• 【東高津延命地蔵尊】(ひがしこうづえんめいじぞうそん) 天王寺区

    【東高津延命地蔵尊】(ひがしこうづえんめいじぞうそん)  天王寺区 大阪市天王寺区東高津町の「東高津公園」の一角にあります。クリーム色の壁と赤い屋根のお堂は目立ちます。中には3体の地蔵様が祀られています。この【東高津延命地蔵尊】の一筋西には「東高津宮」(ひがしこうずみや)」が鎮座しています。この周辺の南北や西には多数の寺院が集まっていて西の谷の地名は「下寺町」と呼ばれます。また、この天王寺区内の随

  • 【地蔵尊】(じぞうそん)浪速区(じぞうそん)浪速区

    【地蔵尊】(じぞうそん)浪速区 大阪市内の「浪速中公園」の角に、この小さな【地蔵尊】(じぞうそん)があります。右側に祠より大きな建物(掃除品入れ?)があるので見つけるのは難しいと思います。祠は古いですが、土台の石と賽銭入れは比較的新しいです。 場所:大阪府大阪市浪速区浪速東2丁目8 (撮影:2017/2/17)

  • 書籍:「渡来人とは何者だったか」

    この本も図書館で借りました。渡来人とは「飛鳥時代[592-710年]以前に、朝鮮半島から日本に移住してきた人びと」と定義される「帰化人」のことですが、この本を読むことで「渡来人」のイメージが明確になります。この本の著者はいろいろな学説があることを紹介した上で、自説を率直に書きその論拠を挙げています。史料がない場合は、それ以上のことを推測は書かない著者です。その意味では、明確になっていること、そうで

  • 【弘法の井戸】・【笠塔婆(かさとうば)】東大阪市東豊浦町

    【弘法の井戸】・【笠塔婆(かさとうば)】東大阪市東豊浦町 弘法の水のあるところに弘法さんが祀られています。その横に笠をいただいた「笠塔婆(かさとうば)」があります。高さ181cm、鎌倉中期弘安7年(1284)に建てられたもので阿弥陀如来座像の下に「南無阿弥陀仏」の六字名号が刻まれています。笠は、後に乗せられたもののようです。 井戸の水については、水質が悪化しているため現在は残念ながら飲むことができ

  • 【お玉大神、お初大神、玉市大神、秋葉明神、熊鷹大神】東大阪市東豊浦町

    【お玉大神、お初大神、玉市大神、秋葉明神、熊鷹大神】東大阪市東豊浦町 近鉄枚岡駅下車、暗峠奈良街道沿いの「松尾芭蕉句碑」「法照寺」「暗渓の滝」「成願寺」「観音寺」を通り過ぎ、急な坂の右側に朱色の鳥居が見えます。鳥居の後ろには2体の灯篭と大小様々な石仏が並んでいます。由緒等は不明です。道を挟んで向かいに、「不動明王」があります。この不動明王の案内板には「暗峠 観音寺」となっています。この場所からすこ

  • 【暗越奈良街道】(くらがりごえならかいどう)2 /2

    【暗越奈良街道】(くらがりごえならかいどう)は大坂から暗峠を超えて奈良に至る街道で奈良街道、伊勢参宮街道の一つで「日本の道百選」にも選定されている。 暗峠(くらがりとうげ)は、奈良県生駒市西畑町と大阪府東大阪市東豊浦町との境にある峠で現在は国道308号、大阪府道・奈良県道が通り標高は455m。 暗峠(くらがりとうげ)という名が示すとおり暗越奈良街道の生駒山地の難所でつづら折りの少ない直線的な急勾配

  • 【暗越奈良街道】(くらがりごえならかいどう)1/2

    【暗越奈良街道】(くらがりごえならかいどう)は大坂から暗峠を超えて奈良に至る街道で奈良街道、伊勢参宮街道の一つで「日本の道百選」にも選定されている。 暗峠(くらがりとうげ)は、奈良県生駒市西畑町と大阪府東大阪市東豊浦町との境にある峠で現在は国道308号、大阪府道・奈良県道が通り標高は455m。 暗峠(くらがりとうげ)という名が示すとおり暗越奈良街道の生駒山地の難所でつづら折りの少ない直線的な急勾配

  • 【聖法山 観音寺】(かんのんじ)東大阪市東豊浦町

    【聖法山 観音寺】は、生駒山中腹の大阪府東大阪市から奈良県生駒市を通る国道308号線沿いにあり、この道の県境にある峠を「暗峠(くらがりとうげ)」、そしてこの道を「暗越奈良街道(くらがりごえならかいどう)」といい、数ある奈良街道の一つで「日本の道百選」にも選定されています。またこの道は、松尾芭蕉が1694年(元禄7年)に大坂へ向かう途中に通り、「菊の香に くらがり登る 節句哉」という句を詠んでいます

  • 【法照寺】(ほうしようじ)東大阪市東豊浦町

    【法照寺】(ほうしようじ)東大阪市東豊浦町 法華宗 真門流の寺院。 住所:大阪府東大阪市東豊浦町9−12 アクセス:近鉄額田駅 から徒歩約10分 (撮影:2017/3/16)

  • 【成願寺】(せいがんじ)東大阪市東豊浦町

    【成願寺】(せいがんじ)東大阪市東豊浦町 【成願寺】(せいがんじ)は、暗越(くらがりごえ)奈良街道沿いにあります。 暗越奈良街道とは、大阪から暗峠(くらがりとうげ)を越え、生駒(奈良)に至る道。奈良時代、大阪の難波と奈良の平城京を結ぶ道として使われてきました。 暗越奈良街道は万葉集に詠まれたほか、弘法大師も歩いたという説、また、修験道(しゅけんどう)を開いた役行者(えんのぎょうじゃ)の伝説も残って

  • ⑤【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city

    【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区   [Shugakuin Imperial Villa]   Kyoto city 京都市左京区修学院の比叡山麓にある皇室関連施設。 修学院離宮は上御茶屋(かみのおちゃや)、中御茶屋(なかのおちゃや)、下御茶屋(しものおちゃや)と呼び習わす3か所の庭園からなり、面積は54万平方メートルに及ぶ。 17世紀中頃(1653年(承応2年) - 1655年

  • ④【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city

    【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city 京都市左京区修学院の比叡山麓にある皇室関連施設。 修学院離宮は上御茶屋(かみのおちゃや)、中御茶屋(なかのおちゃや)、下御茶屋(しものおちゃや)と呼び習わす3か所の庭園からなり、面積は54万平方メートルに及ぶ。 17世紀中頃(1653年(承応2年) - 1655年(承応4

  • ③【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city

    【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city 京都市左京区修学院の比叡山麓にある皇室関連施設。 修学院離宮は上御茶屋(かみのおちゃや)、中御茶屋(なかのおちゃや)、下御茶屋(しものおちゃや)と呼び習わす3か所の庭園からなり、面積は54万平方メートルに及ぶ。 17世紀中頃(1653年(承応2年) - 1655年(承応4

  • ②【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city

    【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city 京都市左京区修学院の比叡山麓にある皇室関連施設。 修学院離宮は上御茶屋(かみのおちゃや)、中御茶屋(なかのおちゃや)、下御茶屋(しものおちゃや)と呼び習わす3か所の庭園からなり、面積は54万平方メートルに及ぶ。 17世紀中頃(1653年(承応2年) - 1655年(承応4

  • ①【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city

    【修学院離宮】(しゅがくいんりきゅう)京都市左京区 [Shugakuin Imperial Villa] Kyoto city 京都市左京区修学院の比叡山麓にある皇室関連施設。 修学院離宮は上御茶屋(かみのおちゃや)、中御茶屋(なかのおちゃや)、下御茶屋(しものおちゃや)と呼び習わす3か所の庭園からなり、面積は54万平方メートルに及ぶ。 17世紀中頃(1653年(承応2年) - 1655年(承応4

  • 【日限地蔵尊】 (ひぎりじぞうそん)大阪市此花区

    【日限地蔵尊】 (ひぎりじぞうそん)大阪市此花区 一見、バスの待合室のように見えますが、コンクリート台に石造りの御堂です。御堂の中には、10センチ程の丸彫りの地蔵さんが座っています。社の屋根は白く塗られています。御堂の前に青色のブリキ製の賽銭箱が置かれています。 場所:大阪市此花区梅香2丁目16 (撮影:2017/3/12) こちらも地蔵尊です。小さな社の屋根は金色に輝いています。👇 場所:大阪

  • 【白光大神】(しらみつおおかみ)【熊繁大神】(くましげおおかみ)/ 東大阪市上石切町

    【白光大神】(しらみつおおかみ)【熊繁大神】(くましげおおかみ)/ 東大阪市上石切町 「石切神社上ノ宮」の鳥居の前に道があります。その道を右へ歩くと、看板が立っています。「石切 奥の院瀧」、「河内石切 白光大神本社」、「神道石切教会」、「石切高野山 波切不動尊」、「石切 水子地蔵尊」と看板に書かれています。 鳥居が3つ階段に並んでいて1つ目は、「白光大神」、2つ目の鳥居には「熊繁大神」となっていま

  • 書籍:「大阪戦争遺跡歴史ガイドマップ」

     この本は、2001年6月まで2年がかりで、204団体約500人が実地に歩いた「戦争遺跡ウォーク」27回分をまとめたものです。タイトルの「大阪戦争遺跡ガイドマップ」どおりに、実際に歩かれたコース別の詳細な地図が掲載されています。また、戦争遺跡だけでなく、「郷土<浪華>文芸散歩(作家・作品ゆかり地図)」や「<浪華>史跡探検地図」なども掲載されていています。載っているマップは詳細でなないため、団体で行

  • 【地蔵尊】と【大神宮】の灯篭 / 奈良県生駒郡三郷町

    奈良県生駒郡三郷町信貴南畑に【地蔵尊】があります。由緒等詳細は不明です。一体の大きな地蔵様の周りにたくさんの小さなお地蔵様が並んでいます。また、この【地蔵尊】の後ろには、「西国三十三所 巡礼」の標石が立っています。 場所: 奈良県生駒郡三郷町南畑 *この【地蔵尊】の場所からすぐ近くに「三郷町立南畑幼稚園」(奈良県生駒郡三郷町信貴南畑1丁目2−58)があります。 (撮影:2017/2/7) 【大神宮

  • 【南畑歌舞伎一座・日出座・鶴沢三枝碑と地蔵堂】奈良県生駒郡

    【南畑歌舞伎一座・日出座・鶴沢三枝碑と地蔵堂】奈良県生駒郡 案内板には、『南畑歌舞伎一座明治二十二年(1889)頃、南畑に「日出座」という歌舞伎一座があった。地元の人たちから南畑歌舞伎と呼ばれ親しまれていた日出座・座長の鶴沢三枝の碑が、この裏手にある。三枝は地元の青年に歌舞伎を教え一座を結成し、南畑を中心に法隆寺や田原本、更に大阪でも講演したという。その頃の日本は、清国と交戦して勝利を得たものの不

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