• 【南都鏡神社】(なんとかがみじんじゃ)奈良市高畑町

    【南都鏡神社】(なんとかがみじんじゃ)奈良市高畑町 【南都鏡神社】(なんとかがみじんじゃ)は、奈良県奈良市高畑町にある神社である。藤原広嗣を祭神とする。大同元年(806年)に新薬師寺の鎮守として境内南側にて創建された。藤原広嗣が処刑された唐津の鏡神社から勧請を受けたものと伝えられる。 現在の本殿は、延享3年(1746年)に春日大社の第三殿を譲り受け、移築されたものである。一間社春日造建築で、奈良市

  • 【比賣神社】(ひめがみじんじゃ)奈良市高畑町

    【比賣神社】(ひめがみじんじゃ)奈良市高畑町 【比賣神社】(ひめがみじんじゃ)は本神社東側の鳥居から10mほど東、新薬師寺のすぐ東南に鎮座されています。御祭神は、十市皇女。古来より「高貴の姫君の墓」比売塚(ひめづか)として伝えられていた所で、昭和56年(1981年)より十市皇女(とおちのひめみこ)を祭神として祀られるようになっています。十市皇女の父君は、大海人皇子(後の天武天皇)、母は額田姫王。天

  • 【新薬師寺】(しんやくしじ)奈良市高畑町 2/2

    【新薬師寺】(しんやくしじ)奈良市高畑町 2/2 【新薬師寺】(しんやくしじ)は、奈良市高畑町にある華厳宗の寺院である。本尊は薬師如来、開基(創立者)は光明皇后または聖武天皇と伝える。山号は日輪山(ただし、古代の寺院には山号はなく、後世に付したものである)。奈良時代には南都十大寺の1つに数えられ、平安時代以降は規模縮小したが、国宝の本堂や奈良時代の十二神将像をはじめ、多くの文化財を伝えている。奈良

  • 【新薬師寺】(しんやくしじ)奈良市高畑町 1/2

    【新薬師寺】(しんやくしじ)奈良市高畑町 1/2 【新薬師寺】(しんやくしじ)は、奈良市高畑町にある華厳宗の寺院である。本尊は薬師如来、開基(創立者)は光明皇后または聖武天皇と伝える。山号は日輪山(ただし、古代の寺院には山号はなく、後世に付したものである)。奈良時代には南都十大寺の1つに数えられ、平安時代以降は規模縮小したが、国宝の本堂や奈良時代の十二神将像をはじめ、多くの文化財を伝えている。奈良

  • 投稿した写真が Google で新記録を達成!閲覧回数 1,500,000 回 【生安寺】(しょうあんじ)大阪府柏原市

    投稿した写真の閲覧回数が 1,500,000 回を超えました。 Google マップでの自己新記録です。 👇 融通念仏宗【生安寺】(しょうあんじ)大阪府柏原市 #kazu1000 #kazuyoshi Kazuyoshi Sakamoto

  • 投稿した写真が Google で新記録を達成!閲覧回数 450,000 回 【住吉神社】(東大阪市)

    投稿した写真の閲覧回数が 450,000 回を超えました。 Google マップでの自己新記録です。 住所:大阪府東大阪市鴻池徳庵町 7 アクセス:JR片町線「徳庵駅」から約500m。 👇こちらは大東市の【住吉神社】(すみよしじんじゃ) 番外編 【ブログを動画化】⇒ YouTubeへアップ

  • 【大宮神社】(おおみやじんじゃ)大阪市旭区

    【大宮神社】(おおみやじんじゃ)大阪市旭区 ご祭神は、応神天皇・神功皇后・姫大神・大国主神・事代主神・鬼門守護大神他。 由緒について; 大宮神社の創建は、今から約800年昔、文治元年(1185年)2月、源義経が平氏追討の為下向の際、この地に一泊し、その時に宇佐八幡の神の霊夢を見、目覚めてみれば、一樹の梅の古木に霊鏡が掛けられていました。義経は吾に神助ありと勇気百倍、その鏡を奉じて平家を討ち滅ぼし、

  • 【島頭天満宮】(しまがしらてんまんぐう)大阪府門真市

    【島頭天満宮】(しまがしらてんまんぐう)大阪府門真市 大阪府門真市に【島頭天満宮】(しまがしらてんまんぐう)があります。境内には門真市の保存樹に指定されている大きな御神木のクスノキがあります。御祭神は菅原道真公。 由緒について; 当神社の創建年月日詳かならず。然し乍ら永井信濃守当地方を領せる寛永年間(一六二四)には既に存在ありし記録あり社殿は享保年間(一七一六)に再建。享和二年(一八〇一)の洪水で

  • 【顕証寺】(けんしょうじ)と【久宝寺寺内町】大阪府八尾市

    【顕証寺】(けんしょうじ)は、大阪府八尾市久宝寺にある浄土真宗本願寺派の寺院。山号は近松山。久宝寺御坊ともいう。 かつて、周囲に寺内町を形成し、現在もその町並みをとどめている。伝承によれば、久宝寺の地名は、飛鳥時代に聖徳太子が「久宝寺」を当地に創建したことに由来する。顕証寺西側の許麻神社(こまじんじゃ)境内には太子創建を伝える久宝寺観音院があったが、明治の神仏分離で廃絶した。 【顕証寺】(けんしょ

  • 【城南宮】(じょうなんぐう)京都市伏見区

    【城南宮】(じょうなんぐう)京都市伏見区 式内社で、旧社格は府社。「方除の大社」として知られている。息長帯日売命(神功皇后)、八千歳神(大国主神)、国常立尊を主祭神とし、他に天照皇大神、品陀別命、別雷神、大山咋神、天児屋根命、宇気毛智神を祀る。創立年代は不詳である。この地にあった式内社「真幡寸神社」に、神功皇后の三韓征伐の際に船上に立てた旗に神功皇后・八千戈神(大国主神)の神霊を添えて奉斎したのに

  • 【西本願寺】(にしほんがんじ)京都市下京区

    【西本願寺】(にしほんがんじ)京都市下京区 京都市下京区にある仏教寺院。浄土真宗本願寺派の本山である。山号は龍谷山(りゅうこくざん)。西本願寺は通称であり、正式名称は「龍谷山 本願寺」、宗教法人としての名称は「本願寺」である。京都市民からは「お西さん」の愛称でも親しまれている。真宗大谷派の本山である「東本願寺」(正式名称「真宗本廟」)と区別するため、両派の本山は通称で呼ばれることが多い。文永7年(

  • 【清凉寺】(せいりょうじ)京都市右京区 (2/2)

    【清凉寺】(せいりょうじ)京都市右京区 山号を五台山(ごだいさん)と称する。嵯峨釈迦堂(さがしゃかどう)の名で知られ、中世以来「融通念仏の道場」としても知られている。宗派は初め華厳宗、後に浄土宗となる。本尊は釈迦如来、開基(創立者)は奝然、開山(初代住職)はその弟子の盛算(じょうさん)である。棲霞寺草創から数十年後、当時の中国・宋に渡り、五台山(一名、清凉山)を巡礼した奝然(“ちょうねん”938-

  • 【清凉寺】(せいりょうじ)京都市右京区 (1/2)

    【清凉寺】(せいりょうじ)京都市右京区 山号を五台山(ごだいさん)と称する。嵯峨釈迦堂(さがしゃかどう)の名で知られ、中世以来「融通念仏の道場」としても知られている。宗派は初め華厳宗、後に浄土宗となる。本尊は釈迦如来、開基(創立者)は奝然、開山(初代住職)はその弟子の盛算(じょうさん)である。棲霞寺草創から数十年後、当時の中国・宋に渡り、五台山(一名、清凉山)を巡礼した奝然(“ちょうねん”938-

  • 【松尾大社】(まつのおたいしゃ/まつおたいしゃ)京都市西京区 (2/2)

    【松尾大社】(まつのおたいしゃ/まつおたいしゃ)京都市西京区 式内社(名神大社)で、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣。京都市西部、四条通西端に位置し、東端の八坂神社(祇園社)と対峙して鎮座する。元来は松尾山(標高223メートル)に残る磐座での祭祀に始まるとされ、大宝元年(701年)に文武天皇の勅命を賜わった秦忌寸都理(はたのいみきとり)が勧請して社殿を設けたといわれる。その後も秦氏(はたうじ

  • 【松尾大社】(まつのおたいしゃ/まつおたいしゃ)京都市西京区 (1/2)

    【松尾大社】(まつのおたいしゃ/まつおたいしゃ)京都市西京区 式内社(名神大社)で、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣。京都市西部、四条通西端に位置し、東端の八坂神社(祇園社)と対峙して鎮座する。元来は松尾山(標高223メートル)に残る磐座での祭祀に始まるとされ、大宝元年(701年)に文武天皇の勅命を賜わった秦忌寸都理(はたのいみきとり)が勧請して社殿を設けたといわれる。その後も秦氏(はたうじ

  • 【下桂御霊神社】(しもかつらごりょうじんじゃ)京都市西京区

    【下桂御霊神社】(しもかつらごりょうじんじゃ)京都市西京区 桂離宮の西に位置する御霊神社(ごりょう じんじゃ)は、下桂御霊神社(しもかつら ごりょう じんじゃ)とも呼ばれる。旧下桂村の産土神(うぶすなのかみ)、桂宮家の産沙神(産土神)になる。 祭神は、橘逸勢(たちばなのはやなり)、天兒屋根命(あめのこやねのみこと)を祀る。御霊社。御霊八社のひとつ。歴史年表 創建の詳細、変遷は不明。かつて、旧下桂村

  • 【桂離宮】(かつらりきゅう)京都市西京区桂 (6/6)

    【桂離宮】(かつらりきゅう)京都市西京区桂 江戸時代の17世紀に皇族の八条宮の別邸として創設された建築群と庭園からなる。面積は約7万平方メートルで、うち庭園部分は約5万8千平方メートルである。離宮とは皇居とは別に設けた宮殿の意であるが、「桂離宮」と称するのは明治16年(1883年)からで、それ以前は「桂別業」などと呼ばれていた。江戸時代初期の造営当初の庭園と建築物を遺しており、当時の朝廷文化の粋を

  • 【桂離宮】(かつらりきゅう)京都市西京区桂 (5/6)

    【桂離宮】(かつらりきゅう)京都市西京区桂 江戸時代の17世紀に皇族の八条宮の別邸として創設された建築群と庭園からなる。面積は約7万平方メートルで、うち庭園部分は約5万8千平方メートルである。離宮とは皇居とは別に設けた宮殿の意であるが、「桂離宮」と称するのは明治16年(1883年)からで、それ以前は「桂別業」などと呼ばれていた。江戸時代初期の造営当初の庭園と建築物を遺しており、当時の朝廷文化の粋を

  • 【桂離宮】(かつらりきゅう)京都市西京区桂 (4/6)

    【桂離宮】(かつらりきゅう)京都市西京区桂 江戸時代の17世紀に皇族の八条宮の別邸として創設された建築群と庭園からなる。面積は約7万平方メートルで、うち庭園部分は約5万8千平方メートルである。離宮とは皇居とは別に設けた宮殿の意であるが、「桂離宮」と称するのは明治16年(1883年)からで、それ以前は「桂別業」などと呼ばれていた。江戸時代初期の造営当初の庭園と建築物を遺しており、当時の朝廷文化の粋を

  • 【桂離宮】(かつらりきゅう)京都市西京区桂 (3/6)

    【桂離宮】(かつらりきゅう)京都市西京区桂 江戸時代の17世紀に皇族の八条宮の別邸として創設された建築群と庭園からなる。面積は約7万平方メートルで、うち庭園部分は約5万8千平方メートルである。離宮とは皇居とは別に設けた宮殿の意であるが、「桂離宮」と称するのは明治16年(1883年)からで、それ以前は「桂別業」などと呼ばれていた。江戸時代初期の造営当初の庭園と建築物を遺しており、当時の朝廷文化の粋を

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