• 【金剛輪寺】(こんごうりんじ)「杜本神社の神宮寺」大阪府羽曳野市

    【金剛輪寺】(こんごうりんじ)「杜本神社の神宮寺」大阪府羽曳野市 駒ヶ谷駅から東に約10分程歩いた宮山頂上付近にあるのが杜本神社 (もりもとじんじゃ)です。現在の祭神は、経津主命(ふつぬしのみこと)・経津主姫命(ふつぬしのひめのみこと)とされていますが、平安初期には百済宿袮永継(くだらのすくねながつぐ)とその祖先の飛鳥戸氏(あすかべし)を祀(まつ)る神社であったようです。  藤原永継の子・冬嗣(ふ

  • 【杜本神社】(もりもとじんじゃ)大阪府羽曳野市

    【杜本神社】(もりもとじんじゃ)大阪府羽曳野市  現在の祭神は、経津主命(ふつぬしのみこと)・経津主姫命(ふつぬしのひめのみこと)とされていますが、平安初期には百済宿袮永継(くだらのすくねながつぐ)とその祖先の飛鳥戸氏(あすかべし)を祀(まつ)る神社であったようです。  藤原永継の子・冬嗣(ふゆつぐ)は、嵯峨天皇のときに起こった薬子の変を契機として設置された蔵人所の初代蔵人頭に任命され、急速に力を

  • 【日吉神社】(ひよしじんじゃ)大阪府羽曳野市

    【日吉神社】(ひよしじんじゃ)大阪府羽曳野市 竹内街道(たけのうちかいどう)を歩いて行くと何か駐車場のような建物が見えてきます。その横に【日吉神社】(ひよしじんじゃ)があります。 境内はとても狭いですが狛犬もあります。日吉神社なのになぜか丹比神社の石碑があります。由緒などは不明です。 この日吉神社の隣の駐車場の中に地蔵堂があります。地蔵尊の名前が記されていて五体の地蔵尊を安置しています。行者神変大

  • 【野江水神社】(のえすいじんじゃ)大阪市城東区

    【野江水神社】(のえすいじんじゃ)大阪市城東区  水波女大神(みずはのめのおおかみ)を祭神とし、一般には水神社・水神さま・水神宮・野江神社などと呼ばれています。伝えられるところによれば、天文2年(1533年)三好政長が近くに榎並城を築く際、たびたび水害を被ったので、水火除難の守護神として城内に小さい祠を造営し、祀ったのが起源といわれています。野江一帯は、昔から土地が低く湿地帯であり、大雨のときには

  • 【須佐之男尊神社】(すさのおのみことじんじゃ)<関目神社> 大阪市城東区

    【須佐之男尊神社】(すさのおのみことじんじゃ)<関目神社> 大阪市城東区 須佐之男尊を祭神とし、現在は、関目神社と称しています。創建年代は不明ですが、天正8年(1580年)豊臣秀吉が大阪城築城の際、この地が大阪の鬼門にあたるということから鬼門鎮護の神として毘沙門天(びしゃもんてん)、牛頭天王(ごずてんのう)を勧請し、小祠を建立したのが起源といわれています。社殿は正徳年間(1712~13年)の台風に

  • 【野江水神社】(のえすいじんじゃ)大阪市城東区

    【野江水神社】(のえすいじんじゃ)大阪市城東区  水波女大神(みずはのめのおおかみ)を祭神とし、一般には水神社・水神さま・水神宮・野江神社などと呼ばれています。伝えられるところによれば、天文2年(1533年)三好政長が近くに榎並城を築く際、たびたび水害を被ったので、水火除難の守護神として城内に小さい祠を造営し、祀ったのが起源といわれています。野江一帯は、昔から土地が低く湿地帯であり、大雨のときには

  • 【白山神社】(しらやまじんじゃ)大阪市城東区

    【白山神社】(しらやまじんじゃ)大阪市城東区 「菊理媛神」(くくりひめのかみ)を祭神としています。創建年月は不詳ですが、明治5年までは、白山権現と称していました。応永(1394年)の頃から中浜・鴫野・森の諸村の氏神であったものが天正4年(1576年)織田信長が石山本願寺を攻撃した時、社殿を焼失しましたが、慶長8年(1603年)豊臣秀頼により再建されました。しかし、同19年大阪冬の陣による兵火で再び

  • 【今福行者尊】(いまふくぎょうじゃそん)「大聖不動明王・高祖神大変大菩薩」 大阪市城東区

    【今福行者尊】(いまふくぎょうじゃそん)「大聖不動明王・高祖神大変大菩薩」 大阪市城東区 【今福行者尊】は、大阪市城東区今福南の「皇大神宮」の横にあります。額に【今福行者尊】と墨書きされています。玉垣には大聖不動明王(ふどうみょうおう)、高祖神大変大菩薩(だいぼさつ)と赤字で墨入れされています。真ん中が、高祖役行者神変大菩薩さま、右が大聖不動明王さま。左には大本山聖護院門跡 大峯山上と彫られており

  • 真言宗【大日寺】(だいにちじ)大阪市城東区

    真言宗【大日寺】(だいにちじ)大阪市城東区 お寺の入り口には正面に隣接する「八剣神社」の鳥居が見えます。弘仁年間(810年~824年)に弘法大師が創建されたと伝えられています。ご本尊の大日如来は、「摂陽群談」第12巻にも弘法大師手造りの像と記載されています。本堂には大日如来のほか、如意輪観音(にょいりんかんのん)、不動明王(ふどうみょうおう)や釈迦如来(しゃかにょらい)、阿弥陀如来(あみだにょらい

  • 【八劔神社】(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区 (2/2)

    【八劔神社】(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区  応永3年(1396年)の創祀と伝えられ、八劔大明神・武速須佐雄大神(たけはやすさのおのおおかみ)・罔象女大神(みづはのめのおおかみ)を祭神としています。  宝暦年間に京都下鴨の神主が記録した社記によれば、応永のはじめのある夜、鴫野村住民の夢の中に一人の老翁が現れ、「吾は熱田の神なり、跡を此の地に垂れんと欲す。明日汝等出て来て吾を淀川の辺に迎えよ」との

  • 【八劔神社】(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区  (1/2)

    【八劔神社】(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区 応永3年(1396年)の創祀と伝えられ、八劔大明神・武速須佐雄大神(たけはやすさのおのおおかみ)・罔象女大神(みづはのめのおおかみ)を祭神としています。 宝暦年間に京都下鴨の神主が記録した社記によれば、応永のはじめのある夜、鴫野村住民の夢の中に一人の老翁が現れ、「吾は熱田の神なり、跡を此の地に垂れんと欲す。明日汝等出て来て吾を淀川の辺に迎えよ」とのお告

  • 【八坂神社】(やさかじんじゃ)大阪市城東区

    【八坂神社】(やさかじんじゃ)大阪市城東区 京都の八坂神社の分社で素戔鳴尊(すさのおのみこと)をお祀りしています。1913年10月14日に永田村の水神社(現在永田4丁目蓮乗寺の一部)とともに八劔神社に合祀されるまで、天王田の氏神様でした。合祀されたあと神社の跡地は長い間、荒れ放題で狛犬だけが転がっていたとのことです。1980年に天王田地区の人々の強い懇願と協力により元の場所に再建されました。当社の

  • 【牛王尊】(ごおうそん)大阪市天王寺区(四天王寺内)

    四天王寺に石神堂と呼ばれる【牛王尊】(ごおうそん)という神を祀る社があります。 この社には、四天王寺創建の際に材木を運んでいた牛が伽藍の完成と共に石神に変わってしまったという伝承があります。 そのため、社の中では「牛の石像」が祀られています。次のように書かれてあります。 「この御堂は聖徳太子四天王寺御創建の時その材木をひきたる牛変じて石神となり永く衆生を利益せんとの誓願により建立せられたるもの也 

  • 【生國魂神社】(いくくにたまじんじゃ)大阪市天王寺区

    【生國魂神社】(いくくにたまじんじゃ)大阪市天王寺区 祭神は、「生島大神」(いくしまのおおかみ、生嶋大神)「足島大神」(たるしまのおおかみ、足嶋大神)「大物主大神」(おおものぬしのおおかみ)。 延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳における祭神の記載は2座。同帳では「難破坐生国咲国魂神社二座」と記載されるが、その社名は「難波に鎮座する生国魂神・咲国魂神の社」という意味になり、同帳のうえでは祭神

  • 【清水寺】(きよみずでら)大阪市天王寺区

    【清水寺】(きよみずでら)は、大阪市天王寺区伶人町(れいにんちょう)にある仏教寺院。宗派は天台系の和宗に属します。山号は有栖山。詳名は有栖山清光院清水寺(ありすさん せいこういん きよみずでら)。和宗総本山・四天王寺支院。宗教法人としては清光院で登録[されています。大阪市内唯一の天然の滝である「玉出の滝」(たまでのたき)があることでも知られています。 京都の清水寺を模して建立されたために、新清水寺

  • 【幸村ロード】 大阪市天王寺区

    戦国武将・真田幸村や真田十勇士のパネル人形、真田家の家紋「六文銭」が描かれた真っ赤なのぼり旗が 狭い通りにずらりと並びます。100メートルほどの通称「玉造幸村ロード」。 大阪市天王寺区のJR玉造駅西側にあります。ここから歩いて5分くらいでドラマ「真田丸」で有名になった「三光神社」があります。 #じゃらん #じゃらんネット #じゃらん #観光 #観光スポット #神社 #社寺仏閣 #絶景 #murag

  • 【東高津延命地蔵尊】(ひがしこうづえんめいじぞうそん)大阪市天王寺区

    【東高津延命地蔵尊】(ひがしこうづえんめいじぞうそん)大阪市天王寺区 大阪市天王寺区東高津町の「東高津公園」の一角にあります。クリーム色の壁と赤い屋根のお堂は目立ちます。中には3体の地蔵様が祀られています。この【東高津延命地蔵尊】の一筋西には「東高津宮」(ひがしこうずみや)」が鎮座しています。この周辺の南北や西には多数の寺院が集まっていて西の谷の地名は「下寺町」と呼ばれます。また、この天王寺区内の

  • 【善福寺】(ぜんぷくじ)大阪市天王寺区

    【善福寺】(ぜんぷくじ)は、大阪市天王寺区空堀町にある高野山真言宗の寺院。「どんどろ大師」「どんどろ」と通称する。山号は如意山。院号は甘露院。「どんどろ大師」の名で知られる。現在、善福寺のある位置には鏡如庵大師堂(鏡如寺・通称:どんどろ大師)という寺があったが、明治時代に廃寺になっている。その後、明治42年(1909年)1月9日に大阪府豊能郡豊能町(旧大阪府豊能郡東能勢村)にあった如意山甘露院善福

  • 【稲生神社】(いなりじんじゃ)大阪府八尾市天王寺屋

    大阪府八尾市天王寺屋の国道25号線沿いに鎮座する【稲生神社】(いなりじんじゃ)です。 この周囲は天王寺屋吉兵衛氏が開発した天王寺屋新田が地名の由来である地域です。長瀬川(旧久宝寺川)はJR線の東側にあります。 不思議なのですが、国道25号線でも天王寺屋地蔵てんのうじやじぞうと稲生神社の玉垣の前には駐車余地があります。少し高く土盛りされた上に鎮座しています。 立派な大銀杏があり、神社の年代があること

  • 【天王寺屋地蔵尊】(てんのうじやじぞうそん)大阪府八尾市

    【天王寺屋地蔵尊】(てんのうじやじぞうそん)大阪府八尾市 面貌はかなり磨滅しているが慈悲の温容を感じさせる。材質は軟質の花崗岩で総高一.二五メートル像高九二.五センチメートル厚さ十三センチメートルで、像脇に□仁□丁酉□と刻銘されているのが読みとれる。体部の肉づけ、衲衣の表現など洗練された彫技から見て、永仁五年(一二九七)鎌倉時代末期の造立と考えられ、市内では最古の地蔵石仏である。 所在地 :大阪府

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