• 【産湯稲荷神社】(うぶゆいなりじんじゃ) 大阪市天王寺区

    【産湯稲荷神社】( うぶゆいなりじんじゃ) 大阪市天王寺区 創建年代は不明です。東成区の比売許曽神社の旧社地といわれる場所に鎮座し、境外摂社・御旅所です。御祭神は、宇賀魂命・下照比賣命・大小橋命。公園の一角に整備された神社です。境内の一段低い場所に玉之井と呼ばれる井戸があり、大小橋命の産湯に使われたという伝承から、社名の由来ともなっています。鳥居をくぐった場所に「桃山跡」の石碑があります。 所在地

  • 【心眼寺】(しんがんじ)大阪市天王寺区 /「真田幸村出丸城跡」

    【心眼寺】(しんがんじ)大阪市天王寺区 /「真田幸村出丸城跡」  大阪新四十八願所阿弥陀巡礼 第11番 真田幸村とその子・大助の供養のために真田家の祖先である滋野氏が江戸時代に建てた寺です。心眼寺周辺は大坂冬の陣で真田幸村が築いた大坂城の出丸・真田丸跡地といわれています。「三光神社「が真田丸の東側に位置し、【心眼寺】は西側にあたります。「真田幸村出丸城跡」の碑が門のところにあります。門の前は大阪明

  • 【天然寺】(てんねんじ)「おちつき天神」大阪市天王寺区

    【天然寺】(てんねんじ)「おちつき天神」大阪市天王寺区 天正16年(1588)僧天然が法然上人の念仏道場として開創。境内の案内板には、 「潮待山【天然寺】(てんねんじ)は後陽成天皇の天正16年4月8日天然上人の開基で、時恰も豊臣秀吉大坂城築城の天正11年の後に辺り、城の南、堀の外の高台に寺地を給せられ、此処に堂宇を興し浄土宗法然上人念仏の道場として永く法灯を伝えて来た。 天然寺境内地は、潮待天満宮

  • 【高宮神社】(たかみやじんじゃ)大阪府寝屋川市

    【高宮神社】(たかみやじんじゃ)大阪府寝屋川市 創祀年代は不詳。『新抄格勅符抄』によれば、平安時代初期の大同元年(806年)の牒に「高宮神一戸河内国同年奉レ充」とあり、この「同年」は奈良時代の神護景雲4年(770年)となる。それ以前からの古社。『日本三代実録』では、貞観元年(859年)に従5位下から従5位上に進階している。御祭神は、天剛風命(天剛川命。あめのこかぜのみこと)。『先代旧事本紀』によれ

  • 【太間天満宮】(たいまてんまんぐう)大阪府寝屋川市

    【太間天満宮】(たいまてんまんぐう)大阪府寝屋川市 祭神 は、菅原道眞、茨田連衿子。由緒 について、創建年代は不詳。 『仁徳紀』に、茨田の堤を築こうとしたが、壊れる場所が二箇所あった。天皇の夢に、武藏人強頚、河内人茨田連衫子の二人を河伯に奉ればきっと出来るだろうとあった。二人が探し出されて、強頚は泣き悲しんで水に入れられ、堤は完成した。一方、衫子(ころものこ)はヒサゴ二箇を河に投げ入れ、自分を生贄

  • 【仁和寺氏神社】(にわじうじじんじゃ) 大阪府寝屋川市

    【仁和寺氏神社】(にわじうじじんじゃ) 大阪府寝屋川市 鳥居をくぐってすぐ右側に「仁和寺庄の古跡」(にわじしょうのこせき)の説明書きがあります。「仁和寺は古くは「にわいじ」とよんだこともあったようです。地名は京都仁和寺(にんなじ)の所領であったことに由来すると考えられます。」など書かれてあります。 【仁和寺氏神社】(にわじうじじんじゃ)の由諸について;  当神社は、元からここに鎮座されたのではなく

  • 【高柳天満宮】(たかやなぎてんまんぐう)大阪府寝屋川市

    【高柳天満宮】(たかやなぎてんまんぐう)大阪府寝屋川市 境内は広く、入って左側に自宅兼社務所があります。境内の木は保存樹に制定されています。この神社は元々氏神社と称していました。 明治はじめの神社調査の際、近隣に氏神社という名前の神社が多くあったため、大利神社・菅原神社等と改称してきたのですが、まだ三社氏神社と称しており、紛らわしいことから、鎮座地の地名をもって、高柳神社と改称したらしいです。 当

  • 【大杜御祖神社】(おおもりみおやじんじゃ) 大阪府寝屋川市

    【大杜御祖神社】(おおもりみおやじんじゃ) 大阪府寝屋川市 この【大杜御祖神社】(おおもりみおやじんじゃ) がある場所は、薬師寺式寺院高宮廃寺の西塔跡です。高宮廃寺は奈良時代以前に創建され、平安時代に廃寺となりました。もとは現在地の西北100mの一段高い畑地にありましたが、後に現在地に移りました。祭神は天万魂命。200mほど距てて東西に祭られていることになります。【大杜御祖神社】は「高宮廃寺」の鎮

  • 【秋玄寺】(しゅうげんじ) 大阪府寝屋川市

    【秋玄寺】(しゅうげんじ) は1582年に一印秋玄大師により創建された浄土宗の寺院。 秋玄寺五代欣誉厭求大徳(ごんよえんぐだいとく)が復興、念仏行者として知られる徳本上人(とくほんしょうにん)の名号が墓石にあり、境内地には初七日から三十三回忌までの仏を配した秋玄寺十三仏板碑(寝屋川市指定文化財)があります。 住所:大阪府寝屋川市高宮2-8-18 アクセス:JR学研都市線「東寝屋川駅」下車、西方向へ

  • 【狸坂大明神】(たぬきざかだいみょうじん)大阪市中央区

    大阪市中央区神崎町の南大江公園内に鎮座する【狸坂大明神】(たぬきざかだいみょうじん)です。狸坂というのは、南大江公園の南の道をまっすぐ堺筋に下りている坂道のこと。 祀(まつ)られている狸です。この神社についての由緒等は不明です。「史跡 朝日神明社跡(坂口王子伝承地)」の石標が横にあります。「朝日神明社は、天慶年間(838~947年)に平貞盛が創建したという。天照皇大神と倭比売命を祭神とし、朝日の社

  • 【楠木大神】(くすのきだいじん)大阪市中央区

    【楠木大神】(くすのきだいじん)大阪市中央区 大阪市中央区谷町7丁目の道路中央に【楠木大神】(くすのきだいじん)が鎮座しています。樹齢500~600年と言われているクスノキがあります。小さい祠(ほこら)には、陶器製のヘビの置物が祀られています。この場所にはかつて「本照寺(ほんしょうじ)」というお寺がありその境内に在った御神木でしたが、昭和13年の戦時中に行われた道路の拡張工事によって現在の状態にな

  • 【南乃福寿弁才天】(みなみのふくじゅべんざいてん)大阪市中央区

    【南乃福寿弁才天】(みなみのふくじゅべんざいてん)は飲み屋、風俗店など数多く立ち並ぶ大阪市中央区千日前1丁目にある「上方ビル」の1Fに建立されています。由緒が書かれた案内板には、「南乃福寿弁財天は、平成18年(2006)10月7日に奈良県吉野の天河(天川)神社から弁財天(高野山岳弁天)の御霊を勧請し、大阪南の文化の発展と繁栄を願い、桂米朝、桂春団治ほかが発起人となり建立されました。ご利益は芸能上達

  • 【難波神社】(なんばじんじゃ)大阪市中央区

    【難波神社】(なんばじんじゃ)大阪市中央区 社格は府社。摂津国総社として「難波大宮」または「平野神社」と呼ばれていたという。 反正天皇が仁徳天皇を偲んで建立したと伝えられる古社です。もとは河内の地(現在の河内松原市)にあったが、秀吉が大阪城を築城した際に現在の地へ移転、その地名から「上難波神社」と称され、その後明治8年(1875)には現在の社名になっています。同じ境内でひときわ賑わっていたのが現在

  • 【御津宮】(みつぐう)大阪市中央区

    【御津宮】(みつぐう)は、大阪府大阪市中央区西心斎橋に鎮座する神社(八幡宮)。御津八幡宮、島之内八幡宮とも称されます。祭神は、応神天皇、仲哀天皇、比め大神。末社として、石宮龍王(いしのみやりゅうおう)、祭神は倉稲魂命。祠と鳥居があります。神紋は龍や水を祀る場所に多い三つ鱗紋です。社名は地名により、以前は三津と書く。『大阪府誌』には、仁徳天皇の浪速に都をおいた頃、味原郷(現在の大阪市天王寺区味原町付

  • 【坐摩神社】(いかすりじんじゃ)大阪市中央区

    【坐摩神社】(いかすりじんじゃ)大阪府大阪市中央区 式内社(大社)で、摂津国一宮を称します。旧社格は官幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。神紋は「白鷺」。正式な読み方は「いかすりじんじゃ」ですが、一般には「ざまじんじゃ」と読まれることが多く、地元では「ざまさん」の通称で呼ばれます。大阪市中心部の船場にある古い神社で、同地の守護神的存在です。南御堂の西隣に位置し、境内は東向きで、入口では大小3つの鳥

  • 【生田神社】(いくたじんじゃ)神戸市中央区

    【生田神社】(いくたじんじゃ)は、兵庫県神戸市中央区下山手通一丁目にある神社である。式内社(名神大)で、旧社格は官幣中社。同じ兵庫県内の廣田神社・長田神社とともに神功皇后以来の歴史を有する。祭神:稚日女尊(わかひるめのみこと)である。「稚く瑞々しい日の女神」を意味し、天照大神の幼名とも妹とも和魂であるともいわれている。201年に神功皇后の三韓外征の帰途、神戸港で船が進まなくなった為神占を行った所、

  • 【花隈城跡】(はなくまじょうあと)神戸市中央区

    【花隈城跡】(はなくまじょうあと)は、兵庫県神戸市中央区の元町駅西方にあった日本の城。別名は花熊城。花隈城は「鼻隅城」と書くこともあった。これは六甲山の丘陵が海に突き出ている様子を「鼻」、その稜線を「隅」で言い表したものである。またかつてはこの付近一帯のことを「花熊」と呼んでいたことも窺える。 永禄10年(1567年)、織田信長が荒木村重に命じて築かせたと言われているが、この時期信長はまだ入京して

  • 【湊川神社】(みなとがわじんじゃ)神戸市中央区

    【湊川神社】(みなとがわじんじゃ)は、兵庫県神戸市中央区多聞通三丁目にある楠木正成を祭る神社。地元では親しみを込めて「楠公(なんこう)さん」と呼ばれている。建武中興十五社の一社で、旧社格は別格官幣社である。楠木正成は、延元元年(1336年)5月25日、湊川の地で足利尊氏と戦い殉節した(湊川の戦い)。その墓は長らく荒廃していたが、元禄5年(1692年)になり徳川光圀が「嗚呼忠臣楠子之墓」の石碑を建立

  • 【走水神社】(はしうどじんじゃ)神戸市中央区

    【走水神社】(はしうどじんじゃ)は、兵庫県神戸市中央区元町通5丁目にある神社。元町商店街から1本南に下った東西の道に面したところに鎮座している。走水神社は旧走水村の氏神で、社伝によると1100年以上の歴史を持つ由緒ある神社である。五穀豊穣・健康長寿・商売繁盛に学問の神様といわれ、書道の神としても有名で、社殿の脇には筆塚がある。菅原道真が祭神なので、狛犬ではなく狛牛が祀られている。1月18・19日の

  • 【三宮神社】(さんのみやじんじゃ)神戸市中央区

    【三宮神社】(さんのみやじんじゃ)は、兵庫県神戸市中央区三宮町に鎮座する神社。生田神社の八柱の裔神を祀った一宮から八宮までの神社(生田裔神八社)の中の三柱目に当たり、祭神としては湍津姫命(たきつひめのみこと)を祀っている。当社は、周辺の「三宮」という地名の由来にもなっている。航海の安全と商工業の繁栄を守る神として、古くから一般の崇敬厚い神社。古い記録がなく、いつ創設されたかなどについては未詳。祭神

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