柏原市

  • 大阪府柏原市雁多尾畑に鎮座する【正体不明の稲荷神社】 大阪府柏原市雁多尾畑に鎮座する【正体不明の稲荷神社】

    大阪府柏原市雁多尾畑に鎮座する【正体不明の稲荷神社】です。農業公園「信貴山のどか村」の近く、大阪府と奈良県の県境に位置します。廃墟の感じですが、お供えものが新しく、この稲荷神社は管理されているようです。鳥居には「布施鮓北店」、「布施鮓南店」と書かれています。 場所:大阪府柏原市雁多尾畑(農業公園「信貴山のどか村」の近く) (撮影:2017/2/7) 【正体不明の稲荷神社】 大阪府柏原市雁多尾畑

  • 【安福寺横穴群】大阪府柏原市 【安福寺横穴群】大阪府柏原市

    市立玉手山公園など玉手山の一帯は、大坂夏の陣(1615)の古戦場であるとともに古墳時代前期(4世紀)の古墳群でもあります。大和川と石川の合流点を望む玉手山丘陵上には、合計14基の前方後円墳と数基の円墳が、南北に連なって築造されています。また、公園に隣接する安福寺参道などには、6~7世紀の墓である横穴群も存在し、考古学上も大変貴重な地域です。門をくぐるとすぐに参道の両側に安福寺横穴群が広がっています

  • 【白親大神】(はくちかおおかみ)柏原市河原町 【白親大神】(はくちかおおかみ)柏原市河原町

    【白親大神】(はくちかおおかみ) 由緒について、『白親大神の祭祀の由来 ;昭和二十五年頃この清洲地区に大きな災害があり、以後災害のないことを祈願してこの地区にお祭りされたものです。伊勢の天照大神と猿田彦大神とともにお祭されております。』 *以前は、小さな祠、境内にはベンチなどあり、小さいながら「神社」の様相がありましたが、現在は「白親大神の碑」がたっているだけです。 場所:大阪府柏原市河原町1 (

  • 曹洞宗薬師寺の前にある【延命地蔵尊】 曹洞宗薬師寺の前にある【延命地蔵尊】

    曹洞宗薬師寺の前に【延命地蔵尊】があります。新しい木の祠に3体の石仏があります。中央は、「延命地蔵尊」で、両側に1体づつ新しい石仏が祀られています。由緒等詳細は不明です。 所在地: 大阪府 柏原市本郷2-5-13

  • 【御劔神社】(みつるぎじんじゃ)通称:天王さん /  柏原市 【御劔神社】(みつるぎじんじゃ)通称:天王さん / 柏原市

    【御劔神社】(みつるぎじんじゃ)通称:天王さん /  柏原市 鳥居をくぐって直ぐ右に蛙から水を流している手水鉢があります。また、右に「力石」があります。中央の拝殿の右側に、「竹光稲荷大明神」があり、左側に「おさん大明神」が祀られています。 由緒については、 御祭神;素盞鳴命、天児屋根命、大国主命。 当神社の創始は藤原時代萬壽2年3月(1025)此の時 五畿内に悪病が流行した為、悪病討 村の安全を願

  • 【古町春日神社】柏原市 【古町春日神社】柏原市

    【古町春日神社】柏原市 御祭神は天児屋根命、建御雷命、経津主命、叱咩命です。この神社は元来畳屋甚右衛門氏の家に私祭していたものが、代官の万年長十郎によって大和川堤防の空き地に勧請されたものです。「柏原町史」によると現在(昭和30年)は築留にあるとなっています。多くの古資料に記述があり、また数多くの御祭神があることからかつては大きい神社だったと考えられます。現在は神社として地図に記載はありませんが、

  • 【身代わり地蔵尊】柏原市 【身代わり地蔵尊】柏原市

    法善寺に「身代わり地蔵尊」があります。地蔵堂内には石仏1体と仏像が1体祀られています。由緒等詳しいことは不明です。 場所:近鉄線沿いで、法善寺駅と堅下駅のちょうど真ん中あたりの踏切の横にあります。

  • 【壺井寺】(つぼいでら)柏原市 【壺井寺】(つぼいでら)柏原市

    【壺井寺】(つぼいでら)は、大阪府柏原市法善寺にある融通念仏宗の仏教寺院。山号は「護法山」。平安時代にこの地に法善寺の地名の由来とされる「法禅寺」と呼ばれた寺院があったが、天授年間(1375年~1381年)の兵火により焼失し、その後当山が再建されたと伝わっている。 大念仏寺に伝わる文書「大念仏寺四十五代記録并末寺帳」によると、1617年(元和三年)に道念が創建したと記されている。当初は浄福寺と称し

  • 【鐸比古神社分社 金比羅大権現】柏原市 【鐸比古神社分社 金比羅大権現】柏原市

    大阪府柏原市方法善寺1丁目に「鐸比古神社分社金比羅大権現」があります。由緒等詳しいことは不明です。境内に燈籠が2基あり「金比羅大権現」と刻まれ、1基は倒壊しています。また、その他に石碑が2基あります。1つの石碑には「贈従五位田中楠之助碑」と刻まれています。この石碑は昭和3年(1928)に建てられたもので、田中楠之助は法善寺村の人で「天誅組の変」の際、水郡を中心とした河内勢の一人と参加し、その後捕ら

  • 【鐸比古大神】(ぬでひこだいじん)大阪府柏原市 【鐸比古大神】(ぬでひこだいじん)大阪府柏原市

    この神社をお参りするのは命がけです。大阪府柏原市の標高278mの高尾山の山頂付近にあります。高尾山へ登るには「鐸比古鐸比売神社」の参道石段下の道を右(南)へ進んだ先(トイレ前)から山に入るハイキング道があります。(案内板が立っています。)そのハイキング道を30分ほど登ると舗装道路(2車線道路)に出ます。舗装道路を左(西)へ進むと山道への入り口があり、そこには登山の案内板があります。以前はここに赤い

  • 【光蓮寺】(こうれんじ)と【稲城址】 【光蓮寺】(こうれんじ)と【稲城址】

    【光蓮寺】(こうれんじ)と【稲城址】柏原市南木の本 光蓮寺 若江山と号し、浄土真宗本願寺派の末寺。光蓮寺は守屋の滅亡後、その館を寺としたのを起源とします。その後若江郡若江村に転じ、兵火に遭ったため1477年(文明9年)に現在地に遷ったと伝わります。 門前に、【稲城址】の碑が建っています。 聖徳太子が物部守屋の館のあった阿都の桑市を攻めたとき、守屋は兵を集めて、この地に稲城を構えて抗戦したといわれて

  • 【金山媛神社】(かなやまひめのかみじんじゃ)柏原市 【金山媛神社】(かなやまひめのかみじんじゃ)柏原市

    【金山媛神社】(かなやまひめのかみじんじゃ)柏原市  この地は古代より鉱工業の栄えた地域で、金山媛は、その守護神として奉祀されたと伝えられている。金属業・農土木産業など火に関わりのある事業に功徳があるとされている。この神社は、日本でも有数の歴史がある鉄工の守護神として有名です。 御祭神 :金山毘賣神(かなやまひめのかみ)由緒については、「当社は平安時代の延長五年に制定された延喜式神名帳に登載された

  • 【金山彦神社】(かなやまひこじんじゃ) 柏原市青谷 【金山彦神社】(かなやまひこじんじゃ) 柏原市青谷

    【金山彦神社】(かなやまひこじんじゃ)  御祭神 :金山毘古神(かなやまひこのかみ) 金山毘古神社はおよそ千数百年前(醍醐天皇延長五年)の平安時代に制定された延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)に登載された式内社です。御祭神の金山毘古神は、およそ千三百年前(元明天王和銅五年)に太安万呂によって書かれた古事記によりますと、伊邪那岐いざなぎ(伊弉諾神)・伊邪那美いざなみ(伊弉冉神)二柱の神様よ

  • 大阪府柏原市青谷周辺の【大門所地蔵菩薩石棺仏】と【谷尻地蔵尊】 大阪府柏原市青谷周辺の【大門所地蔵菩薩石棺仏】と【谷尻地蔵尊】

    【谷尻地蔵尊】(柏原市青谷) 国分~青谷~雁多尾畑を結ぶ古道は、現在は府道183号です。この183号線が南へ湾曲する大和川から離れて青谷の集落にさしかかる頃、【谷尻地蔵尊】のお堂が道路に面して鎮座しています。お堂には露岩の巨石を船型に削り、地蔵菩薩立像が磨崖されています。像高は1メートルくらいです。蓮台は岩の表面を線彫してありました。  【大門所地蔵菩薩石棺仏】(柏原市青谷) 谷尻地蔵より道なりに

  • 【峠地蔵尊】(とうげじぞうそん)大阪府柏原市峠 【峠地蔵尊】(とうげじぞうそん)大阪府柏原市峠

    【峠地蔵尊】(とうげじぞうそん) 場所:大阪府柏原市峠のあたり。由緒等、詳細不明です。 ???

  • 【龍王社】(りゅうおうしゃ)大阪府柏原市峠 【龍王社】(りゅうおうしゃ)大阪府柏原市峠

    【龍王社】(りゅうおうしゃ)  【龍王社】は大阪府柏原市峠、JR大和路線の河内堅上駅(かたかみ)より北東1.4km、大和川右岸の亀の瀬にあります。【龍王社】のある亀の瀬は「畏(かしこ)の坂」として万葉集にも登場するほど、地すべりでおそれられてきた場所です。数百万年前に「亀の瀬」の北には火山があり、最低2回は噴火したといわれています。1回目の溶岩やそれに堆積した地層の上に、2回目の噴火に伴う溶岩がの

  • 【片山廃寺塔跡】(かたやまはいじとうあと)【片山神社】(かたやまじんじゃ)大阪府柏原市 【片山廃寺塔跡】(かたやまはいじとうあと)【片山神社】(かたやまじんじゃ)大阪府柏原市

    【片山廃寺塔跡】(かたやまはいじとうあと)大阪府柏原市 由緒については、奈良白鳳の頃、片山、玉手、円明の三村は大化改新以降の尾張郷で南は加美郷、東は資母郷と接していた。「新選姓氏録・河内の国神別」の尾張連の本拠にあたるそうです。 「片山薬師堂」(場所:片山神社南側)のある場所には古代寺院である「片山廃寺」の塔が建てられていたのだそうです。 薬師堂の庭は、正方形に近く、塔跡として符合する平面形なのだ

  • 【藤神神社】(ふじがみじんじゃ)柏原市国分本町 【藤神神社】(ふじがみじんじゃ)柏原市国分本町

    【藤神神社】(ふじがみじんじゃ)柏原市国分本町  由緒等は不明です。柏原市内の神社一覧にはその名が無く、寺社とは別の扱いとなっているようです。 この神社の境内は藤棚となっており、日中でもやや暗いです。一対の燈籠には「明治」の年号が確認出来ましたので、明治時代にはこの神社は鎮座していたと思われます。 場所:大阪府柏原市国分本町7丁目6

  • 【阿弥陀寺】(あみだじ)柏原市国分本町 【阿弥陀寺】(あみだじ)柏原市国分本町

    【阿弥陀寺】(あみだじ)柏原市国分本町   場所:大阪府柏原市国分本町7-6-11

  • 【春日神社】(かすがじんじゃ)柏原市田辺 【春日神社】(かすがじんじゃ)柏原市田辺

    【春日神社】(かすがじんじゃ)柏原市田辺  境内は「国指定史跡 田辺廃寺跡」があります。  田辺廃寺は現在の柏原市田辺を本拠地とした百済系渡来氏族の田辺史(たなべのふひと)氏が建てた氏寺と言われています。1971 年の発掘調査によって金堂、東西両塔、南大門などが確認され、薬師寺式の伽藍配置であることが判明しました。東塔の基壇はセン(レンガ状の焼物)を積み上 げたセン積み基壇、西塔と金堂の基壇は瓦を

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