• つぶやき 129  自 撰 めも句  その1 

    「茎立ちて蒼茫の地に種落とす」の句を辞世の句と決めてから、なぜか俳句を創ることができなくなりました。  それに合わせて、心のどこかで良い句を詠もうという意識が強くなったことと、季語に囚われることが嫌になり、思いや考えをノートにメモするだけになりました。  自分勝手にそれを「めも句」としてまとめてみました。 煩悩を削ぎ落として骨だけになります    (骨の中はきっと煩悩でいっぱいだろう。) 心が動か

  • つぶやき 126  サヨナラダケが・・・

     孫娘の声を聞くとことのほか元気になる家内。 「・・・。あなたの声を聞くと元気が出るのよ。忙しいのにありがとうね。じゃ、さようなら。」 「おばあちゃん。さようならって言わないで、またねと言って。」 「そうだね。じゃ、またね。」 「はい、またね。」  孫娘の一言で、それ以後、「さようなら。」の代わりに「またね。」と別れの挨拶を締めくくるようになった。 「さようなら。」は生活のほんの一部なのに井伏鱒二

  • つぶやき 122   だいじょうぶだいじょうぶ

     これまでに何度かもうだめかという思いが一瞬頭をよぎったことがあった。  そんな時、いつのころからか「だいじょうぶだいじょうぶ」と口ずさむようになった。すると不思議と心が落ち着き生きる力がでてきたものだ。 「だいじょうぶだいじょうぶ」と口ずさむようになったきっかけは、36歳の夏、精神的にとても落ち込んで、今思えば軽い鬱の入り口であったのかもしれない、そんなある日書店で高神覚正著の般若心経講義の一冊

  • つぶやき 121  がんばらなくていいんだよ

     入院している妻に声掛けをする。 「頑張らなくて、いいんだよ。もっと我儘にいきなさい。」  いつもまわりに気配りして生活している妻はこれ以上気を使うとストレスがたまり体に良くない。そうでなくても病気をした人たちは、みんな大変な気の使いようである。何としても頑張って元の生活にかえろうと努力している。 「私が頑張らないとお父さんや周りのみんなに迷惑をかけるから。」 そう言って頑張っている人に「頑張って

  • つぶやき 117  浦島太郎の遊行ライフ

     昔話、浦島太郎の話を思い出すと現代と変わることのない生活の姿が見えて来る。  魚の商いで母親との二人暮らし、いじめの問題、恩返しの話、接待と供応の竜宮城、乙姫との別れ、玉手箱をあけると白髪の老人になってしまう。  人の一生をよく捉えている昔話で、現代にも通用する。  太郎は己の人生をふり返ることを抜いた林住期が長すぎたようだ。  林住期(りんじゅうき)=職業や、家庭や、世間のつきあいなどのくびき

  • つぶやき 116  何度繰り返しただろう別れの儀式

     生を受けて80歳までにどれだけの別れの儀式を繰り返してきたことか。  学生時代の卒業の別れにはじまって、子どもを旅立たせる別れ、そして、結婚による子供の独立。  どれをとっても夢と希望を包み込んだ別れの儀式で、淋しさはあるが元気の出る淋しさであった。  だんだんと齢を重ねるにつれて、親を見送り、先輩や友人、おじさんやおばさんと多くの人の旅立ちを見送ってきた。  重たいものがずしんと体に打ち込まれ

  • コント 77  カフエ・ダンチョネ  誘 惑

    「今でも私は信じられないんだよ。」 「先生、ごめんなさい。自分でもどうしてこうなったのか分からないんです。」 「学生時代からずっと君を見守っていた。真面目で、がんばり屋で、明るく正義感の強い自慢の生徒だった。そのままの君が教師になって君の成長を一番の楽しみにしていた。」 「ごめんなさい。不正なお金を受け取ったのは生まれて初めてなんです。」 「私も責任を感じている。君を教育委員会の指導主事に推薦した

  • つぶやき 113    李下に冠、瓜田に履か

    『御大切の身の上を御存じなれば何故夜夜中(よるよなか)女一人の処へおいでなされました、あなた様が御自分に疵をお付けなさる様なものでございます、貴方だッて男女七歳にして席を同じゅうせず、瓜田に履を容れず、李下に冠を正さず位の事は弁(わき)まえておりましょう。』 (三遊亭圓朝『怪談牡丹灯籠』)より  参考=李(すもも)の下で冠をかぶり直すために手を上げると、すももを盗ろうとしているような誤解を与え、瓜

  • つぶやき 111  バランスが崩れた現代を

     古代インドには、人生を4っつに分ける思想がある。 学生期(がくしょうき)=世間に生きるすべを学び、体をきたえ、きたるべき社会生活のためにそなえる青少年の時期である。 家住期(かじゅうき)=大人になって職業につき、結婚して一家をかまえる。子供を産み、育てる。 林住期(りんじゅうき)=職業や、家庭や、世間のつきあいなどのくびきから自由になって、じっくりと己の人生をふり返ってみる時期。 遊行期(ゆぎょ

  • つぶやき 110  人生は談笑(だんしょう)ネ

                                              http://www.ctb.ne.jp/~bonta108    遊行ライフ十人十色  詞  藤 正吾     一  立てば歩めの   慈悲の声    春の野山は    花ざかり    花見弁当     ほろ酔い機嫌    ああ 色即是空 花の宴  だんしょうネ 二  二の腕まぶしく  お前に惚れた    夏の浜

  • つぶやき 109   六 病 息 災

     久しぶりに2歳年上の先輩にスーパーマーケットで出会った。  学生時代から、就職をしても何かと面倒を見てもらった。  先輩はいつも笑顔でユーモアたっぷりの厳しい助言をし、その時その時のチャンスを先輩の権限で後押しをしてくれた。  現職最後の後押しは進路指導のレポートで全国大会の県代表に推薦してくれた。  先輩は現職中に心臓にペースメーカーを埋め込みながら自分の職責を全うされた。その後、多くの病を抱

  • つぶやき 108   蜘 蛛 の 糸

     証人喚問をラジオで聞きながら、随分と以前に読んだ芥川龍之介の蜘蛛の糸の一場面を思い出した。 「或日の事でございます。お釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。・・・すると地獄の底に、犍陀多と言ふ男が一人、外の罪人と一しょに蠢いてゐる姿が、御眼に止まりました。・・・」  頭のない尻尾がなりふり構わず蜘蛛の糸にしがみついて地獄からの脱出を図ろうとしている姿に見えて

  • コント 74   まちがい電話

    「もしもし、・・・・・私、生きてますかねえ。」 「ハイ、立派に生きています。」 「ありがとうございます。受付の河津さんいますか。」 「まちがい電話だと思います。局番違いで、私のうちは66局でたぶんあなたがお掛けの病院は67局です。近頃、よく局番違いの電話がかかってきます。」 「それは失礼いたしました。・・・あなたの言葉で元気が出てきました。ありがとうございました。」 「そうですか。それはよかったで

  • 江戸を見れば93  金銀貨の改鋳 幕府の財政逼迫

      1695年元禄8年乙亥(きのとい)8月に金銀貨の改鋳が断行された。  商品経済の発展にともなって改鋳は必然的なものとなっていた。勘定吟味 役の荻原重秀は老中に勧めて質を低下させ、通貨量の増大を計った。  品質は非常に低く、純金銀の保有量は5割ないし6割にすぎなかった。  日銀のマイナス金利政策を思い出した。詳しいことは良く分かりません。  1693年元禄6年癸酉(みずのととり)8月10日、西鶴

  • つぶやき 101  そんな人(女)にめぐり会って

     山路来て何やらゆかしすみれ草  (一番好きな句です。)  長い歳月の中で「ほっとする人」に度々出会いました。最高です。  この道や行く人なしに秋の暮  初めて赴任したへき地の学校の門を出て右に曲がって数十メートル行き、更に右に曲がると一直線に遠くの山に消えて行く道がある。  人はみな一度きりの「この道」を孤独を噛みしめて歩いていかねばならないのだと覚悟を決めた道である。  旅に病で夢は枯野をかけ

  • 江戸川柳 色は匂へ  「の」の2 野がけ(現代のピクニック)

    自在かぎいじって野がけもてあまし  (つい触って、元に戻らずまいったなあ。) 野がけ道あたまへ扇くゝし付   (日よけに里芋の葉っぱを頭に乗せたのを思い出し                  たよ。) いたづらに雁などおどすのがけ道  (あるある。やってみるんだ。) 是も一興とのがけはたれるなり  (大草原の野糞も一度はやってみるもんだ。爽快。) のがけ道へんな後架(こうか)へ入れ申  (女性のト

  • つぶやき 100  紙 の 墓 標

     日本古典文学全集、松尾芭蕉集に取り上げられている494句を年代順によんでみた。少しばかり急いでよんだので改めてじっくりと鑑賞を始めようと考えている。  41歳の8月中旬に野ざらし紀行の旅に出てから、芭蕉の俳句が大きく変化し、紀行文、日記文と並行して「蕉風俳諧」が完成していく。その集大成が奥の細道の旅であった。  私の好きな俳句も40代からの俳句で、中でも49歳、50歳、51歳の最晩年の俳句に集中

  • 江戸を見れば92  芭蕉51歳  此の道や

     1694年元禄7年甲戌(きのえいぬ)4月、「奥の細道」の素龍清書本成る。  むめがゝにのつと日の出る山路かな  (夜の明けぬうちに山路を歩く。どこからか梅の香が、早春の夜明け身も心も引き締ま   る。朝日が雲を押し分けてのっと出た。) 家はみな杖にしら髪(が)の墓参(はかまゐり)  (郷里の盆に帰って墓参りをした。一族親族そろって墓参り。みんな歳を取って白髪に   なり杖をついているよ。) 秋深

  • 江戸を見れば91  芭蕉50歳  物いへば

     1693年元禄6年癸酉(みずのととり)8月10日、西鶴52歳で没。同27日に門弟の嵐蘭が47歳で没。甥の桃印が33歳で芭蕉庵にて死去。  座右之銘、人の短をいふ事なかれ、己が長をとく事なかれ 物いへば唇寒し穐(あき)の風  (この句をつぶやいては、座右の銘を思い出し苦い反省の繰り返しであるよ。) 夕顔や酔(よう)てかほ出す窓の穴  (暑い夏、やっと夕暮れようとしている。晩酌に酔うて小窓から顔を出

  • 江戸を見れば90  芭蕉49歳  行く春や

     1692年元禄5年壬申(みずのえさる) 5月中旬、新築なった芭蕉庵に移り住む。「奥の細道」の推敲が順調にすすむ。 行春や鳥啼(な)き魚の目は泪(なみだ)  (行く春の愁い。人間だけではなく、天地間の万物が泣き、涙を流すようである。) 両の手に桃とさくらや草の餅  (私の庵の庭には桃も桜もある。門人には其角と嵐雪がいる。好物である草餅を食べ    る。これ以上の幸せがあろうか。) 田一枚植て立去る

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