上と彫られており

  • 真言宗【大日寺】(だいにちじ)大阪市城東区

    真言宗【大日寺】(だいにちじ)大阪市城東区 お寺の入り口には正面に隣接する「八剣神社」の鳥居が見えます。弘仁年間(810年~824年)に弘法大師が創建されたと伝えられています。ご本尊の大日如来は、「摂陽群談」第12巻にも弘法大師手造りの像と記載されています。本堂には大日如来のほか、如意輪観音(にょいりんかんのん)、不動明王(ふどうみょうおう)や釈迦如来(しゃかにょらい)、阿弥陀如来(あみだにょらい

  • 【八劔神社】(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区 (2/2)

    【八劔神社】(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区  応永3年(1396年)の創祀と伝えられ、八劔大明神・武速須佐雄大神(たけはやすさのおのおおかみ)・罔象女大神(みづはのめのおおかみ)を祭神としています。  宝暦年間に京都下鴨の神主が記録した社記によれば、応永のはじめのある夜、鴫野村住民の夢の中に一人の老翁が現れ、「吾は熱田の神なり、跡を此の地に垂れんと欲す。明日汝等出て来て吾を淀川の辺に迎えよ」との

  • 【八劔神社】(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区  (1/2)

    【八劔神社】(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区 応永3年(1396年)の創祀と伝えられ、八劔大明神・武速須佐雄大神(たけはやすさのおのおおかみ)・罔象女大神(みづはのめのおおかみ)を祭神としています。 宝暦年間に京都下鴨の神主が記録した社記によれば、応永のはじめのある夜、鴫野村住民の夢の中に一人の老翁が現れ、「吾は熱田の神なり、跡を此の地に垂れんと欲す。明日汝等出て来て吾を淀川の辺に迎えよ」とのお告

  • 【八坂神社】(やさかじんじゃ)大阪市城東区

    【八坂神社】(やさかじんじゃ)大阪市城東区 京都の八坂神社の分社で素戔鳴尊(すさのおのみこと)をお祀りしています。1913年10月14日に永田村の水神社(現在永田4丁目蓮乗寺の一部)とともに八劔神社に合祀されるまで、天王田の氏神様でした。合祀されたあと神社の跡地は長い間、荒れ放題で狛犬だけが転がっていたとのことです。1980年に天王田地区の人々の強い懇願と協力により元の場所に再建されました。当社の

  • 【牛王尊】(ごおうそん)大阪市天王寺区(四天王寺内)

    四天王寺に石神堂と呼ばれる【牛王尊】(ごおうそん)という神を祀る社があります。 この社には、四天王寺創建の際に材木を運んでいた牛が伽藍の完成と共に石神に変わってしまったという伝承があります。 そのため、社の中では「牛の石像」が祀られています。次のように書かれてあります。 「この御堂は聖徳太子四天王寺御創建の時その材木をひきたる牛変じて石神となり永く衆生を利益せんとの誓願により建立せられたるもの也 

  • 【生國魂神社】(いくくにたまじんじゃ)大阪市天王寺区

    【生國魂神社】(いくくにたまじんじゃ)大阪市天王寺区 祭神は、「生島大神」(いくしまのおおかみ、生嶋大神)「足島大神」(たるしまのおおかみ、足嶋大神)「大物主大神」(おおものぬしのおおかみ)。 延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳における祭神の記載は2座。同帳では「難破坐生国咲国魂神社二座」と記載されるが、その社名は「難波に鎮座する生国魂神・咲国魂神の社」という意味になり、同帳のうえでは祭神

  • 【清水寺】(きよみずでら)大阪市天王寺区

    【清水寺】(きよみずでら)は、大阪市天王寺区伶人町(れいにんちょう)にある仏教寺院。宗派は天台系の和宗に属します。山号は有栖山。詳名は有栖山清光院清水寺(ありすさん せいこういん きよみずでら)。和宗総本山・四天王寺支院。宗教法人としては清光院で登録[されています。大阪市内唯一の天然の滝である「玉出の滝」(たまでのたき)があることでも知られています。 京都の清水寺を模して建立されたために、新清水寺

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