• 神様は人のうわべではなく心を見られる。「ヤベー、俺、顔も悪いけど、心はもっと悪い…」

    写真写りが良いとか悪いとかありますよね。 また写す角度などによって、 現実以上に良く写ったりもするもの。 写真で見ていた人を実際に見て 「エッ!」とかもあるかも(笑) さて、聖書には、 「人はうわべを見るが、神様は心を見られる」 とあります。 それを聞いて「ああ、良かった」と思いますか? 私は若き日、その言葉を聞いた時、 「やべぇ、俺、顔も悪いけど、心はもっと悪い」 と思いました。 そんな男を神様

  • 叱咤激励よりも大切なこと

    母が亡くなり一年が経ち、 親戚がうちの実家に集まりました。 私の親戚の皆さん穏やかな方々ばかりなので、 静かに和やかに、故人たちの思い出や、 懐かしい話をしつつ、良き時を過ごしました。   人は皆、社会の中で、時間の中で戦っています。 叱咤激励も大切ですが、 それよりも大切なことがありますね。

  • 何もないことの恵み

    「お変わりありませんか」 「はい、おかげさまで」 朝起きて、身体に特別の痛みがなく、 死ぬほど嫌なこともなく、 車にパンクもなく、 停電もなく、 水道の断水もなく… そんな「ない」ということも、 本当は感謝しなくてはいけない。 当たり前と思っていることのうちにこそ、 神の恵みがあるんだ。

  • 弱い時にこそ強い

    いつか草が風に揺れるのを見て 弱さを思った 今日 草が風に揺れるのを見て 強さを知った   星野富弘

  • パンと飯

    100円均一店に、 高級老眼メガネや高級印鑑が売っている怪。 言葉は、生もの、時価ものだ。 「人はパンだけで生きるのではない」 というイエス・キリストの言葉も、 「人は飯だけで生きるんじゃねぇ」 で良し。

  • イエス・キリストがおられるところ

    イエス・キリストは、 何が良いとか悪いとかという世界に おられるのではないと思う。 人は、たいがい、 何が良いか悪いのかぐらい分かっているのだ。 「そんなこと言われなくて分かっているけど…」 という、その苦しみのところにこそ、 イエス・キリストは手を差し延べられる。

  • 聖書は、少しずつ、少しずつ分かってくるもの

    私は、こうしてなんだかんだ 言ったり書いたりはしているが、実は、 聖書の言葉を100%そのまま信じる、頑固な、 いわば原理主義的な牧師です。 ごめんなさいね←なぜ謝る(笑) だからと言って、 その信仰を人様にまでごり押ししようなんては 思ってもいない。 しかし、100%聖書を信じるということと、 100%聖書を理解出来るということとは違う。 私なんか、聖書を読めば読むほど、 分からないところばかり

  • パレスチナとイスラエル

    どっちが悪いかって? どっちも悪い。 あなたも悪い。  私も悪い。 みんな、少しずつ悪い。 だからこそ、共に出来ることがある…。

  • 愛加那ちゃん、可哀想に…

    昨晩のNHK「西郷どん」は、 「別れの唄」でした。 もう泣きっぱなしやった。 昨晩は、もう西郷などどうでもよかった… ただただ奄美大島の愛加那ちゃんが、 可哀想で可哀想で…。 男の大きな働きの裏に、女の大きな悲しみ…。 ちなみに西郷と愛加那の子、菊次郎は、 西南の役の折には、父西郷と共に、 ここ延岡市の、うちの近くの和田越えにて 官軍と戦っている。 そして、後に京都市長になった。

  • 男は、しょ~もない生き物。女は…

    「まぁ、男って皆そんなもんですよ… しょ~うもない生き物ですよ」 と話すことが多くなってきた、この頃の田崎です。   男なんて、そんなもんだ、 たいした奴など一人もおらん。 一見何かを深く考えてそうなフリして、 実は何にも考えていなかったり…。 あっ、それは俺か? えっ、「女性はっ?」  そ、そんなこと、こ、怖くて書けないよ…。 ♪わがままは男の罪  それを許さないのは女の罪♪ ってかぁ。 罪人だ

  • 梶芽衣子 70歳でロックを歌う。かっこいい…

    こんにちは、「48歳には見えない!」 という広告写真を見ても、 どうしても48歳にしか見えない田崎です。 それよりか、先日、70歳でロックアルバム 「追憶」を出した梶芽衣子の方が、 どんだけかっこ良くて魅力的だろう。 『日本ほど年齢がネックとなる国はありません。 日々新しいことにチャレンジするのが 難しくなる中で、70歳になった私が 初めてロックを歌うなんて最高でしょう?』 (梶芽衣子)  『♪老

  • 「内田」「日本大学」そして「安倍」…

    「内田」「日本大学」そして「安倍」、 今日の礼拝会での説教では、時節柄、 その固有名詞を使用した。 個人的に責めるためではない。 社会情勢や政治について語るためでもない。 今、イエス・キリストは、 そういう人達にこそ手を差し伸べておられ、 招いておられるということを語るためだ。 そして、私たちも、 ただ責めるだけではなく、 そういう人たちにのために、 祈ることも大切なことなのだと語った。

  • 信仰は、力を抜いて憩うことと見つけたり

    「信仰とは、力を抜いて憩うことを 主とするものではないだろうか…」 というを文書を読みました。 本当にその通りだと思います。  人は「宗教」から、ああしろ、 こうしろ、それはいけない…と言われなくても、 そんなことは分かっていて、 その通りに行かず、苦しんでいるものです。 その上その「宗教」からさえも束縛されたら、 もう大変です。 イエス・キリストは、 「真理はあなたがたを自由にする」 と語られま

  • イエスさまがおられるところ

    エリック・クラプトンの名曲に、  「ティアーズ イン ヘブン」 という曲があります。  4歳で亡くなった息子を想う歌です。 その中で彼は、 「♪パパは まだ天国に入れそうにないよ…」 と歌っています。 いろいろとイケナイ世界を歩いて来たクラプトンは、  「まだ入れそうにない」 と言っています。 「イエス・キリストを信じて、  死んでも天国です。ハレルヤっ!」 という人々もいます。感謝なことです。

  • 吉本興業さんからご連絡をいただいた時のこと。

    お笑い芸人の品川庄司がまだ駆け出しの頃だから、 もう20年以上も前になるのかなぁ、 私がまだ東北にいた頃、吉本興業から連絡が来た。 「今度、うちの品川庄司という若手が、 ネットラジオやるので、参加してくれないか?」 という連絡だった。。 えっ、私、牧師ですけど? 実は当時は、私はお笑いブログをやっていた。 そのブログが、吉本さんの目について… ということだった。 今は、この通りひたすら真面目だ…

  • 人の人生のピークは、「今日」だっ!

    私は以前 「♪おっさん おばさん 今が旬」 という唄を作って唄っていた(笑) 「今日という日があなたの一番若い日」 という言葉はよく聞く。 でもそれは、私に言わせれば 少し消極的である言葉だ。   「今日という日が、これまでの人生で あなたが一番経験を積み、 一番いろいろと教え込まれて来た日」 なのだ。それらを生かさない手は、絶対にない。 私は60歳。社会の中では定年の年だが、 何言ってやがる。や

  • 最高峰の哲学的言葉

    最高峰の哲学的言葉 「人のことは言えない」 ★「お前が言うな」というコメントは、 受け付けません(笑)

  • 訪問牧師への献金をいただきましたので…

    今回、私の訪問牧師の働きをご理解いただいた方より、 尊い献金をいただきました。 【訪問牧師の働き 詳細】 つきましては、もしも、 「田崎にぜひ来て欲しい事情があるけど、 交通費等は出せないけど…」 と言う方は、今ご相談ください。 メールか、facebookのメッセージから 詳細をお知らせください。 (全てのご要望にお答できるかは 分かりませんことも、前もって、ご了承ください) また、軽いノリで、

  • クリスチャンは、やたら「さばいてはいけない」とか「さばかれた」と騒ぎ過ぎる

    今日の記事も、 「本当はこんなこと書きたくないけど…」 という記事をあえて書きます。 「本当は書きたくないけど…」ということが、 本当は一番書きたいことだっりするのは内緒… クリスチャンは、本当によく、 「さばいてはいけない」とか、逆に 「さばかれた」という言葉を使う。 イエス・キリストが、 「さばいてはいけません。 さばかれないためです」 と語られているからでもあるが。 私も、いつも得意気に、

  • 正論は、どこか冷たい…

    「正論」というものは、正しいのだけど、 どこか冷たく、そこに何の発展性もない。 実際に「正論」通りに生きている人も、 一人として見かけはしない。 イエス・キリストは、 「正論」からはみ出し、 「正論」から落ちこぼれてしまっている 私の友となってくださり、 私を拾い上げ、 私を救い上げてくださった。 だから私は、 「正論」よりも、 このイエス・キリストを書き続けたい。

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