• 一段思考を進める

    何事にも最良というものは存在していません。 これが一番だと思った先にもう一段先に思考を巡らせられるかで 気付けるかどうか変わっていきます。 煙草を吸う人は吸わない人より平均寿命が短くなります。 ここまでは広く知られています。ここでもう一段思考を進めて欲しいのです。 喫煙者の中で煙草のポイ捨てをする人としない人、 どちらが平均寿命が短くなるのかということ。 ポイ捨てをする人はその分だけ自分の体のこと

  • ジョギングについて

    ジョギングは心肺機能を高める、新陳代謝が良くなる、 手軽に無我の境地を味わえるなど良いことずくめに見えます。 健康のためにジョギングをする方は多いですが気になることが有ります。 それは膝の寿命を縮めることです。 人間は四足歩行から二足歩行に進化しました。 そのために腰、膝、足首を傷めやすくなっています。 食べたら食べた分だけ血肉になる成長期なら良いですが 成長が完全に止まる30代以降はジョギングで

  • 道徳と知識

    私が道徳を重視しているのは神の教えより効率が良いからです。 信仰心が無い人にとって神の教えは役に立たないのです。 神の存在は嘘だと思っているので神の教えも嘘にしか見えないのです。 神の教えは無意識に訴えることができても 有意識の拒絶がそれより強くなるのでやめた方が良いと思います。 道徳は信仰心が有る人と無い人の間を取り持つものです。 宗教家の方こそ道徳を推進するべきです。 相手が信仰心を持っている

  • 事故は危険行動をしている人達全員の責任

    ハインリッヒの法則を理解し道徳の知識を得ると ハインリッヒの法則の恐ろしさが分かるようになります。 世の中には危険行動をしている人が大勢いますが そういう方々はその行動の本質を知ろうとせず思考の檻に囚われています。 危険行動をしている人は自分だけは大丈夫と思っている場合がほとんどです。 確かに普通は大丈夫です。 しかしそういう人が300人いると1人は確実に事故を引き起こします。 それは事故を引き起

  • 人と人を除く動物との絶対的な違いはクオリアを認識できるかどうかです。 犬や猫にも心や感情は有りますがクオリアは認識できません。 ペットは餌をくれる飼い主に感謝できても食材そのものに感謝することはありません。 人を除く動物は人に人と動物との違いを教えるために存在しているようなものです。 科学を勉強して宇宙や世界の構造を知ると 人知を超えたある種の畏怖を感じるようになります。 それはこの宇宙は人間にと

  • 気付くために

    ブッダは自分が細胞の塊であることは知らなかったはずです。 だから現代人は科学の面においてブッダより真理に近い位置に居ます。 本来ならもっと気付ける人は増えるはずなのですが 現代は気付きを妨げるものが多く有るために 気付けるはずなのに気付け無いまま一生を終える人が多いのです。 気付きを妨げるものは ゴシップ記事やワイドショー、まとめサイトなどを見ることです。 それからネットでよくある炎上に参加するこ

  • 感謝できない人

    世の中には感謝できない人や反省できない人がいます。 感謝できないことはかなり危険な状態です。 感謝できない人は感謝のクオリアを持っていない可能性があるからです。 感謝のクオリアを持っていないから いくら感謝の意義を説明しても理解できないのです。 感謝のクオリアを持っていない人は感謝できないのかと言うとそんなことは無く クオリアを持っていなくても感謝できる人はいます。 それはハインリッヒの法則などの

  • 健康診断

    働き始めてから1回目の健康診断の結果はG1、要再検査でした。 血中の油が多すぎるということでした。 原因は唐揚げとカロリーメイトを多く食べていたことだと すぐに気付いたので食べる数を大幅に減らしました。 再検査を受けなかったのは道に沿っていませんでしたが この前の診断結果はA3、わずかな所見が認められるものの健康ですと 医学からのお墨付きがいただけました。 後はどうやって体重を増やせば良いのかとい

  • 私という鏡

    考の檻 岐路に立ち知る 今世は 松葉菊さえ 人は知らざる (相対の岐路に立ち世の中を見ると思考の檻に囚われていると知る。  その証拠に松葉菊のような身近にある植物さえ人類はよく分かっていない) 2017年中に職場で伝えたことです。 諸行無常は悪い意味ばかりではありません。 変化が無いということは停滞しているということ。 停滞しているより変化がある方が良いに決まっています。 感性を磨けばミスが減りま

  • 自然に努力

    技術や知識を身に付けるためには練習や勉強といった努力が必要ですが 大抵努力はつらいものとして認識されています。 私は過去を振り返った時、自然に身に付けていた知識や技術があり それも一種の努力だと気付きました。 私は高校一年生のころ兄から小説を勧められ読み始めましたが 漢字がほとんど読めませんでした。 しかし内容が面白かったので漢和辞典を片手に読みました。 読めない漢字が出てきたらすぐに意味と読み方

  • 判断基準を持つ

    生きていると様々な場面で選択を迫られますが 判断基準を持っているかどうかで人生は変わります。 基準を持っていないと迷う時間が長くなり 迷った時間だけ人生が無駄になります。 じっくり考えることはもちろん大事です。 選んだ方が間違っていたらと思うと慎重にならざるを得ません。 判断基準は過去の経験や失敗から形成されますが 先人の知恵を学べば未来の失敗を防ぐことができます。 先人が残してくれた処世訓という

  • 心の栄養

    体に栄養を与えないと壊れやすくなるように心も栄養が必要です。 体を健康にする必要が分かるなら心の健康も大事だと気付くはずです。 いくら体を鍛えても心を鍛えなければあまり意味がありません。 体だけ鍛えているとそこで心と体の不一致が起きやすくなります。 体が健康でも精神病になってしまったら体もすぐに壊れます。 逆に体が弱くても心が健康であれば弱いなりに健康を保つことができます。 年を重ねると体は弱くな

  • 気付く条件

    私が道に沿おうとするのは体のためです。 道に沿わないと体が壊れるのでそれが嫌だから道に沿おうとしています。 職場でも私は真面目な人間だと評されていますが 真面目だからでは無く体を無駄に壊したくないだけなのです。 道に気付くことができたのはもちろん運が良かったのですが 運だけで気付くことはまず無いと思います。 気付くための条件を満たした上で運が必要になります。 私の場合は無職の時でも心を腐らせないよ

  • 無意識のストレス

    生きていると様々なストレスに遭います。 思い通りに行かなかったとか負の感情をぶつけられたなど 有意識のストレスは分かりやすいストレスです。 対して無意識のストレスは意識が認識していないために なぜ調子が悪くなるのか分からないという怖さがあります。 可聴域を超えた超音波、建て付けの悪い家で平衡感覚が狂う、 ハウスダストや塗料が揮発して知らずに吸うなど色々あります。 この無意識のストレスという概念も

  • 道に沿えば確率が変わる

    量子論を知るとこの世は確率で左右されていると分かります。 私は社会復帰して普通に働けるようになるまで半年ほどかかりました。 その間ミスも何回か有り落ち込んだこともあります。 しかしそれ以上に周りの方々がフォローしてくれたのが有り難かったです。 その過程で気付いたことはこれだけフォローしてくれるのは 道に沿っているからだと分かりました。 能力がほぼ同じ人が二人いたとして 片方はいつも感謝をしている、

  • 人を育てる

    人を育てたことが無い私が記すのも変な話ですが 親から育てられた経験と気付きから思うことが有ります。 子供を育てる時に何でも子供の望むままに与えたらどうなるか。 ちょっとでも思い通りにいかないと癇癪を起こす 我が儘な人間に育ちやすくなると思います。 逆に厳しくしつけ続けたらどうなるか。 何をやっても無駄だと悟るようになり無気力な人間に育ちやすくなると思います。 人の道から外れたら叱り、何かを成し遂げ

  • 短気は損気

    短気は損気と言いますが短気だと些細なことでストレスを溜めます。 私は傘を持っていない時に土砂降りに遭いずぶ濡れになったことがありますが まあこういうこともあるさ、と流しました。 短気な人は同じ目に遭うとなんで自分がこんな目に遭うんだとか 天気予報はアテにならないとか、だから自分は不幸なんだとか思ってしまいます。 私はその後コンビニで傘を買い店員さんがすぐ使えるようにしてくれたので コンビニと店員さ

  • 心の生活習慣病

    暴飲暴食、多量の喫煙、栄養不足、睡眠不足、運動不足。 負の生活習慣が体に悪いことは広く知られています。 心も生活習慣によって変わります。 負の感情を日常的に使っていると心の病を負いやすくなるのです。 分かりやすい例が独裁者です。 独裁者の多くは妄想性パーソナリティ障害になってしまいます。 自身が謀略で成り上がったために誰も信用できなくなり 部下の忠告も自身を陥れる罠にしか見えなくなるというものです

  • 怒らない人は存在する

    怒ることは良くないと分かっていても怒りたくなる人は多いと思います。 普段から怒っている人が陥りがちな思考の檻が有ります。 怒らずに済むのはありえない。心の中では怒っているだろうと。 怒らない人が居るはず無いという思考の檻です。 この檻は天皇陛下がいらっしゃるという点で突破できます。 天皇陛下は公の場で負の表現を一切行ってはならないという 想像を絶する制約の中を生きておられます。 この状態で心の中で

  • 思考の檻を突破する

    思考の檻に囚われる人は自分の持っている常識を疑わない人です。 自分の常識はもしかしたら間違っているかもしれない、 そう思うことが思考の檻を突破する第一歩です。 檻を突破することはそれほど難しいことではありません。 思考の檻は檻の外に想像が及ばない状態なので 思考の檻の概念を持てれば半分突破できたようなものです。 一つ例を示すと温度の概念があります。 この世の最低温度は摂氏マイナス273.15度とい

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