大阪府太子町

  • 【隔夜堂】(かくやどう)大阪府南河内郡太子町 【隔夜堂】(かくやどう)大阪府南河内郡太子町

    【隔夜堂】(石造阿弥陀如来坐像)「府指定文化財」 叡福寺の山門の道を隔てて向いに【隔夜堂】(かくやどう)という小さなお堂があります。お堂の本尊は石造阿弥陀如来坐像で、平安時代末期の作とされており、1970年に大阪府文化財に指定されています。 場所:大阪府南河内郡太子町太子 アクセス:近鉄長野線 喜志駅、又は近鉄南大阪線 上ノ太子駅から、金剛バス太子線・喜志循環線「太子前」バス停下車徒歩約3分。 #

  • 【叡福寺】(えいふくじ)大阪府南河内郡太子 【叡福寺】(えいふくじ)大阪府南河内郡太子

    【叡福寺】(えいふくじ)は、大阪府南河内郡太子町にある仏教寺院。聖徳太子の墓所とされる叡福寺北古墳(磯長墓〈しながぼ〉)があることで知られる。山号は磯長山(しながさん)、本尊は如意輪観音である。開基(創立者)は、聖徳太子または推古天皇とも、聖武天皇ともいわれる。宗派は真言宗系の単立寺院で、太子宗を名乗る。また「上之太子」と呼ばれ、「中之太子」野中寺(羽曳野市)「下之太子」大聖勝軍寺(八尾市)ととも

  • 【西方院】(さいほういん) 大阪府太子町 【西方院】(さいほういん) 大阪府太子町

    【西方院】(さいほういん)は、大阪府南河内郡太子町にある浄土宗の仏教寺院。山号は南向山、寺号は法楽寺。 寺伝によれば、創立は推古天皇30年(622年)、開基は三尼公(善信尼、禅蔵尼、恵善尼)。本尊は阿弥陀如来と十一面観音菩薩。 『河内名所図会』等に見える伝承によれば、622年に聖徳太子が死去した後に出家した三人の侍女、善信(俗名月益、蘇我馬子の娘)・禅蔵(俗名日益、小野妹子の娘)・恵善(俗名玉照、

  • 【孝徳天皇陵】(こうとくてんのうりょう) 【孝徳天皇陵】(こうとくてんのうりょう)

    【孝徳天皇陵】(こうとくてんのうりょう)  大化改新後に即位した第36代天皇を埋葬した陵墓。 『日本書紀』は、白雉5年(654)10月10日、第36代・孝徳天皇(在位645 - 654)が難波宮の正殿で崩御され、12月8日大坂磯長陵(おおさかのしながのみささぎ)に埋葬したと記す。近鉄南大阪線「上ノ太子」駅からアクセスする場合、国道166号線を春日方面へ進むと、途中の交差点に「竹内街道」の石柱が建っ

  • 【小野妹子墓】大阪府南河内郡太子町 【小野妹子墓】大阪府南河内郡太子町

    【小野妹子墓】大阪府南河内郡太子町 科長神社南側の小高い丘の上に、古くから小野妹子の墓と伝えられる小さな塚があります。妹子は、推古天皇の時代に遣隋使として、当時中国大陸にあった隋という大国に派遣された人物です。 妹子が聖徳太子の守り本尊の如意輪観音の守護を託され、坊を建て、朝夕に仏前に花を供えたのが、池坊流の起こりになったとされることから、現在、塚は池坊によって管理されています。小野の妹子(いもこ

  • 【科長神社】(しながじんじゃ)大阪府南河内郡太子町 【科長神社】(しながじんじゃ)大阪府南河内郡太子町

    【科長神社】(しながじんじゃ) 式内社で、旧社格は郷社。風の神である級長津彦命・級長津姫命を主祭神とし、以下の神を配祀・合祀する。 配祀 -- 素盞嗚命・品陀別命・建御名方命・武甕槌命・経津主命・天児屋根命・天照大神 合祀 -- 天御柱国御柱大神・天児屋根命・品陀別命・八坂大神・道祖大神・保食神・菅原道真・市杵島姫命・天照大神 創建の由緒は不詳である。元は二上山上に鎮座し、二上権現と称していた。延