• 【白鳥神社】(しらとりじんじゃ)大阪府羽曳野市

    【白鳥神社】(しらとりじんじゃ)大阪府羽曳野市 日本武尊、素戔嗚命、稲田姫命を祀る。明治時代に近隣の高屋神社を合祀し、その祭神である饒速日命、広国押武金日命(安閑天皇)を合せ祀る。元は軽里の西方の伊岐谷にある白鳥陵の頂に鎮座し、「伊岐宮(いきのみや)」と呼ばれていた。南北朝・戦国の兵火により衰微し、峯ケ塚古墳の頂の小祠として祀られてきたが、慶長9年(1596年)の慶長の大地震で倒壊し、そのまま放置

  • 【金剛輪寺】(こんごうりんじ)「杜本神社の神宮寺」大阪府羽曳野市

    【金剛輪寺】(こんごうりんじ)「杜本神社の神宮寺」大阪府羽曳野市 駒ヶ谷駅から東に約10分程歩いた宮山頂上付近にあるのが杜本神社 (もりもとじんじゃ)です。現在の祭神は、経津主命(ふつぬしのみこと)・経津主姫命(ふつぬしのひめのみこと)とされていますが、平安初期には百済宿袮永継(くだらのすくねながつぐ)とその祖先の飛鳥戸氏(あすかべし)を祀(まつ)る神社であったようです。  藤原永継の子・冬嗣(ふ

  • 【杜本神社】(もりもとじんじゃ)大阪府羽曳野市

    【杜本神社】(もりもとじんじゃ)大阪府羽曳野市  現在の祭神は、経津主命(ふつぬしのみこと)・経津主姫命(ふつぬしのひめのみこと)とされていますが、平安初期には百済宿袮永継(くだらのすくねながつぐ)とその祖先の飛鳥戸氏(あすかべし)を祀(まつ)る神社であったようです。  藤原永継の子・冬嗣(ふゆつぐ)は、嵯峨天皇のときに起こった薬子の変を契機として設置された蔵人所の初代蔵人頭に任命され、急速に力を

  • 【日吉神社】(ひよしじんじゃ)大阪府羽曳野市

    【日吉神社】(ひよしじんじゃ)大阪府羽曳野市 竹内街道(たけのうちかいどう)を歩いて行くと何か駐車場のような建物が見えてきます。その横に【日吉神社】(ひよしじんじゃ)があります。 境内はとても狭いですが狛犬もあります。日吉神社なのになぜか丹比神社の石碑があります。由緒などは不明です。 この日吉神社の隣の駐車場の中に地蔵堂があります。地蔵尊の名前が記されていて五体の地蔵尊を安置しています。行者神変大

  • 『祈り』と『願い』の違い 

    やっと毎日降り続いた雨も止み 今日は午前中に少し日も射したので 久し振りの長いラッキー散歩で 汗だくになりました。 3日から2回目の放射線治療で入院している 友からLIENメールが届きました。 今日から個室に移ったのに熱が出て この先不安と書かれていました。 ラッキーの散歩前に届いたので 雨上がりの苔生した古い神社に 友の病気治癒を祈願して来ました。 雨天続きで苔がびっしり生えて 階段も滑り要注意

  • 【皇大神宮】(こうたいじんぐう)大阪市城東区

    【皇大神宮】(こうたいじんぐう)大阪市城東区 天照皇大神(あまてらすおおみかみ)を祭神として、伝承によると伊勢神宮に納める神税の御蔵跡地であることから、神宮様と称して広く崇敬され栄えてきた由緒ある神社です。創建年代の詳細は不明ですが、平安時代末期に摂津国今福村が開発されたときに建てられたと伝えられています。現在の社殿は、享保2年(1742年)・天保13年(1842年)に改修され、昭和7年に改築され

  • 【須佐之男尊神社】(すさのおのみことじんじゃ)<関目神社>大阪市城東区

     【須佐之男尊神社】(すさのおのみことじんじゃ)<関目神社>大阪市城東区 この神社は、須佐之男尊を祭神とし、現在は、関目神社と称しています。創建年代は不明ですが、天正8年(1580年)豊臣秀吉が大阪城築城の際、この地が大阪の鬼門にあたるということから鬼門鎮護の神として毘沙門天(びしゃもんてん)、牛頭天王(ごずてんのう)を勧請し、小祠を建立したのが起源といわれています。社殿は正徳年間(1712~13

  • 【野江水神社】(のえすいじんじゃ)大阪市城東区

    【野江水神社】(のえすいじんじゃ)大阪市城東区  水波女大神(みずはのめのおおかみ)を祭神とし、一般には水神社・水神さま・水神宮・野江神社などと呼ばれています。伝えられるところによれば、天文2年(1533年)三好政長が近くに榎並城を築く際、たびたび水害を被ったので、水火除難の守護神として城内に小さい祠を造営し、祀ったのが起源といわれています。野江一帯は、昔から土地が低く湿地帯であり、大雨のときには

  • 【東本稲荷神社】(とうほんいなりじんじゃ)大阪市城東区

    【東本稲荷神社】(とうほんいなりじんじゃ)大阪市城東区 宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)を祭神とし、衣食住の神様、商売繁盛の神様として知られています。天正4年(1576年)の兵乱で神殿を焼失しましたが、慶長8年(1603年)豊臣秀頼により再建されました。しかし、元和元年(1615年)の大坂夏の陣で再び焼失し、その後、江戸時代に大坂城代阿部備中守正次が再建しましたが、明治18年の大洪水により

  • 【阿遅速雄神社行宮】( あちはやおじんじゃあんぐう)大阪市城東区

    【阿遅速雄神社行宮】( あちはやおじんじゃあんぐう)大阪市城東区 寝屋川と第二寝屋川をつなぐ川にかかる橋を渡ったところに鎮座しています。鳥居の向こうには、柵で囲まれた祠があります。御祭神は、アヂスキタカヒコネカミ、八剱大神。 本社の「阿遅速雄神社」(あぢはやおじんじゃ)は放出東に鎮座しています。 アヂスキタカヒコネカミは、大国主命の子で、土地を開き農業を広めた神様です。 住所:大阪府大阪市城東区放

  • 【若宮八幡大神】(わかみやはちまんおおみかみ)大阪市城東区

    【若宮八幡大神】(わかみやはちまんおおみかみ)大阪市城東区 仁徳天皇を祭神とする神社で、創建年月は定かではありません。社地は、昔から村内の小さな丘にあって、楠や榎などの大木がうっそうと繁り、昼なお暗い感があったと伝えられています。中でも楠の老大樹は、明治18年まで神木として崇敬されていました。境内にあるクスノキやムクノキなど11本の樹木が、平成9年10月31日大阪市保存樹に指定されました。大阪夏の

  • 【須佐之男尊神社】(すさのおのみことじんじゃ)<関目神社> 大阪市城東区

    【須佐之男尊神社】(すさのおのみことじんじゃ)<関目神社> 大阪市城東区 須佐之男尊を祭神とし、現在は、関目神社と称しています。創建年代は不明ですが、天正8年(1580年)豊臣秀吉が大阪城築城の際、この地が大阪の鬼門にあたるということから鬼門鎮護の神として毘沙門天(びしゃもんてん)、牛頭天王(ごずてんのう)を勧請し、小祠を建立したのが起源といわれています。社殿は正徳年間(1712~13年)の台風に

  • 【野江水神社】(のえすいじんじゃ)大阪市城東区

    【野江水神社】(のえすいじんじゃ)大阪市城東区  水波女大神(みずはのめのおおかみ)を祭神とし、一般には水神社・水神さま・水神宮・野江神社などと呼ばれています。伝えられるところによれば、天文2年(1533年)三好政長が近くに榎並城を築く際、たびたび水害を被ったので、水火除難の守護神として城内に小さい祠を造営し、祀ったのが起源といわれています。野江一帯は、昔から土地が低く湿地帯であり、大雨のときには

  • 【白山神社】(しらやまじんじゃ)大阪市城東区

    【白山神社】(しらやまじんじゃ)大阪市城東区 「菊理媛神」(くくりひめのかみ)を祭神としています。創建年月は不詳ですが、明治5年までは、白山権現と称していました。応永(1394年)の頃から中浜・鴫野・森の諸村の氏神であったものが天正4年(1576年)織田信長が石山本願寺を攻撃した時、社殿を焼失しましたが、慶長8年(1603年)豊臣秀頼により再建されました。しかし、同19年大阪冬の陣による兵火で再び

  • 【今福行者尊】(いまふくぎょうじゃそん)「大聖不動明王・高祖神大変大菩薩」 大阪市城東区

    【今福行者尊】(いまふくぎょうじゃそん)「大聖不動明王・高祖神大変大菩薩」 大阪市城東区 【今福行者尊】は、大阪市城東区今福南の「皇大神宮」の横にあります。額に【今福行者尊】と墨書きされています。玉垣には大聖不動明王(ふどうみょうおう)、高祖神大変大菩薩(だいぼさつ)と赤字で墨入れされています。真ん中が、高祖役行者神変大菩薩さま、右が大聖不動明王さま。左には大本山聖護院門跡 大峯山上と彫られており

  • 【三郷橋稲荷神社】(さんごうばしいなりじんじゃ)大阪市城東区

    【三郷橋稲荷神社】(さんごうばしいなりじんじゃ)大阪市城東区  この神社は住宅地の道沿いに鎮座しています。狭い掲載です。小さい社の上部には小さい赤い鳥居が取り付けられています。それには 御祭神と思われる「白瀧大明神、 岩國大明神、福丸大明神」と書かれています。 この神社外に角のところに、石碑と看板があります。石標からは大阪冬の陣で、佐竹義宣、上杉景勝が、木村重成、後藤基次と戦い激戦地だった事がわか

  • 真言宗【大日寺】(だいにちじ)大阪市城東区

    真言宗【大日寺】(だいにちじ)大阪市城東区 お寺の入り口には正面に隣接する「八剣神社」の鳥居が見えます。弘仁年間(810年~824年)に弘法大師が創建されたと伝えられています。ご本尊の大日如来は、「摂陽群談」第12巻にも弘法大師手造りの像と記載されています。本堂には大日如来のほか、如意輪観音(にょいりんかんのん)、不動明王(ふどうみょうおう)や釈迦如来(しゃかにょらい)、阿弥陀如来(あみだにょらい

  • 【八劔神社】(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区 (2/2)

    【八劔神社】(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区  応永3年(1396年)の創祀と伝えられ、八劔大明神・武速須佐雄大神(たけはやすさのおのおおかみ)・罔象女大神(みづはのめのおおかみ)を祭神としています。  宝暦年間に京都下鴨の神主が記録した社記によれば、応永のはじめのある夜、鴫野村住民の夢の中に一人の老翁が現れ、「吾は熱田の神なり、跡を此の地に垂れんと欲す。明日汝等出て来て吾を淀川の辺に迎えよ」との

  • 【八劔神社】(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区  (1/2)

    【八劔神社】(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区 応永3年(1396年)の創祀と伝えられ、八劔大明神・武速須佐雄大神(たけはやすさのおのおおかみ)・罔象女大神(みづはのめのおおかみ)を祭神としています。 宝暦年間に京都下鴨の神主が記録した社記によれば、応永のはじめのある夜、鴫野村住民の夢の中に一人の老翁が現れ、「吾は熱田の神なり、跡を此の地に垂れんと欲す。明日汝等出て来て吾を淀川の辺に迎えよ」とのお告

  • 【八坂神社】(やさかじんじゃ)大阪市城東区

    【八坂神社】(やさかじんじゃ)大阪市城東区 京都の八坂神社の分社で素戔鳴尊(すさのおのみこと)をお祀りしています。1913年10月14日に永田村の水神社(現在永田4丁目蓮乗寺の一部)とともに八劔神社に合祀されるまで、天王田の氏神様でした。合祀されたあと神社の跡地は長い間、荒れ放題で狛犬だけが転がっていたとのことです。1980年に天王田地区の人々の強い懇願と協力により元の場所に再建されました。当社の

1 2 3 4 5 ... 61