赤坂駅 (東京都)

  • 港区の歴史 その1 港区の歴史 その1

     『港区の100年』から抜粋します。  麻布區役所:明治11年7月22日「郡区町村編制法」が発布され、同年11月2日、これまでの「府下11大区69小区」を「15区6郡」に分割する。麻布區は15区に一つとして同年11月4日、麻布區宮村町63番地「龍澤寺」内に開庁した。その後、麻布市兵衛町へ庁舎を新築したが、老朽化と手狭になったため明治42年6月改築された。  赤坂區役所:明治11年7月22日「郡区町

  • 赤坂をどり 日本の風情と色彩 ⑥ 赤坂をどり 日本の風情と色彩 ⑥

     赤坂をどり第四十四回。  西川流「いたこ音頭」芸者衆が手ぬぐいを使って舞います。  彩 裕子 さや香 由良子 まさ美  〽いたこ出島のまこもの中で菖蒲咲くとはしおらしいや さあよいや さあよいやさあ  西川流「夜ざくら」男が牡丹色の着物と白地に格子の帯。もうひとりの男は山葵色(わさびいろ)の着物に白地の格子の帯。女は水色の着物に菱型の緋色の帯。三人とも扇を持って舞う。  緋色  男 秀千代 寿美

  • 赤坂をどり 日本の様式 ⑤ 赤坂をどり 日本の様式 ⑤

     赤坂をどり第四十四回  藤間流「吉原雀」長唄囃子連中  雀科の一種「よしきり」という夏鳥の別名。  本当の意味は、江戸時代遊郭で有名な吉原を冷やかしにくる客のことを俗に吉原雀。客と遊女の男と女の機微を意味深に踊る。色っぽい感じ。 吉原雀 新吉原雀  男 三喜美 八重駒    女 由美江 育子  男はスカイグレーの着物に帯はひし形の縞。女は淡黄色の着物に帯はひし形の縞。  途中で全員白い手ぬぐいを

  • 赤坂をどり 日本の様式 ④ 赤坂をどり 日本の様式 ④

     赤坂をどり四十四回  西川流「末広がり」長唄囃子連中  太郎冠者=園也  女大名=ぎん子  女大名と太郎冠者(かじゃ) 女大名が太郎冠者を呼び出して恋の遣いにやるという趣向。お能のようなシンプルな、かつ難しい踊りです。 女大名  太郎冠者は青と水色の縞の上衣と黒地にご紋の袴。女大名は眩いばかりの豪華な着物。長い帯は黒地に金銀の紋様。扇は金と黄緑に赤の縁。簪も豪奢。 太郎冠者  〽傘をさすなら春日

  • 赤坂をどり 日本のファッション ③ 赤坂をどり 日本のファッション ③

     赤坂をどり第四十四回 藤間流「津山の月」清元連中  清元寿兵衛作曲   清元は高い声の唄の文句が粋で洒脱。歌舞伎踊りを創始したといわれる、なごや山三に月の山路を越えて出雲の阿国が会いに来るというしみじみとした舞台です。  阿国の弟子たちは花笠をもって踊ります。山三は黒地の波の模様の着物に帯は黄緑、阿国は金と赤の着物に帯は青紫。  〽 揃うた揃うた踊り笠 春は花笠 夏あじろ笠 秋の菅笠 冬めせき笠

  • 赤坂をどり 日本の色彩とデザイン ② 赤坂をどり 日本の色彩とデザイン ②

     赤坂をどり第四十四回「艶姿五月の華やぎ」より  藤間流「お祭り」清元連中  〽ヤア引けや引け引け引くものにとりては 花に霞よ子(ね)の日の小松 初会の盃 なじみの煙草盆 おしゃらく娘の袖袂(たもと) 嬶の履物 内裏女郎のお召し物 座頭の褌(まわし) 菖蒲(あやめ)に大根 御神木(ごしんぼく)の しめ縄や またも引く物は色々ござる湯元細工のけん玉ぶりぶりそさまゆえなら心のたけをしめし舞らせ候(そろ

  • 赤坂をどり 日本の色彩 ① 赤坂をどり 日本の色彩 ①

     赤坂をどり第四十一回より  「鹿児島おはら節」民謡~着物の色は水浅葱(みずあさぎ)か秘色(ひそく)に金色の帯、扇を持って舞いました。  〽花は霧島高千穂の 天の岩戸の神楽舞 三十三番夜もすがら 踊る手ぶりのおもしろく わが胸の 燃ゆる思いに比ぶれば 煙は薄し桜島 薩摩男の胸の火は 火を噴く 山よりなお熱く    水浅葱  秘色(ひそく)      (参考:「色の手帖」)

  • 赤坂氷川山車保存会

     今年9月に赤坂氷川山車巡行が行われたようです。平成19年に氷川神社の山車の巡行が再開して10年めということです。将来的には9体全部の山車が出られるように、それが目標だと赤坂氷川山車保存会の副理事長のI野さんはおっしゃっていました。  ただ山車の数は少ないものの実は平成3年にも巡行はありました。他の年もあったかもしれませんが、平成3年は8ミリビデオで撮影しましたから確実です。10月24日に第12回

  • カフェで暇つぶし

     ベローチェが安いのと座席がまあまあなので利用することが多いです。  ドトールしかない時、足が棒で歩く気がしない時はドトールに入ることもあります。ドトールは客同士の距離が近すぎます。  スタバは特定の場所だけですね。御茶ノ水駅前の地下とか渋谷のスクランブルの真ん前とか。  あとエクセルシオールは赤坂とか飯田橋も時々入りました。  神楽坂下のスタバは入ったことがないです。   タリーズは赤坂TBS向

  • 赤坂をどり 第54回

     赤坂をどり第54回のお知らせ  平成28年3月20日(日)21日(月・休)   赤坂ACTシアター         各日11:30開演/15:30開演、*開場は開演30分前*未就学児入場不可  [料金](全席指定・税込)  S¥7000 /A¥5000 /B¥3000  《番組(予定)》  一、長唄(上)「寿二人猩々」   新邦楽(下)「恋の飛脚」  一、奏風楽 「紅蓮の恋(お七の正夢)」  一

  • 「赤坂をどり」⑪

     TBS放送時の「赤坂をどり」会長で料亭(当時)「F林」の女将さんHさんと「赤坂芸妓組合」の理事長(当時)K枝さんことW月F代さんのお話。  会長Hさん「組合最後の幕は、赤坂の料亭においでいただきまして、お楽しみいただけたというような気分の舞台にいたしたいと思いまして、その意味では味を出すのに苦労しました。ご覧いただきまして皆さまのお耳にあるような唄を、というようなやわらかい踊りにしました」  理

  • 昭和の懐かしい邦画 続 昭和の懐かしい邦画 続

     「女は夜化粧する」(昭和36年)という映画は山本富士子主演の赤坂でナイトクラブのママとして生きていく女性の物語です。冒頭にニューラテンクォーターのネオンも見られます。ラテンクォーターは昭和34年創業だったと思います。  森雅之は大手建築会社の重役で、事実上のオーナーです。山本は家賃を支払う立場ですが、着物などの費用は森の会社が負担し、そもそもナイトクラブの建築に当時の価値で何億という費用もかかっ

  • 赤坂六地蔵尊の思い出 赤坂六地蔵尊の思い出

     一ツ木通りの真ん中へんに六地蔵尊があります。奥は浄土寺になっていて付設の幼稚園がありました。妹はここの幼稚園に通っていました。「ののさまにあげましょきれいなお水、ののさまにあげましょきれいなお花」という歌があったのを憶えています。  ここの境内で三角ベースをやったり缶けりをやったりしました。三角ベースのときに、一ツ木通りから路地を入った新町の酒屋の息子が加わったことがあります。  缶けりをやって

  • 昭和な商店街

     一ツ木通りのお肉屋Iさんと豆腐店Iさんあたりから赤坂見附方向に降りると花屋さんがありました。  ここは有名歌手Sの名義だったと思います。弟さんが経営していたとどこかで見ました。  数年前に売却してSは長者番付の上位に浮上しました。今はビルが建って1階はカフェになっていますね。  その並びに有職寿司という店、うす皮玉子で五目すしを覆ったような甘口のおすしを売っていました。うちも時々買っていました。