• 【榎木大明神】(えのきだいみょうじん)大阪市中央区

    【榎木大明神】(えのきだいみょうじん)大阪市中央区 この【榎木大明神】(えのきだいみょうじん)の後ろにある木は、榎(えのき)ではなく槐(えんじゅ)だそうです。樹齢600年以上で、楠木正成が植えたといわれています。小説、「プリンセス・トヨトミ」の第一章にこの【榎木大明神】が描かれています。また、この大明神はパワースポットとしても有名です。 場所:大阪市中央区安堂寺町2丁目3 アクセス : 市営地下鉄

  • 【八王子神社】(はちおうじじんじゃ)大阪市東成区

    【八王子神社】(はちおうじじんじゃ)大阪市東成区 八王子大神ほか四柱を奉斉する旧本庄村の氏神で、応神天皇3年の創建と伝え、孝徳天皇より高麗狗(こまいぬ)一対の献納があったと伝えられ、八王子稲荷社として、また“椿の宮”として知られました。明治5年(1872年)百済神社と改称、明治42年(1909年)旧西今里村の氏神八剣神社を合祀し八王子神社と改めました。八王子大神は人皇第七代孝霊天皇の第八皇子”雅武

  • 【深居神社】(ふかいいじんじゃ)大阪府松原市

    【深居神社】(ふかいいじんじゃ)大阪府松原市  奈良時代の養老元年(西暦717年)の創建と伝えられ、品陀別命(ほんだわけのみこと)である応神天皇が祀られています。棟札から一間社流造りのこけら葺の本殿は、江戸前期の万治3年(1660)に建てられています。また小川に古代から中世を通じて恵我地方の総産土神である深居神社が鎮座したのも同地が東除川の水上として重要視されています。社名が「深居」と称されるのも

  • 【木村重成の像】(きむらしげなり)大阪府東大阪市若江南町

    【木村重成の像】(きむらしげなり)大阪府東大阪市若江南町 この像の案内板などは近くにありませんので見つけるのは難しいです。特に夏場は雑草が茂っていて見えにくいです。場所は「蓮城寺」(大阪府東大阪市若江南町2丁目3-7)の近くの東大阪若江南郵便局の南側に駐車場があります。像の建つ場所はやや奥まったところにあり、柵で隔てられています。  生没年:1593?~1615年/ 身分:豊臣軍の一軍の将/ 官位

  • 【住吉平田神社】(すみよしひらたじんじゃ)大阪府四條畷市

    【住吉平田神社】(すみよしひらたじんじゃ)大阪府四條畷市 「四條畷神社」の直ぐ隣に【住吉平田神社】(すみよしひらたじんじゃ)があります。 由緒について、御祭神は「住吉大神」「平田大神」。「当社は飯盛山腹字前堂にあり平田氏(後醍醐天皇の牧師)を祀る為平田神社と称し、それ以前から住吉神社が当地に鎮座していたと考えられているがその年代は不詳ではあるが、文化年間(1804~1817)に三牧氏神官となるに及

  • 【御妣神社】(みおやじんじゃ)大阪府四條畷市

    大阪府四條畷市の「四條畷神社」の境内、本殿の西側に【御妣神社】(みおやじんじゃ)鎮座しています。 御妣神社】(みおやじんじゃ)の 御祭神は「楠木正成」の夫人、「楠木正行」の母親の南江 久子です。久子を慕う地元の婦人たちの要望で大正13年に摂社として奉祀することを申請され大正14年に創建されました。南朝の将として戦い 四條畷の戦いで敗死した四條畷神社 本殿の「楠木正行」を主祭神しています。 南北朝時

  • 【四條畷神社】(しじょうなわてじんじゃ)大阪府四條畷市

    【四條畷神社】(しじょうなわてじんじゃ)大阪府四條畷市 建武中興十五社の一社で、旧社格は別格官幣社である。南朝の将として戦い、四條畷の戦いで敗死した楠木正行を主祭神としている。父の楠木正成が大楠公(だいなんこう)と呼ばれるのに対して、嫡男の楠木正行は小楠公(しょうなんこう)と呼ばれるが、地元四條畷市民や近接地に住む大東市民の間で単に「楠公さん」と言えば正行や当社を指す場合が多い。1975年(昭和5

  • 【北條神社】(ほうじょうじんじゃ)大阪府大東市

    【北條神社】(ほうじょうじんじゃ) 大阪府大東市 「祭神 誉田別命(品陀別命)・菅原道真公 。例祭 十月二十日・二十一日 。 祭神は京都北野神社の御神木で像(註1)を刻んだものであると、当社の古記録にある。 即ち時(註2)の天皇の御詔勅に「北野の神木で神像を作り、漂流地に祀るべし」とあったので数多くの神像を刻み加茂川に流された。 その一体が当村の西の津之辺の浜辺に流れ着いた。その所は森であったので

  • 【石造九重層塔】(いしづくりくじゅうそうとう)大阪府大東市

    大阪府大東市野崎に「お染久松」悲恋物語の「野崎観音」として有名な「慈眼寺」(じげんじ)通称:「野崎観音」(のざきかんのん)に北河内最古のだと言われる【石造九重層塔】(いしづくりくじゅうそうとう)があります。「野崎観音」境内からをさらに登った山腹に立っています。 【石造九重層塔】は昭和初期まで九層でしたが、現在は最上層と相輪を失って、高さ280センチの八重層塔となっています。 造立銘は永仁2年(12

  • 【南條神社】(なんじょうじんじゃ)大阪府大東市

    【南條神社】(なんじょうじんじゃ)大阪府大東市 大阪平野が見渡せるところに【南條神社】(なんじょうじんじゃ)は鎮座しています。 御祭神は「牛頭天王」「素盞嗚尊」。由緒については、 『当社は、宝塔神社に対して北の宮さん牛頭さんの呼称で親しまれ、野崎地区の氏神として厚く信仰される。明治5年から野崎、宝塔神社に一時合祀されたが同13年には、野崎村村社として復活し現在に至る。 牛頭天王は仏教における神将と

  • 【宿院頓宮】(しゅくいんとんぐう)大阪府堺市堺区

    【宿院頓宮】(しゅくいんとんぐう)は、大阪府堺市堺区にある頓宮・神社。祭神は「住吉大神」(底筒男命・中筒男命・表筒男命、息長足姫命)、「大鳥井瀬大神」(弟橘媛命)です。住吉大社の御旅所として設置され、住吉の「宿居」から転じて「宿院」と呼ばれるようになったと言われています。古くから夏の大祓日に住吉大社から神輿を迎え、境内西側にある飯匙堀で「荒和大祓神事」が行われてきました。 明治以降は大鳥大社からも

  • 【海会寺 金龍井】大阪府堺市堺区

    【海会寺 金龍井】大阪府堺市堺区 15世紀頃、海会寺が「神明神社」(じんめいじんじゃ)の境内にあった頃に掘られたもの。 『ある年の夏、毎日 日照りが続いて井戸水が渇れてしまったとき海会寺の和尚が庭で佇んでいると、そこに1人の老人がやってきて「前世の咎で蛇身に生まれついた私をお救い下さい」と言いました。和尚は「念仏を一身に祈りなさい」と教えました。 すると、老人はとても喜んで「お礼に良い事をお教えし

  • 【開口神社】(あぐちじんじゃ)大阪府堺市堺区

    【開口神社】(あぐちじんじゃ)大阪府堺市堺区 通称「大寺」(おおてら)。地元では「大寺さん」とよばれ親しまれている。堺南組(大小路以南)の氏神社。式内社で、旧社格は府社。祭神;塩土老翁神(しおつちのおじのかみ)、素盞嗚神(すさのおのかみ)、生国魂神(いくくにたまのかみ)を祀る。塩土老翁神は住吉大社の住吉三神を一つにして神徳を現した神とされ、「住吉の奥の院」と呼ばれる。社伝には、神功皇后の三韓征伐の

  • 【神明神社】(じんめいじんじゃ)大阪府堺市堺区

    【神明神社】(じんめいじんじゃ)大阪府堺市 【神明神社】(じんめいじんじゃ)は、大阪府堺市栄橋町2丁に所在する神社。天照大御神、豊受大御神を主祭神とし、稲荷明神等を摂社とした神社です。 大和川の流れが変更され江戸時代は堺港はその土砂の堆積に悩まされ修築と浚渫の歴史を繰り返しました。 天保年間堺港付近の海・河川の浚渫、架橋工事によって港が整備されました。 文政4年佐々木長門が宇迦之御魂神(稲荷)、住

  • 【白龍大神】(はくりゅうだいじん)「龍神堂」大阪府堺市

    【白龍大神】(はくりゅうだいじん)「龍神堂」大阪府堺市 由緒について「天明6年(1786)、人々は港の土砂除去を出羽庄内善宝寺の龍神尊に頼り、37日間の祈祷の後、経文を石に刻んで海中に埋めました。天保のころになってその部分が深くなり港は繁栄を取り戻したと伝えられています。龍神堂はこの時建立されました。 」 住所:大阪府堺市栄橋長2-4 アクセス:南海本線「堺駅」より徒歩約5分 「神命神社(じんめい

  • 【高崎神社】(たかさきじんじゃ)大阪市住之江区

    【高崎神社】(たかさきじんじゃ)大阪市住之江区 由緒について;宝暦五年(1755年)初代加賀屋甚兵衛氏が産土神の水分神を勧請して 大和川河口に祭り、天保八年(1837年)現地に移築して同時に天照大神、柿本人丸大神を合祀したと言う社伝では、天保十年(1839年)創建された。当地一円の開拓者、三代目加賀屋甚兵衛氏の埋立工事が、洪水・高潮に度々阻害され其の加護を祈願して、自身生国の氏神水分社の御分霊を祠

  • 【高砂神社】 (たかさごじんじゃ) 大阪市住之江区

    【高砂神社】 (たかさごじんじゃ) 大阪市住之江区 元文2年(1737年)、北島新田開墾に際して加賀屋甚兵衛により創建された。新田開発者は例外なく鎮守の神社を建てたもので甚兵衛は出身地である河内国石川郡喜志村(富田林市)の産土神、水分神(みくまりのかみ)を勧請した。天保6年(1835年)に本殿が焼失したが、同10年再建された。祭神は水分神・人丸神・住吉大神の三柱で境内には、保食神と菅原道真、金山彦

  • 【止止呂支比売命神社】(とどろきひめのみことじんじゃ)大阪市住吉区

    【止止呂支比売命神社】(とどろきひめのみことじんじゃ)大阪市住吉区 御祭神は「素戔嗚尊、稲田姫尊」。摂社に霰松原荒神社・天水分豊浦命神社(式内社)三宝荒神(天水分命、奥津彦命、奥津姫命)、大国主命、事代主命。 由緒について創建年代は不明。しかしながら、社名の由来は境内にあったとされる轟池に架かっていた「トドロキ」という橋に由来しており、古くは住吉大社の摂社(奥の院)として奉斎されていたそうです。承

  • 【中臣須牟地神社】(なかとみすむちじんじゃ) 大阪市東住吉区

    【中臣須牟地神社】(なかとみすむちじんじゃ) 大阪市東住吉区 この神社は近鉄南大阪線「矢田駅」より東南東約600m、徒歩約12分のところに鎮座しています。南側に入口があるのですが「開かずの門」になっており、参道の入口は南西のところにあります。境内には左側に手水舎、参道右側には大楠を祀る楠神社、社殿左奥には境内社が祀られています。 由緒について 「延喜式内の古社であって、三の宮と称され、遠く二千年前

  • 【枚岡神社神津嶽本宮】(ひらおかじんじゃ かみつだけほんぐう)東大阪市出雲井町

    【枚岡神社神津嶽本宮】(ひらおかじんじゃ かみつだけほんぐう)東大阪市出雲井町 河内国一の宮「枚岡神社」は奈良から悪路で名高い国道308号線の暗峠を越えた生駒山西麓に鎮座。創祀は、皇紀前まで遡り、神武天皇が大和の地で即位される3年前、神武天皇の勅命を奉じて、霊地神津嶽(かみつだけ)に一大磐境を設け祀られたのが枚岡神社の創祀とされています。 ご神域は2万1千坪に及び、生駒山にあっては奈良側の往馬大社

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