• 江戸を見れば 115  時代の変化に対応できず

     1717年享保2年丁酉(ひのととり) 時代の変化に対応できず反動政治へと走る将軍吉宗。吉宗は家康の時代を理想として「諸事権現様御定之通」と、政治の舵を切った。  農民の強訴が全国各地で頻発し、農民一揆としての力を備え始めた。江戸時代の民衆運動の始まりで、吉宗は強訴にどう対応するかで苦労をした。  農民だけではなく、町人や商人も農民一揆に参加し始め規模も大きく全国各地に民衆運動の波が広がっていった