• 「読書について」小林秀雄 新潮社

    小林初期の数ページほどの短文です。初期の小林らしい江戸っ子気質が窺える威勢のいい啖呵を切ったような短い文章ですが、わたしは若い頃この短文を読み、どれほど勇気づけられ励まされたか知れません。この短文は最後にこう締め括られています。「良書は、どのような良書であれ、たった一つのことしか語っていはしない。君は君自身になり給えと。君に何が欠けていようか。」手元に本がないため、記憶の中の不手際な引用ですが、こ

  • 「ぼくならこう考える」吉本隆明 講談社文庫

    戦後思想を代表する著者が、晩年、若い人に向けて書いたエッセーです。いわゆる処世法と言っていいものですが、世にいう処世術とはひと味違います。吉本の長年に渡って、戦後思想に心を砕いてきた思想家としての裏付けがあるからでしょう。雅俗が奇妙に混交する著者の思想が、ようやく晩年になって、得心のいく表現法を見出した感があります。ここで、一人の人間が確かに自分のかんがえを、自分のことばで語っていると強く思わせる

  • 「吉田茂」今日出海 文春文庫

    戦後を代表する総理大臣吉田茂は、第一級の政治家だったと言っていいでしょう。この書はその吉田と交友のあった今が、慎重に公平な視点で描いた等身大の吉田茂像です。著者の今は親友の小林秀雄から吉田のことを菊池寛と似ていないかと聞かれたとき、「うまそうな葉巻を吸っていたから、一本くれと言ったら、くれたよ。そのくれ方のケチなところなんざ、菊池寛そっくりだよ。」と言ったそうです。

  • 「少し枯れた話」高橋義孝 中公文庫

    高橋義孝は、ドイツ文学者です。フロイトの主著などの名訳があります。相撲がたいへん好きな人で、晩年には横綱審議委員なども務めています。この本は、その著者が日頃の雑感を集めたもので、「わたしは、一日に一度は辞書を開かない人間を信用できない」という言葉から、著者の並々ならない言葉への愛着が感じられます。平凡人をこよなく愛した碩学でした。

  • 「風の歌を聴け」村上春樹 講談社文庫

    村上の処女作です。ねずみと呼ばれる奇妙な男が登場しますが、曰く言いがたいリアリティーを持った男です。「羊をめぐる冒険」でも、やはりこのねずみが登場するのですが、村上の内面の心と切っても切れない関係を持った物語上の登場人物であることは、論をまちません。その内面の分析よりも、むしろ、その風の歌のような実在性にわたしは心をひかれます。

  • 「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」村上春樹 新潮文庫

    この小説も二つの物語が、同時進行します。ユニコーンと言われる一角獣の骨の標本が、二つの話をつなぐ支点となっていますが、両話がどう繋がっているのかは、読者の判断に委せられているようです。ハードボイルドと静かな物語。ここで、村上の言いたかったというようなことを憶測するのは、野暮というものでしょう。村上は書きたかったことを書いたのです。村上の小説には「もの」に対する愛惜がにじみ出ているようなところがある

  • 「ねじまき鳥クリニクル」村上春樹 新潮文庫

    ある意味で、勧善懲悪的な物語と言っていいのですが、村上の語り口には、真新しさがあります。かなり残酷な場面が精細に描かれるのですが、読む者は、むしろ、目を背けることなく、作者と一緒になって、そうした場面が展開していくのに見入ってしまうようです。物語が終わった後は、明るい悪夢から目覚めたような気にさせられます。村上の佳品です。

  • 「海辺のカフカ」村上春樹 新潮文庫

    15才の少年が主人公です。猫と話せる中田さんも忘れがたい副主人公です。村上の文体には明るさがあります。これは、村上の確固とした人柄から直に来ているもののように感じられます。この「海辺のカフカ」では、フロイトやユングの深層心理学から得られた知見を十分に活用し、それを間然とすることのない物語に熟なして作り上げています。少年と中田さんの二つの物語が同時進行しますが、最後にそれが、古代文様の二匹のトカゲの

  • 「羊をめぐる冒険」村上春樹 講談社文庫

    ノーベル文学賞との噂の高い、村上春樹の初期の作品です。読む人の意表を突く巧みで斬新な比喩と、テンポの良いきびきびとした文体を用い、読む者をファンタジーとリアリズムの交錯する世界に引き入れます。村上ワールドと言われていますが、およそ、日本の近代文学には、その著者の家風に馴染まないと、読んでいけないような敷居の高さがありましたが、村上の作品はそこから抜け出して、土足で踏み込んで平気なような明るい開放感

  • 「弘法大師とその宗教」菊池寛 大東出版社

    菊池寛が、同郷の偉人弘法大師の「十住心論」を学んで書いた書物です。菊池は、真言宗弘法大師の特に「即身成仏」の思想に注目します。これは、人間に非常な勇気を与える思想ではないかと感服します。菊池は、「弘法大師の小説も戯曲も書けなかった。しかし書こうと努めたおかげで、弘法大師のことをいろいろ知ることができた。その知ったことについて率直に語るのだ。」と言います。梅原猛の空海についての著作よりもずっと前の時

  • 「病床六尺」正岡子規 岩波文庫

    子規晩年の四部作の中の一つです。子規は36歳で結核で世を去りましたが、この病気の特徴で、意識は臨終の最後まではっきりとしていました。子規の文体は、その死病に冒されていたと思えないような驚くほど乱れのない、健康そのものの精神を伝えるもので、しかも若年で世を去ったにも関わらず、円熟さえしています。子規には辞世の句が3句あります。「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」「痰一斗糸瓜の水も間に合わず」「をととひのへ

  • 「義民甚兵衛」菊池寛 角川文庫

    菊池寛には「屋上の狂人」といい、知的障害者を扱った作品が多いのですが、この「義民甚兵衛」もそのひとつで、また菊池寛の中で最もよい作品ではないかと思われます。意地の悪い、悪知恵に長けた母親や兄弟から、知的障害の甚兵衛は苛められるのですが、甚兵衛の間抜けな正直さが、知らぬ間にあっと驚くような復讐を母親や兄弟にしてみせて、百姓たちから義民として崇めまつられて終わります。読後、爽快で充実した味を残す名篇で

  • 「青山二郎の話」宇野千代 中公文庫

    青山は語り難い人です。何もしなかった天才といわれ、古美術の当代きっての目利きで、本の装丁もしていましたが、では何者かといわれると説明のしようがない人です。そこにいるというだけで本人や周りの人が確かな意味を持つという不思議な人でした。彼には数冊の文章がありますが、どれも彼の活眼が光る破格のものです。青山は筆者の宇野千代を「もっともよくできた田舎者」と評しました。先述の白州正子や著名な知識人も彼を人生

  • 「女坂」円地文子 新潮文庫

    女流作家円地文子の名篇です。円地には源氏物語の名訳がありますが、長年、この物語に私淑した円地ならではの目が光っています。物語は、亭主から自分好みの若い妾を探して連れて来いと命じられる妻の話です。主人公の倫はこの夫の理不尽な要求に昔ながらの女として耐えてみせます。長年の心労の末、倫は足に病いを得て伏せります。途端に妻を心配しだした夫に、死の間際の倫は「私が死んだら、亡骸を冷たい海にザンブリと捨ててく

  • 「俳句という遊び」小林恭二 岩波新書

    「俳句の愉しみ」の姉妹編です。俳句は句会や吟行などをおこなって句作するというのが一番ですが、一人しずかに句作してみるというのも、また味のあるものです。どういう句が自分の好みなのか色々と句例を挙げて、読者にも句を選んでもらい自分の目の付け所を確かめてみるという工夫がなされています。読む者も思わず句作してみたくなり、十七文字の世界最短の詩の世界に誘ってくれます。ちなみに、著者自身の句は、好きこそものの

  • 「俳句の愉しみ ー句会の醍醐味ー」小林恭二 岩波新書

    俳句の好きな著者が、みんなを俳句の世界に誘おうと筆を執ったのが本書です。著者は専門の俳人ではありませんが、句作や句会というものがいかに愉しいものであるかを、専門の俳人の家まで出向き、実際に句会を行い自身の体験をまとめました。そうして、できあがった本書はこの日本古来の文芸が、知らぬ間に人と人との間を結びつけ、俳句を通してその為人さえはっきり浮かび上がらせるものであることを痛感させるものになりました。

  • 「傳記文学 初雁」森銑三 講談社学術文庫

    森銑三は、図書館の司書を務めていました。博学多識の人で、特に日本の江戸時代を中心に、多くの優秀な文章を残しています。書中、鎖国の当時、遠く小笠原諸島の鳥島に漂着し、なんとしてでも、故国に帰りたいと祈願する人々の不屈の苦闘を描いた章などは、名篇です。著者は、なんの抵抗もなくその時代の中にスタスタと足を踏み入れることができる人で、著者の中で、実にはっきりと歴史が生かされているからなのでしょう。これは、

  • 「無罪」大岡昇平 新潮文庫

    古今にわたる世界中の冤罪事件を集めた短篇集です。時を隔てて出てきた証拠によって、無罪であることがはっきりと証明された数々の事件が、短編小説のように綴られていきます。著者は、別の著作の結びで、「事件というものが起きなければ、悲劇は生まれない。それが二十世紀である。」という有名な言葉を残しています。この書では、冤罪による事件によって、人間性の深部があぶり出されてくる様が手に取るように見えてきます。冤罪

  • 「紫文要領」本居宣長 岩波文庫

    「紫文」とは「源氏物語」のことです。この書は、宣長が紫式部は大略こういうことを言いたかったのだということを纏めたものです。有名な「もののあはれを知るこれ肝要なり」という文章が見えます。人生においては、「もののあはれを知る」ことが最も重要なことなのだと言うのです。宣長は、「もののあはれを知る」ことは本当にすべてのあはれを知り尽くすことができない理想と見ました。「源氏物語」は、およそあらゆる感情「あは

  • 「高野聖」泉鏡花 岩波文庫

    鏡花のグロテスクな怪奇趣味が横溢した書物です。主人公の旅の男はある山の家で、美しい女人と出会います。その女人こそ魔界の主で、自分の色香に迷った男どもを次々と醜いけものに変えてしまいます。きよらかな心を持った主人公だけが、無事人間のまま山を下り、不思議だった経験を人々に語ります。鏡花の他の作品では、「夜叉ケ池」「外科室」「天守物語」などがおすすめです。

1 2