• 【三獄神社のお札】高安山ハイキングコース 

    大阪府八尾市 高安山へのハイキングコースに「三獄神社」のお札が木に貼り付けてあるのを発見しました。詳細は不明です。 この休憩所から歩いて15分くらいで【鐸比古大神】(ぬでひこだいじん)へ行くことができます。👇

  • 【延命地蔵尊・尊水堂菩薩・めおと地蔵尊】大阪市福島区

    【延命地蔵・尊水堂菩薩・めおと地蔵尊】大阪市福島区 瓦造りの2つの御堂が合体したような御堂です。左側の御堂は、「延命地蔵尊」で4体の丸彫り造りの地蔵さんがいます。右側の御堂は、「尊水堂菩薩」です。また、同じ御堂内に「めおと地蔵尊」で30センチ程の道祖神の石仏があります。 場所:大阪府大阪市福島区玉川1丁目4-17のカフェ、「cafe huehue tenango」の道を挟んで前にあります。 (撮影

  • 【野田城跡】と周辺 大阪市福島区

    「極楽寺」の前に【野田城跡】の標石があります。戦国時代にこの周辺に野田城という城郭が築かれ、「恵美須神社」も城郭の一部に取り込まれたのではないかと考えられています。安土桃山時代になると織田信長と三好三人衆と間で野田城・福島城の戦いが繰り広げられ戦乱の地となりました。そのような中、当社も野田城の守護神、武士たちの信仰の対象ともなったようです。 アクセス:大阪市営地下鉄千日前線玉川駅から徒歩約5分、ま

  • 【大井戸公園】尼崎市

    近松門左衛門墓所のある広済寺と、近松の遺品約100点を展示する近松記念館に隣接した日本庭園風公園。池のせせらぎの中、多くの人が訪れています。1月はスイセン、3月は梅、4月は桜、6月はあやめ、秋は紅葉など、四季折々の表情豊かな公園。 住所:兵庫県尼崎市南武庫之荘3丁目425 #じゃらん #じゃらんネット #観光 #観光スポット #神社 #社寺仏閣 #絶景 #Sakamoto119 #muragon

  • 【花隈城跡】(はなくまじょうあと)神戸市中央区

    【花隈城跡】(はなくまじょうあと)は、兵庫県神戸市中央区の元町駅西方にあった日本の城。別名は花熊城。花隈城は「鼻隅城」と書くこともあった。これは六甲山の丘陵が海に突き出ている様子を「鼻」、その稜線を「隅」で言い表したものである。またかつてはこの付近一帯のことを「花熊」と呼んでいたことも窺える。 永禄10年(1567年)、織田信長が荒木村重に命じて築かせたと言われているが、この時期信長はまだ入京して

  • 【太福寺】(たいふくじ)神戸市

    【太福寺】(たいふくじ)神戸市 JR道場駅駅から東の踏切を渡り、左折しすぐ北側にあります。太子堂としても親しまれています。聖徳太子のご請願によって創建されたお寺です。この辺は四天王寺の荘園で太福寺は四天王寺の別当寺だそうで、また、太子の福が授かる寺としてその名が付けられました。旧来は生野の村人すべてを檀徒とする寺で栄えていたそうです。この太福寺では毎年2月11日に太子祭が行われます。生野地区で前の

  • 【中野古墳群】(なかのこふんぐん)神戸市

    【中野古墳群】(なかのこふんぐん)神戸市 中野古墳群 中野1号墳:神戸市北区道場町中野のJR道場駅すぐ北側の道路沿いに石室が開口しています。周辺に5基分布しますが、見学可能なのはこの1号墳のみです。径19mの円墳で周囲を削られていますが、全長約10mの大型石室はほぼ完存、玄室幅2m、高さ3mの巨石を使った左片袖式です。 神鉄道場駅近くにはきれいに復元された円墳と前方後円墳があります。 #じゃらんネ

  • 【子安地蔵尊】(こやすじぞうそん)大阪市住吉区

    【子安地蔵尊】大阪市住吉区 立派な御堂の子安地蔵尊です。中には、大阪市指定文化財になっている50センチ程の木彫の地蔵さんが、錫杖と宝珠を持って立っています。右手には、五大力尊の御堂が有ります。 住所:大阪府大阪市住吉区住吉2-9-89 #じゃらんネット #観光スポット #社寺仏閣 #ムラゴン #むらごんブログ #Sakamoto119

  • 【御文庫】(おぶんこ)大阪市住吉区

    【御文庫】(おぶんこ) この土蔵造りの建物は享保8年(1723年)、書物を収める目的で創建された。施主は大坂を中心に京・江戸の書籍商たちである。この年、大坂の書籍商は排他的同業組合である株仲間の結成を公許されている。これを機に仲間の店が上梓した書籍の成功を祈念して住吉神前に奉納した。それ以降、明治6年(1873年)の株仲間廃止まで、わずかな中断はあったものの奉納されて書物は膨大な数に上る。和書漢籍

  • 住吉大社 【招魂社】(旧住吉神宮寺護摩堂)

    住吉大社 【招魂社】(旧住吉神宮寺護摩堂) 神職や崇敬者を代表するような人をはじめ、特別の奉仕をした人々や殉職者や偉業者など、住吉大社に縁の深い人などを祖霊神として祀っています。春分の日と秋分の日の2回お祭りがあります。 ご祭神: 諸霊神(もろもろのみたまのかみ) 住所:大阪府大阪市住吉区住吉2-9-89 (住吉大社境内) #じゃらんネット #観光スポット #社寺仏閣 #ムラゴン #むらごんブログ

  • 「臨南寺」(りんなんじ)大阪市東住吉区

    大阪市東住吉区長居公園1にある「含松山(がんしょうざん)臨南寺(りんなんじ)」です。臨南寺は、福井県永平寺、神奈川県總持寺を両大本山とする曹洞宗の寺院。 寺伝によれば、江戸時代正保2年(1645年)約365年前、天草代官などを歴任した鈴木三郎九郎重成公が先祖の菩提を弔うために、開山萬安英種禅師(後に宇治興聖寺を中興)を請し創建した寺。 かつては、本堂、庫裡、土蔵、薬医門、禅堂、鎮守堂などを有した。

  • 【碓井八坂神社】(うすいやさかじんじゃ)と史跡 井徳院址

    羽曳野市碓井に鎮座する【碓井八坂神社】(うすいやさかじんじゃ)と史跡 井徳院(いとくいん)址です。白鳥神社から近鉄南大阪線の東側を北へ向かって進んで集落の切れ目近くに鎮座しています。【碓井八坂神社と史跡 井徳院址】について;八坂神社は、もとは「井徳院」と言われた奈良時代の寺の鎮守であったか、あるいは古市神社からの分社であると考えられ、延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)にも記されていないの

  • 【瀧谷不動明王寺】(たきだにふどうみょうおうじ)富田林市

    【瀧谷不動明王寺】(たきだにふどうみょうおうじ)は大阪府富田林市にある真言宗智山派の仏教寺院。日本三不動のひとつ[1]。山号は瀧谷山。正式な寺号は明王寺。一般には山号の瀧谷山にちなんで滝谷不動、滝谷不動尊と言う。また、「目の神様」「芽の出る不動様」などと呼ばれる。寺伝によれば、821年(弘仁12年)に空海が龍泉寺に参籠したときに、国家安泰、万民化益を願い、一刀三礼で不動明王・矜羯羅童子(こんがらど

  • 【隔夜堂】(かくやどう)大阪府南河内郡太子町

    【隔夜堂】(石造阿弥陀如来坐像)「府指定文化財」 叡福寺の山門の道を隔てて向いに隔夜堂という小さなお堂があります。お堂の本尊は石造阿弥陀如来坐像で、平安時代末期の作と言われており、昭和45年に大阪府文化財に指定されています。 場所:大阪府南河内郡太子町太子 #じゃらんネット #観光スポット #社寺仏閣 #ムラゴン #むらごんブログ #Sakamoto119

  • 【叡福寺】(えいふくじ)大阪府南河内郡太子

    【叡福寺】(えいふくじ)は、大阪府南河内郡太子町にある仏教寺院。聖徳太子の墓所とされる叡福寺北古墳(磯長墓〈しながぼ〉)があることで知られる。山号は磯長山(しながさん)、本尊は如意輪観音である。開基(創立者)は、聖徳太子または推古天皇とも、聖武天皇ともいわれる。宗派は真言宗系の単立寺院で、太子宗を名乗る。また「上之太子」と呼ばれ、「中之太子」野中寺(羽曳野市)「下之太子」大聖勝軍寺(八尾市)ととも

  • 【西方院】(さいほういん) 大阪府太子町

    【西方院】(さいほういん)は、大阪府南河内郡太子町にある浄土宗の仏教寺院。山号は南向山、寺号は法楽寺。 寺伝によれば、創立は推古天皇30年(622年)、開基は三尼公(善信尼、禅蔵尼、恵善尼)。本尊は阿弥陀如来と十一面観音菩薩。 『河内名所図会』等に見える伝承によれば、622年に聖徳太子が死去した後に出家した三人の侍女、善信(俗名月益、蘇我馬子の娘)・禅蔵(俗名日益、小野妹子の娘)・恵善(俗名玉照、

  • 【仲姫命陵古墳】(なかつひめのみことりょうこふん)

    【仲姫命陵古墳】(なかつひめのみことりょうこふん) 大きさは墳丘長290メートル!古市古墳群で2番目、藤井寺市内で1番大きな古墳です。5世紀前半に築造された大型前方後円墳です。墳丘長は290mで古市古墳群では応神天皇陵古墳(羽曳野市)に次ぐ大きさを誇ります。後円部側には陪塚と考られる鍋塚古墳があります。 所在地 :大阪府藤井寺市沢田4丁目 アクセス:土師ノ里駅から南西へ約300メートル

  • 【常光寺】(じょうこうじ)八尾市本町

    【常光寺】(じょうこうじ)八尾市本町  河内西国三十三箇所3番。おおさか十三仏霊場5番。臨済宗南禅寺派の寺院。南禅寺塔頭金地院の末寺で、山号は初日山。 通称は八尾地蔵尊。本尊は地蔵菩薩で、弘仁年間(810年 - 824年ごろ)、小野篁の作と伝えられている。 山門脇に大坂城の残石と「河内最古之音頭発祥地」の碑がある。また、境内に大坂の役で戦死した藤堂家の戦死者の墓がある。 奈良時代に僧行基が創建した

  • 【つるのはしの跡】大阪市生野区

    【つるのはしの跡】大阪市生野区 古代・仁徳天皇の時代に、多くの百済からの渡来人が住む地を「百済郡」と呼んでいたが渡来人がブタ(猪)を飼う技術を持っていたことから「猪飼野(いかいの)」と呼ぶようになったとのことです。渡来人の優れた技術により、文献上日本最古の橋が「百済川」(現在の平野川)に架けられ、通称「つるのはし」と呼ばれたことが現在の「鶴橋」の地名になったそうです。 ツルがよく飛来したので「つる

  • 【明圓寺】(めいえんじ)前の「地蔵尊」

    【明圓寺】(めいえんじ)は淡海山と号し浄土真宗西本願寺末にして阿弥陀仏を本尊とします。建久三年(一一九二年)源三位佐々木秀義の四男である佐々木高綱の開基。当時は、成法寺村にあり真言宗に属した 天文二年(一五三三年)八世住職佐々木了秀が当所に移転し 天文十年浄土真宗に転じる 『淡海山』は 佐々木家が近江の豪族であったことから『近江』と言う名に由来するものです。明圓寺の前の道を挟んで向いには大きな「地

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