• 【羽呉神社】(はきもの神社)大阪市浪速区日本橋東

    【羽呉神社】(はきもの神社)大阪市浪速区日本橋東 こ神社は、大阪市天王寺区夕陽丘町にある「大江神社」の境外末社にあたります。高い建物に挟まれ前が阪神高速の高架なので見つけ難い場所に鎮座しています。この辺りには「でんでんタウン」がありますが、この【羽呉神社】(はきもの神社)は「はきはきタウン」と呼ばれる「御蔵跡履物街」に関係があります。 「御蔵跡履物街」は、浪速区日本橋東3丁目1番・5番、浪速区日本

  • 【石切劔箭神社 上之社】(いしきりつるぎやじんじゃうえのしゃ)大阪府東大阪市

    【石切劔箭神社 上之社】(いしきりつるぎやじんじゃうえのしゃ)大阪府東大阪市 石切駅からほど近い坂の上に鎮座しており、「石切劔箭神社下之社(本社)」の奥の院になります。祭神は本社と同様に、饒速日尊(ニギハヤヒ)・可美真手命(ウマシマデ)の二柱の神を祀っており、皇紀2年(神武天皇即位2年)、出雲平定を命じられた可美真手命が、生地である此の地に饒速日尊を祀ったことに始まるとされています。 なお、本社か

  • 【宿奈川田神社】(すくなかわたじんじゃ)「通称 :白坂神社」大阪府柏原市

    【宿奈川田神社】(すくなかわたじんじゃ)大阪府柏原市 式内社で、旧社格は村社。地元では通称 「白坂神社」と呼ばれ、地図や看板でもそのように表記されている。 宿奈彦根命・高皇産霊命・級戸辺命を主祭神とする。『神社覈録』や『特選神名牒』では「祭神不詳」となっている。 創建の由緒は不詳である。近くにある天湯川田神社(柏原市高井田89)とともに、当地を拠点としていた鳥取連が祖神を祀ったものとみられる。弘仁

  • 【柏原黒田神社】(かしわらくろだじんじゃ) 大阪府柏原市

    【柏原黒田神社】(かしわらくろだじんじゃ) 大阪府柏原市 「柏原黒田神社」は、1969年(昭和44年)に藤井寺市にある「北条黒田神社」より分社された神社で、過去は別名を塩殿神社(ショウデンさん)と言い、海運、広くは、交通安全の神として塩土老翁をまつっていた。分社後は「黒田神社」のご祭神もおまつりしている。黒田神社の名の由来は、農民の人々が耕している田畑が、黒々と肥えてほしい、と願ったことだと言い伝

  • 【大阪市内神社巡り+観光スポット】(2/2)

    【大阪市内神社巡り+観光スポット】(2/2) ④【難波宮史跡公園】 復元された大極殿基壇とその手前に八角殿を模した構造物を見ることができます。 難波宮(なにわのみや)は、飛鳥時代・奈良時代の難波(現在の大阪市中央区)の上町台地の先端付近にあった古代宮殿。 住所 :大阪市中央区法円坂1 アクセス 地下鉄谷町線「谷町四丁目」駅すぐ、JR大阪環状線「森ノ宮」駅より徒歩5分 ⑤【大阪仮病院跡】 大阪市天王

  • 【大阪市内神社巡り+観光スポット】(1/2)

    【大阪市内神社巡り+観光スポット 】(1/2) ①【鵲森宮】(かささぎもりのみや)は、大阪府大阪市中央区にある神社。式内社で、旧社格は府社。通称を森之宮神社(もりのみやじんじゃ)といい、周辺の地名である森之宮の由来となっている。聖徳太子の両親である用明天皇・穴穂部間人皇后、および聖徳太子を主祭神として本社に祀り、奧社に天照大神・月読命・素盞嗚命を祀る。 所在地 :大阪府大阪市中央区森之宮中央一丁目

  • 【道明寺天満宮】(どうみょうじてんまんぐう)大阪府藤井寺市

    【道明寺天満宮】(どうみょうじてんまんぐう)大阪府藤井寺市  祭神は菅原道真公、天穂日命と、菅原道真公のおばに当たる覚寿尼公である。 隣接して道明寺という真言宗の尼寺がある。 この地は、菅原氏・土師氏の祖先に当たる野見宿禰の所領地と伝え、野見宿禰の遠祖である天穂日命を祀る土師神社があった。 仏教伝来後、土師氏の氏寺である土師寺が建立された。伝承では聖徳太子の発願により土師八島がその邸を寄進して寺と

  • 【若江鏡神社】(わかえのかがみじんじゃ)大阪府東大阪市

    【若江鏡神社】(わかえのかがみじんじゃ)大阪府東大阪市 創建は不明です。『日本文徳天皇実録』には、斉衡元年(854年)夏四月の条に「授河内国大雷火明神従五位下」と神階をすすめた記述があり、これが若江鏡神社のことと考えられています。鎮座地の北側に若江城があった関係で、歴代城主の崇敬を受けました。慶長20年(1615年)の大坂夏の陣で、兵火にかかって社殿や神宝が焼失しました。江戸時代の文政11年(18

  • 【鍋塚古墳】(なべづかこふん)と【道明寺】(どうみょうじ)大阪府藤井寺市

    【鍋塚古墳】(なべづかこふん) 大阪府藤井寺市沢田に所在する古墳(方墳)。古市古墳群に属しており、国の史跡に指定されている。仲津山古墳(伝仲姫命陵)の後円部に近接して築造された、一辺50メートル、高さ7メートルの方墳であり、濠があった可能性がある。内部構造は明らかでないが葺石と埴輪列が確認されている。円筒埴輪の他、家、盾、靫、蓋(きぬがさ)形の形象埴輪が用いられている。円筒埴輪には黒斑を有し、類似

  • 【柏原神社】(かしわらじんじゃ)大阪府柏原市

    柏原市今町に鎮座する【柏原神社】(かしわらじんじゃ)です。別称は「お稲荷さん」と呼ばれているそうです。 今町の旧奈良街道に面したところに有り、御祭神は、白鬚大明神です。  所在地:大阪府柏原市今町2-1-20 #じゃらん #じゃらんネット #観光 #観光スポット #神社 #社寺仏閣 #絶景 #Sakamoto119 #muragon

  • 【長瀬神社】(ながせじんじゃ)大阪府東大阪市

    【長瀬神社】(ながせじんじゃ)大阪府東大阪市 由緒 :明治の神社合祀令に基づき、大正元年に長瀬村各大字の神社を合祀し、長瀬神社を創建した。  北蛇草の蛇斬神社「素盞嗚尊、菅原道真」 天神社「少彦名伝」 波牟古曽神社「伊弉諾尊、伊弉册尊」 柏田の白山神社「菊理姫大神、品陀和気神」 衣摺神社「素盞嗚尊」 を合祀した。 波牟古曽神社は延喜式神名帳記載の河内国渋川郡の式内社で、古い歴史を持っている。戦後、

  • 【彌刀神社】(みとじんじゃ) 大阪府東大阪市

    【彌刀神社】(みとじんじゃ) 大阪府東大阪市 平安時代927年(延長5年)に出された「延喜式」の神名帳(じんみょうちょう)に、河内国若江郡22座の中に記載されていて、室町時代からは市場の神としても崇敬され繁栄してきた神社だ。江戸時代にはこの辺りの集落が発展するに伴い、土地の神として村人の崇敬を集め、長瀬川右岸堤防に続く広大な神社用地を有していた。延喜式内の古社であるここの神殿は、1874年(明治7

  • 【石神社】~【普門山妙法寺】「太平寺仏舎利塔」大阪府柏原市

    【石神社】から普門山妙法寺の「太平寺仏舎利塔」へ ①【石神社】(いわじんじゃ) 延喜式神名帳に記されている式内社で、旧社格は郷社。 神社は、柏原市太平寺地区の生駒山地南端に近い小高い丘陵の山腹に位置する。 麓の境内に社務所が、高い石段を登った ところに社殿がある。 祭神の石姫皇女は、宣化天皇の皇女、欽明天皇の皇后である 。他に石長姫命、熊野権現。 境内にある大きなクスノキは、周囲約6メートル・高さ

  • 【観音寺】(かんのんじ)大阪府柏原市

    【観音寺】(かんのんじ)は、かってこの地にあった智識寺の法灯を継ぐと伝え、その縁起は後鳥羽院(在位:1183~98年)の時、源頼朝が勅を奉じて、2寺を合わせて1ヵ寺としたという。智識寺は奈良時代の創建で、7堂伽藍を備えた河内6大寺の1つで、聖武天皇や孝謙(称徳)天皇の行幸、礼仏で知られる。聖武天皇は740年(天平元年)に行幸、当時としては日本最大であった丈六の大仏を見た感動から東大寺大仏の造立発願

  • 【鐸比古鐸比賣神社】(ぬでひこ ぬでひめじんじゃ)大阪府柏原市

     【鐸比古鐸比賣神社】(ぬでひこ ぬでひめじんじゃ)大阪府柏原市 近鉄大阪線堅下駅から東へ約700m(高尾山麓) 河内国大県郡(柏原市平野、大県地区)の氏神であり、背後にそびえる高尾山(標高:278m)を神体山・磐座としている。 神社縁起によると創建は成務天皇二十一年(151年)とされるが、実際の年代は不明。 祭神は「鐸比古命」「鐸比売命」。 鐸比古命は垂仁天皇の子であり、「沼滞別命」「鐸石別命」

  • 【石神社】(いわじんじゃ)大阪府柏原市

    【石神社】(いわじんじゃ)大阪府柏原市 延喜式神名帳に記されている式内社で、旧社格は郷社。 神社は、柏原市太平寺地区の生駒山地南端に近い小高い丘陵の山腹に位置する。 麓の境内に社務所が、高い石段を登った ところに社殿がある。 祭神の石姫皇女は、宣化天皇の皇女、欽明天皇の皇后である 。他に石長姫命、熊野権現。 境内にある大きなクスノキは、周囲約6メートル・高さ約16メートル以上の大木で、樹齢700~

  • 【誉田八幡宮】(こんだはちまんぐう)大阪府羽曳野市

    【誉田八幡宮】(こんだはちまんぐう)大阪府羽曳野市 旧社格は府社。主祭神は応神天皇で、誉田御廟山古墳(応神天皇陵)の直ぐ南に鎮座する。社伝によると、欽明天皇20年(559年)に任那の復興を目指した欽明天皇によって、応神天皇陵前に神廟が設置されたことをもって創建としている。このことから最古の八幡宮を称している。奈良時代には行基によって神宮寺の長野山護国寺も創建された。永承6年(1051年)の後冷泉天

  • 【白鳥神社】(しらとりじんじゃ)大阪府羽曳野市

    【白鳥神社】(しらとりじんじゃ)大阪府羽曳野市 日本武尊、素戔嗚命、稲田姫命を祀る。明治時代に近隣の高屋神社を合祀し、その祭神である饒速日命、広国押武金日命(安閑天皇)を合せ祀る。元は軽里の西方の伊岐谷にある白鳥陵の頂に鎮座し、「伊岐宮(いきのみや)」と呼ばれていた。南北朝・戦国の兵火により衰微し、峯ケ塚古墳の頂の小祠として祀られてきたが、慶長9年(1596年)の慶長の大地震で倒壊し、そのまま放置

  • 【伯太彦神社】(はくたひこじんじゃ)大阪府柏原市玉手町

    「安福寺」に隣接して【伯太彦神社】(はくたひこじんじゃ)が鎮座しています。祭神 は、伯太彦命(伯太姫命と夫婦神で、この地域一体を支配していた田辺氏の氏神であろうと言われています。)、廣國押武金日命。摂社:若宮神社「大物主神」、稲荷神社「保食神」。 由緒については、案内板によりますと、「河内国安宿郡の延喜式神名帳の記載社。 近くを流れる石川を伯太川と云ったようで、安宿郡資母郷の伯太川沿岸で農耕に従事

  • 【梅之家神社】(うめのいえじんじゃ)大阪府柏原市

    【梅之家神社】(うめのいえじんじゃ)大阪府柏原市 柏原市 大阪府柏原市玉手山町に鎮座する「伯太彦神社(はくたひこじんじゃ)」へ向かう途中で「梅之家神社うめのやじんじゃ」と彫られている石標があります。横のやや急なコンクリート階段を上がると鳥居、手水鉢、本殿や拝殿もなく普通の家があるだけです。その家には紙垂(しで)がかけられています。拝殿になるのでしょうか。ネットで調べますと、御祭神:大平大神、天宇受

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