• 教育の基本 60 4月から「道徳科」としての授業が

     道徳科としての授業と「教科」以前の道徳の授業はどう違うのであろうか。  教科になると教える内容を「教師が意図する方向で結論を出さなければならない。」と言う事であろう。  道徳の時間ではいろんな意見が出ていろんな結論が出てそれぞれの立場で自分はこう考えるというところで一つの結論を押し付けることはなかった。  価値判断に子供の意志が反映されてゆとりがあった。  しかし、「道徳科」として教科になると結

  • 教育の基本 59 序列・差別から、「個性」の伸長へ

     競争させることによって確かに人を伸ばすことができる。しかし、競争は序列化と差別化につながっていく。  国民の分断を図るには「競争社会」にすることが手っ取り早い。家族内にはじまって地域の隣人同士でも、一人一人の身体の奥の方に序列と差別の芽が潜んでしまう。  相手をけなす攻撃型社会になりやすい。そうなると国民の統一や団結は難しくなりてんでばらばらの社会になって少数の人達によってコントロールがしやすく

  • 教育の基本 58 国民主権の国家を支える「道徳教育」

     道徳は個人の心の問題であると同時に、国民主権の国家を支える教育の核心でもある。  国家として当然国家の在り方や国民の理想像を掲げなければならない。  問題になるのは、時の「権力」によって国家像や国民像が都合の良いように政治利用されてきたことである。  憲法も教育基本法も学校教育も国民の主権に基づく正しい方法で決定されたものでなければならない。  今、憲法も教育基本法も学校教育も政治の力で変えよう

  • 教育の基本 57 「道徳科」と「修身」

     教科になった「道徳」と教科であった「修身」を比較してみると「道徳科」になった道徳教育の問題点が少しは見えてくるのではと思う。  戦前の道徳教育は「修身」といわれ、文部省が設置されるとすぐに始められた。明治政府は国家の目線で国民を形成していく道徳教育に乗り出した。  以後、大正、昭和と戦争が終わるまで国家の力で国民の形成に「修身」は政治利用され続けた。  1880年、教育令の改正で「修身」が全ての

  • 教育の基本 56 日教組(日本教職員組合)の致命的失敗は

     長い歴史を持つ日教組が現在の状態に後退したのは、教育の基本である「道徳教育」を軽く扱ったことにある。  戦前の「教育勅語」や「修身」に問題があるという理由で「道徳教育」まで否定的に扱ったことが教師の組合としては失敗であったと思う。  反対するにしても、教育の根本は子どもを善く導いていく「道徳教育」であるので教師である以上真正面から「道徳教育」を請け負わなければならない。  もっと丁寧に「教育勅語

  • 教育の基本 55 豊後が誇る日本一自分に厳しい教育者

     姪の娘(又姪)、1年生の作文を聞いて、広瀬淡窓、日田咸宜園(かんぎえん)の塾長を思い出した。  善い行いをするとピンクコインが溜まり、悪い行いをすると青コインが溜まる。この発想は江戸の私塾、咸宜園の広瀬淡窓の「万善簿」(まんぜんぼ)の考え方と同じではないか。  万善簿とは、自分の行いを善悪に分けて、善行には白丸、悪行には黒丸をつけて自分の行動を厳しく律した。54歳から始めて12年7か月で善行白丸

  • 教育の基本 54 子どものことは子どもに聞いてみよう

    「おじちゃん、Yちゃん(小学1年)の作文が12時45分からOBSラジオで放送されるから聞いてよ。」と、姪から連絡があった。すぐに録音の用意をした。 OBSラジオ「私の作文コンクール」入賞作品の発表より。 「ひみつの 気もちぎんこう」  カランカランカラン、この音はピンクコインの音。いいことをしたら つうちょうにたまります。ガランガランガラン、この音は青コインの音、いじわるをしたり、わるいことをした

  • 教育の基本 53 生まれ子がしだいしだいに・・・ 

     生まれ子がしだいしだいに知恵づきて 仏に遠くなるぞ悲しき (一休禅師)  産声を上げて休むことなく成長していく。善い知恵も悪い知恵も善行も悪行も分け隔てなくどんどんと身につけて大人になっていく。仏から遠く離れていく。  仏とは何か。ということが問題になるが、ここでは「慈悲心」、天真爛漫、無念、無想、無心、清浄無垢(しょうじょうむく)、慈しみの心とでも定義しておこう。  歳を重ねたかからといって自

  • 教育の基本  52「わかっちゃいるけどやめられない」

     元東京都知事、青島幸男作詞、植木等歌のスーダラ節の一節である。  青島幸男の名言中の名言であると思う。  道徳教育を考える一つのヒントとして「わかっちゃいるけどやめられない」の文句を取り上げてみよう。 「わかっちゃいる」と言っても本当にわかっているのかということが問題になる。  例えば、道徳の「公平」「正義」「誠実」「勇気」などから「公平」一つを取り上げてみても、権限のある人が「公平」を無視した

  • 教育の基本 51  国家の姿が道徳の基本

     学校でどんな道徳教育を実践しても、「国家の姿」が、お手本になるので国家のありようを問題にしない限り、道徳教育がかえってマイナスの働きをすることになる。  県民(国民)の有効投票の7割以上の反対があってもきく耳を持たない国家のありようは、道徳教育の基本中の基本である「相手の発言に耳を傾ける。」「相手がしてほしくないことに確りと対応する。」このような政治の役割の一つを無視することになる。  7割以上

  • 教育の基本 50 「不安」が「恐怖」にかわるとき

     初めての切り傷に「この血は止まらないのでは。」  初めてのたん瘤に「この瘤は元に戻らないのでは。」などと、初体験に対する不安は小さい時から延々と生涯続いていく。  不安が人の一生を左右するようである。  子育てや教育のおおもとのところで、「不安」をいかに乗り越えていくか、「不安」を乗り越えることが「喜び」や「勇気に」にかわるような大人の対応、導きが大切になって来る。  不安が重なって、恐怖へと変

  • 教育の基本 49 「道徳」は教えられるのか

     「道徳」は教えられる。人は学習によって人となることを考えると、「道徳」は教えられるということが教育の大前提である。  ただ、教えられることと、教えることが難しいことがある。  教えられることは知的理解にかかわる点で教えることが難しい点は「知情意」の情=感情、意=意志の教育である。  「感情」と「意志」は生活の中から習慣として身につけていくものである。  現在の学校教育は「知情意」の「知性」、知的

  • 教育の基本 48 「道徳科」に変身して何が変わるのか

    2017年(平成29年)新学習指導要領告示 2018年(平成30年)・2019年(平成31年)の移行期間を経て 2020年に小学校、2021年に中学校、2022年に高等学校のそれぞれが全面実施となる。  今回の改定の目玉は「道徳」が特別の教科として「教科」の仲間入りをしたことである。よってこれからは「道徳科」と呼ぶことになる。  簡単にさっと目を通すだけでは何がどう変わったのか専門の教師でも理解す

  • 教育の基本 47 「教科書で」教える力量とは

     教師の力量、資質能力がよく問題にされるが、「教科書で」教える教科書の出現で教師の力量が見えやすくなった。「教科書を」教えた時代は教師一人一人の力量があまり目立たなかった。  本当はいつの時代でも指導者の資質能力ははっきりと差がつくのであるが。  先ず教師の資質能力についての考えを示しておこう。  資質は生まれ持った性質や才能で、天性と言われる。指導者としての資質を生まれ持った人は得である。しかし

  • 教育の基本 46  「教科書を」教えた時代から

     敗戦後の1947年(昭和22年)、国定教科書が廃止されて、文部大臣の検定を経た教科書か文部大臣の著作権を有する教科書を使用する検定制度が復活した。  国定教科書の廃止を受けて、「教科書を」教える時代から「教科書で」教える時代へと変わった。しかし、「教科書を」教える時代があまりにも長かったために「教科書で」教える体制ができないままに戦後が過ぎて、やっと「情報化社会」の到来で先ず教科書が「教科書で」

  • 教育の基本 45  教科書を読む

     定年退職をして22年ぶりに教科書を買いに行った。  一つ先輩の店主が健在で話がはずんだ。  この地区の小中学校が使っている。小学校6年の社会科の教科書(教育出版)、中学校の新しい社会公民(東京書籍)それに小学校6年の国語(東京書籍)、中学1年の国語(光村図書)を購入した。  新しい教科書を手にした第一印象は、教科書を教えた時代の教科書から、教科書で教える教科書に様変わりしていることに驚いた。  

  • 教育の基本 44 「政治と宗教」教育と学習指導要領

     憲法と教育基本法の精神を受けて「政治と宗教」の教育は具体化されていく。教育を受ける側からはどのような法律で規制されているのか分からないままに教育活動は進行していく。この点については教育を受ける側はほとんど無関心である。  「教育の力」は怖い。それをいやと言うほど権力者は知っている。ちょっとの油断で権力者の思う方向にもっていくのに100年は要する。  法律でがんじがらめに縛りあげ、情報操作や受験競

  • 教育の基本 43 「政治と宗教」教育の現状はどうなっているの

     2019年、新しい年は今まであまり重きを置かなかった「政治と宗教」に視点を当てて学習を進めていく。 「政治と宗教」の教育を避けて通った戦後教育のために「政治も教育も」正しく育ってこなかった。オウム真理教などの事例はその一番の事件であった。  政治的問題も宗教的問題もこれから益々起こって来るだろうと思われる。  正義と公正を実現する政治も誠実と責任を身につける宗教も義務教育の段階から正しく指導をし

  • 教育の基本 42  あなた、認められていますか。

    「先生方は、子育ては叱るより褒めることとよく言われますが、どう褒めたらよいのかが分からないんです。」  そんな言葉をよく耳にする。その通りだと思う。  日頃から心がけていないとつい叱責や小言の言葉が先に出てしまう。  私はどちらかと言うと褒めるより「認める」という親の態度が子育てにはよいのではと考えている。  褒めるにしても叱るにしても、その根底は親子や子弟という人間関係の中で成り立っているのだか

  • 教育の基本 41  ほめることも叱ることも難しい

    「おばあちゃん、それはだめだよ。ママが赤鬼になっておこっている時は、パパは青鬼になっていっしょにおこるのよ。」  姪の娘が母親に叱られてどう対応してよいかわからず悩んでいる時に祖母が「お父さんに相談したら。」と助言をしたときの孫の反応である。  じいちゃん、ばあちゃんと同居している夫婦の子育てはまた少し違った意味で難しいところがある。  老若男女を問わず、子どもであろうとおとなであろうと、病気や障

1 2 3 4