• 【足代神社】(あじろじんじゃ)と正体不明の祠 / 東大阪市

    【足代神社】(あじろじんじゃ)  由来について: 「当神社は終戦後より足代の地に御鎮座ましまして天在諸神(あまにますのももくのおおかみ)が祀りされています。当初より足代に持住す正木直市氏が御奉仕して来られましたが此の度、当浅草寺二十周年記念を契機に御社二体一式を当寺へ寄贈されました。足代の氏神として御守護頂けることになりました。」この小さな神社は路地端に祠が並んでいて境内地はありません。また、赤い

  • 【大阪稲荷山神社】(おおさかいなりやまじんじゃ)東大阪市

    【大阪稲荷山神社】(おおさかいなりやまじんじゃ)  この神社は阪奈道路の下り線の下にあります。今回は池之端の春日神社を参拝した後に歩いて行きましたが、大阪稲荷山動物霊園(大阪稲荷山ペットパーク)を目印に向かうと分かりやすいです。霊園に入り阪奈道路を少し超えたところに神社が鎮座しています。この霊園の案内板によると、稲荷大神とは、宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)・佐田彦大神(さたひこのおおかみ

  • 【石切 奥の院瀧】/【白光大神】【熊繁大神】東大阪市上石切町

    東大阪市上石切町 に鎮座する【白光大神】/【熊繁大神】。  石切神社上の宮(かみのみや)の階段に辿り南を見ると鳥居のようなものが見えます。看板には次のように書かれています。「石切 奥の院瀧」、「河内石切 白光大神本社」、「神道石切教会」、「石切高野山 波切不動尊」、「石切 水子地蔵尊」。【白光大神】について:本教主宰神『白光大神』は古く万葉の歌にも詠まれた神体山生駒の麓に白蛇を神使と成し大地母神、

  • 【旧春日神社本殿跡】東大阪市

    【旧春日神社本殿跡】東大阪市  由緒については、四条村の氏神であったこの春日神社は、中臣氏の祖神の天児屋根命(あめのこやねのみこと)を祭神とし、もとは村の東橋の字宮ノ前、現在のさくら荘となっている所に祀られていました。明治五年(1872)、明治政府による神社の統合整理により、近郷の神社と共に枚岡駅の東側に鎮座する河内の国一の宮の枚岡神社ひらおかじんじゃに合祀されることになったため、残る社殿と石鳥居

  • 【鎮宅霊符神社】(ちんたくれいふじんじゃ)東大阪市

    【鎮宅霊符神社】(ちんたくれいふじんじゃ)  この神社の「鎮宅神」の祭祀は、火災予防の咒法(じゅほう)を行い、その咒符(じゅふ)をおすものです。家屋を火災や災難から守り、家内平穏無事を守るその呪法を行う神社です。祭神 :北辰鎮宅霊応如意天導。由緒については、「創建は今を去る五百年前応仁年間に安御清明を祖とする、陰陽寮長宮土御門家より勧請されたと伝えられる由緒濃い祭神で天文歴道を司る神として起源は古

  • 【水神宮】( すいじんぐう)東大阪市 善根寺町

    【水神宮】( すいじんぐう)東大阪市  東大阪市善根寺町に鎮座する【水神宮】( すいじんぐう)へ向かう道の途中に「清光寺」があり、不動明王が祀られています。その横を通り過ぎ、さらに上へ行きます。鳥居が見えてきたら、そこが【水神宮】です。 この神社についての由緒由来は不明です。こんな山の中にありますが、水神宮という名前から水源を守る神であろうと想像します。 山の中とはいえ舗装された道が続いているので

  • 【五條八幡宮】(ごじょうはちまんぐう)東大阪市五条町

    【五條八幡宮】(ごじょうはちまんぐう)  由緒等は不明です。この神社は発見することはかなり難しいと思割れます。石標二本にはきちんと「五條八幡宮」と彫ってあります。ご神体と思われる八幡宮と彫られた石には注連縄かかっています。建物らしきものは無く祠もありません。  住所:大阪府東大阪市五条町  #japan #travel #jaran #journal #spot #じゃらん #旅行 #旅行記 #ス

  • 【長尾の滝】(天龍院・八大龍王尊)東大阪市 ①

    【長尾の滝】(天龍院・八大龍王尊) 東大阪市 生駒山の中腹にある【長尾の滝】へハイキングを兼ねて行きます。近鉄奈良線の額田駅から約40分です。東大阪市の枚岡公園(近鉄枚岡駅で下車)からだと生駒山方面にハイキングコースがあります。この枚岡公園を左手に進むと「長尾の滝→」の看板があり徒歩約30分です。今回は額田駅で下車し山へ向かって急な坂を登って行きます。道に沿って左側に川が見えてきて、その川沿いに大

  • 【大石神社】(おおいしじんじゃ)東大阪市山手町 ②

    【大石神社】(おおいしじんじゃ)  近鉄奈良線の額田駅から「七尾の滝」を経て生駒山頂に向かう谷川沿いの道にあります。 鳥居には「大石大明神」と彫られており、御神体と思われる大きな石の前には「大石明神」という額がかけられています。更に奥へ行くと「天命地蔵尊」があり、その横の建物には「神道大石教会本部」と彫られた石柱が立てかけられています。谷川沿いにあるこの境内は広くありませんが、石造物は数多くありま

  • 【大石神社】(おおいしじんじゃ)東大阪市山手町 ①

    【大石神社】(おおいしじんじゃ)  近鉄奈良線の額田駅から「七尾の滝」を経て生駒山頂に向かう谷川沿いの道にあります。 鳥居には「大石大明神」と彫られており、御神体と思われる大きな石の前には「大石明神」という額がかけられています。更に奥へ行くと「天命地蔵尊」があり、その横の建物には「神道大石教会本部」と彫られた石柱が立てかけられています。谷川沿いにあるこの境内は広くありませんが、石造物は数多くありま

  • 【楠木正行公の首塚】東大阪市山手

    東大阪市の近鉄額田駅から「長尾の瀧」に向かって歩くと「重願寺」の手前に【楠木正行公の首塚】の小さな案内板があります。それに従って歩いて行くと住宅地の一角に小さな石龕が祀られてあります。 楠木正成の長男である正行は父子2代にわたる南朝方の忠臣として後世に名をとどめており、1348年(正平3年)高師直軍との四条畷の戦いで破れ、弟正時と差し違えて自害したといわれるが、その墓は四条畷神社が管理している「小

  • 【権現塚と恩蹕遺趾碑】東大阪市豊浦町 

    【権現塚と恩蹕遺趾碑】東大阪市豊浦町   徳川家康本陣跡之碑がある枚岡中央公園から西150mいったところには【権現塚と恩蹕遺趾碑】があります。「権現塚」は大坂夏の陣の時家康が一泊した中村四郎右衛門宅跡の一画にあります。また、家康の陣所であった由緒を記す、「恩蹕遺趾碑」が建立されています。昭和七年(1932)に建てられた「恩蹕遺趾碑」は、徳川家康本陣跡(中村四郎右衛門邸跡)について記されており、中村

  • 【春日神社】(かすがじんじゃ)東大阪市池之端

    【春日神社】(かすがじんじゃ)東大阪市池之端  鳥居の右下に蛙の手水舎のようなものがあります。この神社の鳥居をくぐり、石段を登ると短い参道の先、左手に再び鳥居があるのが見えます。鳥居から更に上へと長い石段が続いており、その先に「絵馬堂」と呼ばれる建物があります。由緒について;「今から約六十年前、時は正徳三年(1713)池之端が戸数次第に増加し村が繁栄するにつれ、信仰厚き村民が村独自の天神を勧請し村

  • 【春日神社】(かすがじんじゃ)東大阪市布市町

    【春日神社】(かすがじんじゃ) 東大阪市布市町  由緒;御祭神;天児屋根命、比売大神、経津主命、武甕槌命。東大阪市布市の家並み西端、恩智川に近い宇宮山に鎮座します。祭神は春日四神(天児屋根命、比売大神、経津主命、武甕槌命)で、慶安2年(1649年)に記録が焼失して創祀は不明です。延享2年(1745年)に再建されたといわれています。明治5~12年(1872年~79年)に石切劔箭神社へ合祀されています

  • 【日吉神社】(ひよしじんじゃ)東大阪市中野

    【日吉神社】(ひよしじんじゃ) 東大阪市中野   由緒;御祭神;大山咋命(おおやまくいのみこと)。神社の西側の道が旧河内街道です。神社は、江戸時代以前には、高倉墓地(たかくらぼち)のところにあったと伝えられ、もと山王権現といって、大山咋命(おおやまくいのみこと)を祀っています。安産の御札御礼を出していて、村中で難産する人はいなかったということです。  住所:大阪府東大阪市中野1丁目8番

  • 【市杵嶋姫神社】 ( いちきしまひめじんじゃ ) 東大阪市

    【市杵嶋姫神社】 ( いちきしまひめじんじゃ )  大阪府東大阪市客坊の氏神様です。明治五年まで今の客坊公民館の場所にあったそうですが、明治五年(1872)に枚岡神社(ひらおかじんじゃ)への合祀後、昭和十二年に現在の場所に移ってきたそうです。祭神は市杵嶋姫であり、この神様は実は弁財天です。 昭和十二年(1937)に社殿と石造物等が現在地に移設、正確には合祀によって廃社となっていますので「旧市杵島神

  • 【式部御野縣主神社】(みのあがたぬしじんじゃ)八尾市上之島町南

    【式部御野縣主神社】 「御野縣主神社」の南方に鎮座しています。この神社の 由緒等の詳しい事は不明です。明治四十四年(1911)に「玉祖神社」に合祀された様です。明治初期には第十六区の無格社とされていますが、当時の万願寺村に鎮座する神社であったそうです。境内の1対の狛犬には、天保十二年(1841)の年号があります。社標の横に火袋があり,延享三年(1746)に式部村の村人によって奉納されたものだそうで

  • 【諏訪神社】(すわじんじゃ)東大阪市中新開

    【諏訪神社】(すわじんじゃ)東大阪市  由緒について;御祭神;諏訪大明神、稲荷大明神、筑羽大権現。諏訪神社に伝わる「氏神三社興隆期」(市文化財に附指定)には、神社の縁起について次のようなことが記されています。大日本國五機内河内国河内郡に勧請奉る諏訪大明神は吾が先祖信濃国諏訪の住人諏訪連の子孫、動乱により当地に来たりて耕作し、新田を開き中新開村と名付け、先祖をお祭りするために三社を勧請奉り建立す。中

  • 【角田神社】(すみだじんじゃ)東大阪市角田

    【角田神社】(すみだじんじゃ)  由緒について;平成七年に新社殿建設とあり、平成八年に旧神社跡地に付き昔より参詣の多い柳谷観音を祭ることを決定したとある。 この地区に中河内立願講があり、百年以上前より毎年四月六日に講詣りがされている。眼病、諸病で悩む人々が高齢者で、本山への参詣が出来ない人々の為に、この角田神社の跡を改装して本山柳谷楊谷寺より分尊を戴き、角田柳谷観世音菩薩としてお祭りする。  住所

  • 【彌栄神社】(いやさかじんじゃ 、通称:やえじんじゃ) 東大阪市

    【彌栄神社】(いやさかじんじゃ 、通称:やえじんじゃ)   由緒について; 御祭神;素盞鳴命・天穂日之命 神社は旧大和川支流の東岸近くに位置し、もとは牛頭天王)と称されていました。 創建年代は不明ですが、祭神は須佐之男命です。伝えによれば、天正の頃、石山合戦により村落とともに消失したと伝えられています。 その後、慶長5年(1600)に片桐且元より社地を拝領し社殿を再建したと宮の記録に記されています

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