• 「青山二郎の話」宇野千代 中公文庫

    青山は語り難い人です。何もしなかった天才といわれ、古美術の当代きっての目利きで、本の装丁もしていましたが、では何者かといわれると説明のしようがない人です。そこにいるというだけで本人や周りの人が確かな意味を持つという不思議な人でした。彼には数冊の文章がありますが、どれも彼の活眼が光る破格のものです。青山は筆者の宇野千代を「もっともよくできた田舎者」と評しました。先述の白州正子や著名な知識人も彼を人生

  • 「女坂」円地文子 新潮文庫

    女流作家円地文子の名篇です。円地には源氏物語の名訳がありますが、長年、この物語に私淑した円地ならではの目が光っています。物語は、亭主から自分好みの若い妾を探して連れて来いと命じられる妻の話です。主人公の倫はこの夫の理不尽な要求に昔ながらの女として耐えてみせます。長年の心労の末、倫は足に病いを得て伏せります。途端に妻を心配しだした夫に、死の間際の倫は「私が死んだら、亡骸を冷たい海にザンブリと捨ててく

  • 「俳句という遊び」小林恭二 岩波新書

    「俳句の愉しみ」の姉妹編です。俳句は句会や吟行などをおこなって句作するというのが一番ですが、一人しずかに句作してみるというのも、また味のあるものです。どういう句が自分の好みなのか色々と句例を挙げて、読者にも句を選んでもらい自分の目の付け所を確かめてみるという工夫がなされています。読む者も思わず句作してみたくなり、十七文字の世界最短の詩の世界に誘ってくれます。ちなみに、著者自身の句は、好きこそものの

  • 「俳句の愉しみ ー句会の醍醐味ー」小林恭二 岩波新書

    俳句の好きな著者が、みんなを俳句の世界に誘おうと筆を執ったのが本書です。著者は専門の俳人ではありませんが、句作や句会というものがいかに愉しいものであるかを、専門の俳人の家まで出向き、実際に句会を行い自身の体験をまとめました。そうして、できあがった本書はこの日本古来の文芸が、知らぬ間に人と人との間を結びつけ、俳句を通してその為人さえはっきり浮かび上がらせるものであることを痛感させるものになりました。

  • 「傳記文学 初雁」森銑三 講談社学術文庫

    森銑三は、図書館の司書を務めていました。博学多識の人で、特に日本の江戸時代を中心に、多くの優秀な文章を残しています。書中、鎖国の当時、遠く小笠原諸島の鳥島に漂着し、なんとしてでも、故国に帰りたいと祈願する人々の不屈の苦闘を描いた章などは、名篇です。著者は、なんの抵抗もなくその時代の中にスタスタと足を踏み入れることができる人で、著者の中で、実にはっきりと歴史が生かされているからなのでしょう。これは、

  • 「無罪」大岡昇平 新潮文庫

    古今にわたる世界中の冤罪事件を集めた短篇集です。時を隔てて出てきた証拠によって、無罪であることがはっきりと証明された数々の事件が、短編小説のように綴られていきます。著者は、別の著作の結びで、「事件というものが起きなければ、悲劇は生まれない。それが二十世紀である。」という有名な言葉を残しています。この書では、冤罪による事件によって、人間性の深部があぶり出されてくる様が手に取るように見えてきます。冤罪

  • 「紫文要領」本居宣長 岩波文庫

    「紫文」とは「源氏物語」のことです。この書は、宣長が紫式部は大略こういうことを言いたかったのだということを纏めたものです。有名な「もののあはれを知るこれ肝要なり」という文章が見えます。人生においては、「もののあはれを知る」ことが最も重要なことなのだと言うのです。宣長は、「もののあはれを知る」ことは本当にすべてのあはれを知り尽くすことができない理想と見ました。「源氏物語」は、およそあらゆる感情「あは

  • 「高野聖」泉鏡花 岩波文庫

    鏡花のグロテスクな怪奇趣味が横溢した書物です。主人公の旅の男はある山の家で、美しい女人と出会います。その女人こそ魔界の主で、自分の色香に迷った男どもを次々と醜いけものに変えてしまいます。きよらかな心を持った主人公だけが、無事人間のまま山を下り、不思議だった経験を人々に語ります。鏡花の他の作品では、「夜叉ケ池」「外科室」「天守物語」などがおすすめです。

  • 「高瀬舟」森鴎外 新潮文庫

    江戸時代に取材した短編小説です。話の主題はたいへん重く、実の兄弟をやむを得ない事の成り行きからあやめてしまい、護送船に乗せられた男の話です。ここでも、やはり鴎外は自分の意見などを陳述していません。ただ、護送船の船頭にこの男は果たして、罪人と言えるのだろうかとお上に問うてみたいと思わせて、物語を終わります。筆者自身はまったく冷厳に沈黙したままです。読者はさまざまな想像や考えをかき立てられてやみません

  • 「阿部一族」森鴎外 新潮文庫

    鴎外の文章は剛直そのものです。まったく当たり前な文章法に従って書かれているにも関わらず、鴎外の強い個性と文章本来の持っている力強さがにじみ出てきます。この作品は、ある人物のひょんな通癖が巡りめぐって、一族もろともの滅亡にまで発展してしまうという皮肉な悲劇ですが、筆者は、ここになんの説明も加えていません。読む者が、この話をどうとろうが勝手次第だという苦み走った筆者の面構えが見えてくるようです。鴎外は

  • 「野火」大岡昇平 新潮文庫

    第二次世界大戦に取材した小説です。自身が一兵卒であった大岡は、復員兵となって日本に戻りますが、その戦争中、アメリカ軍の俘虜となります。その間の経緯については作者自身による別の大きな小説があります。この小説は、極限状態に置かれた人間の話です。作者と思しき兵士が、別の兵士からもらって食べた乾し肉は、人肉だったのかどうかと自問し煩悶し続けます。疑念は戦争が終結しても消えることはありません。戦争の悲惨さを

  • 「落第坊主の履歴書」遠藤周作 新潮文庫

    遠藤周作は大学に入る前に三浪しています。自分がいかに間抜けであったか、こと細かく書かれていますが、辛辣な苦味はありません。遠藤はここで若い人々に向け、学業が不調であっても、頭が悪くても決して落胆することはない、人生は長いのだから。元に、わたしという見本があるではないかと世話好きなカトリックの神父さんのように明るいユーモアをまじえて励ましてくれます。狐狸庵先生の面目が躍如としています。他に『考えすぎ

  • 「イエス巡礼」遠藤周作 新潮文庫

    新約聖書のシモンは、洗礼を受けてペテロと名乗りますが、三度キリストを裏切ります。鶏鳴三度の有名な話ですが、遠藤はそのキリストを裏切らざるをえなかった弱い普通の人間であるペテロを思い、その地を訪れ、そのイエスを裏切ったと伝えられている場所に立ち、なんとも言えない深い安らぎを覚えたと言います。日本のカトリック信仰の受容において第一人者であった著者の重要な思想を伝える一節です。

  • 「玉勝間」本居宣長 岩波文庫

    宣長が「古事記伝」を執筆する際、研究余録として書かれた随筆集です。内容は国学を中心として、諸事万般に渡るもので、宣長の興味教養や思考の幅がじつに広く、また深いものであったことを窺わせます。書中、尚古主義とは正反対の思考や弁証法的な論法をきれいに叙した文章などが見えます。また、孔子という人物はけっして傷付けずに、論語に文句を言っている箇所などは宣長の人物をあざやかに浮かび上がらせる秀抜な章です。徒然

  • 「銀河鉄道の夜」宮沢賢治 新潮文庫

    賢治は謎めいた詩人です。賢治の作品にはまぶしい光が散乱している感がありますが、その光がいったいどこから来ているのかまったくの謎です。また、初期の詩集「春と修羅」に見られるように、自我意識のにごりと格闘せざるを得なかった典型的な近代人であるにもかかわらず、どの近代人にも到達できなかった、いわば、底光りのするような透明感を持っています。これは「銀河鉄道の夜」の大きな特徴ですが、賢治がいったいどのような

  • 「作家の態度」福田恆存 中公文庫

    小林秀雄は福田恆存<つねあり>の人物を評して「良心を持った鳥のような人だ」と言っています。ボードレールは滅びゆく貴族階級を範にして自分の生き方にダンディズムを取り入れましたが、福田は日本人的な直感で、これからの時代は俗物的な視点が欠かせないとスノッビズムを創作態度の中に取り入れました。この書は、近代日本文学の問題点を独自の視点から掘り下げたものですが、独創的な卓見に満ち、未だにこれを越える批評は出

  • 「私の幸福論」福田恆存 ちくま文庫

    福田恆存は現代の作家です。演劇、翻訳、評論など多岐に渡って活躍しました。シェイクスピアの翻訳でもよく知られています。この書はわたしにとっては忘れられない本で、浪人時代の精神的な支柱になったということもあり、このおすすめ本の中に入れました。現実は確かに不平等である。だが、不平等だからと言って不平ばかり言っていても仕方があるまい。与えられた環境をそのまま是とし、そこから歩き出すべきであろうという著者の

  • 「犬だって散歩する」丸谷才一 講談社文庫

    日本の現代作家丸谷才一の軽快なエッセーです。これはわたしの好みも入りますが、この人の文章は小説よりも、こうしたエッセーのように軽妙なものの方が、生き生きとした精彩が感じられるように思えてなりません。たいへん博学な人で、博識を元にした知的遊戯の達人と言っていいかもしれません。それでいて、ペダンチックな臭みは少しも感じさせない人で、知識がこの人の中で充分に熟れているからでしょう。この書は、その丸谷才一

  • 「沈黙」遠藤周作 新潮文庫

    カトリック作家、遠藤周作の代表作です。日本におけるキリスト教受容の歴史において欠かすことができない人物です。ルオーの描く、常に弱き者貧しき者の隣に寄り添うキリストの絵に衝撃を受け、長崎で出会った人々に踏まれ続けた踏み絵のイエス像を見て、この作品は形をとりました。責め苦に遭ったバテレンの神父は、踏み絵のイエス像が進んでわたしを踏めと言っている内心の声を聴き取ります。神は沈黙しています。作中、もっとも

  • 髪(作:織田作之助)

    この作家、意外と知らない人も多いらしい。 代表作の「夫婦善哉」の作者と聞いて、やっとぼんやり「あ~聞いたことある!」となる人も周りにいる。 随分前に初めて読んだ時に一読で気に入ってから、片っ端から彼の作品を読み漁った。 彼の作品は独特の”ゆるさ”を持っており、テンポが良いと思う。 また、ドロドロとした暗さは無く、あたたかくたくましく生きる人々の姿がとても魅力的に描かれている。大阪出身であったことか

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